朝9時半くらいに東大寺に向かう。
「ここから東大寺」というところから、大仏殿までが遠い遠い。午前中とはいえ、すでに猛暑。ご尊顔を拝したときはありがたさが身にしみました。
水分がなかなか補給できなかったこともあり、「このままでは熱中症だ」というわけで、奈良国立博物館に飛び込み。涼しいところでじっくり拝する仏像はよりありがたいです。
ここの解説はわかりやすく、かつ筆者の愛情も感じられて、つい読みふけってしまった。なかでもある明王についての解説、「節度ある怒りを表した顔」というくだりにはなぜかシビレました。
当たり前のことではあるのだが、仏像は奈良・平安初期・平安後期・鎌倉で表現に違いがあり、たとえ同じ仏を題材に彫っているにしても、浅く上品に彫られたものと、深くダイナミックに彫られたものとでは、伝わるものがまるで違う。音楽でもそうなのだけれど、やはり時代における様式というものは正しくおさえておく必要があると思うことだった。
奈良の最後は興福寺国宝館。
有名な阿修羅像を見ながら思った・・・阿修羅は三面六臂だ。「八面六臂」という言葉があるけれど、普通に考えると、八面ならば十六臂。あとの十臂はどうしたのだろう?大活躍、大忙しのニュアンスにしては、もひとつな気がするが・・・。
ほかにも、「五重塔に花火が燃え移ったらどうするんだろ」とか、「国立博物館の仏像が地震で倒 れたらどうするんだろ」とかバチあたりなことばかり言っては、家族に怒られました。
「ここから東大寺」というところから、大仏殿までが遠い遠い。午前中とはいえ、すでに猛暑。ご尊顔を拝したときはありがたさが身にしみました。
水分がなかなか補給できなかったこともあり、「このままでは熱中症だ」というわけで、奈良国立博物館に飛び込み。涼しいところでじっくり拝する仏像はよりありがたいです。
ここの解説はわかりやすく、かつ筆者の愛情も感じられて、つい読みふけってしまった。なかでもある明王についての解説、「節度ある怒りを表した顔」というくだりにはなぜかシビレました。
当たり前のことではあるのだが、仏像は奈良・平安初期・平安後期・鎌倉で表現に違いがあり、たとえ同じ仏を題材に彫っているにしても、浅く上品に彫られたものと、深くダイナミックに彫られたものとでは、伝わるものがまるで違う。音楽でもそうなのだけれど、やはり時代における様式というものは正しくおさえておく必要があると思うことだった。
奈良の最後は興福寺国宝館。
有名な阿修羅像を見ながら思った・・・阿修羅は三面六臂だ。「八面六臂」という言葉があるけれど、普通に考えると、八面ならば十六臂。あとの十臂はどうしたのだろう?大活躍、大忙しのニュアンスにしては、もひとつな気がするが・・・。
ほかにも、「五重塔に花火が燃え移ったらどうするんだろ」とか、「国立博物館の仏像が地震で倒 れたらどうするんだろ」とかバチあたりなことばかり言っては、家族に怒られました。
