某所にてステップ(アドバイザー付発表会風のもの)があったのでで出かけた。
夜からの部で、友人3人と隣県のコンペ仲間が2人出る予定だった。
・・が、残念なことに隣県の2人は欠席。友人3人の演奏を聴かせていただいた。
このステップ、昨日から150人あまりが演奏したらしい。
毎年、このステップは参加者が多い。というのは今月から夏のコンクールが次々とスタートするので、特に子供たちが本番前のリハーサルをかねて参加するからだ。
コンペやステップに出場したり、聴きにいったりするたびに思うのだ。審査員とかアドバイザーの方というのは、いくらお仕事とはいえ、大変でいらっしゃるだろうなあ、と。
ただ聴くだけでも大変なのに、評価やコメントを書かなければならない。
コメントも、アドバイザーや審査員によってかなり差があって、2~3行のかたもいらっしゃれば、紙に裏までびっしり(・・・いったいいつこんな時間があったのか・・・聴く時間はあったのか・・いや、ありがたいことなんだけれど・・・)という方までおられる。
内容も、「よくがんばっておられます。いやあすばらしい。がんばってください!」というホメ殺し(?)に近いものから、たった2~3行でも「ズキッ」とくるようなものまで、なかには音名やら指使いまでかいてどこの場所か特定できるように書いてくださっているものまである。
かつてモーツァルトのソナタを弾いたときは、「どこそこのトリルはこういう指使いだと弾きやすい」とかこと細かに書いてくださっていて、5分かそこらの曲なのにアドバイス満載で、仰天した。
ここ2回ほど、私は聴く側に徹しているのだが、多くの人が次々弾くときは、正直いってすべてを一生懸命聴いているわけではない(殴)。
もちろん弾いたことのある曲とか知人だとよく聴くけど、それ以外だと、最初のワンフレーズで、「このまま真剣に耳を傾けるか、ちょっと休憩するか(逃)」が分かれる。
それは、一般の演奏会を聴きに行く時でも、そういう聴き手のテンションの上下はあると思う。
いわゆる最初の「つかみ」というやつだと思うのだが、達者にうまく弾けていても「もういいや(殴)」と思うこともあるし、演奏者が緊張していてハラハラするような出だしでも「もういいや」のときと「おっ?!」と思うときと両方ある。
大人の演奏はだいたい「聴き流せない」というか「聴き捨てならない(爆)」ことが多いのだけど、残念ながら子どものコンクールなんかだと、どんなに衣装がかわいくても達者に弾いていても寝てしまいそうなことがある。
そんななかでの「おっ?!」は逆に光る。めちゃくちゃ期待しますよ、最後まで。
この差がなにかといわれて「才能」といえば、<♪チャンチャン♪>で終わってしまって話にもなんにもならないのだが、私としてはあまりにも「達者に、だが、きわめて大変退屈そうに」弾いている子なぞはそれはそれで気になって仕方ないのだから、妙なものだ。
話がそれまくってしまったが、今日聴いた大人の方々(その前に学生さんも二人いらっしゃいましたが)、みな魅力的で、おかげでこちらは「ちょっと休憩」がまったくできませんでした。
・・・やはり「おっ!?」と思わせるかどうかというのは、<バ○がつくほどの音楽(ピアノ好き)かどうか>という、ある種の才能の差ということになってしまいそうな気配・・・・・・
夜からの部で、友人3人と隣県のコンペ仲間が2人出る予定だった。
・・が、残念なことに隣県の2人は欠席。友人3人の演奏を聴かせていただいた。
このステップ、昨日から150人あまりが演奏したらしい。
毎年、このステップは参加者が多い。というのは今月から夏のコンクールが次々とスタートするので、特に子供たちが本番前のリハーサルをかねて参加するからだ。
コンペやステップに出場したり、聴きにいったりするたびに思うのだ。審査員とかアドバイザーの方というのは、いくらお仕事とはいえ、大変でいらっしゃるだろうなあ、と。
ただ聴くだけでも大変なのに、評価やコメントを書かなければならない。
コメントも、アドバイザーや審査員によってかなり差があって、2~3行のかたもいらっしゃれば、紙に裏までびっしり(・・・いったいいつこんな時間があったのか・・・聴く時間はあったのか・・いや、ありがたいことなんだけれど・・・)という方までおられる。
内容も、「よくがんばっておられます。いやあすばらしい。がんばってください!」というホメ殺し(?)に近いものから、たった2~3行でも「ズキッ」とくるようなものまで、なかには音名やら指使いまでかいてどこの場所か特定できるように書いてくださっているものまである。
かつてモーツァルトのソナタを弾いたときは、「どこそこのトリルはこういう指使いだと弾きやすい」とかこと細かに書いてくださっていて、5分かそこらの曲なのにアドバイス満載で、仰天した。
ここ2回ほど、私は聴く側に徹しているのだが、多くの人が次々弾くときは、正直いってすべてを一生懸命聴いているわけではない(殴)。
もちろん弾いたことのある曲とか知人だとよく聴くけど、それ以外だと、最初のワンフレーズで、「このまま真剣に耳を傾けるか、ちょっと休憩するか(逃)」が分かれる。
それは、一般の演奏会を聴きに行く時でも、そういう聴き手のテンションの上下はあると思う。
いわゆる最初の「つかみ」というやつだと思うのだが、達者にうまく弾けていても「もういいや(殴)」と思うこともあるし、演奏者が緊張していてハラハラするような出だしでも「もういいや」のときと「おっ?!」と思うときと両方ある。
大人の演奏はだいたい「聴き流せない」というか「聴き捨てならない(爆)」ことが多いのだけど、残念ながら子どものコンクールなんかだと、どんなに衣装がかわいくても達者に弾いていても寝てしまいそうなことがある。
そんななかでの「おっ?!」は逆に光る。めちゃくちゃ期待しますよ、最後まで。
この差がなにかといわれて「才能」といえば、<♪チャンチャン♪>で終わってしまって話にもなんにもならないのだが、私としてはあまりにも「達者に、だが、きわめて大変退屈そうに」弾いている子なぞはそれはそれで気になって仕方ないのだから、妙なものだ。
話がそれまくってしまったが、今日聴いた大人の方々(その前に学生さんも二人いらっしゃいましたが)、みな魅力的で、おかげでこちらは「ちょっと休憩」がまったくできませんでした。
・・・やはり「おっ!?」と思わせるかどうかというのは、<バ○がつくほどの音楽(ピアノ好き)かどうか>という、ある種の才能の差ということになってしまいそうな気配・・・・・・
