HPトップに紹介するのを忘れていたのだが、今FMでピアノでベートーベン=リストの第九をやっている。
ちょうど第4楽章が始まったところだ。
うまいです、ほんとにすごい!!
シンフォニーの編曲ものは縦に音がたくさんあるので(つまり和音が多いということですね)、アルペジオになったり時間差で弾いたりして、ちょっとリズムというか拍が微妙にルバートしちゃったりして、ベートーベンなんかだとあの決然とした感じが、ちょっとだけソフトになって「いい人」感が漂ったり(・・いやいい人だったかもしれないのですけど・・)するものだが、
この演奏は縦の線はバリっとそろい、横のライン(つまり個々の楽器のメロディー)は息長く続くという、ありふれた言い方をすれば「おそるべきテクニック」ということなのだが、とにかくまったくあきない。
この「あきない」というのがかなりポイントで、シンフォニーをわざわざピアノで弾く以上、「オケのほうがずっといいのに、なんでピアノでわざわざ弾くかな?」とか「単一の楽器では限界があるね」と聴き手に思わせたらもう、おしまいと言っていいくらいなので、
望ましくは「オーケストラで聞くより、全体の構造や作曲上のおもしろみがよく伝わった」とか、「一人の奏者による統一感みたいなものがあって聴きやすかった」という感想があるということないような気がする。
もちろん今弾いているピアニストは(すみません、誰かよくわかりません・・・あとで調べます)、音色も多彩なので、ピアノからさまざまな楽器の音を引き出しているのは確かなのだが、敵は第九だ。いくら達者でも、オーケストラと合唱まですべての音色を網羅するのは無理というものだ。
シンフォニーをピアノで聴く楽しみは、私の場合は
「最終的に何百人で演奏される曲であっても、その曲は生まれた時点では作曲者一人がピアノで音を確かめながら作ったであろう」という、曲の原点に触れることができるような気がすることだ。
うまい演奏(それ以前に編曲が肝心)にあたると、オーケストラを聴くのとはまた違った感動を味わうことができる。
私は、よく編曲モノを弾くのだが、動機は単に「好きだから・楽しいから」に尽きるのだが、それではかならずしもそれを聴かせられているほうは楽しいとは限らず、
どうかすると「自分だけで楽しんで弾いていればいいのに」とか「ほかの楽器で聴くほうがやっぱりいい」という再認識のお手伝いをさせていただく結果になってしまったりする。
私なぞはこともあろうか、過去のコンペのソロ3回のうち2回は編曲ものなので、
審査員にもコメントに「ピアノオリジナルの曲でも挑戦されたら」とか「技術はあるので、もっと内容を表現しやすいもので出られたら」とか書かれたりなんかして、結果を目指しているのではなく自分の趣味で出ているのはもうバレバレなのだが、
昨年、「今年は編曲ものではないんですね・・」(ちなみにシューマンの<プレスト・パショナート>というあまりメジャーではない曲でした)とちょっと残念そうに声をかけてくださった先生もいらっしゃるので(爆)、
やっぱりめげずに来年も編曲モノいきたいと思います(殴)。
ただ、いくら趣味とはいえ、独善に陥らないよう、一人でも「この曲、ピアノで聴いてもなかなかいいね」と思っていただけるように、努力したいと思う。
・・とはいえ、来年の話なので・・・今年はそれ以前にいろいろ勉強すべきことがありますね、ハイ・・
ちょうど第4楽章が始まったところだ。
うまいです、ほんとにすごい!!
シンフォニーの編曲ものは縦に音がたくさんあるので(つまり和音が多いということですね)、アルペジオになったり時間差で弾いたりして、ちょっとリズムというか拍が微妙にルバートしちゃったりして、ベートーベンなんかだとあの決然とした感じが、ちょっとだけソフトになって「いい人」感が漂ったり(・・いやいい人だったかもしれないのですけど・・)するものだが、
この演奏は縦の線はバリっとそろい、横のライン(つまり個々の楽器のメロディー)は息長く続くという、ありふれた言い方をすれば「おそるべきテクニック」ということなのだが、とにかくまったくあきない。
この「あきない」というのがかなりポイントで、シンフォニーをわざわざピアノで弾く以上、「オケのほうがずっといいのに、なんでピアノでわざわざ弾くかな?」とか「単一の楽器では限界があるね」と聴き手に思わせたらもう、おしまいと言っていいくらいなので、
望ましくは「オーケストラで聞くより、全体の構造や作曲上のおもしろみがよく伝わった」とか、「一人の奏者による統一感みたいなものがあって聴きやすかった」という感想があるということないような気がする。
もちろん今弾いているピアニストは(すみません、誰かよくわかりません・・・あとで調べます)、音色も多彩なので、ピアノからさまざまな楽器の音を引き出しているのは確かなのだが、敵は第九だ。いくら達者でも、オーケストラと合唱まですべての音色を網羅するのは無理というものだ。
シンフォニーをピアノで聴く楽しみは、私の場合は
「最終的に何百人で演奏される曲であっても、その曲は生まれた時点では作曲者一人がピアノで音を確かめながら作ったであろう」という、曲の原点に触れることができるような気がすることだ。
うまい演奏(それ以前に編曲が肝心)にあたると、オーケストラを聴くのとはまた違った感動を味わうことができる。
私は、よく編曲モノを弾くのだが、動機は単に「好きだから・楽しいから」に尽きるのだが、それではかならずしもそれを聴かせられているほうは楽しいとは限らず、
どうかすると「自分だけで楽しんで弾いていればいいのに」とか「ほかの楽器で聴くほうがやっぱりいい」という再認識のお手伝いをさせていただく結果になってしまったりする。
私なぞはこともあろうか、過去のコンペのソロ3回のうち2回は編曲ものなので、
審査員にもコメントに「ピアノオリジナルの曲でも挑戦されたら」とか「技術はあるので、もっと内容を表現しやすいもので出られたら」とか書かれたりなんかして、結果を目指しているのではなく自分の趣味で出ているのはもうバレバレなのだが、
昨年、「今年は編曲ものではないんですね・・」(ちなみにシューマンの<プレスト・パショナート>というあまりメジャーではない曲でした)とちょっと残念そうに声をかけてくださった先生もいらっしゃるので(爆)、
やっぱりめげずに来年も編曲モノいきたいと思います(殴)。
ただ、いくら趣味とはいえ、独善に陥らないよう、一人でも「この曲、ピアノで聴いてもなかなかいいね」と思っていただけるように、努力したいと思う。
・・とはいえ、来年の話なので・・・今年はそれ以前にいろいろ勉強すべきことがありますね、ハイ・・
