息子から、「16日以降書いてないね」といわれ、はっとしました。
ネタがないわけではないのですが、
娘をなんとか早くに寝かせようというのと、朝のお弁当作りとで、
私も真人間な生活を余儀なくされ、ついついサボっておりました。
とりあえずのニュースとしては、
BBSには関係者(笑)が書き込んだようですが・・・
5月3日(木)13:30~14:00
新東京ビル1階(最寄は東京駅&有楽町駅)のスペースで
5分程度の演奏をすることになりました。
「キエフの大門」をやるつもりですが、ほかには誰が弾くのかどういう順番で弾くのかはまったくまだわかりません。
<熱狂の日>関連のイベントでして、昨夏のコンペがらみで声をかけていただきました。
ちょうど上京予定でしたので、エントリーしました。
・・・・でも、バリバリ弾く若い子やプロ(・・もいるんですね、コンペのカテゴリーによっては許されてますから)のど真ん中に突っ込まれたら、もう踊るか脱ぐかしかないですけど(脱ぐのはもちろん服じゃなくて・・・逃)
そのまえに、間違えずにちゃんと弾けですね、ハイ
今日は午前中、若いピアニストさんのレッスンを受けてまいりました。
彼女とは2月に一緒にコンサートに出させていただいたのですが、
その前後のお付き合いを通して「ぜひ一度ゆっくり自分の演奏を聴いていただきたいなあ」と思っておりました。
ちょうど、彼女のレパートリーであるモーツァルトのK310を全楽章通してみたところでもありましたので、熱のさめないうちにと思って行ってきました。
○この曲にこめられた思い、そしてテンション(の高さ)
○スケールやアルペジオにおける細かいアーティキュレーション、
○トリルの入れ方(うしろから逆算した入れ方とその練習方法)、
○間のとりかたと、音色の切り替え(呼吸との関連)
・・・・そしてなんといっても、私にとっての目下の大問題であるところの・・・
○(腕等の)脱力の感覚と指の支え
○和音やオクターブを弾く時の指のポジショニングと手首の使いかた
などなど、予定時間をオーバーしてまで大変丁寧にみていただきました。
きけば、彼女自身も最近この曲を某先生にみていただいたとのこと。
行ってよかったです、ほんとに。
せんだっての松本氏のレッスンの時も思ったのですけど、
私はどうやら、伝統芸能のように、師匠のそばで五感全開で(言葉は悪いが)「芸を盗む(盗もうとする)」のが好きみたいです。もちろん盗めるもんではないですけど。
それにいつごろ気付いたのかというと、
大学に入って、茶道やら日舞やら着付けやらを習っているとき。
自分では、それまで「自分は本が好きで、とにかく活字から吸収するタイプだ」と思っていましたけど、
テキストを持たず(もちろんあることはあるのですよ)、メモすらもできないような状態で、「間」や「所作」を理屈ぬきで丸ごと身体にしみこませるのが、
実は、快感に近いくらい好きなのだ、とこのとき気付いたわけです。
西洋音楽は楽譜がきちんと存在しますから、活字ならぬ「譜を読む」ことがもちろん大前提なんですけど、
音楽は平面ではないのですから、時間と空間において自由になるために、
名手の「時間と空間」の使い方をすぐそばで体感するのは貴重です。
今日にしても、「息遣い」や「鍵盤と指&手の接触具合」を見聞きしにいったようなもので、
こればっかりは、いかにピアニストの映像鑑賞好きの私としても、映像からだけでは体感できません。
言葉によるレッスンというのはもちろん大切ですし、
きちんとした形で頭に残ります。
要するに、レッスンも「右脳と左脳の両方」で受けるのがベストということでしょうか?
指揮者もリズムをとる右手と細かい表現を指示する左手があり、これはそれぞれ左脳右脳に対応していて理にかなっていると脳科学者の茂木さんがいってました。
ううっ、ちゃんと頭を使ってボケないようにしないと、レッスンもまともに受けられないということですね・・・これは
ネタがないわけではないのですが、
娘をなんとか早くに寝かせようというのと、朝のお弁当作りとで、
私も真人間な生活を余儀なくされ、ついついサボっておりました。
とりあえずのニュースとしては、
BBSには関係者(笑)が書き込んだようですが・・・
5月3日(木)13:30~14:00
新東京ビル1階(最寄は東京駅&有楽町駅)のスペースで
5分程度の演奏をすることになりました。
「キエフの大門」をやるつもりですが、ほかには誰が弾くのかどういう順番で弾くのかはまったくまだわかりません。
<熱狂の日>関連のイベントでして、昨夏のコンペがらみで声をかけていただきました。
ちょうど上京予定でしたので、エントリーしました。
・・・・でも、バリバリ弾く若い子やプロ(・・もいるんですね、コンペのカテゴリーによっては許されてますから)のど真ん中に突っ込まれたら、もう踊るか脱ぐかしかないですけど(脱ぐのはもちろん服じゃなくて・・・逃)
そのまえに、間違えずにちゃんと弾けですね、ハイ
今日は午前中、若いピアニストさんのレッスンを受けてまいりました。
彼女とは2月に一緒にコンサートに出させていただいたのですが、
その前後のお付き合いを通して「ぜひ一度ゆっくり自分の演奏を聴いていただきたいなあ」と思っておりました。
ちょうど、彼女のレパートリーであるモーツァルトのK310を全楽章通してみたところでもありましたので、熱のさめないうちにと思って行ってきました。
○この曲にこめられた思い、そしてテンション(の高さ)
○スケールやアルペジオにおける細かいアーティキュレーション、
○トリルの入れ方(うしろから逆算した入れ方とその練習方法)、
○間のとりかたと、音色の切り替え(呼吸との関連)
・・・・そしてなんといっても、私にとっての目下の大問題であるところの・・・
○(腕等の)脱力の感覚と指の支え
○和音やオクターブを弾く時の指のポジショニングと手首の使いかた
などなど、予定時間をオーバーしてまで大変丁寧にみていただきました。
きけば、彼女自身も最近この曲を某先生にみていただいたとのこと。
行ってよかったです、ほんとに。
せんだっての松本氏のレッスンの時も思ったのですけど、
私はどうやら、伝統芸能のように、師匠のそばで五感全開で(言葉は悪いが)「芸を盗む(盗もうとする)」のが好きみたいです。もちろん盗めるもんではないですけど。
それにいつごろ気付いたのかというと、
大学に入って、茶道やら日舞やら着付けやらを習っているとき。
自分では、それまで「自分は本が好きで、とにかく活字から吸収するタイプだ」と思っていましたけど、
テキストを持たず(もちろんあることはあるのですよ)、メモすらもできないような状態で、「間」や「所作」を理屈ぬきで丸ごと身体にしみこませるのが、
実は、快感に近いくらい好きなのだ、とこのとき気付いたわけです。
西洋音楽は楽譜がきちんと存在しますから、活字ならぬ「譜を読む」ことがもちろん大前提なんですけど、
音楽は平面ではないのですから、時間と空間において自由になるために、
名手の「時間と空間」の使い方をすぐそばで体感するのは貴重です。
今日にしても、「息遣い」や「鍵盤と指&手の接触具合」を見聞きしにいったようなもので、
こればっかりは、いかにピアニストの映像鑑賞好きの私としても、映像からだけでは体感できません。
言葉によるレッスンというのはもちろん大切ですし、
きちんとした形で頭に残ります。
要するに、レッスンも「右脳と左脳の両方」で受けるのがベストということでしょうか?
指揮者もリズムをとる右手と細かい表現を指示する左手があり、これはそれぞれ左脳右脳に対応していて理にかなっていると脳科学者の茂木さんがいってました。
ううっ、ちゃんと頭を使ってボケないようにしないと、レッスンもまともに受けられないということですね・・・これは
