昨日、某「おさらい会」を聴きに行った。
友人も書いている通り、とても「おさらい会」などというシロモノではなかった。
ここの教室は、全国レベルのコンクールで入賞者を多数輩出しており、指導者は大変有名な方なのだが、それにふさわしく聴きごたえのある「演奏会」だった。
ここにはいわゆる「入門」レベルの子はいなくて、たいていはコンクールである程度の実績を挙げた子が、専門の道を目指して入ってくるようなので、年齢は10歳くらいから大学入学まで、ということになる。
この日もこの春、「東京芸術大学合格」「同付属高校合格」という生徒さんがいた。
私も、そんなにたくさんの発表会に行ったことがあるわけではないのだが、
いきなり、先生と小学生5人での6手連弾(片手ずつ)で始まった会は初体験だった。ブルー、オレンジ、イエロー、ホワイト、グリーン、等のパステルカラーのドレスが大変春らしく、6名は汽車つなぎ(肩に手をかけて)で登場し、立ったまま弾くのも珍しかった。
その次は指導者自身のモーツァルトのソナタ演奏だった。
講師演奏というのは最後にされることが多いように思うが、生徒さんの演奏をじっくり先生が聴かれるにはいいだろうし、この教室だと最後のほうの生徒さんなんかは、リストやショパンの大曲を含むリサイタルレベルの演奏になってしまうので、やはり先生は最初の方で弾かれるのが流れとしてもよさそうな気がした。
あとこの会の特色としては、どの生徒さんも2曲か3曲を続けて演奏されることで、必ず1曲はエチュードが含まれていた。演奏順は本人にまかされているようだった。
演奏時間は、平均して一人あたりが10分以上はあったと思う。1時半から始まって4時間以上かかり、プログラムが20番まで(ゲストや連弾をふくむ)あったので、一人10~15分くらいだったと思う。
そしてこれはたまたまだったのかもしれないが、全員が(男性1名をのぞく)ノースリーブのドレスで、丈もたいがいが長かった。完ぺきに「ステージモード」だったと思う。
私のようにあちこちのコンクールをふらふら聴きにいっているものは、こちらの生徒さんの演奏はほとんどをたいがいどこかで聴いているのだが、そうだからこそというべきか、1年前2年前あるいは3年前からの成長ぶりを感じることができて、大変感慨深かった。
ショパンの「エチュード作品25-2」と「幻想即興曲」をほれぼれするほど立派に弾かれた小4のお嬢さんがいたのだが、
「はて、このすばらしい指回りと可憐な音はどこかで聴いた覚えが・・・・」と記憶をたどっていったところ「子犬のワルツ」に行き当たり、
それはこのお嬢さんが小2の時、某所で弾かれたのを聴いて、あまりにも上手だったのでお母さんにお声をかけたのと同一人物だったのだ。
「子犬」と「25-2」と「幻想即興曲」はたしかに、似たような運指かもしれないが、表現や音に成長が感じられて、大変うれしい思いで聴かせていただいた。
そのほか、2年半ほど前、ハイドンやグリーグをクリアな音で丁寧に弾いておられたお嬢さんが、今回はショパンのエチュードやバラードでダイナミックな表現もされていて、いよいよ芸高へ進学されるということらしく、これまた成長の著しさを感じた。
ほかにも、これまでも聴いたことがあったはずなのに、当時はどういうわけかあまり印象に残ってなかった方が、ほんとにびっくりするほど集中度の高い、会場を巻き込むような演奏をされていた。
こういう方というのは、もしかすると、あるきっかけによって、急になにかをつかまれ、本来もっている素質を一気に開花されたのかもしれない・・と思い、またそれを見抜いて、ここまで導かれた指導者の慧眼と精神力というものは神業的なものだ、とおそれいってしまった。
ここの先生は大変厳しいレッスンをされることで有名なのだけれど、こうしてその成果を聴かせていただくと、やはりご自身の存在すべてをぶつけて「音」というもの「音楽」というものを弟子たちに伝えておられる迫力をひしひしと感じるものがあって、
生徒さんの演奏の密度の濃さもなのだが、会場に漂う「気」のようなものにも圧倒され、こちらとしても自分の存在をかけて聴く必要もあって、ある意味疲れを感じた。
でも、私自身は音楽を聴くことによって消耗することは、次のステップへの準備として必要なことだと考えているので、大変貴重な体験だったと考えている。
それにしても最後のゲストのバイオリン(小5:タルティーニ「悪魔のトリル」)は、ほんとに「ありえなかった」。
技術的レベルの高さにはもちろん驚いたのだが、会場いっぱいに鳴る音にまじって楽器から人の声までが漂い出しているようで、一種神がかった恐ろしさを感じた。
・・・・末おそろしすぎる・・・・・・・
友人も書いている通り、とても「おさらい会」などというシロモノではなかった。
ここの教室は、全国レベルのコンクールで入賞者を多数輩出しており、指導者は大変有名な方なのだが、それにふさわしく聴きごたえのある「演奏会」だった。
ここにはいわゆる「入門」レベルの子はいなくて、たいていはコンクールである程度の実績を挙げた子が、専門の道を目指して入ってくるようなので、年齢は10歳くらいから大学入学まで、ということになる。
この日もこの春、「東京芸術大学合格」「同付属高校合格」という生徒さんがいた。
私も、そんなにたくさんの発表会に行ったことがあるわけではないのだが、
いきなり、先生と小学生5人での6手連弾(片手ずつ)で始まった会は初体験だった。ブルー、オレンジ、イエロー、ホワイト、グリーン、等のパステルカラーのドレスが大変春らしく、6名は汽車つなぎ(肩に手をかけて)で登場し、立ったまま弾くのも珍しかった。
その次は指導者自身のモーツァルトのソナタ演奏だった。
講師演奏というのは最後にされることが多いように思うが、生徒さんの演奏をじっくり先生が聴かれるにはいいだろうし、この教室だと最後のほうの生徒さんなんかは、リストやショパンの大曲を含むリサイタルレベルの演奏になってしまうので、やはり先生は最初の方で弾かれるのが流れとしてもよさそうな気がした。
あとこの会の特色としては、どの生徒さんも2曲か3曲を続けて演奏されることで、必ず1曲はエチュードが含まれていた。演奏順は本人にまかされているようだった。
演奏時間は、平均して一人あたりが10分以上はあったと思う。1時半から始まって4時間以上かかり、プログラムが20番まで(ゲストや連弾をふくむ)あったので、一人10~15分くらいだったと思う。
そしてこれはたまたまだったのかもしれないが、全員が(男性1名をのぞく)ノースリーブのドレスで、丈もたいがいが長かった。完ぺきに「ステージモード」だったと思う。
私のようにあちこちのコンクールをふらふら聴きにいっているものは、こちらの生徒さんの演奏はほとんどをたいがいどこかで聴いているのだが、そうだからこそというべきか、1年前2年前あるいは3年前からの成長ぶりを感じることができて、大変感慨深かった。
ショパンの「エチュード作品25-2」と「幻想即興曲」をほれぼれするほど立派に弾かれた小4のお嬢さんがいたのだが、
「はて、このすばらしい指回りと可憐な音はどこかで聴いた覚えが・・・・」と記憶をたどっていったところ「子犬のワルツ」に行き当たり、
それはこのお嬢さんが小2の時、某所で弾かれたのを聴いて、あまりにも上手だったのでお母さんにお声をかけたのと同一人物だったのだ。
「子犬」と「25-2」と「幻想即興曲」はたしかに、似たような運指かもしれないが、表現や音に成長が感じられて、大変うれしい思いで聴かせていただいた。
そのほか、2年半ほど前、ハイドンやグリーグをクリアな音で丁寧に弾いておられたお嬢さんが、今回はショパンのエチュードやバラードでダイナミックな表現もされていて、いよいよ芸高へ進学されるということらしく、これまた成長の著しさを感じた。
ほかにも、これまでも聴いたことがあったはずなのに、当時はどういうわけかあまり印象に残ってなかった方が、ほんとにびっくりするほど集中度の高い、会場を巻き込むような演奏をされていた。
こういう方というのは、もしかすると、あるきっかけによって、急になにかをつかまれ、本来もっている素質を一気に開花されたのかもしれない・・と思い、またそれを見抜いて、ここまで導かれた指導者の慧眼と精神力というものは神業的なものだ、とおそれいってしまった。
ここの先生は大変厳しいレッスンをされることで有名なのだけれど、こうしてその成果を聴かせていただくと、やはりご自身の存在すべてをぶつけて「音」というもの「音楽」というものを弟子たちに伝えておられる迫力をひしひしと感じるものがあって、
生徒さんの演奏の密度の濃さもなのだが、会場に漂う「気」のようなものにも圧倒され、こちらとしても自分の存在をかけて聴く必要もあって、ある意味疲れを感じた。
でも、私自身は音楽を聴くことによって消耗することは、次のステップへの準備として必要なことだと考えているので、大変貴重な体験だったと考えている。
それにしても最後のゲストのバイオリン(小5:タルティーニ「悪魔のトリル」)は、ほんとに「ありえなかった」。
技術的レベルの高さにはもちろん驚いたのだが、会場いっぱいに鳴る音にまじって楽器から人の声までが漂い出しているようで、一種神がかった恐ろしさを感じた。
・・・・末おそろしすぎる・・・・・・・
