午後から出かけて、いろいろな用を一度にすませたのだが、そのなかに、メガネ屋に寄る用があった。

最近、どうも世間が白けてきたと思っていたのだが、それは、眼球に問題があるのではなく、レンズのコーティングがベロベロはげたのとキズがついたのとで、人工的にやや紗のかかったソフトな視野になっていたためだった。

見えないことはない、でも、やっぱり光がチラチラして疲れる。
というわけで、辛抱たまらずメガネ屋に行かざるを得なくなった。

「相当はげてますね。お湯で洗われてますか?」
「いいえ。そうするとコーティングってとれちゃうんですよね。
洗いはしないのですが、子供と一緒だとだいたいかけてお風呂に入りますから、どうしても、ね」
「度のほうはいかがですか?とりあえず測ってみましょうか?」

というわけで、ひさびさに測定をしてみた。

い て く り に

とかなんとか字が並んでいてそれを今のメガネをかけたまま読む。
「はい、左からお願いします」
「・・・・・(左ってどっちだっけ)・・・・・」
「i ・・・ te・・・ ku ・・・(えと次は ni  ri  か?ri  ni か?)・・・」

ことわっておくが、字はよく見えるのだ。ただとっさに、意味のない文字の羅列を読めといわれると、<「り」は「ri」だっけ?>と一瞬だが迷う。
測らねばならないのは視力ではなく、脳波か知能のほうかもしれない。

ともかく、大変な苦労をして(殴)検査を終えた。
前回と全然かわっておられませんね
「・・・ええ・・成長のないことで・・・」

実際は喜ぶべきことなのかもしれない。
少なくとも、近視が進んでるとか、乱視があるとか、老眼があるとかいわれるよりはマシなのだろうけど、
実のところ私の視力は、記憶する限り不動なのであって(これ以上、下がりようがないというだけの話かもしれないが)、
視力自体は微動だにしないのに、なぜレンズだけがダメになるのだ、そしてなぜそのために安くもないレンズを買い換えなければならんのだ・・と思ってしまう。


いや、そんなことを言っている間はまだ幸せだということもわかってはいるのだが・・・。