ほんとに珍しいことだが、今日は1分も弾かなかった。

弾きたいのはヤマヤマだったのだが、テレビを買い換えてその配達があったので、
少しでもお片づけをしようと思い、そのためには、気合で「弾かない」ことにしたのだった。

もともと私、模様替えは趣味といっていいほど好きなのだけど、
こういうことに関してもヒラメキでしか動かない私は、今回はまったくもって腰が重かった。
だいたい文章にしても、書き始めたときは、最後までほぼ決まっているから書けるのであって、ヒラメいた青写真をなぞるようにしてしか何事もできないところが、私の長所でもあり欠点でもある。

さて、「弾かない」はいいが、ヒラメかないままボーっと子供のおもちゃを整理し始めた私は、せめて何か録画でもみようと、またいらんことを考えてしまった。
見てないものといえば・・・・そうそうあった・・・
1月2日に録った「鹿鳴館」。
これ、四季に息子さんがおられる知人からの留守電で放映を知り、でもその後旅行に行ったり、ご存知のようにピアノにかまけていて、とても見る余裕がなかった。
そうは言っても、このような気合の入った演劇を片付けなぞしながら見てもいいものか・・・
・・いや、見てはいけなかった。後悔したが遅かった。
しかも、途中でテレビが来てしまって、前半しか見られなかった

ストーリーや演技については、まだ全部みていないのだし、語ることはできないのだが、
なにがおもしろかったって、演出の浅利氏が三島由紀夫についての思い出を語ったトークがすごかった。

なんでも、三島は作品を書くときは、某ホテルにこもっていたそうなのだが、
浅利氏の事務所はそのごく近く。よく呼び出されたらしい。
たぶん電話でだと思うのだが、三島が
「今、作品を書いてるんだが、読んでみたいか?」ときく。
浅利氏はほかに言いようもないので(爆)
「読みたいです」と答える。すると三島は
「よしっ!待ってろ」みたいな感じだったらしい。

しばらくして
「一幕書いた。読みたいか?読みたいなら今日いつでもいいから来い」と電話が。
「ハイ読みたいです。何時でもいいのですね?」と念を押す浅利氏。

・・・で浅利氏は、じらし作戦なのか、遅くに三島の部屋へ行く。
すると、三島は
白いタキシードのような姿でうろうろしており、
「貴様、遅いじゃないかっ!」

と怒鳴ったのだそうだ。
「でも、何時でもいいっておっしゃったじゃ・・・」
というわけ。
タキシードを着てうろついている三島は、浅利氏によると
まるで「○女が初めて男の前で・××・・・」といった風情だったらしく、
浅利氏が読みながら
「?うん?」とか言おうもんなら
「なんだ!どうしたっ!」と。
「・・いや、ただ字が読みにくかっただけで・・」(爆)

そうして一幕読み終えて三島を見ると、顔面蒼白
具体的にここが良かったあそこが良かったと語るうちに、血の気が戻って生き生きとなったという。
ちなみに、2幕以降を読まされたことはなかったという。

そのほかにも、自身の作品についての周囲の反応に異常に敏感で、
自信と不安でがんじがらめであるかのような三島のエピソードがいくつか紹介された。

私自身はというと、若いころは、三島を読んで眠れないほど興奮したこともあったし、
勉強の必要からいくつかの小説も読んだが、特に傾倒した作家ではなかったし、
戯曲に関しては無知に近い。
が今日、「鹿鳴館」の前半だけだが見てみて、戯曲における三島の言葉の輝きに非常に惹かれた。

あと3年ほどで三島の享年を超えるわけだが、その前にひとつ読み返してみたいと思った。