日付変わって昨日のことだが、区民文化センターのピアノ開きがあった。
午前の部が朝10:00~12:00、午後の部が13:30~16:00過ぎまでだった。
大ホールに新しく入ったピアノを無料で弾けるなんてめったにないチャンスなので、さぞやたくさんの方がおしかけるのではと思っていたのだが、意外とそうでもなかったようで、ぎりぎりまで出演希望者を募っていた。
行ってみて感じたことなのだが、やはりお子さん方には、
「どこそこの先生のお弟子」ということが常につきまとうものなので、
仕上がりに自信のないものは、先生もそう簡単に出演をOKされたりしないのだろうな、と大人の気楽さを省みたり、有難がったりしたのだった。
私の参加しているピアノサークルからは、午前午後あわせて10人ほどが参加したのだが、この規模の舞台に初めて上がる方から、私のようなものまでキャリアはいろいろだ。
こういう子供大人混合の舞台というのは、あまりないものなのだが、
自分が大人のせいなのだろうか、大人の演奏は技術的におぼつかないところがあっても、あがってしまってなんだかわけわからなくなっても、「ピアノが好きだ」という気持ちがにじみ出ていて、ひきこまれてしまう。
それとこれは大人子供問わず感じたことなのだが、指の回る回らないに関わらず、
「ピアノ自体が鳴り響いている人」と「響きのない人」にはっきり分かれたのは不思議だった。
今日のピアノはほんとに気持ちよく響くピアノで、レスポンスも速く、
この会社のフルコンを今まで何台弾いてきたかわからないけれど、
その中でも印象に残る「好きな楽器」であった。
ただ細かいニュアンスをキャッチするだけに、どれだけ深く掘り下げて弾いてきたかもまたバレバレの、怖い楽器なのであった。
私は今回、ピアノの響きを良く聴きたかったので、技術的には少し余裕のある曲を用意していった。
なので・・・・少し、遊んだ(爆)。
もちろん練習した通りに弾いたわけではあるけれど、どっちの方に音が響いているかとか、
間をあけてみたらどのくらい残響があるのかとか、
ちょっとうなってみたら(殴)聴こえてしまうものなのかとか、
いろいろ試してみた。
結果、あれくらいの音の密度の曲ならば、かなり弾きながらもコントロールできるように思った。やはり技術に余裕があるのは楽だ。コンペの曲は今更ながらなのだが、いっぱいいっぱいだった。
午前の部最後は、顔見知りのMちゃん(中1)のゲスト演奏だった。
ただお話したことやメールでお母様とやりとりしたことはあっても
演奏を聴くのはこれが初めてで、かねて噂では「大変な才能だ」と耳にしていたので大変楽しみにしていた。
モーツァルトのソナタ、ショパンの「黒鍵」、チャイコフスキー「くるみ割り人形」から、リストの「波を渡るパオラの聖フランチェスコ」がプログラム。
モーツァルトは軽やかな右手と低音とリズムの効いた左手、「黒鍵」は完璧、
「くるみ割り」はどうしてピアノからチェレスタの音が出るんだと思い、これいつかも感じたよなあ・・と某来日ピアニストの演奏会を思い出したが、
そのときの演奏より色彩や空気の豊かさを感じた。
そして、最後のリストだが・・
この曲自体がひとつの奇跡を表現した曲なのだが、目の前でなぜ中1の女の子がこんなにも深い魂のレベルの表現をなしえているのかが信じられない思いだった。
不覚にも涙がとまらなかった。
結局昼に上の子と合流して、午後の部まで聴き、
夜は仲間と打ち上げをした。
ほんとにまる一日ピアノ漬けだったわけなのだが、
7月の福岡予選に始まった一連のピアノ行事のしめくくりとして、
幸せな一日だった。
一日付き合ってくれた子供にも感謝。
午前の部が朝10:00~12:00、午後の部が13:30~16:00過ぎまでだった。
大ホールに新しく入ったピアノを無料で弾けるなんてめったにないチャンスなので、さぞやたくさんの方がおしかけるのではと思っていたのだが、意外とそうでもなかったようで、ぎりぎりまで出演希望者を募っていた。
行ってみて感じたことなのだが、やはりお子さん方には、
「どこそこの先生のお弟子」ということが常につきまとうものなので、
仕上がりに自信のないものは、先生もそう簡単に出演をOKされたりしないのだろうな、と大人の気楽さを省みたり、有難がったりしたのだった。
私の参加しているピアノサークルからは、午前午後あわせて10人ほどが参加したのだが、この規模の舞台に初めて上がる方から、私のようなものまでキャリアはいろいろだ。
こういう子供大人混合の舞台というのは、あまりないものなのだが、
自分が大人のせいなのだろうか、大人の演奏は技術的におぼつかないところがあっても、あがってしまってなんだかわけわからなくなっても、「ピアノが好きだ」という気持ちがにじみ出ていて、ひきこまれてしまう。
それとこれは大人子供問わず感じたことなのだが、指の回る回らないに関わらず、
「ピアノ自体が鳴り響いている人」と「響きのない人」にはっきり分かれたのは不思議だった。
今日のピアノはほんとに気持ちよく響くピアノで、レスポンスも速く、
この会社のフルコンを今まで何台弾いてきたかわからないけれど、
その中でも印象に残る「好きな楽器」であった。
ただ細かいニュアンスをキャッチするだけに、どれだけ深く掘り下げて弾いてきたかもまたバレバレの、怖い楽器なのであった。
私は今回、ピアノの響きを良く聴きたかったので、技術的には少し余裕のある曲を用意していった。
なので・・・・少し、遊んだ(爆)。
もちろん練習した通りに弾いたわけではあるけれど、どっちの方に音が響いているかとか、
間をあけてみたらどのくらい残響があるのかとか、
ちょっとうなってみたら(殴)聴こえてしまうものなのかとか、
いろいろ試してみた。
結果、あれくらいの音の密度の曲ならば、かなり弾きながらもコントロールできるように思った。やはり技術に余裕があるのは楽だ。コンペの曲は今更ながらなのだが、いっぱいいっぱいだった。
午前の部最後は、顔見知りのMちゃん(中1)のゲスト演奏だった。
ただお話したことやメールでお母様とやりとりしたことはあっても
演奏を聴くのはこれが初めてで、かねて噂では「大変な才能だ」と耳にしていたので大変楽しみにしていた。
モーツァルトのソナタ、ショパンの「黒鍵」、チャイコフスキー「くるみ割り人形」から、リストの「波を渡るパオラの聖フランチェスコ」がプログラム。
モーツァルトは軽やかな右手と低音とリズムの効いた左手、「黒鍵」は完璧、
「くるみ割り」はどうしてピアノからチェレスタの音が出るんだと思い、これいつかも感じたよなあ・・と某来日ピアニストの演奏会を思い出したが、
そのときの演奏より色彩や空気の豊かさを感じた。
そして、最後のリストだが・・
この曲自体がひとつの奇跡を表現した曲なのだが、目の前でなぜ中1の女の子がこんなにも深い魂のレベルの表現をなしえているのかが信じられない思いだった。
不覚にも涙がとまらなかった。
結局昼に上の子と合流して、午後の部まで聴き、
夜は仲間と打ち上げをした。
ほんとにまる一日ピアノ漬けだったわけなのだが、
7月の福岡予選に始まった一連のピアノ行事のしめくくりとして、
幸せな一日だった。
一日付き合ってくれた子供にも感謝。
