大学時代のピアノサークルに関わる雑用をしていたところ、ふとあることを思い出した。

在学中、学園祭で、K大学のピアノクラブとジョイントコンサートをやったことがある。
当時、T大、W大、K大のピアノサークルは相当有名だった。常識的に考えるとお近くのT大と組むのが自然な感じだが、なにかコネがあったのか、マニアックなT大ピアノの会に相手にされなかったのか、どういうわけかK大と組むことになった。

たしか連弾ばかりで、私はドビュッシーの「小組曲」を弾いたように思うが、記憶のなかの相手は、オレンジ色のドレスに身を包んだ上品なお姉さまだったのに、写真には背のやたら高いおぼっちゃま君と写っている。
もしかしたら、二年連続でやったか、学園祭以外の機会でも組んだのかもしれない。

彼らはウワサどおり本当にブレザーを着ていて(笑)、ピアノも個々人で先生についていて、サークルはお互いの批評等をする場だったようで、どちらかといういうと研究会的な感じがした。
サークル自体に指導者が3名いて、その先生にレッスンを受けることを前提とし、みなで集まるのは発表会やイベント時という、私たちのサークルとはかなり性質が違ったように思う。

残念ながらあまりに遠い記憶で、具体的なことはなにひとつ覚えていない。

たしかこの時のあちらの部長さんはH君といった。
彼については、<O将>で飲んだおりに、ショパンのエチュードの速弾き自慢(爆)をきかされた記憶があるだけで、その後、某証券会社に就職したとかきいていた。

その彼から、卒業後2年目くらいに電話をもらった。
なんでも、Y楽器会社に転職し、そこで、たまたま子供の頃の作曲コンサートの名簿をみていたら、私が載っていたので電話してみたという。
そして、「今度目黒の中華屋で、そのコンサートメンバーのOB会みたいなのをやるからきませんか?」と。
私は、そのころはまったく音楽に無縁の生活をしていて、とにかく朝から晩まで接客一筋だったのだが、たぶんその日があいてたのだろう、ほいほいと返事した。
たぶん「今はまったく音楽を離れているけど昔は作曲なんかもしてたよねえ・・」くらいの集まりだろうと、気楽に考えていた。

いってみたら、当然といえば当然なのだが、誰も知っている人はいなかった。
それどころか、ほかの人たちはかなり親しい感じだし、ちょっと独特の雰囲気だった。
自己紹介が始まった。
「T音大ピアノ科の・・・」
「G大作曲科の・・・・」
「G大院の・・・・・・・」

おいっ、みんな音大生か?
しかもG大、T大だらけじゃないか?

たぶん20人いたかいないかくらいだったと思うが、フツーのお仕事は二人くらいしかいなかった。
その夜、話題にまったくついていけずまいったのを思い出す。
だって「○○君、この前彼女にバラードを作曲してプレゼントしたんだって?」とかそういうノリだったのだ。

数年後、週刊誌にシンクロの日本チームの作曲者の名が出ていたが、
それはその時私の隣の席に座っていて、電話番号まで交換した、かわいいかわいい音大生だった。
また、みんなにさんざんからかわれていたK君は、いまやピアノ関係の講座で全国を飛び回っている売れっ子教師(ピアニスト)になっている。

もしかしたら、ほかにもいろんな人がいたのかもしれないが、
あまりにも場違いすぎて、なにも覚えていない。

そういえば、H君の名前も、大学のピアノサークルを母体としたコンサート(ネット上ではかなり有名・・「こだわり」で)でその名をお見かけした。
ショパンの速弾き自慢の彼は、今はバッハばかり弾いているという。
また、いつか再会の日もあるかもしれない。