朝からFMを聴くことはめったにないのだが、
「ピアノを始めるまでのちょっとだけの間」とつけてみた。
最初は、ファリャの<火祭りの踊り><三角帽子より>というわけで、
「今日はスペインものなのだな」と楽しんで聴いていた。
ところがトイレに入っていたら(朝からすみません)、流れてきた曲に固まってしまった。
今週末に私が弾こうとしているアルベニスの曲のギターでの演奏。
この曲(<組曲スペイン>からタンゴ)に関しては、実はCD等を聴いたことがなく、
テンポに今ひとつ自信がもてなかった。
FMの演奏は実に実に微妙なテンポだった・・・・・
これ以上のびると間抜けだし、これ以上速いとせかせか感じる。
うわっ、思っていたより難曲だ。
「朗々とゆったりと、しかし踊れるテンポで」ですね。
「ああ、参考になった!」とさてピアノに行こうとしていたら、
次の解説が始まってしまった。
「アルベニスはギターの奏法をピアノに取り入れ・・・」
「次に、アリシア・デ・ラローチャによるアルベニス作曲<スペインの歌>をお送りします」
そしてこれを打ちながら聴いているのだが、
実は<前奏曲>の冒頭はどう聴いてもギターの音色に聴こえた。
最高音部が出てきてやっと「ああ、ピアノだ」と思えた次第。
名手にかかると時々こういうことがある。
究極の憧れだ。
ジャン・マルク・ルイサダはパウル・バトゥラ・スコダにも師事したが、
「スコダのピアノを弾く左手からチェロが聞こえてきた。いつか自分もそのようになれたら」
と語っていたという。
そのルイ・サダも福岡澄子氏(仏語通訳者)によると、
ビゼー<ラインの歌>でみごとにチェロの音色を奏でておられたという。
目にもとまらぬ超絶技巧打鍵よりも、
地鳴りのような迫力ある轟音よりも、
なによりも不思議なのは、ピアノから他の楽器の音色が聴こえることだ。
毎年、編曲ものをコンペで弾いている私は、
「もっと他の楽器の音色が表現できるといいですね。今はピアノの音にしか聴こえません」
というコメントをかならずといっていいほどいただくわけなのだが、
そんなことができれば、そりゃもう、うれしいことです!
「ピアノを始めるまでのちょっとだけの間」とつけてみた。
最初は、ファリャの<火祭りの踊り><三角帽子より>というわけで、
「今日はスペインものなのだな」と楽しんで聴いていた。
ところがトイレに入っていたら(朝からすみません)、流れてきた曲に固まってしまった。
今週末に私が弾こうとしているアルベニスの曲のギターでの演奏。
この曲(<組曲スペイン>からタンゴ)に関しては、実はCD等を聴いたことがなく、
テンポに今ひとつ自信がもてなかった。
FMの演奏は実に実に微妙なテンポだった・・・・・
これ以上のびると間抜けだし、これ以上速いとせかせか感じる。
うわっ、思っていたより難曲だ。
「朗々とゆったりと、しかし踊れるテンポで」ですね。
「ああ、参考になった!」とさてピアノに行こうとしていたら、
次の解説が始まってしまった。
「アルベニスはギターの奏法をピアノに取り入れ・・・」
「次に、アリシア・デ・ラローチャによるアルベニス作曲<スペインの歌>をお送りします」
そしてこれを打ちながら聴いているのだが、
実は<前奏曲>の冒頭はどう聴いてもギターの音色に聴こえた。
最高音部が出てきてやっと「ああ、ピアノだ」と思えた次第。
名手にかかると時々こういうことがある。
究極の憧れだ。
ジャン・マルク・ルイサダはパウル・バトゥラ・スコダにも師事したが、
「スコダのピアノを弾く左手からチェロが聞こえてきた。いつか自分もそのようになれたら」
と語っていたという。
そのルイ・サダも福岡澄子氏(仏語通訳者)によると、
ビゼー<ラインの歌>でみごとにチェロの音色を奏でておられたという。
目にもとまらぬ超絶技巧打鍵よりも、
地鳴りのような迫力ある轟音よりも、
なによりも不思議なのは、ピアノから他の楽器の音色が聴こえることだ。
毎年、編曲ものをコンペで弾いている私は、
「もっと他の楽器の音色が表現できるといいですね。今はピアノの音にしか聴こえません」
というコメントをかならずといっていいほどいただくわけなのだが、
そんなことができれば、そりゃもう、うれしいことです!
