今年は、もちろんモーツァルト生誕250年であるわけなのだが、
シューマン没後150年(1856年7月29日、46歳)でもある。
こちらの盛り上がりはいまいちだ。
「没後」だからいまいちなのかもしれないが、では生誕200年にあたる2010年はどうか?
こちらもショパンの生誕と重なっている(ショパンは3月、シューマンは6月生まれ)ので、影が薄くなる可能性大だ。

う~ん、なんとか盛り上げたい!
そこで、私の<シューマン没後150年キャンペーン>

1.今弾いている「プレスト・パッショナート」の納得いく仕上がりを目指す。
2.「詩人の恋」全曲をドイツ語で歌えるようにする
3.なるべく多くの楽曲を聴いてみる(特に、ピアノ曲は意外に聴いていないし、
あまり弾いてもいない)

次にゲリラ的目標
1.楽器店やCDショップで、シューマン関係のものをこっそり目立つところに移動させる。
2.<シューマンチョコ>を作り、「モーツァルトチョコレート」や「ショパン 第○番」とかいうチョコのとなりにこっそり置いてくる。
3.「モーツァルト」と名のつく喫茶店にいって、メニューにこっそり<シューマンブレンド>と書き足して帰ってくる。

あと、ワールドカップツアーに便乗して「シューマンゆかりの地を訪ねる」とかも考えたのだけれど、
「ここが飛びこんだライン川です」とか「ここが入院していた精神病院です」等
つらい旅にもなりそうなので、ボツにした。

今読んでいる、スタニスラフ・ブーニンの自伝『カーテンコールのあとで』によると、
ブーニンは10歳以降シューマンに傾倒し、14歳になるまでに
2曲のソナタと「ダヴィッド同盟舞曲集」以外の曲はほとんどすべて弾けるようになったらしい。
特に勉強になった曲は「交響的練習曲」「幻想曲ハ長調」「クライスレリアーナ」。
なかでも、「クライスレリアーナ」はロン=ティボー国際コンクールで覇者となった思い出の曲だそうだ。

このブーニンの自伝については、ソ連における音楽学校の様子とか、
こちらが思いも至らなかったような恐るべき状況も書かれていて、
またいずれ詳しくご報告したいと思うのだが、
ブーニンといえば「ショパン」のイメージが強かっただけに、
最初の徹底分析が「シューマン」であったことは意外だった。

ということで、キャンペーン開始です!