日頃、「コシ」や「タメ」のある曲をこよなく愛する私だが、
一度だけ「朝ぼらけ」のような曲に救われたことがある。

3年ほどまえ、下の子を出産した時の話。
これは、予定された帝王切開で、手術の前日に入院することになっていた。
といっても、普通分娩に困難な状況を抱えていたわけではなく、
「うちの病院は第一子が帝王切開の場合、次の出産もそのようにしていただいています」
というただそれだけのことだったので、特に心配なことはなかった。

入院した夕刻、看護師さんが手術の説明にこられた。
図入りのボード片手に
「ここをこう切って、中をこう切って、こうやって出して、
こう縫って終わりです」
と、家庭科の実習も真っ青の懇切丁寧な説明だ。

「なにか質問はありませんか?」
「いえ」
「明日、手術の時、お好きな曲をかけることができるのですが、
何かリクエストはありませんか?」
・・・・・・・・・・・
そういえば、海外のドラマなんかの外科手術の場面で、
ノリのいい曲が流れ、医者が鼻歌まじりにメスをさばいていることがある。
あれか?

その時、頭にいきなり浮かんだのは
<ラデツキー行進曲>
だったのだが、これを伝えたものかどうか、伝えたところで果たしてコレクションにあるのかどうか悩んだ。
かつ、この曲を担当医が嫌いだったら・・とか、ノリがよすぎてゴキゲンになり過ぎたら・・
とか考えてしまい、判断に悩んだ。

「いえ、私は特に。担当の先生のお好きな曲でお願いします」
無難な返答に落ち着いた。
なにしろ、いちおう<命の現場>であるのだから、たとえ私でもふざけてはいられない。

翌日、朝から、いきなり「予定外の陣痛」がきた。
10日も前なのに、だ。
おそらく<前処置>と称するものにいろいろ刺激されたために違いなかった。
そのまま産ませてくれるのかと思ったら
「手術の順番早くしますから、ガマンしてくださいね~~」
おいっ、トイレ我慢してるのとわけが違う。
さすがに「気力」で我慢するのではなく、「点滴」で我慢させられた。

陣痛がきたのは朝一、手術は午後二時過ぎだ。
点滴でおさまってきたとはいえ、やはり「おさえて」いるのだから、
気分のいいものではない。

早く産ませてくださいっ

とてもとても、ラデツキーな気分ではなかった。
そしてやっと、待ちに待った、手術。

部屋に流れていたのは、エンヤだった


心の底からほっとした。
「血湧き肉踊るような曲」だけでは生きられないのだ、ということを
この時初めて悟った。