好きこそ

 ものの上手なれ

 

とはよく言うけど

 

好きになるって

生まれつきのものもある

だけど

成長の過程で左右されることも

たくさんあると思う

 

上手にできること

それが好きになるのは

できるから

だけでなくて

きっと

できたことで褒められたこと

周りの反応からの優越感とか

そういうのも含まれてると思う

 

一方で

上手じゃなくても

好きってこともある

好きだから続けて

だから

徐々に上手になるってこともあるし

 

そして

小さい時の経験で

大きく関わってくるのが

大人の反応だ

 

今NHKの

「奇跡のレッスン」を見てる

今回の先生は

スペインから来てくれた

ダビッド先生だ

 

試合に出場して

遅れてきた子に

「今日の試合どうだった?」

とダビッド先生が聞く

 

聞かれた子は

「ベスト8で負けた」

 

そして

ダビッド先生は答える

「順位じゃない」

 

大切なのは

練習の成果が出せたか

そして

楽しんだか

 

これって

すごい言葉だと思った

 

練習とか

試合の前は

簡単なんだよね

 

よしっ

練習頑張ってきたんだから

楽しんでこい!

 

とかね

 

試合を見に行って

負けたところを見たら

悲しんでるな・・・

悔しんでるな・・・

と思って

 

負けても

よくやった!

 

そういうのは

できるんだよね

 

だけど

試合を見てない相手に

楽しかった?

試合はどうだった?

と聴けるかは自信がない

 

聞かれた子が

順位を答えたのも

順位を求められることが多いから

 

順位の後に

で、どうだった?

というのはあるだろうけど

 

順位は聞いてない

そう言われるのは

驚きだったと思う

 

順位を言われて

それを飲み込まれたら

やっぱり

その後に何を言われても

子どもは感じ取る

 

ほら

順位なんでしょって

 

もちろん

順位がいらないという訳ではない

そこで

順位が低かったから悔しい

負けたら悔しい

それを次の原動力にするのは

大切なことだ

だから

全員で一斉ゴールの

徒競走なんて

馬鹿馬鹿しいと思ってた

 

だけど

ダビッド先生が

試合に負けても

自分を変えようとしていたので

素晴らしい

 

そう言ったように

順位・勝敗だけじゃないことが

大切だと思う

 

順位は自分を成長させるために

役立てればいいことで

目的じゃない

 

ダビッド先生が

素敵だと思うのは

そのことを

口先だけじゃなく示してること

勝ち負けは関係ない

そう言って

実際は気にしてる

そうじゃないことが

伝わってくる

 

保護者に言ったのも

勝ち負けじゃない

楽しんでいるかだ

 

勝っても

負けても

愛してることを伝える

 

負けても

それで自己否定にならず

次を頑張ろう

そう思えるのは

潰れないで挑戦できるのは

やっぱり

支えがあると感じられることだと思う

 

スポーツの世界だけじゃなくて

受験でもなんでも

 

これを取れなきゃ

自分は

生きてる価値がない・・・

 

そんな風に

子どもたちを貶めているのは

周りの大人なんだろう

 

楽しんでる奴が強い!

逆境も楽しみに変える

 

そして

ずっと書こうと思って

書いていなかったことをもう一つ

 

ワイドなショーに

陸上の末續選手が出て

みんなに

「もっと専門的なことを・・・」と言われ

笑われていたのだけど

 

子どもの足をもっと早くするには

どうしたら良いですか?

 

という質問に

 

まずは

子どもが走ることが楽しいと思えるように

自分が楽しんでるところを見せる

 

そう答えた

技術的なことじゃなくて

好きになること

それが大切

 

そして

子どもにそう思わせるのは

楽しんでいることころを見せること

 

これって

スタジオでは

技術的なこと教えてよ!という

笑いで

終わっていたけども

 

すごいと思う

 

本当にその通りだと思う

 

そして

それって

簡単なことに思えるかもしれないけど

できてないことってすごい多い

 

先生が

なんでもポジティブなクラスは

総じて子どももポジティブ

先生が

なんでも楽しんでるクラスは

総じて子どもも楽しんでる

 

できる

できないではなく

楽しんでる

 

口で言うことって

難しいこともあるけど

実は簡単なことで

 

もっと難しいのは

見せること

 

口で

あぁして

こうして

あぁやって・・・と解説しても

嫌々だったら

子どもって

見事なくらい

瞬時に見抜く

 

先生が

下手でも

間違って

諦めずに

楽しそうにしていたら

子どもは感じとる

 

あっ

間違ってもいいんだ

下手でもいいんだ

 

そう感じることで

心のどこかで感じた

好き

を継続していくことができる

 

好き

という自分の心の声が

周りの

へたくそだな

できないじゃん

という声にかき消されてしまう

 

それで

自分ができることは

なんなのか

自分が得意なことは

なんなのか

どんどん見えなくなっていく

 

心は

好き

の信号を

送っていたのに・・・

 

子どもに

心の声を聞かせよう