過去の日記

年度が書いてないので

いつのことかは分からない

5月20日(月)

 

でも日にちと曜日の組み合わせが分かれば

分かるのでは?

 

と思ったら

ネットは凄い

 

1995年と出ましたよ!

 

で、私はその前日にBon Jovi公演に行ったことを

20日の日記に書いているようです

 

東京ドームでの公演

 

ダフ屋をかき分けて会場に向かったようで

当時は伊藤正則さんの金曜深夜のラジオでやる

先行予約に命をかけてて

深夜にFMのアンテナを持ちながら

よく受信するポイントを探し回って

それで電話を必死にかけてた・・・

 

高校の同級生と公演に行き

待ち時間にも世界史の勉強をしたようです

偉いなぁ

 

Alwaysの時には

ライターの光をみんなで灯してたようです

今もドームの中でライターってつけれるのか?

今はスマホのライトとか使うんだろうけど

 

そして

Someday I'll be Saturday nightの時は

次にライブに来るときは

私もSaturday night になってやる!なんて

思ってたらしい・・・

 

あれから暫く経つが

どうもSaturday nightにはなってない気がするが・・・

毎日月曜日みたいな気分って訳でもないから

まぁ良いんじゃ無いかな

 

でも当時の私は

あと4~5年はこの感じは味わえない

次来るときは会社帰りだったりするのかも

等と思って

涙してたらしい

 

そして前年のライブの方が良かったと

前の年は4回のアンコールをやってくれたのに

この時は

意外にあっさり帰ってしまったらしい

 

今、BTSのライブ見てると

お決まりのアンコールしかやらないので

まぁバンドメンバーが分かってれば

演奏始められるとかじゃないから

色々大変なんだろうけど

 

まぁBon Joviの場合は

Jonのさじ加減が大きかったと思うけど

この日は花火が打ち上がって終了で

花火を皆が見てる間に

さーーーっと本人たちは会場を後にしてるんだろうな・・・と

打ち上がった花火を見て

心が冷めていたようです

 

インタビューでも

Jonがのってしまうと

どんどん演奏を続けてしまって

プロモーターが

これ以上やると違約金が発生するから

後1曲でやめてくれ!と指を1本たてたら

Jonは「あと1時間良いの?」と

ルンルンで演奏を続けてしまったという話があった位だから

それを期待してしまったんだろうけど

 

公園での花火も

なんなら昼間の子どもの遊ぶ声でさえも

苦情が出る世の中になったから

公演の際の規制が

どんどん厳しくなっていたのかも知れないけどね

 

まぁ私は

日本は金を稼ぐために来てんのかい!

と悲しんでいました

 

これは

海外アーティストのファンになると

どうしても感じることですよねぇ

今は Japanese yen の力は弱くなったけど

それでも

日本のファンは息が長い!ってのは

今も色んなアーティストに思われてる

他の国には行かないのに

日本にだけは毎年のように来てたり

 

まぁ・・・それも

他で稼げなくても

ここなら・・・・という金の力ではあるけどね

 

それはBTSでも感じることがあるわけで・・・

自国以外のアーティストを応援する者の

宿命でしょう

 

日本は最高だよ!

と言ってもらえると嬉しいけど

それが口だけかどうかは

なんとなく分かるから

本当にお忍びでも来てくれたりしてると

嬉しいけど

そうじゃない場合

特に他国のメディアで

日本はさぁ・・・みたいに言ってる場合とかね

 

まぁ今はネットですぐに拡散されると

アーティスト側も分かってるから

そういうことを言うのは減ったんだろうけど

昔は海外の雑誌なら

バレないだろう・・・みたいな発言は

あったと思う

 

何はともあれ

高校生の私は

ライブの翌日

学校から帰ってきてから

VHSでBon Jovi のライブ映像を見て

早く会いたい!と

また悲しんでいたようでございます