シリアで今起きていることと
その理由を理解するために役立つとして
紹介されていた漫画

知っていましたか?

Trying to follow what is going on in Syria and why? This comic will get you there in 5 minutes.


2011年2月
シリアの気温変動

作:Audrey Quinn 絵:Jackie Roche

伝説によるとシリアの内戦は南西の町Daraaにスプレーで描かれた絵から始まったという
 
2006年から2011年に国の半分以上が、記録上最悪の干ばつに見舞われた。
(中東の干ばつ)この干ばつは天気の自然変動として説明されるものよりも強烈で、長く続いたのです。気候変動です。
85%近くの家畜が死に
シリアの有名なハラビー唐辛子の畑も枯れてしまった。
当時の大統領のバッシャール・アル=アサドの行った援助はほとんど役に立たないものだった。彼の政権は彼の党路線に従って井戸掘りの権利を与えていたので、農民は自分たちで違法の井戸を掘らなければならなかったのです。
また、彼に反対する人たちは、投獄され、拷問され、時には死に至らされることすらありました。
地方の農民の100万人近くが、干ばつにより農地を失い、
そのような人たちがDaraaのような都市にどんどんと集まったのです。
都市では水の問題はより切迫していました。
仕事も十分にはなく、かつては裕福であった農民は、通りの掃除人の仕事が見つかるかどうかという状況でした。
そのため、若者たちのグループは、自分たちのフラストレーションを表現し始めたのです。
人々は、政府を転覆させたい!などをスプレーで描いたのです。
彼らはカイロとチュニジアでの革命のスローガンを使いました。
地元の秘密警察が、若者15名を逮捕しました。
諜報機関に隣接する小部屋で、警察は少年たちに拷問を行ったのです。
肌を焼き、爪を抜いたのです。
この少年たちは、Daaraの著名な家庭の出身であり、家族は統治者の家へ行進を行いました。
シリア政権では独裁的支配が習慣的に行われていました。
抗議行動は街のいたるところで引き続き行われました。
するとシリアの他の町の人々もDaaraの若者のために集結したのです。
抗議行動は干ばつの起きた道をなぞるように広がりました。
このような継続した抗議行動がシリアで起こるとは考えられていませんでした。
シアトルのレポーターであるAlex Stonehillは2010年の終わりにシリアに滞在していました。彼は、その数ヶ月後に革命が始まったことに驚きました。
「戦争が始まる前は、とても安定した状態だったのです。そのような動きが他で始まった時も、シリアでは起こらないと思っていました。」
Daaraでの抗議行動が起こる直前、国際的な安全保証分析を行う人々は、シリアはアラブの春の影響を受けないとを公表していたのです。
「シリアのデモは不運にも、大統領のバッシャール・アル=アサド政権を脅かすまでには至らないだろう。」
アサドファミリーは過去40年間、中東で最も圧政的ながらも、安定した政権を築いていたのです。
では、何がシリアをこのような危機的状況に押しやったのでしょうか?
人が原因で起きた気候変動がその原因でしょうか?
アナリストは2006年から2011年に起きた干ばつがシリアの人々に与えた影響を過小評価していたのです。
Francisco FemiaはワシントンD.C.のClimate and Securityのディレクターです。
「国際社会の一員として私たちは環境ストレスについて十分な検証を行ってきませんでした。
150万人もの人々が自分たちの家畜をすべて失ったということに目を向けることはとても大切なことです。5年にわたる干ばつであり、人々は地方で暮らすことができなくなったのです。
このような地方の農村から都市部への大きな移動が起きたことが社会情勢の不安定を招き、また、改革の動きを継続させたのです。」
残酷な支配が数10年続いた後の気候変動がシリアの不安定なストレス要因となっていたのです。
気候的ストレスの影響にさらされているシリアが、政治的に回復したとしても、2050年には農業の生産能力がほぼ50%落ち込んでしまう道を辿るのです。
温室効果ガスの排出量が続くようであれば、より酷い干ばつが起き、水不足も深刻化するでしょう。
そしてシリアはほんのわずかな政治的要因が、気候変動のストレスと合わさることで、国が荒廃する危険性があることの警鐘として残っていくでしょう。

訳の間違えがあるかと思いますが・・・
こんな感じかぁと思っていただければ、と思います。