GW

能登に行って来た

 

車の運転に自信がないので

自分で現地に行ける人の募集には応募できない

寝袋等を持っていくテント泊募集には

コンパクト寝袋をどこかに無くしてしまった身としては

そこから買わなくてはいけないことや

ゆっくりお風呂に入りたいというわがままで

こちらもダメ

なので

バスで現地まで連れて行ってくれるのを

探したのだけど

数が少なく

嬉しいことなんだけど

残念ながらすべて満席

うーーん

せっかくのお休みも

行けないのか・・・?

と思ったら

金沢駅に集合で

バスで現地まで連れて行ってくれるボランティアの募集が

休み直前に開始

 

GW前半の募集は

アイドルコンサートかよ!という位の

秒速で「満席」表示

そして中盤の平日部分の募集は

応募のシステムを変更してくれたりして

なんとか1日参加できることに

 

こんな直前では

諦めて他の予定を入れてしまった人もいるだろう

私もその一人だったけど

キャンセル料が発生しないぎりぎりの所だったので

宿も決めずに申し込む

ありがたいことに

宿もお手軽価格でとることに成功

 

そっか

こんなに色んな人が

何かしたいと思ってるんだ!

それは素晴らしいこと

 

だけど

行けなかった人も

たくさんいるわけで

なんとか受け入れができたら・・・とも思った

そして

もうちょい早い募集だったら

さらに多くの人が来たのではと

思ってしまった

 

でもね

行ってみると

どの人も経験者・・・

 

あぁあの時は

こんな支援してくれてましたよね

あそこは

こうでしたよね

って

 

そうなんだよね

ボランティアって

やる人はやる

けど

やらない人はやらない

っていう

当たり前のことなんだけど

それを突き付けられる

 

でね

ボランティアに行くとなると

周りの反応で

面倒くさいな・・・・って

思うことが多々ある

 

自分はする気が一切ないのに

「ボランティアは世間的に

『いいこと』だから

これは何か誉め言葉をかけなくては・・・」

的な

「凄いですねぇ」

 

凄くはないんだよね

いや、凄い人もいるよ

毎週のように通っていたりね

だけど

きっとそんな本人は

「凄いことだからしてる」って

想いはないと思う

 

そういう人もゼロではないだろうが

そういう人は

結局続いてないと思う

 

ボランティアに参加した人に

「凄い」とか「偉い」とか

っていう感想を言うのは

違うと思うのだ

 

違うんだよ

 

そういうことになると

話す気がなくなってしまうのですよね

凄いとか偉いとか言って欲しくて言ってるわけじゃないのだから

 

でも

現地に行ったら

周りに話す義務だってあるとは思っている

 

実際

話したことで

自分でもできるかもって

踏み出した人もいるし

募金とかできる範囲でしますと

動いた人もいるから

 

だから

伝えていきたいとは思うけど

あまりにも

凄いとか偉いとか

そういう心無いというか

他人事な感想のオンパレード

それも

「私はしないけどね」

のメッセージ付き

時には

「褒めて欲しいんでしょ」

「偉いって言って欲しんでしょ」

まである

あぁ~やんになっちゃうなぁ・・・って

 

災害ボランティアに行くのに

特別な技術って

なくても平気な場合がある

そりゃ

技術がある人が来てくれれば

凄い助かるのだ

もうロープをくっくっくと

あっという間にほどけにくい結び方をしちゃったり

想い荷物を運び出すのに

効率的な運び出し方を

ぱぱぱっと提案してくれたり

マニュアルの軽トラを

颯爽と運転して

細い道もさくさくさくぅっと移動しちゃったり

リーダーお願いできる人はいますか?

という質問に「はい」と手を挙げちゃうのは

カッコいいのだ

 

そうなりたい!

とは思うけど

 

全くそんな技術はなくて

一般的な体力だけを携えて

ボランティアに向かっても

できることはあるのだ

 

災害が起きてすぐは

そんな技術とか

医療的

精神的なケアができる技術とか

そういうのを持っている方が

優先されるべきだし

現場で自分の安全が確保できない状態で

周りにかえって迷惑をかけてしまうっては

本末転倒だから

それはダメだけど

 

ある程度

状況が落ち着いたら

私のような凡人にも

できることがあるのだ

 

素晴らしい技術を持った人たちの中で

できることをすればよいのだ

 

ただただ物を運んだり

洗ったり

それでも力になることだってある

 

だって

思い出いっぱいの荷物を

家中の荷物を捨てるために運び出すのは

気力もない中ではできない

 

だから

そんな時に

ボランティアができることは

あると思うのだ

 

事実

これ自分たちだけじゃ何日もかかっちゃうものを

ボランティアが来て数時間で

できちゃったりする

 

そして

「もういいやと思ってたけど

 こんなに多くの人に助けてもらったら

 生きなきゃって思いました」

「こうして助けてもらったら

 次は自分も何かあったら

 できることをやります」

そう思わせる力も持ってるのだ

 

家族だけで

前を向けない時

もっとひどい状況の人もいるからと

弱音を吐けない時

もう嘆ききれなくなった時

他所から来た人が

ただただ話を聞く意味だってあるのだ

 

私自身も思うのだ

世の中結局

「お互い様」だなって

困ったら

助けてもらって良い

こんなお願いしちゃったら・・・とか

他にも大変な人いるし・・・とか

思わなくて良いともう

だって

自分は作業させていただければ

ありがたいと思うし

迷惑だなぁとか思ったことないから

一緒のグループで作業してる人も

そうだと思う

だから頼んで良い

迷惑なんてことはないから

お互い様だから

 

それに

そうやって

作業をしようとする人が

この世の中にはいるんだって

それを頭じゃなくて

実際に眼の前にして

一緒に仕事をすることで

実感できるのだ

 

世の中捨てたもんじゃない

それを体感できるから

 

だからね

結局のところ

ボランティアで作業をするって

自分のためなんだと思う

 

勿論

自己満足のためだけに

現地に迷惑はかけちゃダメだけど

だけど

相手を喜ばせるとか

感謝してほしいとか

相手のために

なんて大それたことは思わない方が良い

 

自分のためにやる

そのおまけで

もし少しでも何か力になれていれば

ほっとする時間が5秒でもできていれば

良かったと思う

 

ニュースで現状を見てても

やっぱり直接自分の眼で見るのは違うと思う

現場で見て

あっ

あの時もこんな感じだった

とか

あそこではこうだったな

とか

思い出すのは

やっぱりスクリーン越しで見た映像よりも

実際に自分の眼で見た光景で

 

もし自分の身にそういうことが起きたときに

少しでも

ここだけ

自分だけに起きたことじゃない

そういう免疫というか

少し心構えができることにもなってる気がする

 

現場に行って見てきたことを伝えて

ニュースでは報道されなくなったことを

伝えたりすること

あなただってできるんですよと

そのために周りに話してる

 

褒めて欲しいとか

そういうことじゃない!

と声を大にして言いたいのだ

 

その昔

アメリカの大学に留学してた時に

ボランティアしませんか?

みたいのがあった

そういうセンターに

ボランティア募集の掲示があって

自分でやってみたいというのに

参加するだけだった

おばあちゃんちの草むしりもあったし

環境問題を訴えるイベントのお手伝いもあった

誰も特別な事をしてるとかじゃなくて

当たり前のこととしてやっていた

それは衝撃だった

参加しても

周りも当たり前のことで

週末の予定を聞かれて

〇〇に参加する

と言えば

良いね!楽しんで!

程度の反応

草むしりしたおばあちゃんも

はい、ありがとね!

あっ、こっちの草もむしっておいて!

とやってもらうのが当たり前のスタンスだった

それが楽ちんだったし

そうだよな

うちらにしたら大したことない草むしりだもんな・・・って

 

そうなれば良いなぁと思うの

する側も

される側も

当たり前

 

でね

もう1つ思うことがありまして

 

私が参加したのは平日だったので

祝日も参加した人の話では

その時は大学生もいたとのことだけど

若い世代の参加率が低いんだよね

いつ、どこに行っても・・・

40代~50代が大多数

その次が30代や60代以上

 

どこ行った

若者よ

 

あのね

だってね

その平日の時だってね

学業頑張ってる学生さんは

祝日のあいだの平日もしっかり学んでるのだとしよう

でもね

でもね

金沢の観光地にはいるのよ

若者が・・・

だって学生だけじゃないし

若者は・・・

お土産屋さんで

買い物してるんよ

金箔ソフトを

わーきゃぁー言って食べてるわけよ

いや

良いんだよ

それだって観光業が元気になれば

 

だけど

その体力

1日で良いから

ちょっと別のことに使っても良いのでは?

とおばさんは思うのよ

 

若者よ

未来は君らの手にかかっているのだよ

おばさんが

助けが必要になったとき

助けてもらえるのか

心配だよ

私が

当たり前のこととして

手伝ってくださぁい!と手を挙げた時

そこに来てくれる若者はいるんだろうか…