なんてことない非日常 -5ページ目

なんてことない非日常

スキビ非公認二次創作サイトです。
駄文ばかりの辺境館ですが、広いお心で読んでいただける方歓迎しております。

§地上15Mの遠距離恋愛    10




  『おかえり』



『ただいま』



二人は、ファミレスで直接会ってからも、以前のように高低差15Mあるなか声のない会話を続けていた。



『おつかれさま』



『つるがさんも』



ビールに簡単なおつまみと、音のない会話。

二人にはこんな毎日が幸せだった。



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「中学生かっていうんだよ」



黒崎は吐き捨てえるようにそう言って、皮をむき終えたジャガイモをガコンとボールに放った。



「なんですか・・それ・・・」



キョーコは不満そうに頬を膨らませた。



「中学生ですよ?それ」



「・・・・・・・・・・・・」



一方、蓮も会社で奏江にそう言われているなど知らずに、キョーコは今日も下ごしらえに必死だった。



「まあ、なんにしてもよかったんじゃない?キョーコちゃんには」



新開は笑顔で、キョーコにそう話しかけた。



「そうですか?」



キョトンとしているキョーコに、黒崎は少しふて腐れた表情で頷いた。



「そうじゃなかったら、今頃逃げ出してるもんな?」



「うぐ・・・」



「もうアイツに事は忘れろ・・・アイツは俺が責任を持って制裁を加えておいた」



「・・・・・・・・・はい・・」



少し困ったように笑ったキョーコの頭を黒崎は、ふて腐れたままかき回して次の仕込に移った。


黒崎はその昔、この地帯のヘッドというものだった。

その中のグループにいた一人がキョーコの元彼だ。


すでに引退をしていた黒崎は、新開とバイト先の洋食店で知り会い修行していた。

そこのオーナーも元ヘッドだった男で、黒崎の尊敬する人間だった。

『誰かに親切を施すだけで、少しだけ昔の自分の罪滅ぼしをしている気分になるんだ』そう言いながら、黒崎の面倒を見てくれた。

その洋食店の地主が社の祖父で、代替わりをした社と会うようになると安定した毎日を送るようになっていた。


たまに洋食店には、元グループの仲間が食事に来ていた。

そこに、アイツがいたのだ。


『アイツに引っかかるなんて馬鹿な女だな・・』

そう思いながらも、口にすることなく男をたしなめることなく過ごしてきた。


近々自分の店を持つことを決めて社の意見に乗り、バイトを募集し始めたころキョーコに会った。


男が話していた内容よりも、ずいぶん酷い目にあったらしい。

『あの時、俺がたしなめる・・いや、アイツをぶん殴ってやってれば・・』


罪滅ぼしでもなんでもいい。

彼女が少しでも幸せになってくれるまで見守っていく。

そう決めた黒崎は、キョーコを自分の店の従業員になるように勧めいつかの自分のように育てていこうと決心したのだ。


ついでに、信頼のおける昔の仲間に男の行方を調べさせ直接この近辺及びキョーコの前に現れることを禁じて追い出したのは新開と社しか知らない秘密なのだった。



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「こんばんは、敦賀・・君」



「こんばんは、黒崎さん・・・あの・・最上さんは・・・」



あの日、初めて会話して決めたことが一つ。

キョーコの休みの前日は、会って話すというものだった。


そのお迎えにこれで三度目となるが、その度に蓮は緊張した面持ちで睨み付ける黒崎と対峙することになっていた。



「・・・・・もう来る」



「そうですか・・・じゃあ、外で待ってると伝えてください」



店が閉待っているため、まだ開いている喫茶店の内扉からやってくる蓮はそれだけ伝えるとイソイソと喫茶店に戻り荷物を手に取ると木枯し吹く中リストランテの裏口に向かって行った。



「彼、いい人そうだね?」



新開は、窓越しに店の前を駆けていく蓮を眺めてから黒崎に声をかけた。



「・・・・・・・・・・ああ・・」



「奏江ちゃんのお墨付きもあるし」



「・・・ああ・・」



「倖オーナーも気に入っているみたいだし・・」



「ああ・・・・」



黒崎は生返事しながら、キョーコがピシッと片づけたカウンターを磨いていた。

そんな黒崎に新開は痺れを切らした。



「ええ~?!それだけ~~?」



「なんだよ」



「だって、あんなにキョー・・ぶごっ」



新開が何か言いかけたのだが、黒崎はとっさにカウンターを磨いていたダスターを新開の顔に押し付けた。

帰る支度を整えたキョーコが、あいさつに来たからだ。



「じゃあ、黒崎シェフ新開さんお疲れ様です!」



「おう、旦那が外で待ってるぞ」



「だっ!?そ、そんなんじゃ・・・お疲れ様でした!!」



黒崎にからかわれて真っ赤になったキョーコは外に飛び出していった。

しばらくすると、裏口からリストランテの前を仲良く話しながら歩いていく二人が通り過ぎて行った。


それを眺めていた黒崎に、新開がダスターを返した。

もちろん顔に。



「ぶは!?何すんだお前っ」



「黒崎、飲み行くか?」



「・・・・・・・・・・・だから、俺は・・」



「はいはい、なんでもいいから傷心の黒崎をからか・・慰める会ということで倖オーナーも呼ぼう!そうしようそうしよう!!」



「ちょ・・待て!新開っ本当にキョーコのことは・・」



「あ、もしもし~倖オーナー?そうそう、黒崎シェフの傷心会しようかと思って・・・ああ、いいね~じゃあそっちで合流ね~・・ということでとっとと着替えていこうぜ、いい訳でも愚痴でもなんでも聞いてやるから」



「新開・・・だから、本当に俺は」



「しつこいしつこい、着替えようぜ~あ、なんなら俺が着替えさせようか?」



「やめれ!わかったよ、行くよ!行ってやるよ!!」



半ばヤケクソになった黒崎の傷心会はその日遅くまで続いたらしい。



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雪の降る日ただ何時間も待つ日があった、予定が合わなくて少し苛立つ日も、顔さえ見れない日だってあった。


名前を知らないで好きになった。

声さえも想像で、でも笑顔は本物で大好きになっていた。


小さな偶然で、やっと名前を知るころには自分を見失うほど彼女を思うようになっていて。

声を知れて震えるほど嬉しくて、お互いに想いあっていたことに舞い上がった。


小さな試練は、彼女を大切に思う人たちからの少し手荒な励ましだったり。同僚からのからかいだったり。

それさえも幸せに感じるなんて知らなかったのだ。


人と感情を通わせるのは面倒だと思っていた自分が嘘のようだ。


蓮はそんなことを思いながら、隣を歩くキョーコを見下ろした。

いつもの水曜日の夜。

少しだけ暖かくなった夜風が、春を連れてきているのを感じさせてくれる。


それでもまだまだ寒い日々に、毎日来ていたコートはもう何か月も左ポケットにあるものを忍ばせたままだった。



「・・・キョーコちゃん・・あの・・話があって・・」



「え?・・・」



突然話しを切り出した蓮に、キョーコは驚いた後不安気な顔つきになった。



「・・・あの・・ね?」



蓮は、左ポケットに入っている物を握りしめて話す内容を頭で反芻していた。

するとキョーコが寂しそうに笑った。



「知ってる・・・転勤になったんでしょう?N.Yにモー子さんから聞いたんだ・・・あ、こういうのって栄転?」



「え・・」



辞令は一か月ほど前に出ていて4月からの移動が決まっていた。

しかし、キョーコに話せなかったのは怖かったからだ。

本当に距離ができてしまったらどうなるのか・・・しかし、今の生活をキョーコに手放せと言えるほどまだ深く付き合えていないことも事実だった。



「・・・頑張って・・きてくださいね?私もこっちでシェフを隠居させるほど頑張っちゃいますから」



笑顔でそういうキョーコの顔を見ると、左ポケットに入っていた手から力が抜けた。



「・・・・キョーコちゃん・・・は・・・それで・・・いい?」



絞り出した言葉がそれだけで。

でも、それを言うことさえもやっとの蓮の耳にキョーコの返事が返ってきた。



「いいって・・・・言いたいです・・・蓮さんのためには・・・でもっ」



自分と同じように震える声を出すキョーコの細い体を、蓮は感情のまま後ろから抱きしめていた。



「嘘・・・君がいない日々は俺にはもう耐えられない・・今、君に『頑張ってきて』そう言われて心底そう思った・・・」



蓮は片腕でキョーコを抱きしめたまま、左ポケットから指輪が入ったケースを取り出した。



「キョーコちゃん・・・俺と一緒に来てください・・・君と一生・・一緒にいたい」



ケースを開き指輪をキョーコに見せ、そう乞うとひたすら返事を待った。

長く続いたように感じる沈黙は、本当は2分ほどだったのだが緊張のせいなのか降ってきた雪のせいなのか膝が震えてしまうほど怖かった。



「・・・・・・って・・・」



沈黙を破ったのは、キョーコの小さな呟きで抱きしめた腕の中にいるのに聞き取れないほど小さくて蓮は聞き返していた。



「え?」



「・・また・・捨てられちゃうって・・思ってた・・・」



ポロポロと大粒の涙は、指輪のケースを持っている蓮の腕を濡らしていく。



「蓮さんはそんなことしないって思っていても・・・心の中で、勝手に諦めてた・・・こんな・・夢みたいなこと言ってくれるなんて・・」



涙の理由を聞いて、蓮はようやく緊張が解けていつもよりも小さくなって震えているキョーコの体をコートの中に引きこむように包み込んだ。



「返事・・・聞かせて?・・・俺とずっと・・・一緒にいてくれますか?」



蓮の問いに、少しだけ涙を瞳にためたまま振り返った笑顔のキョーコから嬉しい答えをもらうと蓮はそのまま唇を重ねるのだった。



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奏江は疲れたように喫茶店のカウンター席に腰を下ろした。

すると、社から挽きたての豆で淹れたコーヒーが社から差し出された。



「お疲れ様、奏江ちゃん」



「本当に疲れた~・・たっく・・ノロノロしてるから、出発直前になって婚約披露パーティーすることになるのよ」



明日には飛び立つ友人と元上司の婚約披露パーティーは、友人の職場で行われた。

とにかく大騒ぎではあったが、二人はとても幸せそうに終始笑っていて奏江もいつの間にか微笑んでいた。



「にしても・・・・あの子に先こされるなんて・・」



シミジミとため息をついた奏江に、社は抹茶のケーキを差し出した。



「あれ?奏江ちゃんは早く結婚したかったの?」



社からそう言われ、奏江はこめかみに青筋を立てた。



「プロポーズなんてされた覚えありませんからね?」



イライラ気味に抹茶のケーキにフォークをつきたてた奏江に、社は思案顔になった。



「なかなかあの部屋に定住してくれないから、奏江ちゃんはまだ結婚する気ないのかと思ってました」



「は?」



「だって、ずっと言っているでしょう?ここから会社に通えばいいのにって」



社はポカンとしている奏江に笑顔でそういうと、後片付けを始めたのだった。

そんな社の背中を見ていた奏江は、顔を真っ赤にして叫んだ。



「わかりにくいわ~!!!」



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「・・なんかモー子さんの叫びが聞こえたような?」



「あはは・・社さんはなかなか曲者だから、琴南君も大変そうだね」



二人でそう笑いあうと、少し今までと違う景色を眺めた。

地上15Mの高さにあるベランダからは、あのアパートも街並みも見えないけれどすぐそばには誰よりも近くに居たい人がいる。


強く惹かれあった二人は、どんな障害さえも幸せに思っていつまでも一緒にいるのであった。




おわり






















§地上15Mの遠距離恋愛    9




「新開さんのあの眼は絶対『いけ』の合図だとばかり・・・」



本日の営業を終えたリストランテの中で、今日の出来事を振り返った光がブツブツとぼやきながらテーブルクロスを綺麗に畳んでいた。


ランチに来た蓮のことを誤解した光が、キョーコを守ろうと割って入る前にフロア主任の新開に同意を得るように振り返ったのだ。

それに新開は笑顔で答えてくれた。

だからこそ間に入れたのに・・・



「ええ~?勝手に困るな~俺は『見守れ』のつもりだったのに~」



「えええ~!?ひどいよ・・・」



落ち込む光に新開がにこにこしているのを、黒崎は顔を引きつらせていた。



(いや、絶対面白いから笑ってただけだと思う・・・)



そう思いながらも、黒崎はこちらに火の粉がこないようにするためあえて黙っておいた。



「でも、黒崎の方だよね~意外なのは」



「・・・・・は?」



黙っていても飛んできた火の粉の形が違うため、黒崎は首を傾げて新開を見た。



「何がだ?」



「何って・・・キョーコちゃんを早めに帰しちゃうとか・・さ?」



少し意味ありげに見てくる新開に、黒崎は素知らぬふりをした。



「アイツ病み上がりだろうが・・」



「でも、また『あの彼』と深夜までロミオとジュリエットみたいなことするんじゃない?」



「また風邪ぶり返さないといいがな?」



新開の言いたいことをわざと気付かないようにかわすと、新開はカウンターを乗り越えてきた。



「それこそ『俺の部屋にくれば?』という口実がつけるんじゃない?」



「・・・・・・・・」



ガシガシと鍋を洗っている黒崎に、新開はなおも意地悪く囁いてきた。



「これでキョーコちゃんもようやく新しい恋に迎えるかな~?ずっと見守っていたのにね?」



少しでもハッパをかけたつもりだった新開に対して、黒崎は笑って見せた。



「確かに見守ってきたけど、アイツが幸せになればいいという俺のエゴだ・・・」



「まだ・・気にしてるの?キョーコちゃんを振ったのが、黒崎の知り合いだっていうこと・・・もうそろそろ・・・」



「気にしてねーよ!」



洗い終わった鍋を、ドンと置くと事務所に怒りながら戻っていく黒崎に新開は小さくため息をついた。



「気にしてんじゃん・・・」



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「えっと・・・こんな風に会うのは初めてで緊張するね?」



蓮は、向かいに座るキョーコに笑顔を向けた。

すると、キョーコは飲みかけていた水をゴフッとむせた。



「ごめっ・・大丈夫?」



おしぼりを渡す蓮に、顔を真っ赤にしたキョーコが頷いた。


ランチでのやり取りではきちんと自己紹介もできなかったキョーコは、帰り際の蓮と連絡先を交換したのだ。

自分でも信じられないくらい行動的だったと、今この場にいても思うキョーコは緊張しすぎていた。



「ごほ・・だ・・じょうぶ・・・ごほ・・・です・・」



蓮に渡されたおしぼりを使いながら、キョーコはそうかろうじて返事した。

二人がいるのは、自宅近くのファミレスだった。


すでに深夜1時近くのため、空いているお店など限られている。

自宅に招く間柄にしてはまだぎこちないため、蓮の提案でここに来ていた。



「忙しそうだね?こんな遅くまで・・」



「敦賀さんこそ・・・モー・・奏江ちゃんからとても忙しい人だと聞いていたんですよ?」



「まあ・・仕事以外することもなかったから・・・・」



「そう・・ですよね・・私もそうです・・・」



ベランダ越しなら、あの高低差があれば会話が弾むのに声も聴けて目の前にいるのに会話がまた止まってしまった。


気まずさに、キョーコはドリンクバーに紅茶を取りに行った。



(はああ・・・なんでこんなに緊張するんだ・・・)



今までとは違う、自分が自分ではない感覚に蓮は戸惑っていた。



「俺も取ってくるね・・」



「あ、はい・・・」



キョーコが戻ってくると入れ替わりで蓮が席を立った。

キョーコは砂糖を入れてカチャカチャとスプーンで混ぜている間に、頭の中もグルグルと回った。



(いやああ~!もうダメだわ・・きっと会話してみて面白くない女だとばれてしまったのよ・・・きっと早く帰りたくて・・このまま戻ってこないとか・・)



すると、蓮はキョーコの予想を反して戻ってきた。



「なにか注文しようか?仕事終わりだからお腹すいてるよね?」



「いえ・・あの・・・」



「あ・・そうか、深夜だから・・」



蓮の気遣いに、キョーコは申し訳なくなって首を振った。



(そうよ・・この人はとてもいい人なんだわ・・・嫌でも置いていくことなんてできないよね・・ここは、早く帰らなくちゃ・・)



「あ、明日も早いですよね?私は9時に出ればいいので・・」



暗にもう帰ろうという意思表示をしたつもりだったが、蓮はキョーコの意思をくみ取れなかったのか笑顔で大丈夫だと言った。



「いつもならまだ君と話している時間だし、大丈夫だよ」



「そう・・・ですか・・・」



「・・・もしかして・・もう、帰りたい?」



「へ!?」



キョーコは、蓮に気を使って早く帰ってもらおうと思っていたのにそう聞かれて戸惑った。



「いえ・・その・・・敦賀さんが・・・もう、帰られたいかな?って・・」



「俺?どうして?・・・やっと君と直接話せる時間ができたのに・・・」



「でも・・・」



気まずそうな顔をしたりする先ほどの蓮を思い出し、キョーコは言いよどんだ。



「・・・まあ・・その・・緊張して言葉が出なくて・・・つまんない思いはさせているかな・・と思ったけど・・・」



「え・・・」



自分と同じように緊張しているなど思えなかったので、キョーコは驚いて目を丸くした。



「あ、そうだ!いつもみたいにしようか?」



「いつも・・みたい?」



すると蓮はチャイムを押して、店員を呼んだ。



「すみません、ビール一つ・・あ、グラス二つください・・あと・・・この枝豆とソーセージ盛り合わせも」



「敦賀さん!?」



「いつもみたいなら話も弾むかなって?」



まるで悪戯っ子のような表情になった蓮に、キョーコはただただ目を丸くするしかなかった。



「お待たせいたしました」



ビールとともにおつまみもそろい、蓮にビールを注いでもらったキョーコはおずおずと蓮と乾杯をした。



「くっは~・・うまっ」



「・・・・っぷは・・おいしい・・・」



いつもよりずっと上品にコップに注いで飲んでいるのに、いつもよりもおいしく感じたキョーコはようやく表情を崩して微笑んだ。



「よかった・・・やっと笑ってくれた」



「へ?」



「お店であってから、ずっと顔が強張っていたから・・・急に現れて驚かせちゃったな・・って実は少しショックだったんだ・・・」



「そんなっ・・驚きはしましたが・・嫌だったわけじゃ・・」



「うん、だから帰り際に連絡先を一生懸命聞いてきてくれて嬉しかったんだ・・・だから、早くちゃんと話がしたくてここに来てもらったんだけど・・・ちょっと強引だった気もしていたから・・・やっぱり、いつものアイテムのおかげかな?」



ウィンクしながらビールのコップをあげる蓮に、キョーコは思わず笑ってしまった。



「ですね?」



キョーコも同じようにコップをあげると、再度乾杯をした。

その後二人は、先ほどまでの気まずい雰囲気はどこへやら。

楽しく会話を弾ませるのだった。

ちゃんと声のある。




つづく


















 

§地上15Mの遠距離恋愛    8





 「っらしゃっませ~~!!!」



翌日全快していたキョーコは、元気よく声を出していた。



「おら、叫ぶな・・それとうちはラーメン屋じゃねーぞ」



「えへへ・・・黒崎シェフのリゾットのおかげです」



上機嫌のキョーコに、黒崎は照れながらもその頭を小突いた。



「わかってんなら、この数日分キリキリ働け!」



「ウィ!シェフ」



返事も行動も元気がいいキョーコに一安心した黒崎に、食器を下げてきた新開がにんまりと笑った。



「へえ~~~黒崎お手製のリゾットね~~」



「なんだよ・・」



「いいや?俺も風邪気味なんだ~」



「ネギでも鼻に突っ込んどけ」



わざとらしく甘えてくる新開に、黒崎は嫌そうな顔で切りかけていたネギをずいっと差し出した。



「ええ~!?冷た~い、キョーコちゃんだけ特別扱い~」



「うるせえ!わかったよ、賄に作ってやるっそれより、5卓にアラビアータ」



「ウィ、シェフ!モナムール~」



投げキスをよこす新開に背筋を震わせている黒崎を遠目に見つつ、キョーコはいつもの場所に戻ってきたことを実感して笑顔を作るのだった。



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「敦賀氏、なんで沈んでるんですか?」



ずらっと並んだ列のちょうど真ん中に、良いスーツが皺になるのも気にしないでしゃがみこんでいる男に奏江は怪訝な顔をした。



「いや・・話の流れ上、彼女に関係あるところにでも行くのかと思ったのに・・よりによってここに並ぶとか・・・・」



そうブツブツと言っている蓮に、奏江はさらに怪訝な顔をした。



「何言っているんですか?なんでここが全く関係ないとか言い切れるんですか?」



そう奏江に言われて、蓮はハタッと考えた。



(たしかに・・・・・でも・・・)



今度は立ち上がって腕組みをすると、うんうん呻り始めた蓮に奏江は大きくため息をついた。


「まあ・・男一人では並びにくくても、私も一緒なら入れますよね?」



「・・・・ああ・・この間の会話、聞いてたんだ・・・」



「ええ・・まあ・・それに常連だからってそんなにあの扉使うわけじゃないですよ?予約しておいて、個室で食べないと他のお客さんが変な気分になるでしょう?」



「そうだね・・」



「自分以外にお客がいない時に、倖一さんに頼んで電話してもらうことの方が多いですし」



「なるほど・・」



そんな会話をしている間に、ようやく店内に入れた。



「いらっしゃ・・あれ?奏江嬢、珍しいねランチタイムに来るなんて」



笑顔が人懐っこい青年にそう言われても、奏江は気にも留めずに空いてる席にスタスタと向かった。



「いつものでいいの?」



「ええ、お願いするわ・・こちらの分も同じで」



「了解!」



奏江の冷たい態度にもまったくひるまずお冷を出した彼はあっという間にオーダを伝えに厨房の方に消えた。



(・・・また勝手にメニューを・・)



今日も『本日のおススメ』が食べられないのかと落胆している蓮に、奏江は楽しそうな顔をした。



「もうすぐ出てきますから待っててくださいね」



悪戯っ子のような表情の奏江に、あまりいい思い出がない蓮はひきつった笑顔を返すしかできなかった。



「おーい、キョーコちゃん奏江嬢からオーダー」



「え!?光さん、モー子さん来てるの?!」



「うん、いつものやつよろしくだって~・・あ、二つね?」



「え!!?二つ!!?」



光から伝えられたオーダー内容に、キョーコだけじゃなくフライパンを煽っていた黒崎も目を丸くしていた。



「へえ・・珍しいな・・アレ頼むときはキョーコに用事ある時だけだろ?」



奏江が頼むのは『キョーコスペシャル』で、その日のキョーコが一番おいしいというメニューをワンプレーとに盛り付けるのだ。



「用事なら私の方こそ、昨日のお礼言わないといけないけど・・」



「おい、光・・奏江嬢と一緒にいるのは倖か?」



「いいえ、会社の・・同僚ですかね?男の人ですよ?」



キョーコも黒崎も、またもや奏江が無理難題を吹っかけてくるかもしれないと戦々恐々しだしたのを新開は冷静に状況を見守るためあえて何も訂正しないのであった。



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しばらくして、奏江の注文したものが運ばれてきた。

一セットは新開が持ち、もう一セットはキョーコが持ってきた。


この『キョーコスペシャル』を頼むときのルールのようなものだ。



「お、お待たせいたしました」



緊張した面持ちのキョーコに対して、奏江は上機嫌で待っていた。



(この笑顔が怖いよ~)



ワンプレートと、カップに入ったスープをテーブルに並べている間キョーコは奏江とは違う方向から強い視線を感じてそちらを見た。


奏江と来たと思われるスーツ姿の男性だった。

随分とイケメンだ。


光もこの店の客でファンクラブが出るほどのイケメンだが、それとは系統の違うタイプのイケメンだった。



(・・・・・けど・・・どこかで・・・・?)



食い入るように見つめてくる相手に、少し見覚えはあってもあまりに見られすぎると恥ずかしくなるものでキョーコは慌てて目を逸らした。



「それで・・モー子さん、何か用事だった?」



どんな無理難題を吹っかけてくるかと、内心恐れながらもフロアーにいる間は笑顔を絶やさないようにキョーコは必死に表情を保った。



「ああ・・用事があるのは敦賀氏の方で・・」



「敦賀氏?」



奏江の言葉に首を傾げたキョーコの耳に、突然ガタッと椅子の鳴る音が届いた。



「あの!はじめまして・・いや・・始めてじゃないんだけど・・じゃなくて・・・えっと・・・俺は・・いや、私は琴南さんの同僚で敦賀 蓮と言いまして・・」



緊張した様子で、席を立ち突然自己紹介をしだした蓮を見上げていたキョーコは何かが引っかかっていた。



(この角度・・見覚えが・・・・)



けれどそれ以上思い出せずに、キョーコはさらに首を傾げた。



「えっと・・マンションから見てて・・・最近いなかったから心配していたら琴南さんから病気だったって聞いて・・・」



キョーコはそう言われてハッとした。

だが、周りにいる者たちも驚いた顔になった。



(((ストーカー!!!?)))



蓮の言葉しか知らない周りは、一様にキョーコの身の危険を案じ始めたがキョーコは突然両手を伸ばし蓮の綺麗にセットされたオールバックの髪をぐちゃぐちゃにした。



「え!?わっ・・わわわ・・」



急に目の前が髪と手で塞がれたため、蓮は驚きの声を上げた。

そして周りには緊張が走った。



(キョーコちゃん!?ストーカー相手に何やって!?)



光はどうしようと周りをキョロキョロすると、新開と目があった。

すると新開は、笑顔で頷いた。


光は意を決して二人の間に割って入ろうと一歩足を踏み出した。



(キョーコちゃんを守んは俺やっ)



「お客さんっけー」



「やっぱり!マンションの方ですか!?」



「・・・・へ?」



完全に空振り状態になった光を置き去りに、キョーコは真っ赤な可愛らしい表情で蓮を見上げていた。



「はい・・・いつも、楽しい時間をありがとう」



「いえっ・・こちらこそ・・・」



「それで・・謝ろうと思っていたんだ・・土曜日、俺は休みだからって長い時間付き合わせて・・しかも風邪まで・・・」



「いえいえっ!風邪は自業自得で・・・あっ・・最上 キョー・・はうっ!?」



「え?・・・!!」



二人は店の中心で大変注目されていることにようやく気が付いた。

蓮はスゴスゴと席に座り、キョーコはそそくさとキッチンに戻った。

その場には、呆然としている光だけが立ち尽くすこととなった。




つづく