§地上15Mの遠距離恋愛   10 | なんてことない非日常

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§地上15Mの遠距離恋愛    10




  『おかえり』



『ただいま』



二人は、ファミレスで直接会ってからも、以前のように高低差15Mあるなか声のない会話を続けていた。



『おつかれさま』



『つるがさんも』



ビールに簡単なおつまみと、音のない会話。

二人にはこんな毎日が幸せだった。



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「中学生かっていうんだよ」



黒崎は吐き捨てえるようにそう言って、皮をむき終えたジャガイモをガコンとボールに放った。



「なんですか・・それ・・・」



キョーコは不満そうに頬を膨らませた。



「中学生ですよ?それ」



「・・・・・・・・・・・・」



一方、蓮も会社で奏江にそう言われているなど知らずに、キョーコは今日も下ごしらえに必死だった。



「まあ、なんにしてもよかったんじゃない?キョーコちゃんには」



新開は笑顔で、キョーコにそう話しかけた。



「そうですか?」



キョトンとしているキョーコに、黒崎は少しふて腐れた表情で頷いた。



「そうじゃなかったら、今頃逃げ出してるもんな?」



「うぐ・・・」



「もうアイツに事は忘れろ・・・アイツは俺が責任を持って制裁を加えておいた」



「・・・・・・・・・はい・・」



少し困ったように笑ったキョーコの頭を黒崎は、ふて腐れたままかき回して次の仕込に移った。


黒崎はその昔、この地帯のヘッドというものだった。

その中のグループにいた一人がキョーコの元彼だ。


すでに引退をしていた黒崎は、新開とバイト先の洋食店で知り会い修行していた。

そこのオーナーも元ヘッドだった男で、黒崎の尊敬する人間だった。

『誰かに親切を施すだけで、少しだけ昔の自分の罪滅ぼしをしている気分になるんだ』そう言いながら、黒崎の面倒を見てくれた。

その洋食店の地主が社の祖父で、代替わりをした社と会うようになると安定した毎日を送るようになっていた。


たまに洋食店には、元グループの仲間が食事に来ていた。

そこに、アイツがいたのだ。


『アイツに引っかかるなんて馬鹿な女だな・・』

そう思いながらも、口にすることなく男をたしなめることなく過ごしてきた。


近々自分の店を持つことを決めて社の意見に乗り、バイトを募集し始めたころキョーコに会った。


男が話していた内容よりも、ずいぶん酷い目にあったらしい。

『あの時、俺がたしなめる・・いや、アイツをぶん殴ってやってれば・・』


罪滅ぼしでもなんでもいい。

彼女が少しでも幸せになってくれるまで見守っていく。

そう決めた黒崎は、キョーコを自分の店の従業員になるように勧めいつかの自分のように育てていこうと決心したのだ。


ついでに、信頼のおける昔の仲間に男の行方を調べさせ直接この近辺及びキョーコの前に現れることを禁じて追い出したのは新開と社しか知らない秘密なのだった。



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「こんばんは、敦賀・・君」



「こんばんは、黒崎さん・・・あの・・最上さんは・・・」



あの日、初めて会話して決めたことが一つ。

キョーコの休みの前日は、会って話すというものだった。


そのお迎えにこれで三度目となるが、その度に蓮は緊張した面持ちで睨み付ける黒崎と対峙することになっていた。



「・・・・・もう来る」



「そうですか・・・じゃあ、外で待ってると伝えてください」



店が閉待っているため、まだ開いている喫茶店の内扉からやってくる蓮はそれだけ伝えるとイソイソと喫茶店に戻り荷物を手に取ると木枯し吹く中リストランテの裏口に向かって行った。



「彼、いい人そうだね?」



新開は、窓越しに店の前を駆けていく蓮を眺めてから黒崎に声をかけた。



「・・・・・・・・・・ああ・・」



「奏江ちゃんのお墨付きもあるし」



「・・・ああ・・」



「倖オーナーも気に入っているみたいだし・・」



「ああ・・・・」



黒崎は生返事しながら、キョーコがピシッと片づけたカウンターを磨いていた。

そんな黒崎に新開は痺れを切らした。



「ええ~?!それだけ~~?」



「なんだよ」



「だって、あんなにキョー・・ぶごっ」



新開が何か言いかけたのだが、黒崎はとっさにカウンターを磨いていたダスターを新開の顔に押し付けた。

帰る支度を整えたキョーコが、あいさつに来たからだ。



「じゃあ、黒崎シェフ新開さんお疲れ様です!」



「おう、旦那が外で待ってるぞ」



「だっ!?そ、そんなんじゃ・・・お疲れ様でした!!」



黒崎にからかわれて真っ赤になったキョーコは外に飛び出していった。

しばらくすると、裏口からリストランテの前を仲良く話しながら歩いていく二人が通り過ぎて行った。


それを眺めていた黒崎に、新開がダスターを返した。

もちろん顔に。



「ぶは!?何すんだお前っ」



「黒崎、飲み行くか?」



「・・・・・・・・・・・だから、俺は・・」



「はいはい、なんでもいいから傷心の黒崎をからか・・慰める会ということで倖オーナーも呼ぼう!そうしようそうしよう!!」



「ちょ・・待て!新開っ本当にキョーコのことは・・」



「あ、もしもし~倖オーナー?そうそう、黒崎シェフの傷心会しようかと思って・・・ああ、いいね~じゃあそっちで合流ね~・・ということでとっとと着替えていこうぜ、いい訳でも愚痴でもなんでも聞いてやるから」



「新開・・・だから、本当に俺は」



「しつこいしつこい、着替えようぜ~あ、なんなら俺が着替えさせようか?」



「やめれ!わかったよ、行くよ!行ってやるよ!!」



半ばヤケクソになった黒崎の傷心会はその日遅くまで続いたらしい。



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雪の降る日ただ何時間も待つ日があった、予定が合わなくて少し苛立つ日も、顔さえ見れない日だってあった。


名前を知らないで好きになった。

声さえも想像で、でも笑顔は本物で大好きになっていた。


小さな偶然で、やっと名前を知るころには自分を見失うほど彼女を思うようになっていて。

声を知れて震えるほど嬉しくて、お互いに想いあっていたことに舞い上がった。


小さな試練は、彼女を大切に思う人たちからの少し手荒な励ましだったり。同僚からのからかいだったり。

それさえも幸せに感じるなんて知らなかったのだ。


人と感情を通わせるのは面倒だと思っていた自分が嘘のようだ。


蓮はそんなことを思いながら、隣を歩くキョーコを見下ろした。

いつもの水曜日の夜。

少しだけ暖かくなった夜風が、春を連れてきているのを感じさせてくれる。


それでもまだまだ寒い日々に、毎日来ていたコートはもう何か月も左ポケットにあるものを忍ばせたままだった。



「・・・キョーコちゃん・・あの・・話があって・・」



「え?・・・」



突然話しを切り出した蓮に、キョーコは驚いた後不安気な顔つきになった。



「・・・あの・・ね?」



蓮は、左ポケットに入っている物を握りしめて話す内容を頭で反芻していた。

するとキョーコが寂しそうに笑った。



「知ってる・・・転勤になったんでしょう?N.Yにモー子さんから聞いたんだ・・・あ、こういうのって栄転?」



「え・・」



辞令は一か月ほど前に出ていて4月からの移動が決まっていた。

しかし、キョーコに話せなかったのは怖かったからだ。

本当に距離ができてしまったらどうなるのか・・・しかし、今の生活をキョーコに手放せと言えるほどまだ深く付き合えていないことも事実だった。



「・・・頑張って・・きてくださいね?私もこっちでシェフを隠居させるほど頑張っちゃいますから」



笑顔でそういうキョーコの顔を見ると、左ポケットに入っていた手から力が抜けた。



「・・・・キョーコちゃん・・・は・・・それで・・・いい?」



絞り出した言葉がそれだけで。

でも、それを言うことさえもやっとの蓮の耳にキョーコの返事が返ってきた。



「いいって・・・・言いたいです・・・蓮さんのためには・・・でもっ」



自分と同じように震える声を出すキョーコの細い体を、蓮は感情のまま後ろから抱きしめていた。



「嘘・・・君がいない日々は俺にはもう耐えられない・・今、君に『頑張ってきて』そう言われて心底そう思った・・・」



蓮は片腕でキョーコを抱きしめたまま、左ポケットから指輪が入ったケースを取り出した。



「キョーコちゃん・・・俺と一緒に来てください・・・君と一生・・一緒にいたい」



ケースを開き指輪をキョーコに見せ、そう乞うとひたすら返事を待った。

長く続いたように感じる沈黙は、本当は2分ほどだったのだが緊張のせいなのか降ってきた雪のせいなのか膝が震えてしまうほど怖かった。



「・・・・・・って・・・」



沈黙を破ったのは、キョーコの小さな呟きで抱きしめた腕の中にいるのに聞き取れないほど小さくて蓮は聞き返していた。



「え?」



「・・また・・捨てられちゃうって・・思ってた・・・」



ポロポロと大粒の涙は、指輪のケースを持っている蓮の腕を濡らしていく。



「蓮さんはそんなことしないって思っていても・・・心の中で、勝手に諦めてた・・・こんな・・夢みたいなこと言ってくれるなんて・・」



涙の理由を聞いて、蓮はようやく緊張が解けていつもよりも小さくなって震えているキョーコの体をコートの中に引きこむように包み込んだ。



「返事・・・聞かせて?・・・俺とずっと・・・一緒にいてくれますか?」



蓮の問いに、少しだけ涙を瞳にためたまま振り返った笑顔のキョーコから嬉しい答えをもらうと蓮はそのまま唇を重ねるのだった。



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奏江は疲れたように喫茶店のカウンター席に腰を下ろした。

すると、社から挽きたての豆で淹れたコーヒーが社から差し出された。



「お疲れ様、奏江ちゃん」



「本当に疲れた~・・たっく・・ノロノロしてるから、出発直前になって婚約披露パーティーすることになるのよ」



明日には飛び立つ友人と元上司の婚約披露パーティーは、友人の職場で行われた。

とにかく大騒ぎではあったが、二人はとても幸せそうに終始笑っていて奏江もいつの間にか微笑んでいた。



「にしても・・・・あの子に先こされるなんて・・」



シミジミとため息をついた奏江に、社は抹茶のケーキを差し出した。



「あれ?奏江ちゃんは早く結婚したかったの?」



社からそう言われ、奏江はこめかみに青筋を立てた。



「プロポーズなんてされた覚えありませんからね?」



イライラ気味に抹茶のケーキにフォークをつきたてた奏江に、社は思案顔になった。



「なかなかあの部屋に定住してくれないから、奏江ちゃんはまだ結婚する気ないのかと思ってました」



「は?」



「だって、ずっと言っているでしょう?ここから会社に通えばいいのにって」



社はポカンとしている奏江に笑顔でそういうと、後片付けを始めたのだった。

そんな社の背中を見ていた奏江は、顔を真っ赤にして叫んだ。



「わかりにくいわ~!!!」



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「・・なんかモー子さんの叫びが聞こえたような?」



「あはは・・社さんはなかなか曲者だから、琴南君も大変そうだね」



二人でそう笑いあうと、少し今までと違う景色を眺めた。

地上15Mの高さにあるベランダからは、あのアパートも街並みも見えないけれどすぐそばには誰よりも近くに居たい人がいる。


強く惹かれあった二人は、どんな障害さえも幸せに思っていつまでも一緒にいるのであった。




おわり