なんてことない非日常 -37ページ目

なんてことない非日常

スキビ非公認二次創作サイトです。
駄文ばかりの辺境館ですが、広いお心で読んでいただける方歓迎しております。

《第三弾は、ちょっとした思い付きです。

こちらもフリーですので、お気に召された方お持ち帰りくださいね♪》



§イマドキの王子様事情





 最上 キョーコとして生きてきて17年と数ヶ月・・また新たな真実に衝撃を隠せない表情で目の前で明るく話す男性を見つめていた。



「イマドキ王子様なんて、おばちゃんたちのアイドルの代名詞程度だよ~京子ちゃんって以外に乙女さんなんだね~?」



番組の打ち合わせで『草食系』『オラオラ系』『ロールキャベツ男子』『カフェオレ様』という語録が出てきてパニックになったキョーコに、最近の男の子はこういう風に分けられてることを教えられた。


その中に王子様系がないことに首を傾げると、先程のような回答が返ってきたのだ。



(お・・おばちゃん・・・!?)



王子様、王子様とのたまっていた子供時代がおばちゃん化呼ばわりされてキョーコがプチショックを受けていると、更なる衝撃が彼女を襲った。



「大体、最近の物語でもどっちかって言うと王子様って・・我がままで、人を顎でこき使って、そのくせ肝心な所では役に立たない?なのに美味しい所はさらっていっちゃうっていう厭味な役に回っていることが多いよね?」



アシスタント・ディレクターだという彼の話す、王子様像でキョーコの脳裏に浮かび上がったのはショータローでキョーコは膝の上で握り締めていた拳をぶるぶると振るわせた。



「まあ、お嬢様のイメージと同じような感じになってきたって言うことかな?」



「!!?」



憧れであり、目指していた対象が今や評判が地の底になっていると知りキョーコは愕然とした。



「まあ、ギャップ萌っていうのでお嬢様だけど必死に面倒見てくれようとするとか・・王子様気質の癖に妙に抜けてるとか?そこらへんが入ってくるとまた話は変わるけど・・・」



そんな独自の理論を並べているA・Dさんの言葉など、すでに耳には入ってないキョーコはブツブツといい始めた。



(そんなっイマドキの王子様・お嬢様事情がこんな状態になっていたなんて・・・)



しかし、キョーコが思い返してみても納得できてしまう面子しか思い浮かばず、さらに肩を落とした。



「それじゃあ、京子さん来週よろしくお願いします!」



「・・・・はい・・・」



カクン・・・カクン・・・とした動きで去っていくキョーコに一抹の不安を覚えたA・Dさんを残したままテレビ局を後にしようとしたその時だった。



「ああ~!!尚のポスター!!特大版!!やっぱりテレビ局いいわ~!!」



「本当本当!スタジオ観覧当たってよかったあああ!!」



その声に嫌な予感がしてチラリと振り返ったキョーコの目には、痛々しい尚のグッズを手にはしゃぐお嬢さんたちが映った。


きっとこの局である『ミュージックヘブン』の公開録画が行われるのだろう。

その昔、キョーコも何度となく送ったスタジオ観覧の抽選券だったが一度も当たることなく終わった。



(・・・・はっ!それが?今やこうして毎日のように出入りできるようになっているもの!!)



にゅうっと伸びる鼻をふって、芸能人らしく颯爽と歩き出そうとした瞬間だった。



「やっぱり尚は私の王子様よ~」



(!!?)



「本当本当、心のオアシス~」



(!!?)



人から潤いも何もかも奪い上げるアイツが!!?そう叫びだしたいのを堪えていると、彼女たちは好き勝手言い始めた。



「でも尚って絶対『ロールキャベツ』だよね?」



「ええ?!『オラオラ』っぽくない?・・こう・・・俺について来い!みたな?」



(!?・・・アイツについていくと、ろくなことないわよ!?)



経験者は語る。



「みんなといる時はそんな気させないのに、二人きりになったらガオって・・・きゃああ!襲われたぁい!」



(人がいるとかいないとか関係ないわよ!?万年発情期の胸大きければとりあえず誰でもオッケイなヤツなのに!?)



ああああ!!あの勘違いお嬢さんたちに言ってやりたい!!

この世に王子様なんてっ



(・・・・・・・・・・・・・・あ・・・・・)



怒りに体をブルブル震わせていたキョーコだったが、あることを思い出して動きを止めた。



「・・・ねえ・・ちょっと・・あの人さっきからいるんですけど・・・」



「もしかして抽選に漏れた人じゃない?・・いこいこっ」



そんなことを言われていてもキョーコの耳にはもう何も入っていなかった。


ふらりと足を動かして、無意識のうちに辿り着いた事務所のラブミー部室。

呆けたまま椅子を引いてそこにちょこんと座った。



「・・・・・・・・・・あいたいなあ・・・・・」



ため息と共に吐き出した言葉は、誰もいない部屋の中に虚しくこだます・・・はずだった。



「誰に会いたいって?」



「!!?・・・敦賀さん!!?」



「大丈夫?なんだか呆けていたけど」



どうやら部室にて寛いでいた蓮に気づかずに、キョーコは入ってきて目の前に座るとそのままぼやいてしまったらしい。



「あ・・大丈夫です・・・じゃなくてっどうしてここにいるんですか!?」



「・・・いちゃ・・ダメ?」



「ダメ・・じゃ・・ないですけど・・・」



勢いよく立ち上がった時に倒れた椅子を起こすと、キョーコは居心地悪そうに肩をすぼめてちょこんと座った。



「・・・で?・・誰に会いたいの?」



「・・へ?」



詠みかけていた台本をパタンと閉じて、キョトンとしているキョーコを真っ直ぐ見つめてくる蓮にドギマギとしながらキョーコは答えた。



「・・・・あ・・えっと・・・王子様に・・・」



「!?」



当たり前の反応で、蓮が目を見開いて驚いているとキョーコは恥ずかしそうに今日あったことを掻い摘んで(特にショータローの所を摘んで)話した。



「でも・・私、わがままで傍若無人な王子様ばかりじゃないって知っているんです・・・」



その時、キョーコの脳裏にいるのが誰かわかって蓮は表情を無くした。



「・・・・・・本当に?」



「はい!・・・彼は・・努力していました・・飛べるように・・お父さんを超えられるように・・」



キョーコの言葉に、今度は蓮が暗い顔になった。



「・・・わからないよ?彼だって本当はわがままで、傍若無人で、他人のことを思いやることができない奴かもしれないじゃないか」



するとキョーコはまた立ち上がり、蓮の目の前にあるテーブルを叩いた。



「どうして敦賀さんはいつもそんなことを言うんですか!?そんなに私のコーンが嫌いなんですか!?」



「(・・・『私の』・・・)・・・・・・・・別に・・・ただ、一般論を言ってみただけだよ・・・」



ぷいっとそっぽを向く蓮に、キョーコの憤りは収まらなかった。



「もし、彼に他人を思いやる心が薄らいでしまった時はきっと彼の綺麗な心を誰かが汚したときだと思います!・・私にあの石を渡してしまったから・・・・浄化できなのかも・・・・」



急にしょぼんとなってしまったキョーコに、蓮は慌てた。



「いやっ・・それとコレとは別物・・・だろう?・・・元々の性格かもしれないし・・・」



「コーンは優しい、いい王子様なんです!!・・・だから・・私のことも救ってくれた・・・でも・・私は・・・・・・・・っ・・ぐすっ・・」



「!!!!!~~~っだ、大丈夫!最上さんがそう思っているなら、彼もきっといい王子様のままでいるよ!?妖精界にはイマドキとか関係ないんだし・・」



目に涙を溜め始めたキョーコに、蓮は必死になって宥め椅子から立ち上がるとその細い肩に手を添えようとした。



『ガションガシャ・・カラカラカラ・・・・』



「!!?」



すると、ちょうど飲み物を買いに席を外していた社がタイミング悪く戻ってきて入り口のところで青ざめて買ってきたものを全て落としてしまっていた。



「あっ・・いや、社さんあのっ・・も、最上さんも落ち着いて・・・」



「ふ・・えっ・・コーンっ!!」



「え・・えええ~~っ!?」



「・・・・蓮・・・・おま・・え・・・」



「ええええ!?ちがっ」



慌てに慌てている蓮の知らぬところで、キョーコは一人心を固めた。



(今度・・・今度あったら必ず、コーンの心を元の綺麗な王子様の頃に戻してあげるからね!?)



その時がいつになるのか・・・この頃のキョーコはまだ知らないでいたのだが、とりあえず目の前で世間的には王子様扱いされそうな蓮が社に詰め寄られて必死に言い訳している姿を見てやっぱり世の中にはもう王子様はいないのかもと思うキョーコなのだった。



end








§ルートX   47





 ざわめく人たちの中で、蓮だけが冷静だった。



(さっきのは、『姉の婚約者である嘉月を憎む目』だった・・・)



射抜くように、刺すように投げられた瞳の強さ。

それは『美緒』の憎悪そのものだった。


啓文もその表情の鋭さで何かを察してくれたらしい、怒り狂う飯塚を一緒に宥めてある提案をし始めた。



「どう・・・テストする気なの?」



「・・・・京子さんに・・・話しかけてください・・・・飯塚さんが・・・飯塚さんの役である『本郷 操と美緒の母』として」



「!!?」



他の者達が驚く中、蓮は至極当然な流れだと思った。

今、キョーコだけが物語の中をリアルに歩いている。

それを蚊帳の外から叫んで止めさせても無駄だった。


それどころか、役にとり憑かれたままでいる方が危険な気がした。

今のキョーコは、蓮の事を恋い慕う可愛い恋人なんかじゃないのだから。

蓮の言葉を素直に聞き入れてくれる保障など、微塵もなかった。



「飯塚さん、お願いします!」



啓文に深々と頭を下げられた飯塚は、この騒動などどこ吹く風のキョーコをちらりと見て腹を決めた。



「わかりました・・でも、こんな茶番すぐに終わらせます!?」



飯塚はまだ気持ち悪く蠢く心臓を押さえて、キョーコと退治できる場所に移動した。



(そんなメッキで出来た素人作の仮面、とっとと剥いでやるわ!?)



しかしそんな飯塚の思いとは裏腹に、キョーコの『美緒』は凄まじかった。




*************



「美緒!・・・美緒、聞こえてるでしょう!?返事しなさい!!」



カメラなど回っていない中、役を演じる違和感に少々イラつきながら飯塚がそう声をかけるとキョーコが冷たく振り返った。

その視線の冷たさと鋭さに、飯塚は背筋を一気に凍らせた。



「・・・・まだなにか?お母様・・・」



「何かじゃないわ!?アナタ、自分のしていることをわかっているの?!」



「・・・・・お母様が私を気にかけるなんて・・・・珍しいこともありますのね?いつもは操お姉さまのことだけ・・私はこの家ではいないも同じ存在ですのに」



「なっ!・・・・(いいえ・・そうよ・・・この家で唯一話しかけてくるのは美月のみ、その美月だって美緒を愛さない親である私たちの前では美緒を遠巻きに眺めるだけ・・・)・・・っく・・・・あ・・・当たり前でしょう?あなたは仮にも本郷家の次女なのよ!?その姿をしていたら、日頃あなたを見守っている私だって声をかけたくなるわ!?」



世間の目ばかりを気にしている母親らしく、放任を見守ると言い換えてキョーコに詰め寄ると小さな笑い声があたりを舞った。



「クスクスクス・・・・お母様・・・・・もしかして・・この、髪型がお気に召さないの?」



遠まわしにしていたことを、直で指摘されて飯塚はカッと頭に血が上った。



「わかっているなら直ぐに元に戻しなさい!そんな傷を見せてっ!そんなのあなたらしくないでしょう!?」



飯塚がそう叫ぶと、突然笑い声が止まった。



「・・・私らしい?・・・お母様?・・お母様は私のなにを知っているの?」



すると飯塚は、口の端を上げた。



「あなたのことは何でも知っているわよ!?昔から大人しくて控えめで、引っ込み思案、自分の思いを口に出すことが苦手で直ぐに引きこもる・・・この屋敷の中でも空気のようにいて、家族に対して負い目を・・・・・負い目?・・・」



その時、飯塚の中の『美緒』がヒビ割れ始めた。



(ちょっと待って・・・負い目を持つのはむしろ、怪我を負わせた姉の操や美月の両親を殺した父親それを黙認している母親のはず・・・・それに・・・・)



「どうしたの?お母様・・・私のことを知っているんじゃなかったの?」



飯塚は俯いていた顔を上げてキョーコを見た時、悲鳴を上げそうになった。


キョーコが酷く愉しそうに嗤って、飯塚を見下ろしていたからだ。



「ねえ?お母様・・・・私のことを何でも知っていると仰ったでしょう?」



柔らかく冷たい声は、まるで細く長い針のようで飯塚の心臓に向かっている錯覚を周囲にいた者たちに見させた。



「お姉さまばかり、世間の目ばかりを見ているお母様に私の本当の姿なんて・・・わからないと思わない?」



言葉と一緒に放たれる嗤い声は、どんどん周囲を凍らせていった。



「ほ・・本当の姿・・・なんて・・・・そんな・・・傷を隠しもしないあなたは・・・私の知る『美緒』じゃないわ・・」



何とかそう搾り出した飯塚に対して、キョーコは大きく嗤った。



「そうね?あなたの知る私はただただ・・・待っていた」



「!?・・・待って・・いた?」



「そう、ずうっと・・・待っていたの・・・だってね?この傷が私の白い肌を醜く汚せば汚すほど・・・・それを目にしたお姉さまのそれはそれは美しいお顔が・・・・この傷以上に醜く歪むの・・・あの時・・・私を突き落としたあの時の・・悪鬼のごとき表情のようにね?だから私は家からも出ず、肌も焼かず、ただただひたすらお姉さまがこの傷を忘れそうになる日を待つの・・・そして、忘れかけた頃にこの傷を見せて・・こう思うの・・・・この傷は一生消さない・・・一生、私に怯えて過ごせばいいのよ・・って?」



それは呪詛のようだった。

キョーコの『美緒』から放たれた言葉は、飯塚の生気を奪ってしまったようで飯塚はその場に真っ青になって座り込んでしまった。


周りの者達も『美緒』の毒に犯されたようで、全身を小刻みに震わせ真っ青になっていた。


啓文にいたっては、土気色を通り越して青白くなってきていた。



「監督!?」



後ろ向きに倒れそうになった啓文を、咄嗟に蓮が助けた。



「大丈夫ですか!?」



「う・・うん・・・だい・・じょうぶ・・・ただ・・・震えと寒気とが一気に来て心臓が痛い・・だけなんだ・・・」



重症だろう!?

と、周りが思っていても蓮は冷静にキョーコの『美緒』について尋ねた。



「監督・・彼女は・・・・・」



「アレは・・・すごい『美緒』です・・・かつての『月篭り』にもいない・・・原作にすら・・・・・僕には・・あんな『美緒』・・・撮れない・・・・」



啓文の言葉に蓮は俯いた。



「・・・撮れない・・・と・・思いたくないんです・・・」



「・・・・え?」



「一目見ただけで彼女は突出してしまっている・・・この月篭りという原作通りに演じれば・・・でも、僕は・・・20年前と同じもしくはそれ以下のモノを作る気なんて元々なかったんです・・・『Dark Moon』と名前を変えたのは20年前の作品を遥かに凌駕して原作ですら描かれなかった登場人物たちの細かな心を描写したかったからなんだ・・・って・・・・あの『美緒』を見たとき、思い出しました・・・」



「監督・・・・それじゃあ・・・・」



啓文は蓮の手から体をゆっくりと起こすと、項垂れる飯塚を見下ろしているキョーコを見つめた。



「原作にも『月篭り』にもいない『Dark Moon』の『本郷 美緒』は京子さん、彼女でしかありえません!」



すっかり毒気を抜かれてしまった飯塚が、呆けている間にキョーコを正式に『本郷 美緒』とすることが決まった。



のだが・・・・・。



「キョーコちゃん、お~い・・・・蓮・・・・どうするんだ?」



社は登場人物でないため、全く無反応で蓮が話しかけると物凄く睨まれてしまう為本来のキョーコに戻すにはどうしたらいいかみんなで頭を悩ませていた。



「あ・・・あの・・・・役に入っちゃっているなら・・切っちゃえば・・・いいんじゃないんですか?」



そう提案したのは百瀬で、助監督がカチンコを持って恐る恐るキョーコの前にかざした。



「カ・・・カーット!!!」



「!!?」



その瞬間、キョーコの体がビクリと揺れて目を大きく開いた。



「・・・・え?・・・・」



ぐるりと周囲を見渡して、目の前で不安気に何度もカチンコを小さく鳴らす助監督を見つめ、自分を見つめている蓮や社、百瀬や啓文そして飯塚の顔を確認した途端。

キョーコはその場にひれ伏したため、また違った衝撃を周囲に与えたのだった。




*****************



「それにしても良かったよね~、もっと飯塚さん怒るかと思ったのに」



「・・・・・・・・スミマセン・・・・・・・」



社の言葉にキョーコはただただ縮こまるだけだった。


とにかく平謝り、とにかく号泣、とにかく心からの謝罪をしたキョーコに返ってきたのは『本郷 美緒』としてこれから共に頑張っていこうということだった。



「しっかし、監督のキョーコちゃんを起用した理由にはみんな同情してたね~?」



『あんなに天使で悪魔の表情が作れる人なら、きっと『美緒』になれる!』そう叫んだ啓文は満面の笑みで、顔を引きつらせているキョーコに飯塚すら同情の表情を見せていた。



「飯塚さんは『本郷 美緒』を愛していたんですよ・・・だから、生半可な気持ちの役者にやって欲しくなかっただけだったんですよ・・・」



蓮のその言葉にキョーコも頷いた。



「私も・・今ならわかります・・・・この中に『美緒』の感情が芽生えた時、『美緒』はもう他人ではなくなっていたから・・・・」



キョーコはそっと胸の中にある『美緒』を抱きとめるように両手を重ねて押さえた。



「それでも、いつでもどこでも美緒になられちゃうと今後困るから・・・少し自重してね?キョーコちゃん」



「す・・すみません・・社さん・・・・しかも、社さんの制止も聞かずに・・・・」



「いやいや・・結果オーライだったから・・・な?蓮」



今日の仕事が終わっているため、社のマンションに向かって運転している蓮に明るく声をかけると少し低い声が返ってきた。



「・・・・・そう・・ですね?」



その声でキョーコはまた凍りつき、社は顔を引きつらせた。



「じゃあ、また明日・・」



「お・・おお・・・蓮、キョーコちゃん・・お疲れ・・・・」



「お、お疲れ様でした」



車から降りて少し下げられたウィンドウ越しに軽く挨拶を交わすと、車は再び走り出した。

その車を見送りながら社は長くため息を吐いた。



「蓮・・・少しは加減してやってるのかな?・・・」



蓮があんなに心配性で、重い愛情を持っているなど社はキョーコが現れてから知ったのだ。


失踪したことを知って、一番キョーコを冷静に待っていると思っていたのに実際はそうじゃなかったらしい。

今日の撮影が終わった途端、メイクを落としにいかないとと叫ぶキョーコの腕を掴んで物置の隅へ連れて行くと懇々と説教し始めたのだ。


そんな二人っきりを他の者に見せてはならぬと社は、大慌てで蓮を説得すると車に押し込み帰るように指示したのだった。



「・・・・・キョーコちゃん・・・このあと、ずっと怒られちゃうんだろうな・・・・・」



これ以上助けて上げられないことを心の中で申し訳なく思い、思わず車が走り去った方向に両手を合わせてしまう社なのだった。




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§ルートX   46





 「・・・そ・・・んな・・・・っ」



絶望的な表情になったのは啓文だった。


何とか意識を取り戻し、スタジオに戻って来れたのにキョーコ失踪の話を聞いてまた倒れそうになっていた。



「だからあんな中途半端な子を選ぶからこんなことになるのよ!?・・・敦賀君がせっかく庇っていたって言うのに・・・敦賀君の顔を潰して逃げ出すなんて」



飯塚にそう言われても、蓮は何も言うことなく腕を組んで壁に背をもたれさせていた。



「・・・敦賀さん、どうしましょう?」



百瀬の言葉に蓮はニッコリと笑った。



「彼女は戻ってくると言っていたのでしょう?社さん」



「え・・う、うん!」



「じゃあ、戻ってきます・・それまで撮れるシーンを先に撮りましょう・・これ以上時間は無駄に出来ないですから」



啓文を中心にその笑顔の下が怒りに満ちているような気がして、全員閉口して青ざめた。



(・・・キョーコちゃん・・帰ってきたら・・他でもない蓮によって地獄をみるかも・・・よ?)



社は空笑いをしながら、キョーコのこれからの命運を心配するのだった。



***********



そんな社の念が届いてしまったのか、キョーコは肩をぶるりと振るわせた。



「やっぱり・・・・飛び出しちゃったのは・・・まずかったわよね・・・・・」



ただでさえ居心地の悪かったあの空間を飛び出してしまった手前、ノコノコ帰る勇気は相当必要になるだろうとキョーコは乾いた喉を無理にごくりと鳴らした。



(・・・・それでも・・・『違う』って・・・わかってしまったから・・・あのまま『私の美緒』は演じていられない・・・ううん・・・・『美緒になれない』)



キョーコは先程と変わってしまった自分の姿を姿見に写しじっと見つめると、その姿を目に焼き付けて瞳を閉じ大きく深呼吸した。



(『美緒』・・・・私は、本郷 美緒・・・・内気なんかじゃない・・・引っ込み思案なんかでもない・・・大人しくしていたわけじゃない・・・・すべては・・・復讐のために)



次に目を開いた時、最上 キョーコはもうそこには居なかった。




***************



ざわざわとしていたスタジオの空気が変わったのは、啓文がキョーコ失踪の話を聞いてから30分もしない頃だった。

カメラリハーサルを終えて、本番に入ろうとしたその時だった。


スタジオ入り口に、女性と役のエキストラたちが蓮を一目見ようと群がっていたのだが小さな悲鳴や驚きの声を上げる者が現れたのだ。



「「「?」」」



出演者たちだけでなく、スタッフも、啓文も蓮でさえ何が起きているのかわからなかった。

ただその騒ぎが徐々に自分たちの方に迫ってきていることだけは理解できた。


数十人というエキストラたちの人垣が、崩壊しそうな瓦礫のようにグラグラと揺れて驚きや叫びを伴って小さくまとまっていた集団を膨れ上がらせていく。

どうやら中心を避けるために方々に逃げ始めているようだ。


その様子に蓮は目を凝らした。

すると、突然集団が真っ二つに割れて黒い人が出てきた。


通常なら役の制服を纏っているし、全身黒ずくめというわけでもないのだから黒い人に見えるはずないのだがその人物を覆う空気そのものが酷く黒く澱んでいたため『黒い人』に見えてしまったのだ。



「・・・・キョ・・・・コ?・・」



蓮の小さな声は誰の耳にも届いてはいなかったが、その黒い人が近くまで来ると誰の目にもそれはキョーコであると認識できた。


スタスタと何事もなく現れたキョーコに、一同ただ唖然となるしかなかった。

だが文句を言える雰囲気も、この状況になった経緯を聞く空気もキョーコから発せられるオーラに押され誰も口を開けないでいた。


スタスタ歩き続けるキョーコは、蓮の脇を真っ直ぐ前を向いたまま通り過ぎようとした。

それを咄嗟に蓮は腕を掴むことで引き止めた。

しかし・・・


『パシっ!』


乾いた音がどよめいているスタジオ内に響いて、皆息を呑んだ。


キョーコが蓮の腕を振り払ったのだ。

そしてあろうことか、蓮を鋭い視線で睨みあげた。



「なっ!?・・・なんてことをするの!!?アナタ!!今の状況をわかっているの!?」



そのキョーコの行動に噛み付いたのは飯塚だった。

手を振り払われ、睨まれた蓮が呆然としているうちに飯塚はキョーコに詰め寄った。



「『美緒』を理解できたいないのにノコノコやってきて・・そうかと思えば突然出て行って・・今度も厚顔甚だしい態度で戻ってきたと思ったら、唯一庇ってくれていた敦賀君にあんな態度取って!」



「・・・・・・・・」



「それにっ・・なんなの!?その頭!!元の髪型はどうしたの!?そんなに短くしたら傷が出てしまうじゃない!!」



飯塚の指摘したとおり、元は腰近くまであったロングストレートのかつらをキョーコはつけていたはずだった。

それは20年前の『美緒』のスタイルでもあり、『美緒』の代名詞とさえ言われていた。


しかし、今のキョーコは同じように漆黒の髪は同様だが髪の短さは少し後ろ首にかかるほどのショートカット。

かつらをつける前にしていた、キョーコの地毛の長さだった。


怒り心頭で矢のように攻め立てても、キョーコは済ました顔のまま飯塚を冷たく見つめているだけだった。

言いたいことを爆発させて飯塚が息を切らした時、ようやくキョーコが口を開いた。



「・・・言いたいことはそれだけ?・・『お母様』」



「!!?なっ~~!!?アナタねえ!?」



「「待ってください!飯塚さん!」」



キョーコの返しにとうとう飯塚の堪忍袋の緒が切れた瞬間、蓮と同時に啓文も止めに入った。

そして蓮と啓文はお互いの考えていることが同じだと悟り、互いに頷きあった。



「・・・飯塚さん・・・テストをしましょう」



「はあ!?なにを言っているの!?もう、テストなんてしている状態じゃないでしょう!?監督、これ以上私を失望させないで・・」



「お言葉ですが・・・彼女の状態を見てあなたは気づかないんですか?・・敦賀君は気づいていますよ?・・今、初めて本人にあった僕でさえも」



「!?」



いつもの弱弱しく発言する啓文とは違う表情と態度に、飯塚は驚きながらもキョーコを見た。

醸し出す雰囲気も、表情も、視線も確かに先程挨拶に来たキョーコとは違う。

一つ浮かんだ答えに飯塚は、息を呑んだあと否定しようとした。



「・・・コレは違うわ!?・・・大体、まだ演技の何たるかもわからないど素人のタレントが・・・まさか・・・」



否定しようとした飯塚の考えを押さえつけたのは、蓮だった。



「その・・まさかです・・・・彼女・・・京子には今、『本郷 美緒』が憑いていると思います」



有名な大女優や大御所俳優が、自分と波長の合った役やのめり込んだ役にまるでとり憑かれるように役そのものになってしまうという現象があるという・・・。

飯塚も『美緒』をやっていた時、自分自身を押しのけようとする『美緒』の感情を恐ろしいと感じたことがありそれを表現して一躍演技派女優の仲間入りを果たせた。


しかし今のキョーコの状態は、飯塚がなった『美緒』の感情がわかる・・という状態ではない。


そこに居るは、『本郷 美緒』のそもののようだった。



「・・・・う・・そよ・・・きっとすぐに化けの皮がはがれる・・」



「ですから、それをテストしましょう・・・すぐに剥がれるようなら、飯塚さんの言うように京子さんには申し訳ないですが役を降りてもらいます・・・髪を切ってしまった理由も僕は知りたい」



真っ直ぐ見つめてくる啓文に、飯塚は戸惑い不安気に両手を胸の前で組んだ。



「どう・・・テストする気なの?」



「・・・・京子さんに・・・話しかけてください・・・・飯塚さんが・・・飯塚さんの役である『本郷 操と美緒の母』として」



「!!?」



啓文の提案に、蓮以外の全員が驚きの声を上げるのは言うまでもなかった。




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