§ルートX 49
キョーコがそれを知ったのはこの日の午後のことだった。
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キョーコの午前中は『Dark Moon』の撮影からだった。
「カット!・・・美緒!そこは台詞なしでいきましょう!」
「あ・・はい!」
配役のごたつきを解消するかのように、撮影はハイスピードで進んでいた。
ドラマの撮影自体初めてのキョーコにとっては、今何が行われているかさえも良くわかっていない状況だった。
ただ『美緒』になってしまえば、目の前に現れるのはほぼ敵。
睨みつけて、不敵に嗤う。
すると相手が勝手に戦いてくれて、いい画が撮れる。
そんな流れができていた。
「多くを語るよりも、ああやって暗い表情で笑って傷を見せるだけで美緒の存在を相手に・・テレビを見ている人に焼き付ける・・・彼女は本当に新人・・しかもタレントなんでしょうか?」
『操』役の大原が飯塚に訪ねると、飯塚は大きなため息をついた。
その大きさに周囲にいた人たちが少し強張った表情をしたが、飯塚は肩を落として苦笑した。
「あの子は私よりも『美緒』の心情を深く理解していたのね・・・あの傷でさえ武器に出来る『美緒』の底知れない恨みと強さを・・・監督もそれがわかってた・・・ダメね・・過去に囚われていたら私こそ役を切られてしまうわ」
「そ、そんな!それでもあの奇怪な行動には・・・」
「いやいや、元々なんかちょっと怖い雰囲気出せる子だったし・・」
飯塚を慰めるとはいえ、散々な言われようだな・・と、社は肩をすくめながらも騒動も一応の収束に向かったようで安堵のため息をついた。
「良かったな?蓮・・・キョーコちゃん認められたみたいで・・・・・・・・蓮?」
「え?ああ・・・そうですね?・・俺も負けてられませんね・・・・じゃあ、出番なので行って来ます」
「おお・・・いってらっしゃい・・・・?」
社が蓮に話しかけた時に向いていた方に何があるか確認した社は、大きなため息をついた。
そこには『嘉月』の友人役で出ている貴島 秀人がキョーコに話しかけている所だった。
(・・・・本当に・・重いよな・・・・・)
目ざとくキョーコの周りに馬の骨が現れないのかをチェックしていることを知り、社は心の底からキョーコに同情するのだった。
「では、ここで『美月』を想って見つめてください・・いいですか?『嘉月』」
「はい!」
頷く蓮に、百瀬は注意深い視線を向けていた。
「よろしく、百瀬さん」
「あ・・・はい!・・よろしくお願いします・・・・」
本番!と声がかかると二人とも意識を集中させて役に入った。
「スタート!」
監督の声と共に、生徒の一人として話していた『嘉月』の言葉が途切れた。
そのことに『嘉月』を意識していた『美月』は不思議に思って、そっと俯いていた顔を上げた。
そこには柔らかく愛おしそうに目を細める瞳があり、体中の血液が沸騰してしまう気がした。
「カット!オッケイです!!次は・・・」
次々と『嘉月』と『美月』のシーンが進むのを、キョーコは胸の奥が黒くなっていくのと腹の奥にどろりとした嫌な感情が渦巻くのを止める事ができなかった。
(あの視線も・・あの笑顔も・・・全部・・全部わたしなのに・・・・・)
愛おしそうに『美月』に触れているのは蓮ではないとわかっているのに、頭の片隅に現れ黒くて汚い自分を抑えることができずキョーコはスタジオの隅に移動した。
その後ろを追ってきたのは、先程から話しかけてくる貴島という男優だった。
「京子ちゃん、どうしたの?気分でも悪くなった?」
「いえ・・・大丈夫です・・・あの・・私は平気ですので・・・」
構われたくない一心で貴島を追いやろうとしたのだが、貴島には通じなかったようだ。
「俺もここにいたいから気にしないで?」
(・・・気に・・・する人が私以外にいるんです・・・)
とは口に出せず、キョーコは少し距離を取って貴島といることにした。
カットがかかった蓮は、いつの間にかキョーコが近くで見ていないことに気づいてスタジオ内に忙しなく視線を彷徨わせた。
するとスタジオの端っこで、仲良く(蓮にはそう見えた)貴島と並んでいるキョーコを発見した。
(・・・・あんな所で・・・なにしてんだよ・・・)
じっと視線を送っていると、その視線に気づいたキョーコがふにゃ・・と笑顔を作った。
それを見ただけで先程までの嫌な感情が薄らぐことに、我ながらゲンキンだと思いながらも小さく頷いてまたスタンバイに戻った。
キュッと靴を鳴らして振り返ると、直ぐ目の前に百瀬がじっと見上げていていた。
「!?・・・な・・なにかな?百瀬さん・・・」
「敦賀さん・・・・お願いがあります・・」
「え?・・」
目を丸くしている蓮に、百瀬は意を決した表情でキッと睨み上げた。
「ちゃんと私を・・・『美月』を見てください!」
「!?」
一方、キョーコの方でも貴島にこんなことを言われていた。
「・・・京子ちゃんって彼氏、いるよね?」
「へ!?な、なんでですか!?」
「・・・いや・・・・その・・後ろ首にあるの・・・キスマークでしょう?ギリギリ服から見えてる」
「!!?」
思わずキョーコは、両手を背中に回した。
「あはは、正直すぎだよ?女優さん目指すならそこは蚊に食われたとかなんとか誤魔化さないと」
笑いながらそう言われ、キョーコはただただ真っ赤になるしかなった。
「まあ・・相手は相当嫉妬深そうだから?俺はパスだけど・・・この世界には人のものを好き好んで欲しがる有象無象の輩がいるから気をつけなよ?・・・・ただ・・京子ちゃん、君・・正直すぎ・・・まあ、敦賀君もだけどね?」
「!!!!??」
悪戯っぽく笑った貴島に頭を撫でられたキョーコは、ギャ・・っと小さく悲鳴を上げて慌てて蓮を見たのだが蓮は百瀬となにやら話し込んでいたためキョーコはとりあえずほっと胸を撫で下ろした。
それでも貴島との会話で、二人の関係はバレているようだった。
(・・・コーン・・・・・どうしよう・・・)
キョーコが心の中でそう、蓮に助けを求めている一方で蓮もキョーコのことを考えていた。
(・・・さて・・・どうしようか・・・)
ふう・・・っと小さなため息をつく蓮は、先程百瀬から言われてしまった言葉を反芻していた。
『敦賀さん・・・私を見るとき誰かを重ねていますよね?・・カメラには『そう』映ってなくても私にはわかります・・・私、敦賀さんと思いっきり演技できるの楽しみにしていたんです・・でも、この状態だと私・・・『美月』になりきれません!もっと『嘉月』として私を見てくれませんか!?』
(・・・百瀬さんにはバレちゃってたな・・・・)
頬をポリポリとかきながら、蓮はスタジオの隅っこにいるキョーコに視線をやった。
すると、少し困ったような縋るような視線が返ってきた。
(うん?)
そのことに首を傾げていると、いないと思った貴島が手に飲み物を携えてキョーコの元に戻ってきた。
なにやら会話をして、また先程のような視線を蓮に投げたキョーコは貴島に促されるままその後ろをついてスタジオを出て行ってしまった。
(!?・・キョーコちゃん!?)
「敦賀君、次のシーンにいってもいいかな?」
「え!?・・・あ・・・・・・・」
啓文とキョーコのいなくなったスタジオ内を交互に視線を彷徨わせていた蓮は、大きなため息をつくと拳を強く握って頷いた。
「はい、いけます」
そう返事して、真っ直ぐ見つめてくる百瀬を見つめ返した蓮は指示された場所に向かうのだった。
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「すみません・・・貴島さん」
「いいよいいよ、次の仕事なら仕方ないし・・・監督にはもう言ってあるんだろう?」
「はい・・・・」
食事に誘ってくれた貴島に、キョーコはこのあと別の仕事があると断りを入れていた。
「もう時間なら急いだほうがいいよ」
「はい、すみません・・廊下までお見送りしていただいて・・」
「いいって、いいって・・・・頑張ってね?」
「はい、貴島さんも・・お疲れ様です」
申し訳なさそうに何度も頭を下げながら去っていくキョーコに、貴島は上機嫌で手を振った。
(・・・本当・・・敦賀君、なんであんなふつ~の子がいいのかな?演技は・・まあ・・凄いけど・・・女の子としては・・・可もなく不可もなく・・だよな~)
初日から二人の空気に、何かあると踏んでいた貴島は数日間様子を見ていたそこで気づいたのは蓮が物凄く遠巻きにキョーコを気にしているということだった。
蓮が女性から好意の視線を浴びるのはいつものことなので、キョーコが蓮を見つめていても何の不思議も感じなかったのだが蓮が誰か一人の女性を特別に意識しているのを見るのははじめてだった。
(単なるフェミニスト君だと思ってたけど・・・・)
キョーコに構い始めた途端、射るような視線が飛んでくるようになった。
そのことが至極楽しくなってしまい、わざと蓮の前で構い続けたのだ。
(・・・明日はどんな風に声かけよっかな~♪)
新しいおもちゃを見つけた貴島は上機嫌で、怒れる魔王が待っているとも知らずに撮影スタジオに戻るのだった。
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貴島が蓮にマークされたと知る前に、キョーコは別のことを知らされて愕然とした表情になっていた。
「あ~・・・やっぱりショックだよね?」
「えっ・・・いえ・・・・」
慌てて否定したキョーコに、今度は話しかけていた相手が驚きの表情になった。
「え!?でも・・・『プリズナー』のプロモに出てたんだから少しは気になるでしょう?チャート2位って・・」
そう告げてきたのは、今日これから収録される『ジャポネット・スコープ』のアシスタント・ディレクターだった。
「え・・・・ええ・・・まあ・・・そう・・ですね?」
そんな返事で曖昧に返すと、アシスタント・ディレクターはまたキョーコをじっと上から下まで眺めた。
「いや~・・・本当に京子さんって凄いですね!?『プリズナー』の時の天使とも『Dark Moon』の本郷 美緒とも違う雰囲気で」
(・・・・それは・・暗に、素の私じゃ迫力も何も無いと言いたいのかしら・・・)
頬を引きつらせたキョーコに気づいた相手は、何かと言葉を付け足したのだがもうそれはキョーコの耳には届いていなかった。
ただ、あの不和 尚が・・・デェビュー以来一度も1位スタート以外したことない不破 尚が2位に甘んじていることがキョーコには信じられず、どうしてこうなったのか真相が知りたいと強く思ってしまっていたのだった。
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