§ルートX 53
初っ端からゴタゴタがあったとは思えないほど、『Dark Moon』の撮影は順調に進んでいた。
「やっぱり敦賀さんと、逸美ちゃん・・絵になる~」
ただキョーコの目からは、順調という文字はあまり見受けられないが・・・。
蓮に言われたとおり、百瀬は撮影の間だけ蓮と親しく接するようになっていた。
しかしそれは、役の性格を付けたままだったためどちらかというと一生懸命蓮に好かれようとしているいじらしい少女の行動に見えた。
一方、蓮も役を微妙に乗せて相手をするため親密な空気が一瞬で出来上がってしまう。
内情を知っているキョーコでさえ、『もしかして・・・』と疑いたくなるような視線を蓮は時折百瀬に送っていた。
「あんな風に見つめられているって知ったら、逸美ちゃん本当に敦賀君に落ちちゃうかもね?」
その言葉にドクンと重く心臓が反応して、振り返ったキョーコに貴島は少し意地悪な笑みを浮かべた。
「・・・・・・・・・貴島さんは・・・知っていたんですか?」
「うん?ああ・・・二人が、ここの間だけ親密なふりしてるって?まあね?見たらすぐにわかるし」
貴島の言葉にキョーコは目を見開いた。
「そう・・なんですか?」
「まあね?」
幾分ほっとしたようなキョーコの顔を眺めながら、貴島は心の中でぼやいた。
(まあ・・・逸美ちゃんに向けている視線なんて可愛いものでしょう?・・この子を見つめている視線のほうが3倍・・いや・・5倍?濃密なのに・・・」
そんな貴島のぼやきも知らずに、キョーコはスタッフに呼ばれると慌てて貴島に挨拶をしてスタンバイ位置まで走っていった。
(・・・・・・・ついでに、君と話した男がもれなく視線で彼から殺されそうになっていることにも気づいて欲しいよ・・・)
貴島が蓮からの視線にため息をつきつつ、大きく伸びをしているなどキョーコは知らないであっという間に『美緒』を付けると共演者に恐怖を与え始めたのだった。
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「・・・今日のキョーコちゃん・・怖かったな~」
「・・・・・・・」
キョーコは蓮のマンションにて、そう話しかけられても黙々と作業をしていた。
「『美緒』ってあそこまで毒々しくしないとだめ?」
「・・・・だって・・緒方監督がもっと暗く微笑んでって・・・」
背後から抱きついてくる蓮の腕をどかしながら、キョーコは自室となっている客室に広げたアメニティ類を小ぶりの旅行カバンにきっちりとつめた。
「それにしては違う迫力も備わっていたようだけどね?」
キョーコが綺麗にたたまれた服を手に取るためカバンから視線をそらすと、先ほど入れたアメニティを蓮が抜き取り元の位置に置いた。
「それは・・・・・・もう!!荷造りの邪魔をしないで!」
既に何度目かになるこのやり取りに、キョーコがとうとう怒りを顕にすると蓮は口を尖らせた。
「キョーコちゃんは俺と離れて過ごす事を寂しく思わないんだ・・」
「~~~っ・・たかが2日、しかもドラマの撮影でいく軽井沢じゃない!・・コーンだって沖縄での撮影が終わったら合流するし・・」
かまってもらえなくて寂しそうにいたずらを繰り返す蓮に、キョーコは本気で怒る気にもなれずポーズだけは怒って半ば説得するように語り掛けた。
「・・・・・・軽井沢っていうのが気に食わない」
「ええ!?なんで?セレブな人たちの吹き溜まり!清楚でモダンなお屋敷での撮影ですよ!?」
「・・・・・キョーコちゃんのイメージしている軽井沢と、俺の知っている軽井沢とは別物なの!」
「ええ!?・・なにそれ・・・?」
まったく意味がわからず首を傾げているキョーコに、柄にもなくいじけてしまったことに恥ずかしくなった蓮は後ろからキョーコの腰に回していた腕に力を込めた。
ぎゅうっと抱きしめられ一気に真っ赤になったキョーコの項に、蓮は鼻先を押し当てた。
キョーコから上がる悲鳴が、全然嫌がっていないのに気を良くして今度は唇をあてがう。
「コっ・・・んんっ!・・・・」
細い項にくっきりと残るほど色濃く口付けの痕を残すと、すっかりキョーコの息が上がって恨みがましいのに艶めいた視線が振り返ってきた。
「キョーコちゃん・・・」
低く艶のある声で囁けば、キョーコが体を反転させて蓮の首に腕を回してきた。
そしてはじめは遠慮がちに、しかし次第に深く口付けを繰り返すとお互い呼吸も体温も上がっていった。
「コ・・・準備っ・・・しなきゃ・・・」
弱々しい拒絶は逆に蓮に芽生えた熱を膨らませた。
「後でもいいでしょ?こっちの方が優先・・・」
水音をさせながら、さらに口付けを深くして小さなキョーコの頭を抱え込み逃すまいとする。
「っ!・・・だっ・・め・・・・」
「その『だめ』は駄目に聞こえないよ?キョーコちゃん」
せっかくキョーコが準備した荷物を散らかさないように、蓮はすっかり体から力を抜いたキョーコを抱き上げ客室から主寝室に移動した。
「2日間、キョーコちゃんがいつでも俺を思い出せるようにその体に刻んであげるからね?」
ベッドに下ろされたキョーコを跨ぎながら、シャツを脱いで素肌をさらす蓮をキョーコはただただ絶叫と共に見上げるのだった。
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「・・・・・・京子さん・・・大丈夫ですか?」
「え・・・ええ・・大丈夫・・・」
結局朝まで蓮が離さなかったので、キョーコは出かける時刻の直前に大急ぎで準備を終え玄関口で申しわけなさそうに・・でも満足気に見送る蓮を睨みつけて家を飛び出した。
そのため集合場所に現れたころには、すっかり疲弊したキョーコが出来上がり百瀬に心配されてしまった。
蓮とのこともあるため、少し距離を置いたキョーコに百瀬は困ったように眉根をひそめ小さく笑った。
「京子さん・・ごめんなさい」
「へ!?」
なにが!?と目をむいているキョーコに百瀬は、小さな声で切り出した。
「その・・敦賀さんのこと・・・・役に入るために無理を言って京子さんにも迷惑かけて・・」
「め、迷惑なんて・・・」
「それに・・今まで敵視した役だったから話しかけることも控えてて、弁解もできなくて・・」
明るく活発な役柄とは違った本人の雰囲気に、キョーコは目を丸くして魅入った。
「あの!ちゃんとわかってるから・・・それに本当はずっと京子さんと話がしたかったの・・・いつも『美緒』は私の予想を遥かに超えて怖くて」
手放しで誉められていると喜べない言葉だったが、百瀬なりに必死にキョーコを評価した内容に苦笑して返した。
「あっでも、キョーコさんが怖いわけじゃないのよ?ただ、一瞬で役に入れて・・・すごいっていうか・・羨ましくて・・・ずっと話をしてみたかったの」
そんなことをはじめて言われたキョーコは、その言葉を噛み締めているうちに真っ赤になった。
「あ・・ありがとう・・・・」
「・・・・・・・」
そんなキョーコに百瀬も魅入った。
「京子さんって・・・かわいい」
「へ?!なっ!?」
どちらかというと美人の類に入る百瀬に、まじまじと見つめられてさらに赤面するキョーコの項にペタンと何かが貼り付けられた。
それに驚いて、振り返ると貴島がにっこりと微笑み返された。
「おはよう!美女二人♪」
「「・・・おはようございます・・貴島さん」」
声を揃えて、引き気味に貴島に挨拶をしたキョーコと百瀬は顔を見合わせて笑った。
「仲いいね?けれどもうバスに荷物載せ始めてるよ?」
「「ええ!?」」
貴島に言われたとおり、スタッフや他の俳優陣がバスに乗り込み始めたり荷物を載せているのを知った二人は慌ててバスに駆け寄った。
荷物を預け、先ほど貴島がつけたものを剥がそうと手を首に持っていくとそれを止められた。
「また濃ゆいの付けられたね?その服だと悪目立ちするから貼っておいたほうがいいよ?」
止めたのは貴島で、キョーコの手には絆創膏の感触が伝わっていた。
そこでようやくキョーコは、昨晩蓮がした行動の意味を知り今頃沖縄へ向けて飛び立つ飛行機に乗り込む蓮に恨み節を送ったのだった。
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