なんてことない非日常 -31ページ目

なんてことない非日常

スキビ非公認二次創作サイトです。
駄文ばかりの辺境館ですが、広いお心で読んでいただける方歓迎しております。

§ルートX   53






 初っ端からゴタゴタがあったとは思えないほど、『Dark Moon』の撮影は順調に進んでいた。



「やっぱり敦賀さんと、逸美ちゃん・・絵になる~」



ただキョーコの目からは、順調という文字はあまり見受けられないが・・・。


蓮に言われたとおり、百瀬は撮影の間だけ蓮と親しく接するようになっていた。

しかしそれは、役の性格を付けたままだったためどちらかというと一生懸命蓮に好かれようとしているいじらしい少女の行動に見えた。

一方、蓮も役を微妙に乗せて相手をするため親密な空気が一瞬で出来上がってしまう。


内情を知っているキョーコでさえ、『もしかして・・・』と疑いたくなるような視線を蓮は時折百瀬に送っていた。



「あんな風に見つめられているって知ったら、逸美ちゃん本当に敦賀君に落ちちゃうかもね?」



その言葉にドクンと重く心臓が反応して、振り返ったキョーコに貴島は少し意地悪な笑みを浮かべた。



「・・・・・・・・・貴島さんは・・・知っていたんですか?」



「うん?ああ・・・二人が、ここの間だけ親密なふりしてるって?まあね?見たらすぐにわかるし」



貴島の言葉にキョーコは目を見開いた。



「そう・・なんですか?」



「まあね?」



幾分ほっとしたようなキョーコの顔を眺めながら、貴島は心の中でぼやいた。



(まあ・・・逸美ちゃんに向けている視線なんて可愛いものでしょう?・・この子を見つめている視線のほうが3倍・・いや・・5倍?濃密なのに・・・」



そんな貴島のぼやきも知らずに、キョーコはスタッフに呼ばれると慌てて貴島に挨拶をしてスタンバイ位置まで走っていった。



(・・・・・・・ついでに、君と話した男がもれなく視線で彼から殺されそうになっていることにも気づいて欲しいよ・・・)



貴島が蓮からの視線にため息をつきつつ、大きく伸びをしているなどキョーコは知らないであっという間に『美緒』を付けると共演者に恐怖を与え始めたのだった。




*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆




「・・・今日のキョーコちゃん・・怖かったな~」



「・・・・・・・」



キョーコは蓮のマンションにて、そう話しかけられても黙々と作業をしていた。



「『美緒』ってあそこまで毒々しくしないとだめ?」



「・・・・だって・・緒方監督がもっと暗く微笑んでって・・・」



背後から抱きついてくる蓮の腕をどかしながら、キョーコは自室となっている客室に広げたアメニティ類を小ぶりの旅行カバンにきっちりとつめた。



「それにしては違う迫力も備わっていたようだけどね?」



キョーコが綺麗にたたまれた服を手に取るためカバンから視線をそらすと、先ほど入れたアメニティを蓮が抜き取り元の位置に置いた。



「それは・・・・・・もう!!荷造りの邪魔をしないで!」



既に何度目かになるこのやり取りに、キョーコがとうとう怒りを顕にすると蓮は口を尖らせた。



「キョーコちゃんは俺と離れて過ごす事を寂しく思わないんだ・・」



「~~~っ・・たかが2日、しかもドラマの撮影でいく軽井沢じゃない!・・コーンだって沖縄での撮影が終わったら合流するし・・」



かまってもらえなくて寂しそうにいたずらを繰り返す蓮に、キョーコは本気で怒る気にもなれずポーズだけは怒って半ば説得するように語り掛けた。



「・・・・・・軽井沢っていうのが気に食わない」



「ええ!?なんで?セレブな人たちの吹き溜まり!清楚でモダンなお屋敷での撮影ですよ!?」



「・・・・・キョーコちゃんのイメージしている軽井沢と、俺の知っている軽井沢とは別物なの!」



「ええ!?・・なにそれ・・・?」



まったく意味がわからず首を傾げているキョーコに、柄にもなくいじけてしまったことに恥ずかしくなった蓮は後ろからキョーコの腰に回していた腕に力を込めた。


ぎゅうっと抱きしめられ一気に真っ赤になったキョーコの項に、蓮は鼻先を押し当てた。

キョーコから上がる悲鳴が、全然嫌がっていないのに気を良くして今度は唇をあてがう。



「コっ・・・んんっ!・・・・」



細い項にくっきりと残るほど色濃く口付けの痕を残すと、すっかりキョーコの息が上がって恨みがましいのに艶めいた視線が振り返ってきた。



「キョーコちゃん・・・」



低く艶のある声で囁けば、キョーコが体を反転させて蓮の首に腕を回してきた。


そしてはじめは遠慮がちに、しかし次第に深く口付けを繰り返すとお互い呼吸も体温も上がっていった。



「コ・・・準備っ・・・しなきゃ・・・」



弱々しい拒絶は逆に蓮に芽生えた熱を膨らませた。



「後でもいいでしょ?こっちの方が優先・・・」



水音をさせながら、さらに口付けを深くして小さなキョーコの頭を抱え込み逃すまいとする。



「っ!・・・だっ・・め・・・・」



「その『だめ』は駄目に聞こえないよ?キョーコちゃん」



せっかくキョーコが準備した荷物を散らかさないように、蓮はすっかり体から力を抜いたキョーコを抱き上げ客室から主寝室に移動した。



「2日間、キョーコちゃんがいつでも俺を思い出せるようにその体に刻んであげるからね?」



ベッドに下ろされたキョーコを跨ぎながら、シャツを脱いで素肌をさらす蓮をキョーコはただただ絶叫と共に見上げるのだった。



************



「・・・・・・京子さん・・・大丈夫ですか?」



「え・・・ええ・・大丈夫・・・」



結局朝まで蓮が離さなかったので、キョーコは出かける時刻の直前に大急ぎで準備を終え玄関口で申しわけなさそうに・・でも満足気に見送る蓮を睨みつけて家を飛び出した。

そのため集合場所に現れたころには、すっかり疲弊したキョーコが出来上がり百瀬に心配されてしまった。


蓮とのこともあるため、少し距離を置いたキョーコに百瀬は困ったように眉根をひそめ小さく笑った。



「京子さん・・ごめんなさい」



「へ!?」



なにが!?と目をむいているキョーコに百瀬は、小さな声で切り出した。



「その・・敦賀さんのこと・・・・役に入るために無理を言って京子さんにも迷惑かけて・・」



「め、迷惑なんて・・・」



「それに・・今まで敵視した役だったから話しかけることも控えてて、弁解もできなくて・・」



明るく活発な役柄とは違った本人の雰囲気に、キョーコは目を丸くして魅入った。



「あの!ちゃんとわかってるから・・・それに本当はずっと京子さんと話がしたかったの・・・いつも『美緒』は私の予想を遥かに超えて怖くて」



手放しで誉められていると喜べない言葉だったが、百瀬なりに必死にキョーコを評価した内容に苦笑して返した。



「あっでも、キョーコさんが怖いわけじゃないのよ?ただ、一瞬で役に入れて・・・すごいっていうか・・羨ましくて・・・ずっと話をしてみたかったの」



そんなことをはじめて言われたキョーコは、その言葉を噛み締めているうちに真っ赤になった。



「あ・・ありがとう・・・・」



「・・・・・・・」



そんなキョーコに百瀬も魅入った。



「京子さんって・・・かわいい」



「へ?!なっ!?」



どちらかというと美人の類に入る百瀬に、まじまじと見つめられてさらに赤面するキョーコの項にペタンと何かが貼り付けられた。


それに驚いて、振り返ると貴島がにっこりと微笑み返された。



「おはよう!美女二人♪」



「「・・・おはようございます・・貴島さん」」



声を揃えて、引き気味に貴島に挨拶をしたキョーコと百瀬は顔を見合わせて笑った。



「仲いいね?けれどもうバスに荷物載せ始めてるよ?」



「「ええ!?」」



貴島に言われたとおり、スタッフや他の俳優陣がバスに乗り込み始めたり荷物を載せているのを知った二人は慌ててバスに駆け寄った。


荷物を預け、先ほど貴島がつけたものを剥がそうと手を首に持っていくとそれを止められた。



「また濃ゆいの付けられたね?その服だと悪目立ちするから貼っておいたほうがいいよ?」



止めたのは貴島で、キョーコの手には絆創膏の感触が伝わっていた。


そこでようやくキョーコは、昨晩蓮がした行動の意味を知り今頃沖縄へ向けて飛び立つ飛行機に乗り込む蓮に恨み節を送ったのだった。




54へ








《こんばんは!連載2話目で先行き不安ですが・・・お楽しみいただけていますでしょうか?ユンまんまです。


さて前回、造語の題名の意味を持ち越しましたので・・・


意味は、マリッジ・ブルーとデッド・エンドが合わさっています。

二つともまっくろくろっくろ♪って感じですが、ハピエンですの・・・・タブン・・


あとは、結婚前ではなく後にブルーになる(もちろん、あずかり知らぬ所で結婚してしまっている状態だったからね?)という状況も合わせています。

普通ならafterでしょうが、『・・・・・・・終わった・・・』的な感じが欲しかったのであえてのendです。


題を説明したのって珍しいかも。


なのできっとこの先、この題名に振り回されることでしょう・・・


そんなアップアップしている状態も楽しんでくださいませ!


では、2話目です。

いってらっしゃいませ~》





†Marriage end blue   2




 「・・・・・・最悪」



ぼそ・・・と、呟いたキョーコの言葉に祖父のローリィと妹のマリアがびくっと肩を震わせた。

しかしその言葉に一番反応しなければいけない人物は、鼻を鳴らして口の端を上げるだけだった。



「くっきり付いたもんだ」



キョーコの左頬には先程の門扉衝突で、赤い筋が・・・

クオンの左頬には、キョーコからつけられたモミジ痕が・・・・・

くっきりとつけられていた。



「な・・・なんだな!?久遠君、早く着いたな!?」



「・・・・お久しぶりです・・宝田さん」



「ああ・・・親父さんはどうしてる?」



「相変わらず・・・じいさんが回復したので、騙されたと怒り心頭ですよ?」



「は・・はははは・・・・そうか・・」



「・・・まあ・・・でも・・・余命が残りわずかなのは間違いありませんから・・」



そう言うと、クオンはキョーコに視線を向けた。



「・・・それまでの辛抱・・・・って顔してる」



「!!」



「・・そんなに俺のじいさんを早く死なせたいの?」



「そっ・・そういうわけじゃ・・・・・・」



一瞬心を読み透かされた気分になって、キョーコはつい視線を反らした。



「あ~あ、ダメ」



「へ?」



「図星を指されてそんな風に顔を背けたら、『そうでしたよ』って言っているのも同じだ」



「っ!・・・・・ごめんなさい・・・・でもっ・・・本当にそうなって欲しいと思っているわけじゃなくて、こんな結婚が・・・」



「わかってる・・・昔からそうだ」



「・・・え?」



「昔あったことあるだろ?その時も・・・」



クオンがそう言いかけると、ローリィは大きく咳払いをした。



「そうだ!疲れを癒すには風呂がいい!!久遠君、風呂にでも入って・・・」



「え?・・いえ・・俺は別に・・・・」



「そうだわ!それがよろしいわ!!私、案内して差し上げますわ!?」



有無を言わせぬマリアの行動に、クオンは驚きながら渋々風呂場へと案内されていってしまった。


そして取り残されたキョーコは、そっと逃げ出そうとしているローリィをじろりと睨んだ。



「おじいさま?」



キョーコの冷えた呼びかけに、ローリィは小さな悲鳴を上げて体を大きくびくつかせてからゆっくりと振り返った。



「・・・・・何か・・・隠していませんか?」



「なっ・・・ナニモ!?」



言うが早いか、年齢にそぐわない俊足でローリィはキョーコの前から姿を消した。


この結婚に何かしらの陰謀を感じたキョーコは、ただただ深いため息をつくしかないのだった。



3へ






《こちらのお話は、某所で開催中の噂の人魚フェア~への参加&提供物です。(危険物)


他の皆様の所にいるような、キラキラ素敵王子様蓮さんや、可愛い人魚姫キョコちゃんはいません。←どきっぱり。(それはもうブラック・ブラック!!目が覚めるよ~)


それでもオッケイ!!という方は一緒に漂ってくださいませ~~~


そして今回のお話でラストとなります。

時間がかかってしまって、某提供先様方には申し訳ありませんが最後までよろしかったらお持ちくださいね。





§漂う恋心は深海で   7





  キョーコは呆然と目の前で儚い笑顔を見せるクオンを見つめた。



「・・・・ど・・・ゆ・・・こ・・と?」



唇を震わせているキョーコに、クオンは申し訳なさそうにした。



「・・・そのままの意味だよ・・・俺自身をこの薬の効果を上げるための代償にしたんだ・・・」



「でもっ私の声を」



「あれはフェイク・・・・君の声をここに持っている間、君が地上で何をしていたわかるようにしていたんだ」



顔面を蒼白にして呆然としているキョーコの心情を、クオンは勝手に推察した。



「こんなことしている奴なんて思わなかっただろ?・・・気持ち悪いよな・・・・」



「っ!そんなことっ」



「いいんだ・・・・もう・・・」



またあの儚い笑みを浮かべるクオンに、キョーコは嫌な予感で背筋が凍りついた。



「クオン様!?待って!私の話を聞いて!?」



「キョーコちゃん・・・」



必死に縋りつくように叫ぶキョーコの言葉をクオンは静かに遮った。



「これを・・・」



クオンが差し出したのは、大きな阿古屋貝の中に納まった黒い真珠だった。

震える手でなかなか受け取らないキョーコに、クオンは半ば強引にそれを押し付けた。



「それにはまだ少し残っている君の薬に反応するように術を施してあるんだ」



「術を・・?」



「それを飲んで願えばいいんだ・・・二度とニンゲンにならないか、二度と人魚にならないか・・・・」



クオンの話にキョーコは混乱していた。

何度も何度も頭を振って、目に涙をためていた。



「人魚の涙は宝石になると・・聞いたことがあるけど・・・・宝石より・・きれいだ」



そっと触れてきたクオンの指先が下まぶたに当たり、キョーコは反射的に目を瞑ると空気に包まれたキョーコの涙がポロリと海上を目指して深海をゆらゆらと昇り始めた。



「本当に・・・きれいだ・・・」



わずかな光でも涙を閉じ込めた空気の層は、虹色になったり銀色になったりしてゆらゆらと小さくなって遠ざかっていった。

その涙をずっと見つめていたクオンの指先が、自分の頬から離れたことでキョーコは初めてクオンから触れてきてくれたことに気づいた。


彼は今までどれほど自分に対して線を引いて接してきていたのかを思い知らされて、胸が痛んだ。


キョーコが痛む胸の内に顔を歪め、俯いているとクオンが視線を戻してきた。



「キョーコちゃん・・・ここは君のために用意した家だ・・・人魚として暮らすならここを好きにしたらいい」



「クオン様は!?」



「・・・・俺は・・・もう・・いないから・・・」



「!?」


ふっと笑ったクオンの尾びれが、うっすらと透けていくのが見えてキョーコはギクリと心臓を凍らせた。



「・・・やっ・・・・・だ・・め・・・」



震えて擦れる声は、まるで声を抜き取られたときのようにキョーコの耳にしか響かなかった。



「キョーコちゃん・・・ずっと・・ありがとう・・・」



「だめっ・・・クオン・・さ・・・」



流氷の中に落とされたかのように、全身からぬくもりが抜き取られていくような感覚がキョーコの体をガタガタと揺さぶり始めた。

その間にもクオンの体がどんどん透けていく。



「君の事を・・・・あいして」



「クオン!」



クオンは最後の言葉も途中で、一気に泡になった。

その泡はダイヤをばら蒔いたかのよう輝きながら海面を目指して、キョーコの目の前を浮上していく。



「だめっ!だめ!!いかないでっ!」



キョーコはその泡に必死に縋りついた。

けれど、水かきのついた指の間をするすると通り抜けてどんどんなくなっていく。



「だめっ!!私の気持ちっ言っていない!!」



綺麗だと言ってくれた宝石のような涙を大粒にして、深海の中に零していく。

それはクオンの泡と一緒に、深海を漂って消えていった。



どれほどの時間をキョーコはそうしていたのだろうか・・・。

暗闇の中に光る鱗も、すっかり色あせてもう何日も食事をしてないことを物語っていた。


静か過ぎるクオンの家。


ヨロヨロと彷徨う。


キョーコのための部屋ばかり・・・

クオンの研究室だった場所はすっかり何もなくなってしまっていた。


コロリと手の中にいつまでも収まっていたのは、最後にクオンからもらった黒真珠だった。


『それを飲んで願えばいいんだ・・・二度とニンゲンにならないか、二度と人魚にならないか・・・・』



それをじっと見つめた。



「・・・・願え・・・ば・・・」



艶を失った唇に黒真珠を付けると、口の中に含みコクリと飲み込んだ。



「・・・私の・・・願いは・・・・」



小さくキョーコが何かを呟いた瞬間。

大きな潮のうねりが辺りに巻き起こり、クオンの家がガラガラと音を立てて崩れていった。


海底の砂や珊瑚の屍骸が煙となってあたりを白く染めた。

薄暗かった深海にしばらく光が差し込まず、何が起こったかわからない状態になった。


しばらくすると、煙は収まり一筋の光が差し込んできた。


しかし、その場所にかつてクオンが作ったキョーコのための家も・・・そして、キョーコ自身も消えうせていた。


ただ、一筋の光に誘われるように淡くピンク色に光る泡がゆらゆらと深海を漂い光目映い海上へと誰に見られることなく昇っていくのだった。




*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆




「おーい!!蓮!!そろそろ上がれ~~!!!!」



レジャーボートの上から声をかけたのは、眼鏡がよく似合う身細の青年だった。


半袖の白いシャツはこれでもかと、鋭い日差しを反射している。

海中の人間に声をかけても届かないとわかってはいても、時間がないとばかりに腕時計を確認して叫んでみる。


すると、ボートの近くでボコボコっと泡が立った。



「ぷっはぁっ!!!」



海中から顔を出し、一気に呼吸を取り戻したのは先ほど蓮と呼ばれた青年だった。

しかし、一見したらまるで人魚が上がってきたのではないかと見紛うほど濡れた漆黒の髪を掻き鍛え上げられた体を押し込んでいたスウェットスーツを脱ぎながらボートに上がる様は輝いていた。



「もうそろそろ時間だってあれほど・・」



「すみません・・・・つい・・」



苦笑いしながらもまだ海水をポタポタ流れる髪を撫で付け、肩を上下させている蓮に眼鏡の青年は困った顔をしただけだった。



「お前・・・・競技会の前に疲れたらどうするんだよ・・」



「社さん・・・・俺はそんなにやわじゃありませんよ?」



蓮はイルカの尾ひれによく似たフィンを脱ぎながら、心配しすぎな面を持つ眼鏡の青年・・社を苦笑しつつ見上げた。



「やわじゃないから心配してるんだろ?!一回潜るとすっかり海の中に混じって帰ってこなくなるからな?」



自分でもよくわからないが、幼いころから海に入るとどうにも心地よくて上がりたくなくなってしまうのだ。

そして今、蓮が最も心地いいのはフリーダイビングでフィンを付けて深海へ進んでいく時だ。

最初はスキューバーダイビングの延長だった。

しかし、重い酸素ボンベを背負って潜ることに違和感を感じると一緒にダイビング教室に通っていた社からフリーダイビングを教えてもらった。

それ以来、蓮はグングンと成績を伸ばすフリーダイビングのホープになっていた。



(・・・しょうがないじゃないか・・・・まるで海の中が元いた世界のように感じるんだし・・・)



今の生活に不満はない。

少し前はあった。

証券会社でエリートとして仕事をこなして、それなりに彼女が切れることなくいて周りからは少々妬まれても知らん顔ができる程度。

親も元気で、親友もいる。

けれど、何かが足りないと感じていた。

そしてこの競技に出会い、仕事も恋人も捨てて海近くの寂れた平屋の一軒家を買い住み始めた。

周りにはもったいないとか、馬鹿だとか言われたけれど『こうなるのが当たり前だった』かのように毎日を過ごしている。


・・けれど、海に潜ると陸のことを忘れてそのまま留まってしまおうかとさえ思ってしまう。


まるで・・・海の中に大切な何かを忘れてきたような気がして・・・・。


蓮がそんなことを考えながらボーっと、海の揺らぎを船の上で感じていると明るくにぎやかな声がこだましてきた。


その声に、蓮も社も顔を上げた。



「にぎやかだな~あちらさん」



社が言うように、蓮たちが乗っているのと同じ大きさのレジャーボートには女性が数人と男性が数人の団体が騒ぎながら乗っていた。

どうやらこれからスキューバーダイビングの実践講習をするらしい。

緊張と不安と期待を胸に、騒ぎ立てている。



「・・・まずいですね・・・もうそろそろ時間ですよね?」



「うん?ああ!そうだ!!・・・でも、知っているだろ?あっちには講師の先生も乗っているんだし・・・・」



社の言葉に蓮も一度納得したつもりだったが、少々人数が多いのと忙しない感じが気になった。

もうすぐこの先に大きなタンカーが通る予定だ。

距離にすると、このボートが全力で向かっていっても20分かかるほど先なのだが波はそうじゃない。


大きな船が、遠くで通ると高波がどうしても発生する。

それは一見何でもないような波だが、潜ったダイバーたちと船を引き離すには十分なものだ。


ボンベを付けないで泳ぐ蓮にとって、船を見失った時点で遭難者だ。

だから社は大慌てで蓮を時間までに呼び戻した。


社は波に備えて船首を向ける。

そしてスキューバーの生徒たちを乗せたボートも、船を移動させようとしたその時。


スウェットスーツを腰までしか着ていない女性が、ボートの揺れによろけた男性に押し出される形で海に落ちてしまった。



「!!?」



ボチャンっと目の前で水しぶきが上がったのを蓮は目をむいて見つめた次の瞬間、反射的に彼女目掛けて海の中に飛び込んでいた。



「蓮!!?」



蓮が飛び込んだのが見え、慌てて甲板に社が飛び出て海面を覗き込んだ瞬間船は大きな波に持ち上げられた。



『ゴオオッ』っと波がうねるのを聞きながら、蓮は沈んでいく女性に向かって真っ直ぐ泳いでいた。


潮にもまれるように二度ほど反転する女性の足には、黒いスウェットスーツが人魚の足ひれのようになって絡みついていた。

彼女は必死に口の中にある空気を逃さないようにと、両手で口を覆っていた。

しかし、すぐに大きな泡を吐いて苦しそうに眉間に皺を寄せた。


蓮はグンっと足をひれのようにして海水を強くけると、彼女に手を伸ばした。


彼女も気づいて蓮に手を伸ばした。


一瞬、視線が絡んだ時。

蓮の中で今までにない安堵感が生まれた。


自分に足りなかったものを見つけたような。

捜し求めていたものを、ようやく手に入れたような。

不思議な感覚だった。


けれど彼女の目が、少し閉じかけたためその考えは押しやり細い手首をしっかり掴むと自分の胸に引き寄せた。

そしてまだ自分の肺に余裕がある空気を、彼女の口の中に収めると海面目指して一気に浮上した。



「ぶっはあっ!!!」



そこまで深く沈んでなかったのが幸いした。

肺を痛めた様子もなく、彼女は息を繰り返し始めた。



「ごっふ!ごっほ!!」



その度に、少し飲んでしまった海水を吐き出す。

けれどそれを蓮に抱かれたまましていることに、苦しい彼女は気づいていない。

何度も荒い呼吸を繰り返す彼女の頼りない背中を撫でてやる。

スカイブルーのビキニは白い彼女の肌に合っていたので、つい・・正面から見たいな・・という気分になってしまうがそれをそらすように視線をさ迷わせる。

すると蓮は彼女の少しむき出しになってしまった腰元・・よりも少し下に目が留まった。



(・・・・ハートの・・タトゥー?・・じゃない・・・痣?)



最初は上からなので、桃のように見えたが潮に浮くスウェットのせいで足がふわふわと上がってハートの形が確認できた。



「ごっほ・・・・あ・・りが・・・とうっ・・・ございっ!!ごっほごっほ!!」



「ああ・・まだ喋っちゃだめだよ・・落ち着いて呼吸して?」



蓮の言葉に何度か深呼吸を繰り返す彼女。

ようやく顔を見ると、まだ幼さが残っているように感じた。



「えっと・・・・もう・・大丈夫?」



「ええ・・・はい・・助かり・・・はわあ!?す、すみません!抱きつきっぱなし・・・ごぼ!」



慌てて離れようとした女性は、足にスウェットスーツが絡まっていることを忘れていた。

蓮はまた慌てて彼女の腕を掴んで、自分の胸に引き寄せた。



「大丈夫!?」



「ごっほ!す、すみません!何度も・・・」



「いいよ・・・あ、きたきた」



「へ?」



潮に流されたはずのボートが、真っ直ぐ蓮たちの方へ向かってきていた。

そこに乗っている社に向かって蓮は片手を大きく振って見せた。



「スキューバーウォッチにGPSがついているんだ」



「な・・なるほど・・・」



蓮の説明にほっと胸を撫で下ろした表情の女性に、蓮は少し戸惑いながらたずねた。



「・・・えっと・・・君って・・・大学生?」



すると女性はくりっとした瞳をさらに大きくさせて、すぐにじろりと蓮を睨んだ。



「・・・まさか・・・この状況でナンパですか?」



「・・・・冗談がうまいね?」



「難破とかけたわけじゃありません!・・・・・大学2年です・・・海洋大学の・・」



「ああ!ここからすぐ近くの」



「助けていただきありがとうございました・・・・敦賀・・蓮さんですよね?」



ボートがエンジンを切ってゆっくりと側まで来たときに、そう言われて蓮は目を丸くした。



「俺のこと・・・知ってるの?」



「・・・有名人じゃないですか・・彗星のように現れた天才フリーダイバー」



「有名かなんて本人は知らないものだよ?」



「・・・・そして女ったらし・・・・」



「・・・・それはまったく身に覚えがありませんよ?」



蓮は船の横にあるはしごに彼女を誘導して、上るように促した。


彼女は重くなったスウェットスーツに手こずりながら、はしごを上りきるとあがってきた蓮に振り返った。



「京子です。最上 京子、海洋大学2年・・・助けていただきありがとうございました」



手を差し出した京子に、蓮は微笑んでその手を取った。



「敦賀 蓮です。あなたを助けました・・・女ったらしではありません」



握手をするように手を握り合ったまま笑う二人に、社だけが取り残されて目を丸くしていた。



「女ったらし・・ではないのですが・・・・・・よかったら今夜食事にでもいきませんか?」



それのどこがタラシではないのか?と社が怪訝な顔をしていると京子はクスクスと笑った。



「完璧に『そう』じゃないですか?・・でも・・よかったら今夜、お礼にお食事をご馳走させてください」



なんだか既に親密な様子で笑いあう二人に、社は置いていかれ若干引き気味に京子の乗っていたボートに向かうべく舵を取りにいった。



「不思議なんだけど・・・・君と海中で目が合った時に、俺がここにいる意味を知った気がする・・・・・・いや、本当にありきたりな常套句だけど・・・そうじゃなくて・・・」



海の上を滑るボートの上で、蓮は今までの女性たちとは違うと感じた京子を必死に繋ぎとめようと言葉を繰り返した。

しかし言えば言うほど、なんだかナンパしている色が強くなっていき蓮は困り果てた。

そんな様子の蓮に、京子はクスリと笑った。



「・・・私は・・・・去年ここで行われた大会であなたの泳ぎを見たときから・・あなたに会って話がしたかったですよ?」



その言葉に蓮が驚いて京子に振り向くと、京子は恥ずかしそうに顔を赤くしながらもにっこりと笑顔を見せた。



―私の・・願いは・・・・・・・・・・あなたと再び出会いたい・・・そして笑いあいたい・・・何のしがらみも受けない世界で・・・・・―



穏やかな波をかき分け進むボートに、きらきらと深海から昇ってきた泡が弾けて光を当てた。

それはまるで祝福の光をまとったシャワーのようだった。



「・・・・えっと・・・それは・・・俺をナンパしてるってこと?」



「・・・・・・・・・・あ、ボートで迎えに来ていただいてありがとうございました~」



照れながらそう言った蓮の言葉に、無表情になったあとスタスタと船室に向かった京子のあとを蓮は慌てて追った。



「え!?あ、冗談!待って最上さん!」



「大丈夫です、大会後ものすごくたくさんの女性に囲まれていらっしゃたのを知っていますから」



「あれは次から次へと来て・・・・とにかく最上さんが思っているほど、俺は軽薄じゃないよ?!」



何で今しがた出会ったばかりなのに、長年連れ添ったカップルの痴話げんかみたいな会話してるんだ?っと社が首を傾げているのも知らずに二人は会えなかった時間を取り戻すかのように口げんかをして、お互いのことを話して、いつの間にか笑ってやがて寄り添い運命を分かち合うようになるのだった。



その身がいつか海に帰るまで・・・・





end