§ルートX 54
社は背後に感じる痛みに冷や汗を流しながら、引きつった笑顔で振り返った。
「・・・・・・・蓮く~ん・・・そんなに俺を睨んでも日程はずらせないよ?」
社が感じていた背後の痛みの正体は、蓮の目から真っ直ぐに伸びてくる針のような視線だった。
先にドラマロケのために軽井沢に行ってしまったキョーコと別れて、雑誌撮影のために沖縄を訪れていた蓮は終始イライラしっぱなしだった。
『ヘイ!レン!!・・どうした?欲求不満か?』
専属モデルを務めるアルマンディの撮影のため蓮以外のモデルは皆他国の者達だった。
そのため会話も必然と英語だった。
『・・・・まあね・・』
『!?おい!聞いたか!?レンが欲求不満らしいぞ!?』
いつも愛想良くしている蓮が酷く苛立っているのを、まるで鬼の首でも取ったかのように騒ぎ立てるモデル仲間たち。
それに少々辟易しながらも、一気に蓮の周りに人が集まりだし質問攻めにされた。
『彼女にふられたのか?』
『いや・・・2日離れなきゃいけないだけ・・・』
『それだけで欲求不満か?!』
『俺にとっては死活問題・・・彼女の温もりがないと寝られない』
飄々と言ってのける蓮に、周囲から冷やかしの口笛が投げられた。
『そんなに大事なら首輪でも付けて、肌身離さず側に置いたらいいんじゃないか?』
少しきつめのユーモアは外国ならでは。
しかし、何とか聞き取れる社はあまりいい顔はできなかった。
『・・・確かに・・・首輪は必要だね?・・・でもそんなことをしたら、側にはいてくれなくなりそうだ・・・』
そう呟いて、ため息をつく蓮の表情は艶めいて妖しく周囲は感嘆の息を漏らした。
『まあ・・痕は付けてきたから、それがどれほどの効力を発揮できるかな?』
『マーキングか?・・・でも、あれは下手すると余計に周りを刺激するぞ?』
『・・・・・・・それは・・・困るな・・・・・』
キョーコにばれないように、けれど他の男共には立派な牽制として付けたうなじのキスマークがかえって他を刺激すると言われたら少し落ち着きを取り戻しかけていた不安がまた頭をもたげ始めた。
「・・・・だから!スケジュール変更するのは無理だって!!」
先ほどよりも強い視線を隣の社へ無言で投げると、そう泣き叫ばれ蓮は憮然とした。
「・・・・社さんが余計なことを俺に言うからですよ?」
最初の視線を浴びる前、うっかり社が口にした言葉が元々影を潜めていた蓮の不安を大きくしたのだ。
だからその責任を社に投げるのは当然とばかりに、蓮がそう口すると社は必死に言い訳をした。
「お、俺はただ・・軽井沢には有名なレコーディングスタジオがあったな~って思っただけで・・・このタイミングで『あいつ』がいて、キョーコちゃんと会うって言ったわけじゃないよ・・・そんな偶然、万に一つもないよ・・・たった2日でお前とキョーコちゃんとの関係が変わることなんかないって」
社がそう言えば言うほど、蓮の機嫌は悪くなっていく。
「・・・・もし・・・・その、万に一つが起きたら?・・・・運命ってことですか?・・・たった2日でも変わりますよ・・・劇的なことがあれば・・・・」
目つきを鋭くして、立ち上がった蓮に社も取り囲んでいたモデル仲間たちも心配そうに蓮を見た。
「・・・・・・向こうも着いたでしょうから、電話してきます・・・時間までには戻ってきますから」
少し固い口調で言い残した蓮は、これ以上構うなと言わんばかりのオーラを放ってその場から離れていった。
心配そうに蓮の背中を見送った社には、周囲の者達から労わりと励ましの言葉をもらい続けるのだった。
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『コ~~~~~ンっ!?』
「・・・・・怒ってる?」
『怒ってる!』
胸に湧き上がった不安を拭うために、軽井沢に到着したであろうキョーコに電話をかけるとすぐさまドスの効いた声が聞こえてきた。
『あっあんなところにっキ・・・・マークつけて!『美緒』の衣装が首元を隠すものばかりでも、私の服はそんなものないんだから!』
「うん、だから俺のモノっていう印をキョーコちゃんの間周囲に見せてくれればいいだけだから」
怒り心頭のキョーコには申し訳ないが、ソレを見た周囲の反応を想像して蓮の機嫌は上向いてきていた。
しかし、次の言葉にその機嫌は一気に冷めた。
『・・・・もう見せません。貴島さんが悪目立ちするからって絆創膏貼ってくれたし』
「・・・・・・・・・・・・は?・・貴島君?」
キョーコの言葉で蓮の機嫌が、氷点下まで下がったなんて気づかずにキョーコは喋り続けた。
『今回はお仕事で来ているんですよ?それなのに・・・・・貴島さんに絆創膏張られた時、どんなに私が恥ずかしかったわからない?!』
「・・・恥ずかしい?」
ひんやりとした蓮の言葉が携帯から流れてくると、キョーコはようやく蓮の機嫌がすこぶる悪くなっていることに気づいた。
『えっ!?・・・っと・・・い、今のは言葉のあやで・・・・・』
「・・・・・でも・・・恥ずかしかったんだよね?」
『うっ!?・・・や・・ええっと・・・』
咄嗟に嘘をつけるタイプじゃないキョーコが、しどろもどろしているうちに蓮の堪忍袋はあっさりと紐を切った。
「あっそう、わかった・・じゃあ、撮影がんばってね最上さん」
プツっと勢いに任せて電源を切ってしまうと、蓮はそのまま踵を返して社の所に戻ってきた。
「あ・・お帰り・・・・・・・!!!??(なんでだ!?なんでさっきより機嫌が悪く!?)」
キョーコと会話した後なら、もう少し機嫌が回復するだろうと踏んでいた社の目論見とは真反対の結果に驚愕するしかなかった。
(キョーコちゃん!!?何を言っちゃったの!!?)
蓮から立ち上るブラックオーラに、社がどう対処しようか迷っていると横からやってきた人物が蓮に両手を広げた。
『アメイジング!!レン!なんていう気合だ!!その表情いいよ!!早速撮影をしたいがいいか!?』
なんだか勘違いしてくれたカメラマンのおかげで、着いて早々蓮は撮影を開始することになった。
『撮影が速く終わったら、日程ずらせますか?』
『もちろんだ!会いたい恋人が待っているのかい?』
カメラマンのその言葉に、蓮は酷くはっきりとした笑顔を見せた。
『彼女は待っていなくても、俺が会いたいんです・・・何が何でも』
『そ・・そうか・・・』
蓮の気迫に押されつつ、それでも表情が最高だと褒めちぎりながら急遽始まった撮影に社の胃がキリキリと音を上げ痛みを施すのだった。
****************
『ツーツーツーツーツー・・・・』
顔面蒼白で無機質な機械音を耳にしているキョーコに、百瀬はどう声をかけたらいいか戸惑っていた。
ホテルに着き、同部屋なのを喜んで荷解きをしていたキョーコの元に着信音が鳴り響いた。
バスに乗る前と同じ、般若の形相で電話に出たと思っていたら急速にキョーコの顔色が青ざめていったのだ。
何事かと思っていると、うろたえだしたキョーコがそのままフリーズしてしまった。
「きょ・・京子さん?・・今の・・敦賀さんから・・・ですか?」
恐る恐る尋ねると、驚きの表情でキョーコが振り返った。
「え!?コっ・・・敦賀さんからだって・・なんで?!」
「え・・・・つきあって・・・らっしゃるんです・・よね?」
「え・・・・・・」
しばしの沈黙の後、キョーコは耳まで真っ赤になった。
「え!?ええ!?なんっ!?バレっ!!?」
「・・・・・・・・・・・・」
物凄い動揺っぷりに、百瀬はしばし呆然とした。
「・・・・・ぷ・・・・・あはっ!あはははは!!きょ・・京子さん・・・もしかして・・あれで隠していたんですか!?」
急に大笑いし始めた百瀬に、京子は顔を真っ赤にしたまま固まった。
「バレバレですよ?」
「・・・・・・・ミタイ・・・デスネ・・・」
ふふっ♪と笑った百瀬にキョーコも、力が抜けたように笑い始めた。
「まあ・・・もっとわかりやすかったのは敦賀さんですけどね?」
「え?!・・・・」
「もう、『美月』を見る目が京子さんを見る目と一緒なんですもの・・・と、いうか京子さんを見た後に『美月』を見てるっていう感じかな?・・・だから、つい・・私の『美月』を後回しにするなんてって思っちゃって、あんなこと頼んだんです・・・・・・バスに乗る前この事謝っても京子さん普通だったから・・隠してないのかとおもいました」
「あ・・・あれは思わず・・・・あの・・別に隠しているわけではなくて・・事務所も知っていますし・・社長も・・・ただ・・・公にはしないでおこうって・・・」
「そうなんですね?でも貴島さんにもあっさりばれちゃっているみたいですし・・・」
「・・・・・・気をつけます・・・」
肩を落とすキョーコに、百瀬はクスクスと笑みをこぼした。
「でも・・・喧嘩したら駄目ですよ?」
「え・・うん・・・・喧嘩・・するつもりは・・・・なかったんだけど・・・」
ただ恥ずかしくて、思わず怒鳴ってしまったことにキョーコは反省した。
「じゃないと・・・ぐらついちゃうじゃないですか・・・」
「へ?何かいいました?」
百瀬の独り言は、沈みかけた思考のせいでキョーコの耳に届かなかった。
「ううん!何でも・・・その沈んだ気持ち、撮影には絶対持ち込んだら駄目ですよ!?」
急に女優の顔になって、真剣にそう言ってきた百瀬にキョーコは慌てて気持ちを切り替えた。
「は、はい!!絶対持ち込みません!!」
「よろしい!!・・・・・ぷっ・・」
「「あはははははは」」
まるで生徒と先生のようなやり取りがおかしくなり、二人は笑いあった。
「あ・・そうだ!撮影は明日からだし、この後夕食まで時間があるから散歩にでも行きませんか?」
「!!はい!行きたいです!!」
キョーコの返事に百瀬は笑顔で頷いた。
そして二人は仲良くホテルを出ると、わざと昔の情緒を残した林を歩いた。
「そういえば、軽井沢に有名なところがこの近くにあるんですよ?」
「!!もしかしてそれは清楚なお嬢様が住まうお屋敷ですか!!?」
急にメルヘンチックな思考全開で、顔を間近に寄せてくるキョーコに百瀬は若干引きながら苦笑した。
「違う違う・・・・レコーディングスタジオがあるの・・・『ウッドスティック』っていう・・」
「『ウッドスティック』・・・って・・・あの?」
キョーコがバンドのドラムをするようなポーズを取ると、百瀬は大きく頷いた。
「そう、それ。有名なバンドの人たちが多く利用しているから女性スタッフや他の女優さんたち軽井沢に来ることすごく楽しみにしているみたい」
「・・・へ~・・・そうなんですか・・・・」
「うん、同じ芸能人でも役者とミュージシャンって両方されている人以外接点ってあんまりないから・・・主題歌とかの関係で会う以外はね?」
百瀬の言葉を聞いているうちにキョーコは不安になった。
(・・・・もしかして・・・コーンはこの事知っていた?・・・だからってあんなのしなくてもっ・・・・)
先ほどの電話の会話を思い出して、キョーコはまた凹んだ。
「京子ちゃん?!具合悪いの?」
急に青ざめたキョーコの様子に、百瀬が慌てて顔を覗き込んだ。
それに俯いて小さく首を振っていると、急に肩を後ろから掴まれ無理やり顔を上げさせられた。
「気分悪いのか!?キョーコ!」
明るい日差しの下、色素の薄い茶髪に白く滑らかな肌が女性よりも綺麗で思わず嫉妬してしまうほどの美形を崩した表情でキョーコを心配する顔に目を見開いた。
「ショ・・・・なん!?」
「え!?不和 尚さん!?京子さん、知り合い?!」
百瀬よりもキョーコが驚きたいほど、そこにいるはずがないと思っていたショータローを目の前にしてただただ呆然とする他なかった。
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