§ルートX 59
「はああ・・・・・・・」
長めの重いため息に、社は顔を青褪めさせた。
「・・・・・・わるい・・・蓮・・・・」
ぼそ・・・っと落とされた言葉に、先程まで重苦しいため息を吐いた人物がきょとんとして社を見た。
「・・・・え?・・・どうして社さんが謝るんですか?」
「・・・・だって・・・本来なら夜の飛行機に乗れて、深夜には軽井沢についていたはずなのに・・・」
「それはしょうがないじゃないですか・・・マークの要望で、朝日をバックに撮影したいって言われたんですから」
「そ・・う・・なんだけど・・・」
それでも社は謝る姿勢を崩そうとはしなかった。
「・・・・だって・・つい・・・俺が念願の沖縄料理を堪能しちゃってるの・・ちょっと・・イラッとしてただろ?」
二人の目の前には、ずらっと並んだ沖縄ではポピュラーな品々たち。
それはどう見ても二人分ではなかった。
ただでさえ空腹を感じない蓮にとっては、地獄絵図に近い光景だったに違いない。
「・・・・確かに頼みすぎだとは思いますが・・・別にイラついていたわけでは・・・」
「・・・違うのか?・・あ!もしかしてキョーコちゃんから連絡が来ないことに苛立ってるのか?!だったらそれは可哀想だろ~?今夜はきっと皆で食事会しながら進行具合とかの話で盛り上がっているだろうし」
「・・・・・・そうですね」
「キョーコちゃん、役者を目指すって宣言してから他の俳優さんたちの話を食い入るように聞くしお前に連絡入れるどころでは・・・・・・」
「そうですね?」
ニコッ
そう、そんな笑顔だったはずなのだが・・・・。
社は凍り付いて、背筋に粟立った感覚が走り体を震わせた。
(なっ!?・・・・なんか・・・心配事でも・・・あるのか?)
蓮からの無言の抑圧笑顔オーラに、社は口を閉ざし震えながら頼みすぎた料理にまた箸をつけた。
そんな社を尻目に、蓮はウィスキーの入ったグラスをクルクルと回しながらアルコールと氷が織り成す歪んだゆらめきを眺めた。
(・・・・・大丈夫かな・・・キョーコちゃん・・・・・・・・・これを期に、彼女に手なんか出すなよ?・・・貴島)
*********
「おわ!?ぞくっときたあ~っ」
急に身をぶるっと震わせてそう叫んだ貴島に、キョーコは目を丸くした。
「あ・・・大丈夫ですか?」
「・・・・・・・ああ~・・だめかもっ」
心配そうに見上げるキョーコに、貴島はじっと見つめた後隣の椅子に腰掛けながらわざとらしく寄りかかった。
「ええ!?し、しっかりしてください!?もしかして急に涼しい所に来たから体調が?!」
自分の方に傾れかかってきた貴島を受け止めながら慌てふためくキョーコの耳に、貴島の押し殺した笑い声が聞こえてきた。
「・・・・貴島・・さん?」
「ぶっは!京子ちゃん、騙され過ぎ!・・・こりゃ・・敦賀君じゃなくても心配で仕方ないだろうな~」
「へ!?」
よっこいしょ・・と、言いながら体を起こした貴島はそれでも自分の席に戻るつもりはないらしくそのまま空いているグラスに自分でビールを注ぎ始めた。
「あっ、お注ぎします!」
「・・・うん、どうも」
少ししか入っていないグラスに、今度はキョーコが注いでいく。
それを貴島は傍らでじっと見つめた。
「どうぞ」
「・・・京子ちゃんってさ・・・・いい女将さんになりそうだよね?」
「・・・へ!?」
「気が利きすぎ、本当に若者?」
「・・・・すみません・・・所帯臭くて」
「あははは!やっぱり京子ちゃんっておもしろいね~」
からかわれていたと怒るキョーコに対して、貴島は上機嫌でまだ話しかけてくる。
それでも以前ほど親密にしてくるのではなく、キョーコが返してきやすい距離で話すため周りは少し遠慮気味に二人を遠巻きに眺めていた。
先程までは、席も決まっていて打ち合わせと夕食会をあわせて行っていたのだが打ち合わせも終わり食事も程よく進んだので今はそれぞれが好きなように話していたのだ。
「あ、そうだ・・・・京子ちゃんも携帯の番号教えてよ」
「え?・・・私の・・・ですか?」
「うん、百瀬ちゃんや大原ちゃんのも聞いたからD.Mメンバーで聞いてないのは京子ちゃんだけなんだ~」
「あ・・・そうなんですね?・・・私のなんかでよければ・・・・」
「あ、携帯貸して?赤外線しよ」
「あ・・・はい・・・・・・すみません・・操作が・・」
「いいよいいよ、俺わかるから」
恐縮しながら、キョーコが貴島に携帯を預けたときだった。
ピルピルピルピル
「わっ・・・あ・・・・ほい、電話」
「あ・・・ありがとうございます・・」
貴島から受け取り、画面を見たキョーコは思わず頬が緩んだ。
「も・・もしもし・・・」
『ごめん・・・打ち合わせ中だったかな?』
「ううん・・・終わったけど、今は皆で好きなように話したりご飯食べてて・・・」
『そうなんだ・・・少しでも早くそっちに行きたいんだけど・・どうやら昼過ぎの飛行機しか出ないみたいで・・・結局、予定してたより一本前になっただけだった・・・』
「そっか・・・夕食までにこられるかな?って思ってたんだけど・・・」
『うん・・ごめん・・』
「コーンのせいじゃないから謝らないで?!・・・その・・待ってます・・から・・頑張って!」
見えていないのだろが、キョーコは思わず片手でガッツポーズをした。
その声と雰囲気が流れてきたのだろう、蓮の笑い声が流れてきた。
『クスクスクス・・・うん、頑張る』
「えっ?!違う違う!頑張るのは私!頑張っていい演技して待ってます!」
『そっか・・・うん・・でも、俺も頑張る・・・頑張るから・・・ごほうび・・頂戴?』
「ご・・ごほうび?」
『うん・・・そうすれば、少しは元気になれるかなって・・』
「・・・元気ないの?コーン・・・」
キョーコの気遣わしげな声に、受話器の向こうが少し揺れた気がした。
『・・・・声だけじゃ・・・もう、持ちそうもないぐらい・・キョーコちゃん欠乏症』
ため息が混じった蓮の声は、受話器から直接流れてくるとキョーコの耳介から脳まで一気に侵し背中をゾクリと撫でた。
「そっ・・そんな欠乏症ありません!」
『あははは・・・本当だよ?・・・会ったら・・めちゃくちゃに抱きしめちゃうかも・・』
「ぎゃ・・・」
『ぎゃ?』
「なっ・・・なんでもないです!!/////」
『そう?・・・俺には真っ赤になっているキョーコちゃんが見える気がするんだけど・・』
「ぐっ・・うにゃっ//////」
『クスクスクスクス・・・』
言葉でからかって、キョーコがしている表情を想像して楽しんでいた蓮の耳に違う声が混じった。
「京子ちゃん?大丈夫?すごい顔真っ赤だけど・・」
(!?・・・・・)
蓮の耳に入ってきた声は、受話器越しでもキョーコの直ぐ側から発せられていることがわかるほど明確に誰なのかを告げた。
『・・・キョーコちゃん・・・貴島君が側にいるよね?変わってくれる?』
「え・・・・あ・・・はい・・・」
驚きながらも、キョーコは隣にいる貴島におずおずと携帯を差し出した。
「・・・え?」
「あの・・・変わって欲しいって・・・コ・・・敦賀さんが・・」
「え?!・・・・ああ・・・・・はいはい?もしもし」
『彼女に近づきすぎないでくれるかな?』
挨拶もなしで牽制を繰り出してくる蓮の声に、貴島は一度携帯を耳から離し眺めた後大きなため息をついた。
「そんなに近づいて欲しかったら仰せのままに?」
貴島は技とらしく、携帯を正面に据えそう言い放つとキョーコの肩を抱き寄せた。
「きゃあ!?」
『なっ!?』
キョーコの小さな悲鳴を聞いて、受話器の向こうの蓮が慌てた。
「そんなに焦らなくても君がいない間に付け込もうなんて思ってないから安心して?京子ちゃんとは同じ俳優同士仲良くさせてもらおうと思ってるんだから」
貴島はパッと簡単にキョーコの肩を離した。
しかし、その状況が見えない蓮はまだ受話器越しに何やら喚いていた。
「あはははっ、滅多に動揺なんか見せない敦賀君のこんな焦った声が聞けただけで大満足だよ・・ありがとう京子ちゃん、ほい携帯」
「あ・・・ありがとう・・ございます?」
「どういたしまして、じゃあね?敦賀君、今日はぐっすり寝れるといいね?」
『っ・・・貴島君・・・そっちに着いたら覚えといてくれると嬉しいな?』
「・・・・俺、都合のいいようにしか覚えてないからなあ~それでもよければ」
貴島とのやり取りに辟易したため息をこぼした蓮の声に、キョーコはピキリと固まった。
「あ・・・の・・・コーン・・・貴島さんは悪ふざけが過ぎただけで・・・」
『ああ・・・確かに・・・過ぎたね・・・・今夜は寝れないよ・・・』
「うっ・・・ダメ!ちゃんと寝ないと体に悪い!」
思わずいつものように携帯越しに、蓮を叱るとクスクスと笑い声が流れてきた。
『じゃあ・・・後で子守唄聞かせてよ』
「へ?!こ、子守唄!?」
『・・・キョーコちゃんの声が聞こえていたら・・よく眠れる』
思いがけず、電話越しに甘えられていることが判りキョーコは顔に熱が集まってきて困った。
「コ・・コーン?・・・寂しいの?」
『当然、寂しいよ・・・二日間も君の体温を感じないで眠るなんて・・・・』
「ぎゃっ!?」
『え!?キョーコちゃん!?どうかした!?』
急に変な声を上げたキョーコの声に、また貴島がちょっかいをかけてきたのかと焦った。
だが、次に聞こえてきたキョーコの震える声に蓮は目を丸くした。
「・・・・コ・・・コーン・・・・甘すぎ・・・・・」
『え?・・・なにが?』
デザートでも口にしたのだろうかと首を捻っている蓮の耳に、小さくキョーコを呼ぶ声が聞こえてきた。
「あ・・・・・最後にもう一度皆で集まるみたい・・」
『そっか・・じゃあ・・・・寝る前にもう一度電話する』
「うっ・・・さっきみたいな会話は・・・百瀬さんもいるし・・・勘弁してください・・・」
『え?さっきみたい?』
「・・・・・・・・・・・いい・・・わかった・・・・じゃあ、また後で・・」
『うん、また・・・あとで・・・・・』
電話を切ったキョーコは顔を真っ赤にしながら大きくため息をついた後、二次会に向かう人たちと別れるべく呼んでくれている人たちの輪に加わった。
「・・・・・敦賀君って・・ずるいよね?」
「へ?」
真っ赤になったままのキョーコの横に立った貴島は、ちろりとキョーコを見下ろした後ため息混じりにそう零したがキョーコは何のことかわからず首を捻るのみだった。
一方で、沖縄では蓮の機嫌が急に上昇したことに社はただただ軽井沢にいるキョーコに向かって手を合わせ拝んでいたなんて知る由もないのだった。
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