†Marriage end blue 6
「ここは、俺たちの新居」
ムスッとした表情で、そう説明しながらクオンは赤く腫れた頬に氷をくるんだタオルを当てた。
その痛々しい姿に、内心良心が痛んだキョーコだったがわざとらしく鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「あ、あなたが急に抱きついてくるから悪いんじゃない!?」
腕組みをして、リビングのソファーに座ると直ぐ横にクオンがドカリと腰を下ろした。
「ああ、男に免疫がないお子ちゃまには挨拶程度のハグでも刺激が強かったみたいだな?悪い悪い」
まるでそんなこと思っていない棒読みで謝られ、あげく頭を二・三回なでなでされるだけというお子様扱いにキョーコもカチンときた。
「子供扱いしないで!」
「高校生だろ?まだ子供だ・・・・それとも・・・オトナ扱いして欲しい?」
ただの負けず嫌いの感情だけで突っかかったキョーコを見抜いて、クオンが少し艶めいた色を纏った顔を近づけるとクリンとした目で凝視された。
しかし、見る見る顔は赤くなり一気に部屋の隅っこに飛んでいってしまった。
「けっけけけ結構です!!!!」
物凄い反応に、クオンが大笑いするとキョーコは真っ赤な顔を膨らませた。
「だましたわね・・・・・?」
少しばかりドスの効いた声のキョーコに、クオンは可笑しそうに口の端を上げた。
「うん、本当に君って面白い反応するよね?」
「っ!!」
「ちなみにさっきまで君が寝ていたベッドは俺の」
「!?」
「あ・・・違うか・・・・俺たちの・・かな?」
「!!??」
クオンが何かを言うたびに、キョーコ顔色が赤くなったり青くなったり変化するためクオンは笑いを堪えることなど直ぐにできなくなった。
「ぶっは!!カメレオンだ」
「・・・・・は?」
そんなキョーコに爆笑してそう言ったクオンの言葉に、キョーコが青筋を立てていることなど気づかずにクオンは笑い続けた。
「ククククッ・・・そのうち壁と同化するんじゃ・・・」
『パシッ』
そこまで言いかけたクオンの頬に乾いた音がぶつかった。
それはまたもや、キョーコの手で叩かれた音だった。
痛みはさほどないが、その音にクオンはしばし呆然とした。
「あなたなんて・・・大っ嫌い」
ジワリと涙を浮かべた瞳で睨まれ、クオンは部屋を出て行くキョーコを咄嗟に捕まえた。
「離して!!」
「君は俺の奥さんだよ?実家には戻れないし、高校生の君が他にいける所なんてないよ?」
「それでもここには・・・あなたの側にはいたくない!」
キョーコがそう叫んだ途端、するっとクオンの手が離れた。
その力の抜けた感触に、思わずキョーコは顔を上げ驚いた。
クオンが酷く傷ついた顔をしていたからだ。
(な・・・んでそんな顔・・・)
「・・・それでもここにいなきゃいけないんだから・・・あっちの客室を好きに使ったらいい」
それだけ言うと、クオンはキョーコに背を向けさっさと部屋を出て行ってしまった。
「え?・・・っちょ・・・!?」
先ほどの表情といい、起きたばかりのキョーコを抱きしめてきた態度と今の冷たい声とすべてがチグハグな気がして本当のクオンがキョーコが思っているような人間なのかわからなくなり慌てて追いかけた。
・・・が。
「きゃあああああ?!!」
クオンが入っていった扉を勢いよく開いて中に飛び込んだキョーコは絶叫した。
「・・・なんだ?風呂・・一緒に入りたいのか?」
既に上半身は露わになった状態で、薄く笑うクオンにキョーコは真っ赤な顔のままブンブンと頭を振った。
「そっ!?はっ・・・・ハレンチ!!!」
「・・・・・・・は?」
ダダダダダ!!っと脱衣所を飛び出していったキョーコが叫んだ言葉に、クオンはただただ呆然とするしかなかった。
部屋の中をかけて客室を見つけたキョーコは、一気にベッドに潜りこんで叫んだ。
悲鳴はベッドに吸い込まれて、くぐもった声が漏れただけだったがバタバタと暴れている音は消されることはなかった。
「おーい・・ベッド、壊すなよ?」
「!!」
「あ・・でも、壊したら俺のベッドで寝ればいいか?」
「!!!!」
キョーコは暴れるのをやめた。
「クスクス・・・朝食・・・のつもりだったけど、もう昼近いし・・ブランチもする?」
「ブランチ・・・」
もそもそとベッドから出て来てお腹を鳴らし始めたキョーコを見つけたクオンは、無表情で固まった。
「・・・・・・・・・・シャワー・・ぐらい浴びたら?」
「あ・・・・そっか・・・」
気を失って一晩経っていたことを思い出し、しばし沈黙した後また違う叫び声を上げた。
「今日から三学期!!!」
「うん?」
「今日、始業式!!学校!!昼までなのに!!」
濡れた頭を拭きながら、ミネラルウォーターを飲んでいたクオンはバタバタし始めたキョーコに濡れたタオルを投げた。
「落ち着いて・・・今日はもう間に合わないだろ?」
「・・・・きゅうう・・・モー子さん・・千織ちゃん・・・・ショーちゃん・・・・」
ベソベソ泣きながらバスルームに消えたキョーコの背中に、クオンは小さなため息をついて携帯電話を取り出した。
「・・・・あ・・・もしもし・・叔父さん?・・・そう、学校・・・今日からだったよね?・・・・いや・・・うん・・・まあ・・・ちょっと・・・」
それからしばらく話して通話を終了すると、クローゼットに向かいガタガタと着替えを取り出しはじめた。
「あ・・・れ?・・・出かけるの?」
キョーコがお風呂を済ませると、既にクオンはラフなポロシャツにダメージ加工のあるジーンズを着ていた。
「宝田家に行く、早く用意して」
「え?!」
「30分後に君の友人が訪ねてくるらしいから」
「ええ!?わ、わかった!!急ぐ!!」
先ほどまでの沈んだ表情とは打って変わって、喜び勇んで客室に飛び込んでいったキョーコにクオンはクスリと微笑んだ。
「モー子さんと千織ちゃんが来てくれるなんて!」
クオンの運転する車の中でもはしゃいでいたキョーコに、クオンは何気なく尋ねた。
「もう一人来るんじゃないの?」
「え?」
「さっき言ってただろ?『ショーちゃん』って」
「え!?あっ・・・・えっと・・・・」
急に狼狽えだしたキョーコにクオンは首を傾げた。
しかし、キョーコがそれ以上言えないうちに宝田家に到着してしまい話はうやむやになった。
「ちょっと!アンタが休むなんて、何があったの!?」
「まあまあ、キョーコさんもたまには風邪ぐらいひきますよね?いくらおバカさんでも」
「・・・・二人とも・・いらっしゃい・・」
相変わらずな様子に、キョーコは顔をひきつらせながら先ほど飛び込んだ玄関で二人を出迎えた。
その様子をクオンは、マリアに応接室に案内される道すがらに確認した。
髪の長い少女が、キョーコの言う『モー子さん』。
もう一人、笑顔で毒吐く少女が『千織ちゃん』だということはわかった。
(・・・『ショーちゃん』は学校だけで会う友達かな?)
出された紅茶を啜りながらそうぼんやりと思っていると、にぎやかな女の子たちの声がしてきた。
いつの間にかマリアもいなくなっている。
「かしましいな・・・」
「はい、皆さんキョーコお嬢様ととても仲がいいですしマリアお嬢様も可愛がってくださっています」
だからあっという間に応接室を出て行ったのか、と納得したクオンの元にローリィがやってきた。
「すまんだったな・・・キョーコのために」
「いえ・・・俺こそ、彼女がこんなに学校が好きだとは思わなくて・・・」
「ああ・・まあ、あの子は友人たちに会うのがとても楽しみだからな・・・ただ、あの子が宝田家と関わりがあるということを知っているのはあの子たちと不破の息子だけだ」
「そうなんですね・・・」
(なるほど・・だから学校だけでしか会えない友人もいるのか・・・)
なんとなく気になった名前を、クオンはそのまま追い払おうとしたのだが次のローリィの言葉にそれを躊躇した。
「あの子とは幼馴染でな・・・・しかし、あまり女癖は良くなくてキョーコにあまり関わるなとい言っても『ショーちゃん・ショーちゃん』と懐いてしまっているんだ・・・」
クオンのこめかみがその一言でピクリと動いた。
「『ショー・・・ちゃん?』」
「ああ、不破 松太郎君で・・ここから少し先の老舗旅館の一人息子だ」
それを聞いた途端、クオンは突然立ち上がり盛り上がっているのか一際騒がしい部屋へとズンズン歩いて行った。
扉の前まで来ると、軽くノックをした。
すると、先ほどまでとは別人のように明るく弾んだキョーコの声がして扉が開かれた。
「やあ、楽しそうだね?」
「!!?」
扉を開けた先に、満面の磨きがかかったような笑顔をしたクオンが立っていたためキョーコは咄嗟に扉を閉めた。
本能がそうしなければならないと叫んでいたからだ。
しかし、キョーコが扉を閉めてしまうよりも早くクオンの手が扉をがっしりと掴んで完全に閉まるのを阻止した。
「どうしたの?キョーコちゃん・・・旦那さんを紹介しなくていいの?せっかくの親友に秘密を作ることになっちゃうよ?」
ニコニコと笑うクオンに、恐怖を感じながらキョーコはブンブンと頭を振った。
「君はこんな結婚無効だと思っているかもしれないけれど、戸籍上はもう夫婦なんだから嘘は良くないよ?」
扉を挟んで何か慌てているキョーコに、モー子こと琴南 奏江は眉根を寄せながらキョーコを呼んだ。
「ちょっと・・何してるの?」
その奏江の声にキョーコが肩を震わせると、手から力が抜けあっさりとクオンに扉を開けられてしまった。
そして急に現れたクオンに、その場にいた全員が驚きで目を見張った。
クオンの姿にただただ目を見張っている奏江と千織の視界の端に、真っ青になっているキョーコがクオンの服の裾を掴んでいた。
「・・・・キョーコ?誰?この人・・・」
奏江に説明を求められて、キョーコが口を開くよりも早くクオンがにっこりと笑顔で答えてしまった。
・・そう、答えてしまった・・・
「初めまして、クオン・ヒズリです・・彼女・・キョーコの夫です」
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