§ルートX 62
「おっはようございます!!!」
「あ、京子さん・・おはようございます、今日も元気がいいですね」
啓文は、現場にいち早く来たキョーコの姿に嬉しそうに笑った。
「美緒メイクの準備をしてもらいますから、もう少し待っててくださいね?」
「はい!」
気合十分の返事に、クスリと笑って啓文は辺りを伺ってからキョーコに小さな声で話しかけた。
「今日は敦賀君もこっちに来ますから、楽しみですね?」
啓文のヒソヒソ話しに、キョーコは一瞬固まった。
「そ・・・そう・・ですね?!・・ちょっとは成長できてるといいですけど」
苦笑いを浮かべるキョーコは、誤魔化すように頭を掻いた。
その時、不意に啓文の目に何かが映った。
「・・・あれ?それ・・・傷・・・ですか?」
少し袖口が緩い服の裾から、腕に付いた細かい傷が啓文の目に確認できた。
「あ・・・これは・・・そのっ・・・・・み、道に迷って雑木林で・・」
「雑木林?・・・・ああ!ホテルの少し脇にある・・・・・京子さん・・もしかして・・・・・方向音痴ですか?」
「あ…あはは・・そうかもしれません・・・・コンビニを探してたんですが、迷っちゃって・・・」
その言い訳は、昨晩ショータローに言うようにと命令された嘘だった。
あの夜。
レイノが去り、恐怖が再び体を支配した時ショータローに抱き寄せられた。
はじめは抵抗したものの、疲れ切った体と擦り減った精神では立っていることもやっとの状態でショータローに縋るように泣くしかできなかった。
涙が少し収まると、ショータローはキョーコを担ぐように抱え上げ非常階段を数段上ってホテル内に戻った。
抱えられたことに喚いたキョーコだったが、足の裏が酷い切り傷だらけなのを指摘され渋々頭から茶羽織を被りショータローの部屋の隣・・祥子の部屋に連れてこられた。
驚く祥子に事情を話し、シャワーを借りて祥子の部屋に余っていた浴衣を着なおし傷の手当てをすると祥子と共に自分の部屋に戻った。
その時、もし部屋にいる百瀬が今までどうしていたのか聞いてきたら啓文に言ったようなことを伝えるようにショータローに命令されていたのだ。
「そうだったんですか・・・でも、夜に外に出るのは危ないですよ?」
「あ・・・はい・・・すみません・・・女優の端くれなのに・・・」
「そんなっ、女優っていう理由だけでなく・・女性として気を付けてくださいっていうことです・・・京子さんに何かあったら敦賀君に申し訳が立たない・・」
「ええ?!そんなっ・・・」
急に出てきた蓮の話しに、キョーコは焦りながら首を振った。
「あの!このことは、コ・・・敦賀さんには言わないでください・・・・迷子になったなんて・・・恥ずかしいので・・・・」
「クス・・はい!わかりました・・あ、準備できたみたいなのでメイクに入ってください」
「あ・・・はい!」
まったく疑っていない啓文の笑顔に、キョーコは心の中で謝ると『本郷 美緒』になるべく足の痛みを表情に出さないように颯爽と歩き出したのだった。
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「思ったよりも道が混んでいなくてよかったな?蓮」
「そうですね」
スイスイと道を進むタクシーの中で、携帯で時間を確認した蓮はクスリと笑みをこぼした。
「今頃・・撮影中でしょうか・・・」
「そうだな・・・今日も朝からだし・・・キョーコちゃんに至っては『美緒メイク』があるからな・・・・電話する時間もないだろうな?」
「あはは・・・別に着信ばかりを待っているわけでは・・・」
「ならメールか?」
「・・・だから・・・・」
社のからかいの声に反論しようとしたのだが、メールの着信を告げる音に気まずい表情になった。
「早く見てあげろよ」
「・・・・・・・・・・」
社のからかいの笑みを無視し、フォルダーを開くとやはりキョーコからで件名に『順調!』の文字。
そして、D.Mメンバー全員で集まって笑っている写メが送付されていた。
その和やかな雰囲気が携帯の画面越しにも伝わってくる。
「あらら・・・すっかり蓮をそっちのけでみんな楽しそうだな?」
蓮の携帯を覗き込んだ社の一言に、ムスッとしながらも余裕を見せるべく笑顔で頷いた。
「そうですね?『京子』も、ドラマの共演者であるという自覚が出てきたんじゃないんですか?」
そう返しながら、パクンと携帯を閉じると社はつまらなさそうにふうん・・・と返事をした。
程なくして、タクシーは撮影場所に到着した。
「お疲れ様です!敦賀さん」
直ぐにその姿に気付いて、声をかけてくれたのは百瀬だった。
「みんなこそ、お疲れ様・・・順調そうだね?さっき最上さんから写メもらったよ」
「クスクス・・ええ、貴島さんが何だか今朝・・京子さんの元気がないような気がするって言って盛り上げるために・・」
「え・・・?・・・キョ・・最上さんが?」
「・・実は・・・昨日から少し・・元気がなくて・・・・不破さんも心配していましたし・・」
百瀬のその言葉に、蓮の目が見開いた。
「不破?!・・・か・・れ・・・・ここに来てるの?」
「え?・・ええ・・・初日の散歩中に偶然会って・・・・他の子の話だと、宿泊先のホテルも同じみたいで・・・私はホテルでお会いしたことはないんですが・・・」
嫌な予感が的中して、蓮はドクドクと嫌な音を立てる心臓を抑えながら啓文のところに向かった。
喜ぶ啓文と少し会話をしている内に、キョーコがメイクを終えてやってきた。
「っコ・・・・・敦賀さん・・・お疲れ様です・・・・」
携帯を見ていたのだろう。
到着していたことを知っているキョーコの表情は、初めから固かった。
そのことに少しだけ胸を痛めて、蓮は当たり障りのない会話をすると自分も衣装に着替えるべく間借りしている専用の部屋へと向かった。
「よかったな、蓮・・・キョーコちゃん、かなりここでの撮影頑張って進めているらしいぞ?」
他のマネージャーと話してきたのだろうか、社は嬉しそうにそう話していたが蓮は生返事しかできなかった。
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「お疲れ様でした~!!」
蓮が現場に到着して6時間、ようやく今日の撮影が終了した。
「敦賀君はついて早々、休憩もなく入ってもらっちゃって・・・」
「いえ・・撮影、思ったよりも進んでてこれ以上置いてかれなくて良かったです」
笑顔で答える蓮に、周りから笑いが起こった。
その中に居ながらも、キョーコだけがどこか沈んだ表情で俯いているのを蓮は見逃さなかった。
「敦賀君、これから街の方に出ていこうと思うけど・・一緒にいかないか?」
撮影スタッフや、共演者が固まってそう誘ってくると蓮は困ったように微笑んだ。
「え・・っと・・・できれば・・今日はもう休みたいなと・・・」
「あ…ああ…そうだよね?!じゃあ、明日誘いますね?!・・今日これから飲みに行く人集まって~!?」
簡単に謝りの声をかけた蓮は、真っ直ぐキョーコの元に向かった。
「言いそびれてた・・・ただいま、キョーコちゃん」
「っ・・・お・・かえりなさい・・・・」
蓮の声に、キョーコは俯いたまま小さく肩を震わせぎこちない笑みを作った。
しかし、蓮はあえてそれを見ないようにしてホテルに戻るというマイクロバスにキョーコと共に乗り込んだ。
そして車の中で二人が会話することはなく、10分ほどの道のりを気まずいまま過ごすことになった。
ホテルに着いてからも、あまり話そうとしない二人に社が先に痺れを切らした。
「キョーコちゃん久しぶりだね?元気だった~?」
空回り気味な社の声に、キョーコが苦笑いを浮かべると蓮がキョーコを見た。
「・・・何か・・・あった?」
ビクリとキョーコの肩が、大きく揺れた。
「っ・・・その・・・」
「・・・不破に会ったのは、聞いたよ・・」
「え!?」
キョーコは考えていなかったことを言われたのか、酷く驚いた表情をした。
そのことが、逆に蓮の予想を裏切った。
「・・・不破に会って・・何か言われたんじゃないの?・・だから・・・様子が可笑しいのかと・・・」
蓮の困惑した表情に、キョーコは慌てて肯定しようとした。
しかし、それは話に上がっていた人物によって遮られた。
「ようやくご登場か?いい気なもんだな・・アンタのお姫様を、この俺が助け出したなんて知らないでノコノコ今頃やってきたご感想は?」
「は?・・・何のこと?キョーコちゃん・・・」
突然ホテルのロビーに現れ、好き放題言い放つ尚の出現に眉間に皺を寄せながらキョーコを振り返った蓮は目を見張った。
そこには、顔を真っ青にしたキョーコが蓮を見上げていたからだ。
「・・キョー・・コ・・?・・・・何があったの?」
できるだけ優しく諭すように聞いた蓮に、キョーコが意を決して話す前に尚が口を開いた。
「俺のせいなんだよ」
「・・・・なに?」
ふてくされた口調でそう言った尚に、キョーコに向けていた眼差しとは180度違う射るような視線と凍りつくような声色で蓮が振り返った。
尚はまるで反省している様子はないが、口先だけで謝ってきた。
「俺に怨みかなんか持つ奴が、キョーコを巻き込んだんだ・・アンタと夜に電話した後、襲われかけていたところを俺が助けた」
「!?」
尚の言葉に驚いた顔つきのまま、キョーコを振り返るとキョーコは頭を小さく何度も振った。
「コーンっ違うの・・・あのっ」
必死に尚の言葉を否定しようと試みるが、何も言えないでいるキョーコを見つめている内にギャラリーが三人を取り囲み始めた。
「・・とにかく・・話は別のところでしよう・・」
社がフロントから取ってきてくれたルームキーを、一度目の前にかざすとキョーコの手を掴んだ。
「行こう?」
「あ・・・っ・・・うん・・」
ぎゅっと掴まれた痛みに、キョーコが小さく顔をしかめるのを尚は黙って見つめ二人の後に続いた。
そんな三人のやり取りを、社はただただオロオロして見守るしかなかったのだった。
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