なんてことない非日常 -25ページ目

なんてことない非日常

スキビ非公認二次創作サイトです。
駄文ばかりの辺境館ですが、広いお心で読んでいただける方歓迎しております。

§ルートX   62





 「おっはようございます!!!」



「あ、京子さん・・おはようございます、今日も元気がいいですね」



啓文は、現場にいち早く来たキョーコの姿に嬉しそうに笑った。



「美緒メイクの準備をしてもらいますから、もう少し待っててくださいね?」



「はい!」



気合十分の返事に、クスリと笑って啓文は辺りを伺ってからキョーコに小さな声で話しかけた。



「今日は敦賀君もこっちに来ますから、楽しみですね?」



啓文のヒソヒソ話しに、キョーコは一瞬固まった。



「そ・・・そう・・ですね?!・・ちょっとは成長できてるといいですけど」



苦笑いを浮かべるキョーコは、誤魔化すように頭を掻いた。

その時、不意に啓文の目に何かが映った。



「・・・あれ?それ・・・傷・・・ですか?」



少し袖口が緩い服の裾から、腕に付いた細かい傷が啓文の目に確認できた。



「あ・・・これは・・・そのっ・・・・・み、道に迷って雑木林で・・」



「雑木林?・・・・ああ!ホテルの少し脇にある・・・・・京子さん・・もしかして・・・・・方向音痴ですか?」



「あ…あはは・・そうかもしれません・・・・コンビニを探してたんですが、迷っちゃって・・・」



その言い訳は、昨晩ショータローに言うようにと命令された嘘だった。


あの夜。

レイノが去り、恐怖が再び体を支配した時ショータローに抱き寄せられた。

はじめは抵抗したものの、疲れ切った体と擦り減った精神では立っていることもやっとの状態でショータローに縋るように泣くしかできなかった。


涙が少し収まると、ショータローはキョーコを担ぐように抱え上げ非常階段を数段上ってホテル内に戻った。

抱えられたことに喚いたキョーコだったが、足の裏が酷い切り傷だらけなのを指摘され渋々頭から茶羽織を被りショータローの部屋の隣・・祥子の部屋に連れてこられた。


驚く祥子に事情を話し、シャワーを借りて祥子の部屋に余っていた浴衣を着なおし傷の手当てをすると祥子と共に自分の部屋に戻った。


その時、もし部屋にいる百瀬が今までどうしていたのか聞いてきたら啓文に言ったようなことを伝えるようにショータローに命令されていたのだ。



「そうだったんですか・・・でも、夜に外に出るのは危ないですよ?」



「あ・・・はい・・・すみません・・・女優の端くれなのに・・・」



「そんなっ、女優っていう理由だけでなく・・女性として気を付けてくださいっていうことです・・・京子さんに何かあったら敦賀君に申し訳が立たない・・」



「ええ?!そんなっ・・・」



急に出てきた蓮の話しに、キョーコは焦りながら首を振った。



「あの!このことは、コ・・・敦賀さんには言わないでください・・・・迷子になったなんて・・・恥ずかしいので・・・・」



「クス・・はい!わかりました・・あ、準備できたみたいなのでメイクに入ってください」



「あ・・・はい!」



まったく疑っていない啓文の笑顔に、キョーコは心の中で謝ると『本郷 美緒』になるべく足の痛みを表情に出さないように颯爽と歩き出したのだった。



*****************



「思ったよりも道が混んでいなくてよかったな?蓮」



「そうですね」



スイスイと道を進むタクシーの中で、携帯で時間を確認した蓮はクスリと笑みをこぼした。



「今頃・・撮影中でしょうか・・・」



「そうだな・・・今日も朝からだし・・・キョーコちゃんに至っては『美緒メイク』があるからな・・・・電話する時間もないだろうな?」



「あはは・・・別に着信ばかりを待っているわけでは・・・」



「ならメールか?」



「・・・だから・・・・」



社のからかいの声に反論しようとしたのだが、メールの着信を告げる音に気まずい表情になった。



「早く見てあげろよ」



「・・・・・・・・・・」



社のからかいの笑みを無視し、フォルダーを開くとやはりキョーコからで件名に『順調!』の文字。

そして、D.Mメンバー全員で集まって笑っている写メが送付されていた。

その和やかな雰囲気が携帯の画面越しにも伝わってくる。



「あらら・・・すっかり蓮をそっちのけでみんな楽しそうだな?」



蓮の携帯を覗き込んだ社の一言に、ムスッとしながらも余裕を見せるべく笑顔で頷いた。



「そうですね?『京子』も、ドラマの共演者であるという自覚が出てきたんじゃないんですか?」



そう返しながら、パクンと携帯を閉じると社はつまらなさそうにふうん・・・と返事をした。

程なくして、タクシーは撮影場所に到着した。



「お疲れ様です!敦賀さん」



直ぐにその姿に気付いて、声をかけてくれたのは百瀬だった。



「みんなこそ、お疲れ様・・・順調そうだね?さっき最上さんから写メもらったよ」



「クスクス・・ええ、貴島さんが何だか今朝・・京子さんの元気がないような気がするって言って盛り上げるために・・」



「え・・・?・・・キョ・・最上さんが?」



「・・実は・・・昨日から少し・・元気がなくて・・・・不破さんも心配していましたし・・」



百瀬のその言葉に、蓮の目が見開いた。



「不破?!・・・か・・れ・・・・ここに来てるの?」



「え?・・ええ・・・初日の散歩中に偶然会って・・・・他の子の話だと、宿泊先のホテルも同じみたいで・・・私はホテルでお会いしたことはないんですが・・・」



嫌な予感が的中して、蓮はドクドクと嫌な音を立てる心臓を抑えながら啓文のところに向かった。

喜ぶ啓文と少し会話をしている内に、キョーコがメイクを終えてやってきた。



「っコ・・・・・敦賀さん・・・お疲れ様です・・・・」



携帯を見ていたのだろう。

到着していたことを知っているキョーコの表情は、初めから固かった。


そのことに少しだけ胸を痛めて、蓮は当たり障りのない会話をすると自分も衣装に着替えるべく間借りしている専用の部屋へと向かった。



「よかったな、蓮・・・キョーコちゃん、かなりここでの撮影頑張って進めているらしいぞ?」



他のマネージャーと話してきたのだろうか、社は嬉しそうにそう話していたが蓮は生返事しかできなかった。



*************



「お疲れ様でした~!!」



蓮が現場に到着して6時間、ようやく今日の撮影が終了した。



「敦賀君はついて早々、休憩もなく入ってもらっちゃって・・・」



「いえ・・撮影、思ったよりも進んでてこれ以上置いてかれなくて良かったです」



笑顔で答える蓮に、周りから笑いが起こった。

その中に居ながらも、キョーコだけがどこか沈んだ表情で俯いているのを蓮は見逃さなかった。



「敦賀君、これから街の方に出ていこうと思うけど・・一緒にいかないか?」



撮影スタッフや、共演者が固まってそう誘ってくると蓮は困ったように微笑んだ。



「え・・っと・・・できれば・・今日はもう休みたいなと・・・」



「あ…ああ…そうだよね?!じゃあ、明日誘いますね?!・・今日これから飲みに行く人集まって~!?」



簡単に謝りの声をかけた蓮は、真っ直ぐキョーコの元に向かった。



「言いそびれてた・・・ただいま、キョーコちゃん」



「っ・・・お・・かえりなさい・・・・」



蓮の声に、キョーコは俯いたまま小さく肩を震わせぎこちない笑みを作った。

しかし、蓮はあえてそれを見ないようにしてホテルに戻るというマイクロバスにキョーコと共に乗り込んだ。

そして車の中で二人が会話することはなく、10分ほどの道のりを気まずいまま過ごすことになった。


ホテルに着いてからも、あまり話そうとしない二人に社が先に痺れを切らした。



「キョーコちゃん久しぶりだね?元気だった~?」



空回り気味な社の声に、キョーコが苦笑いを浮かべると蓮がキョーコを見た。



「・・・何か・・・あった?」



ビクリとキョーコの肩が、大きく揺れた。

「っ・・・その・・・」



「・・・不破に会ったのは、聞いたよ・・」



「え!?」



キョーコは考えていなかったことを言われたのか、酷く驚いた表情をした。

そのことが、逆に蓮の予想を裏切った。



「・・・不破に会って・・何か言われたんじゃないの?・・だから・・・様子が可笑しいのかと・・・」



蓮の困惑した表情に、キョーコは慌てて肯定しようとした。

しかし、それは話に上がっていた人物によって遮られた。



「ようやくご登場か?いい気なもんだな・・アンタのお姫様を、この俺が助け出したなんて知らないでノコノコ今頃やってきたご感想は?」



「は?・・・何のこと?キョーコちゃん・・・」



突然ホテルのロビーに現れ、好き放題言い放つ尚の出現に眉間に皺を寄せながらキョーコを振り返った蓮は目を見張った。

そこには、顔を真っ青にしたキョーコが蓮を見上げていたからだ。



「・・キョー・・コ・・?・・・・何があったの?」



できるだけ優しく諭すように聞いた蓮に、キョーコが意を決して話す前に尚が口を開いた。



「俺のせいなんだよ」



「・・・・なに?」



ふてくされた口調でそう言った尚に、キョーコに向けていた眼差しとは180度違う射るような視線と凍りつくような声色で蓮が振り返った。


尚はまるで反省している様子はないが、口先だけで謝ってきた。



「俺に怨みかなんか持つ奴が、キョーコを巻き込んだんだ・・アンタと夜に電話した後、襲われかけていたところを俺が助けた」



「!?」



尚の言葉に驚いた顔つきのまま、キョーコを振り返るとキョーコは頭を小さく何度も振った。



「コーンっ違うの・・・あのっ」



必死に尚の言葉を否定しようと試みるが、何も言えないでいるキョーコを見つめている内にギャラリーが三人を取り囲み始めた。



「・・とにかく・・話は別のところでしよう・・」



社がフロントから取ってきてくれたルームキーを、一度目の前にかざすとキョーコの手を掴んだ。



「行こう?」



「あ・・・っ・・・うん・・」



ぎゅっと掴まれた痛みに、キョーコが小さく顔をしかめるのを尚は黙って見つめ二人の後に続いた。


そんな三人のやり取りを、社はただただオロオロして見守るしかなかったのだった。




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†Marriage end blue    7



 


  「・・・・・え?」



奏江の言葉に、キョーコはザオッと青ざめながらクオンの背中をポカスカと叩いた。



「なんで言っちゃうの!?バカ!!」



「知ってるわよ?」



「ほら!!モー子さんたち困惑・・・・・・え?・・知ってる?」



驚くキョーコと、少しだけ目を見張ったクオンに奏江と千織は顔を見合わせた後マリアを振り返った。



「実は、初詣のお誘いに来た時にマリアちゃんから結婚式の準備で忙しいから無理。と断られてたんです」



千織の言葉に、奏江も続いた。



「大体、うざいくらいに電話やメールしてくるアンタから年末年始何の音沙汰もないなんておかしいでしょう?しかもアンタの誕生日の後から・・・だから、マリアちゃんに詰め寄って聞きだしたのよ」



呆然とするキョーコに向かって、マリアが申し訳なさそうに頭を下げた。



「ごめんなさい!お姉さま・・・・良い縁談だとおじい様から聞いていましたから、私・・つい・・・・」



「私が聞き出したの、この子は悪くないわ」



「ゲリラ訪問を提案したのは私です・・・キョーコさん、怒るなら私を・・・」



口々に懺悔する奏江たちをじっと見つめていたキョーコは、一気に涙を溢れさせた。



「謝るのは私よ~!!二人に内緒にしようと思ってたんだもん!怒られるのは私だよ!」



わあん!っと泣き出したキョーコに、三人はきっちり頷いた。



「それもそうですね?」



「私たちに内緒にしようとしたのは戴けないわね?」



「ごめんなさいお姉さま・・・庇いきれませんわ・・」



その発言に、クオンが本気で驚いた声を上げた。



「ええ!?」



泣いているキョーコに詰め寄る二人の前に、クオンは飛び出していた。



「ちょ・・・」



「まずは、馴れ初めから聞かせてもらいますからね?」



まるでクオンが飛び出すことをわかっていたかのように、千織が腕を組んだ状態で見上げてそう言ってきた。



「そして、この結婚でキョーコにどんなことが舞い込むのか・・・きっちり、話してもらいますから」



奏江も、キョーコに聞くつもりは毛頭もなかったようでクオンを睨み上げてきた。

その二人の言動は、形としては庇っているクオンからキョーコを守ろうとしているのがヒシヒシと伝わってきた。



(まったく・・・・宝田さんも趣味が悪いよ・・・・)



クオンは大きなため息をついて、涙目のキョーコを振り返り大きなため息をついた。



「O.K・・・・ちゃんと話すから、もう睨まないでもらえるかな?・・・それと・・・飛び出してきてごめん」



「!?」



以外に素直な謝り方と、今まで見てきたクオンの顔にはなかった照れくさそうな表情に不意を突かれた形でキョーコは心臓を跳ねさせるのだった。




********************


「・・・・じゃあ・・・キョーコの子供が、世界最大企業の総帥になるっていうことなの?!」



「【俺との】が前提だけど?」



「でも、生まれて検査されなければわからないでしょ?…誰との子だか・・明確なのはキョーコの子供ってことでしょう?」



「・・・・・・・・・・・・・」



奏江は一通りクオンから説明を聞いて、そう結論付けるとクオンに睨まれた。

それでも気丈なのか、本当に痛くも痒くもないのか奏江はその睨みをスルーした。



「今のキョーコの表情を見たら明確でしょ?明らかにアナタと夫婦関係になることに納得していないならその可能性だって考えられる…第一、この子には・・」



「モー子さんっ!!!」



突然飛び出してきたキョーコは、奏江の口に両手を当てた。

その行動を無表情で眺め、クオンは小さなため息をついた。



「・・・もしかして・・・好きな人がいる?」



「!!?」



「なんだ、知ってたの?」



「・・・『ショーちゃん』・・・」



「!!!??」



「そうそう、ソレ!」



「ソレって・・・」



勝手に話を進められてキョーコが怒ると、今度は千織が間に入ってきた。



「キョーコさん・・本当にアイツだけはやめてください」



「そうそう、アイツは最低」



千織の意見に頷く奏江に、キョーコは悲しそうに俯いた。



「・・・ショーちゃんは・・そこまで・・・最低じゃないもん・・」



「いいえ、あんなのよりはまだこっちの方がまし!結婚させられちゃっても、最低限の責任は負ってくれてるしね」



そこまで言われる人間を哀れとは思っても、そんな奴にキョーコが片思いをしていることがクオンには癪に障った。



「・・その『ショーちゃん』ってどんな奴なの?」



「あっあなたに関係ないでしょう!?」



奏江に真剣な表情で聞き始めたクオンを、キョーコは今度こそ部屋の外に追い出すことに成功した。


バタンと閉められた扉に、またも出たため息をぶつけた後踵を返した。



「まあ・・・今のうち・・だけどね?」



クオンの呟きなど聞こえていないガールズトーク中の部屋の中では、キョーコの悶絶する叫び声がいつまでも響き渡っていたのだった。





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§ルートX   61





 パリン!


勢いよくガラスのコップが割れた。

その音に、蓮も社も振り返った。



「酔っ払い客かな?」



「・・・・そうかも・・しれませんね・・・」



レストラン内は、徐々に夜の空気が濃くなってお酒に酔った者たちがチラホラ出はじめていた。



「そろそろ部屋に戻るか」



「そうですね」



社の言葉に蓮は立ち上がりながら、携帯を見つめた。

先ほどまでキョーコと繋がっていた時間を思い出して、胸が温かくなる。



(明日会ったら、むちゃくちゃに抱きしめちゃいそうだな・・・・)



受話器越しから届いた声でも、何気なく表情がわかる。


きっとあの言葉を、真っ赤な顔で恨めしそうに目に涙を溜めながら言ってくれたのだろう・・そう考えたら本当は居ても立っても居られない。

けれど、以前のように振る舞っては今度こそキョーコと別れなければいけない事態になってしまうかもしれない。



(・・・・こんなこと・・ばかりだな・・キョーコちゃんに出会ってから・・)



一人の女性に心乱されて、振り回される情けない男になるなんて蓮は思いもしなかった。

しかしそれも悪くないと、一人口元を弛ませていると急に振り返った社と目があった。



「・・・・・・・なんですか?社さん・・・言いたいことがあるなら言えばいいじゃないですか・・・」



「ん~?いやあ~?・・・面と向かっては・・・・」



蓮の顔を見た途端、ニヤニヤと笑う社に蓮が恥ずかしさを誤魔化すために眉間に皺を寄せたが今の状態では決まらなかったらしい。



「あの敦賀 蓮が・・・・ププ・・」



「・・・・社さん・・・」



「いやあ~、お前もちゃんと男の子だったんだな~」



「・・・・子を付けるのやめてもらえますか?」



そのまま、部屋に戻るまで蓮は社に遊ばれ続けるのだった。




********************




「・・・やっぱ足んね~かも・・・ちょっと買い足してくるわ」



「え!?尚?!」



キョーコと分かれて部屋に向かっていたショータローは、既に買った缶ビール一本を祥子に渡すと緩い足取りで先ほどの場所まで戻った。

実際、ショータローの部屋はこの二つ上の階なのだがここの階まで降りてこないとアルコールは買えなかった。


めんどくせな・・・とかそんな風にブツブツと言い訳しながら、キョーコがちゃんと部屋に戻ったのか確かめるため先ほどのフリースペースに着くと既にキョーコの姿はなかった。



(・・・なんだ・・・)



安堵と期待外れな感情が入り乱れ、ショータローはガシガシと頭を掻いた。

しかしすぐに、本来の目的であるアルコールの自販機の方を向いた時に違和感が走った。


ソフトドリンクのみの自販機の前に、野暮ったい小銭入れが落ちていたのだ。

なんとなく見覚えがあり、その自販機の前に来ると今度は受け取り口にお茶が入ったままになっていた。


ショータローの眉間に、一気に皺が寄った。


小銭入れを拾い上げ、握りしめながら廊下に飛び出した。

右を見て、左を見て。

けれど、キョーコの姿どころか物音一つしない。


しかしショータローの胸が酷くざわついた。



(あの・・・バカ!!)



一気に駆け出した先は、廊下左の突き当りにある非常出口だった。




*****************



「ぜえっぜえっ・・・っはあっ!!」



キョーコは夢中で走っていた。

非常階段を降り切って、なりふり構わずホテルの中庭を横切り雑木林の中を突き進んでいた。


既に茶羽織も、ホテル内で履くスリッパもどこかに行ってしまった。


階段は10階以上を降りたのに、あまり距離は離すことができなかった。

けれど中庭を突き抜けて、薄暗い雑木林に入った時にレイノの姿は後方に確認できなかった。



「もっ・・・ここまで・・・くれば・・・」



切れる息と、カラカラの喉に肺が悲鳴を上げるように痛い。



(せめて・・・お茶を飲んでから出て来て欲しかったわよ!)



変な怒りを抱きながら、キョーコはどうやって部屋に戻ろうか考えた。


あのまま自分の部屋に戻ってしまったら、部屋がばれて百瀬にまで迷惑がかかるかもしれないと思ったのだ。

だから直ぐに非常階段に向かって走り出していた。

しかし、それを酷く面白そうな笑いを浮かべながらレイノは追いかけてきた。



「なんなのっ・・・アイツ・・・」



「呼んだ?」



「!!?」



悲鳴を一気に飲み込んだ。

いつの間にか、レイノは後ろを見ながら歩いていたキョーコの正面にいたのだ。


もう限界の近い脚を叱咤して、キョーコは逆方向に走り出そうとしたがそれよりも早くレイノの手が腕を掴んだ。



「逃げるのを追うのは楽しいが・・・これ以上無駄な体力は使いたくないんだ・・・この後のために」



「は?!この後?!…そ、そっちの事情なんて知らないわよ!それよりも離して!!叫ぶわよ!!?」



キョーコは噛みつかんばかりの勢いで言い放ったのにも関わらず、レイノは飄々としていた。



「いいぜ・・別にかまわない」



意外なその言葉に、キョーコは目を丸くした。



「ただ・・・お前が今後、芸能界いいるのが難しくなっても構わないなら・・・だが?」



「・・・・は?」



レイノの言うことにキョーコは困惑するしかなかった。



「≪新人タレント京子、人気バンドビーグールのボーカルと深夜に密会≫・・・いかにもゴシップ誌が好みそうなタイトルだろ?」



「!?」



「そうしていくうちに、お前と不破の関係や・・お前が飼ってる獣なんかも根掘り葉掘り調べ上げられてお前はビッチとして名を馳せそうだな?」



「な・・なんで・・・・・っ・・何が目的なの?!」



悔しくも声が震える。

きっと掴まれている手も震えているのが、レイノにも伝わってしまっているのだろう。

それでもキョーコは、不敵に微笑んでいるレイノを鋭く睨み付けた。



「…その表情が欲しかったんだ・・」



「・・・は?」



「人の負の感情は抑えても抑えきれない。その人間を欲望の赴くままに凶悪な精神へと塗り替える。そして・・憎んだ相手を死んでも忘れられなくなる・・・・お前が、不破に抱いている感情だ」



「!?」



「俺はそれが欲しい」



レイノが何を言っているのか、キョーコには理解できなかった。

目を剥いて立ち尽くしているキョーコを見下ろして、レイノは満月の明かりを静かに浴びて妖しく微笑んだ。



「お前をここで、精神的にも肉体的にも追い詰めれば不破よりももっと俺を怨めるだろうな?」



固まっているキョーコの首筋に、レイノは空いている手を這わせた。

細長い指先と、少し尖りのある爪がキョーコの首筋をチリチリと焼いていく。


ゾワリと肌がそそけ立った。


この間まで蓮に優しく温もりを分けてもらっていた感覚を、全て凍らせていくような感覚に襲われた。



「さ・・・わら・・ないで・・・・・」



カチカチと奥歯が勝手になる中、それだけしか言葉が出てこなかった。



「いいね?恐怖の中に堕ちていく表情・・ゾクゾクするよ」



「・・・なんで・・・ショータローを・・追い・・・・詰めるために・・ここまで・・するの?」



ただ不破 尚を貶めたいだけなのに、自分まで巻き込む必要などないのではないか?と暗に聞くとレイノは喉を鳴らして暗く嗤った。



「あんなの・・・ただの戯言だ・・・不破を堕とすのは、ミロクが事務所から提示された条件を飲んだから・・そもそも俺はバンドなんてどうなっても構わない・・・ただの暇つぶしだからな?」


レイノのその一言に、恐怖に震えていたキョーコの眉尻がピクリと動いた。



「ひま・・・つぶし・・・ですって?」



「そうだ、別に人気が出ようが出まいが・・不破が堕ちようが俺にはただの暇つぶしだ・・まあ、ミロクたちは違うようだが・・・・・!?」



軽口を叩いているとピリッと電流のような痛みが手に走り、レイノは思わずキョーコから手を放していた。

その痛みに驚き、自分の手を見つめてからキョーコを見た。


そして息をのんだ。


瞳の奥深くから静かに燃え上がる炎を宿した鋭い視線をレイノに投げて、凜と満月を背負って立っていたのだ。



「・・・・はっ・・・・お前が役でしているあの姿ならそそるものがあると思っていたが・・・・素のお前の方がそれ以上だな・・・」



怒りのオーラに包まれたキョーコは、妖しくも侵し難くレイノは冷や汗をこめかみから一つ静かに流した。
それでも、その姿に思わず高揚するのも抑えられず声が上ずる。



「私も・・・・あのショータローでさえ、この世界で身を粉にして生きていこうとしてるの・・・それを・・・アンタみたいな遊び半分の人間がしゃしゃり出てこないで!!!」



怒りの咆哮が辺りの空気を振動させ、暗闇を抱える雑木林の中をこだましていった。

そのキョーコの声は、今しがたキョーコの落とした茶羽織を雑木林の入り口で拾ったショータローの耳にも届いた。


ショータローは息が切れていたことも忘れて、その声のする方に再び走り出していた。



「・・・・・ほう・・・お前とアイツは同志とでも言いたいのか?」



「違う・・・アイツは私が墜とさなければならない相手なのよ!中途半端な感情でいるアンタなんかじゃない!!」



「・・・じゃあ、俺もこの世界に本気で足を踏み入れたらお前が相手になってくれるのか?」



「は?」



怒りいっぱいだったキョーコは、レイノのその言葉に一瞬眩暈がした。



「お前も、アイツもこの世界に本気を出しているからお前の中に存在できるなら・・・俺もそうする」



(だめだコイツ~!!!!)



レイノは渋々といった表情で言い切ったのに対して、キョーコは余計に怒りを増した。



「そうじゃなくて・・・」



「それか・・・アイツをお前より先に再起不能にして、それからお前に挑んだ方がよりお前を独占できるか?」



もう、限界だった。



「・・・ふざ・・けんな・・・・・・・アレは私のモノ!!アンタなんかに絶対渡さない!ショータローはアンタなんかに潰されたりもしない!!!」



二度目の咆哮は、二人の姿をようやく見つけたショータローの耳にしっかり届いていた。

息が切れて苦しいのに、汗が体中を伝っていて不快なのに、頬が勝手に弛んでいくのをショータローは止めることができなかった。



「・・・だから、それはお前が相手しなかったらどうでもいいことだ」



「なっ!?」



「やっぱり・・・お前に直接手を出した方が早いし、俺も愉しいからそうする」



レイノの言葉にいち早く反応したのは、キョーコではなくショータローだった。


レイノが一歩キョーコに近づいた瞬間、二人の間に入りキョーコを背に庇うように飛び出した。



「?!・・ショータロー!?なんでこんなところに・・・」



「ダアホ!!だから直ぐに部屋に戻れって言っただろ!!なのになんで好き好んでこんな暗がりに誘い込まれてるんだよ!?」



「なっ!?わ、私はただ逃げただけ・・・・」



「お前の考えなんて、コイツにさえも丸わかりなんだよ!」



キョーコを背に庇いながらも言い争うショータローの姿に、レイノはニヤニヤと笑って見せた。



「・・・なに、笑ってやがんだ」



ギッと睨み付けるショータローの視線など、露ほどにも感じていないかのように後ろにいるキョーコにレイノは愉しそうに話しかけた。



「喜べ、キョーコ。これでお前のビッチ説はほぼ確定だな?」



「・・・は?」



「!?」



ショータローは何のことかわからないと、キョーコを振り返ると真っ青になったキョーコが目に映り驚いた。



「≪新人タレント京子は、ドラマのロケ先で男を入れ代わり立ち代わり相手をした。≫いや・・・≪犯 された・・≫か?」



「違うじゃない!!」



「真実なんてどうだっていい」



話しが見えないショータローは、レイノとキョーコを代わる代わる見てピンときた。



「・・・そういうことかよ・・・・」



ショータローがぎりっと奥歯を噛みしめると、背中を叩かれた。



「アンタも、なんでこんなところにまで現れるのよ!?」



「ああ!?俺が悪いっていうのかよ?!それもこれもお前が・・・いや・・・お前じゃなくてこんな肝心な時にアイツがいないせいだ!」



「!?コーンは関係ない!」



「うるせえ!今すぐとうもろこし野郎をここに呼べ!!」



「できるわけないでしょ!?沖縄からの飛行機なんてもう終わってるもん!!」



すっかりレイノを放って二人で言い争いを始めると、レイノはため息を一つついてサクサクとその場を離れようとし始めた。



「待て!・・・こんなことして・・・ただで済むと思うなよ?・・・」



「・・・・俺は何もしてないが?・・・まだ」



「信じられるか!コイツのこの格好が何よりもの証拠だろ?!」



ショータローにそう叫ばれ、キョーコは初めて自分の姿を冷静に見下ろした。



「!!?」



ホテルの浴衣をきっちり着ていたはずなのだが、襟元も裾もすっかり開いて太腿や胸元が大胆に開いてしまっていた。

しかも林の中で引っかけてしまったのか、肌にはいくつもの小さな擦り傷や切り傷があった。


キョーコは大慌てで乱れた浴衣を直した。


背を向けたキョーコの姿を一瞥したショータローは、その足元を見た。

すっかり黒く汚れ、痛々しい赤い血が滲んだ足に眉間を強く絞った。



「落ちてた・・・着てろ」



キョーコの茶羽織を、頭から被せるとショータローはレイノに向き直った。



「手を出していなくても・・・仮にもこいつは女優なんだ・・・・こんな風にして、ただで済むと思うなよ!?」



ボキボキと指を鳴らし、レイノに殴りかかろうとしたショータローはキョーコに抱き着かれて動きを止めた。



「ダメ!!殴ったら!…余計に騒ぎが大きくなっちゃう!!」



腰に巻きついてきたキョーコに、ショータローは舌打ちをした。



「何言ってんだ!?コイツは一度死ぬ目に合わないとわかんねーんだよ!!」



「騒ぎが大きくなったら本当に記事になっちゃう!!」



「そうそう、キョーコの言うとおりだ・・・お前は本当に頭がいい・・じゃあな」



レイノはキョーコがショータローを足止めしている内に、余裕の足取りでサクサクと林を抜けてホテルに戻って行ってしまった。


取り残された二人は少し離れるとしばらく沈黙したが、キョーコは渋々礼を口にした。



「・・・・一応・・・・来てくれて・・・ありがとう・・・」



「なにが一応だ!お前、状況わかってんのか?!アイツだけじゃなくアノ野郎にも好き勝手されるところだったんだぞ!?」



「コーンは違うもん!・・それにわかってる・・・すごく・・・危なかったことは・・・・」



そう言ったキョーコの手が急に震え始めた。



「あ・・・あれ?・・・今頃・・・・」



カクカクとし始めた膝に、震える手や肩。

涙が零れてこないように必死に堪えるキョーコに、ショータローは舌打ちをした。


そして両肩を掴んで引き寄せ、ぎゅうっと強く胸の中にキョーコを抑え込んだ。



「ちょ!?はっ離してよ!!」



「うるせえ!今だけは・・・アイツの代わりでもなんにでもしろよ」



胸から響いてくる声は、ぶっきらぼうでも優しく・・・懐かしいままでキョーコはいつの間にかショータローの背中に手を回し、縋るように泣き始めたのだった。





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