なんてことない非日常 -24ページ目

なんてことない非日常

スキビ非公認二次創作サイトです。
駄文ばかりの辺境館ですが、広いお心で読んでいただける方歓迎しております。

†Marriage end blue   9




 「・・・・・っ・・はあ~・・・・止められなかった・・」



バタバタと部屋を飛び出していったキョーコの背中も見れず、クオンは口元を片手で覆った。


自分ではない相手に心を浮き出させ、揚句あんなに可愛らしい笑顔をして走り寄っていく姿にクオンは心をかき乱されてキョーコに詰め寄っていた。

そして警告をしながらも、自身の欲求に逆らうことができなかったのは彼女の瞳が真っ直ぐ自分を捉えていたから。


少しでも、何らかの形で彼女の心の奥に住みたいと願ってしまったから。

そう気づいた時には、キョーコと唇を重ねていた。


今までとは違う、感情が突き動かして重ねた唇に自身の指を触れさせた。

キョーコの唇の柔らかさを思い返して、ドクリと心臓がさざめく。

誰にもコレを渡したくないと沸き起こる独占欲。



『ショーちゃんは、私の王子様なんだから!』



キョーコの叫びが蘇り、クオンは前髪をくしゃりと握りつぶした。



「っは・・・・なんだ・・それ・・」



記憶の中の幼いキョーコの、はじける笑顔が一瞬浮かんで霞んだ。


クオンは教材を勢いに任せて掴むと、荒々しく準備室を出た。

長い脚を生かしてグングンと教室に向かう。


キョーコが先にいる教室に向かいながら、クオンはここにいる経緯を思い出していた。




****************



「どうだ・・・うちの学園で英語教諭として来てみないか?」



日本に滞在する間、何かしようとは思っていたクオンに突如飛び込んできたローリィの提案に驚いた。



「・・・・英語・・・教諭・・・・?・・・俺、資格持ってませんけど?」



「外国語特別講師枠で指導員として入れる・・・ちょうど産休の先生がいるからな・・・」



葉巻をふかしながら事もなげに言ったローリィが、なんだか裏社会のボスに一瞬見えたのは気のせいなのか・・・

そのイメージを振り払うように、小さく頭を振りため息を吐いたクオンは眉間に皺をよせ呟いた。



「・・・俺のことは、思い出さない方が彼女のためなのでは?」



過去の事件のせいで、彼女の記憶に対して周りが過剰に警戒し防衛していることを皮肉ってそう伝えるとローリィは哀しそうに眉根を寄せた。



「・・・それは・・そうだが・・・・だからこそ、また新しい思い出を作ってみたらどうだ?」



「・・・・・え?・・」



思いもがけない提案と、それに続く計画を聞いてクオンは驚きながらも『敦賀 蓮』になることを了承したのだった。


(・・・それなのに・・・思わず感情を暴走させてどうする・・・これじゃ、新しい俺との思い出は全部嫌なことだと彼女が記憶していってしまうのに・・・)



教室の前までたどり着いたクオンは、深く息を吐いた。

はた目から見れば緊張している新任教師という具合だが、クオンの頭の中は全く違った。



(・・・・とにかく・・・これからは、あまり感情に流されないようにしよう)



そう決心して扉を開け、中に入りキョーコの姿を確認したクオンは顔をひきつらせた。

まるで般若の如くすごい表情で、クオンを睨み付けているのが目に飛び込んできたからだ。



(・・・・・・すでに心、折れそうだ)



クオンはがっくりと項垂れたいのを抑えて、授業を始めることにするのだった。




****************



クオンが『敦賀 蓮』として生活を始めてから初めての週末までの数日間、キョーコはずっと怒りを持ち続け容易に話しかけられる雰囲気を皆無にしていた。


ただ、お弁当だけはちゃんと作ってくれている律儀な様子にクオンはつい頬を弛めるのだが一度かち合えば、マンション内だろうと学校内であろうと睨み付けてくるため夫婦としての進展は皆無だった。



「・・・なにもあそこまで嫌わなくても・・・・」



職員室の片隅にある自分の席でお弁当を開けるたびキョーコの仏頂面と、きちんと手の込んだお弁当の落差に凹んだ。



「わあ・・・敦賀先生のお弁当、相変わらず・・手の込んだ愛妻弁当ですね?」



いつも職員室で食事を取る他の先生方が、ワラワラと集まってきてクオンの弁当を覗き込んでいく。

中にはクオンを狙っていた女性教諭もいたようだが、結婚してます宣言とこの手の込んだ愛妻弁当の威力で戦意を喪失したらしかった。



「・・ええ・・・・まあ・・・・」



クオンは複雑な表情をした。


クオンの弁当がこれだけ手が込んでいるのは、大元に『彼』がいるからだ。

不破 尚のために作るお弁当に便乗しているのはクオンだけではないし、きっとその中で自分が一番最低ランクにいるはずなのにちゃんとした弁当になっていることに落ち込んだ。



(…本当に・・真面目というか・・律儀というか・・・)



感情に任せて適当に詰め込んであった方が、文句でもなんでも会話の手段になったのに礼を述べてもつっけどんに返されてはさすがのクオンも閉口するしかなかった。



「・・どうか・・されました?」



ここ数日のやり取りを思い返してため息をつくと、すかさずそう聞かれてしまった。



「あ・・・いや・・・・ちょっと・・・ケンカしてしまって・・・」



思わずそう漏らすと、周りにいた女性教諭たちの目が一瞬光った。

が、年配の男性教諭がウンウンと笑顔で頷いた。



「新婚のうちは、よく些細なことで喧嘩するもんだよ・・・喧嘩なんて、相手のことが目に入るからするものだ・・・でも、そんなお弁当作ってくれているからきっと大丈夫ですよ」


男性教諭が言うのは、一般的に結ばれたカップルのことだろう・・そこはクオンたちとは違う。

このお弁当もただ、脅し取ったようなものだ。

クオンはそのことを思い返し、頭に浮かんだキョーコの不機嫌な顔を思い返してまたため息をついた。


「・・・そう・・・だといいんですが・・」



「ははは、見かけによらず・・敦賀先生は尻に敷かれるタイプみたいですな?・・・なら、週末奥さんの好きなところに連れて行ってみてはいかがですか?もしかしたら、新しい所で仕事を始めたストレスが知らぬ間に奥さんにも伝わっているから些細なことで喧嘩してしまうのかもしれませんよ?二人でリフレッシュされたらいい」



その助言にクオンは素直に礼を言い、その通り週末にキョーコをお出かけに誘うことにしたのだった。






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§ルートX    63





 (・・・おっ・・・もっ!!空気、重っ!!)



社は当事者たちだけでは危険と判断し、三人に紛れるように蓮の部屋に身を置いた。

のだが、沈黙が続く室内でいささか酸欠気味になっていた。


しかし社よりも重症だったのは、キョーコでほぼ陸に打ち上げられたフナのようになったいた。



(い・・息苦しい・・・・このまま意識が失えたらどんなに楽か・・・)



ハクハクと荒い息を繰り返しているキョーコの前に、お茶の缶が置かれた。

それを差し出したのは蓮で、咄嗟に顔を上げてその表情を確認した。



「ん?・・・お茶じゃ・・なかった?」



「うっううん!お茶!お茶がいい!!」



よく冷えた缶をガシッ!と掴んでプルタブに指をかけていると、蓮は尚にコーヒーの缶を差し出していた。



「こんなのですまないけど・・・」



「・・・・ああ・・・」



小さなやり取りだが、急に取っ組み合いにならなかったことにキョーコも社も内心ほっとしていた。



「社さんは・・・」



「お、俺!?俺は水でいいよ!!うん!自分で取れるから!!」



尚にコーヒーを渡して手持ちが無くなった蓮は、先ほど二人の飲み物を取り出したホテルの冷蔵庫に向かおうとしたのを社は慌てて止めた。

そんな社の慌てっぷりに、蓮は首を傾げた。



「そうですか?」



「まったく~気遣い過ぎだぞ?蓮~!・・アハハハハ・・・・ハハ・・ハ・・・」



社は何とか空気を軽くしたかっただけなのだが、それは空振りとなりさらに重たい空気が社とキョーコに圧し掛かっただけだった。



「・・・・・さっき・・言ってたことは…本当?」



その空気を割いて、本題を押し込んできたのは蓮だった。

そして、質問を向けられたのは気絶寸前のキョーコ。



「あっ・・・それ・・は・・・・」



「本当だ」



「君には聞いていない、俺はキョーコちゃんに聞いてるんだ」



「そいつは正直に話なんかしない、仮にも彼氏を名乗っているならコイツの性格ぐらい把握してんだろ?」



「・・・・・・・・・・・」



「コイツはアンタに心配かけたくないから、あえて何も言わなかったし助けを求めなかった」



「!」



「!っ・・ちがっ・・・」



尚の言葉に蓮の体が硬くなるのを、キョーコは見逃さなかった。

咄嗟に口から何か話を穏便に終わらせられないかと発してみたが、それは逆効果にしかならなかった。



「何が違うんだよ・・・ああ・・・そうか・・・お前は本心ではコイツのこと、恋人だと思ってないんだろ?」



「・・・・はあ?」



キョーコは蓮の表情を気にするまでもなく、怒りのオーラを尚に向けた。



「そんなわけないでしょう?!」



しかし、そんなキョーコの怒りを流して尚はさらに切り込んできた。



「じゃあ、なんでコイツに『助けて』なり『怖い』なり言わなかったんだ?」



なぜ尚に問い詰められなければならないのかと思いつつも、キョーコはぐっと喉を詰まらせることしかできなかった。



「大体、あのヤローに目を付けられていたことぐらいわかってただろ?それなのにコイツに電話かけるためにあんなところウロウロしやがって」



尚になじられる度に、キョーコの顔が歪んで泣きそうになっていくと蓮はポフ・・っとキョーコの頭に手を置いた。



「・・・それはそれは・・・うちのキョーコが世話になったね?後は二人で話をするから」



にっこりとほほ笑んだ蓮は、暗に・・というよりも直にこの部屋から出るように促すため、部屋の扉を開けた。

その蓮の態度に、尚は舌打ちをした。



「・・・・俺のせいでコイツを巻き込んだ・・俺が責任取る」



「・・・・キョーコのことは、君に責任を取ってもらう筋合いはない」



「コイツは俺のせいで危険な目にあった・・・だから、俺が助けた・・・アンタがいない間にな?」



「・・・・・・・・・」



蓮は深くため息をつき、尚を睨み付けた。

それは今までの嫌悪感を纏ったものではなく、殺意さえ混じった視線で余裕を見せていた尚は背筋が凍りつく感じがして体を強張らせた。



「・・・キョーコちゃん・・」



「はっはい!!?」



「・・・・・・俺は・・君を助けられなかった?」



尚に向かっていた冷たい空気を感じて、青ざめながら返事をしたキョーコだったがそう言って振り返った蓮の顔を見て愕然とした。

以前見た怒り顔でも、冷めた表情でもない。

どこまでも悲しみに堕ちた瞳は、奥底まで暗く寄せられた眉根の険しさが蓮の痛む心を表していた。

それがキョーコの心を冷たくして、抉った。


蓮の視線がキョーコの体を芯から冷やして、震わせた。



「あ・・・・・」



懸命に言葉を探しても、真っ暗になった頭の中では何も浮かばずただただ震えるに任せて頭を振ることしかできなかった。


すると、蓮はゆらりと扉の前から離れてドサリと椅子に腰を落とした。

そして前髪をくしゃりと握りつぶしながら項垂れた。



「・・・・悪いけど・・・みんな・・・出てってくれ・・・」



低く沈んだ声に、尚はあっさりと腰を上げた。

スタスタと出ていくと、どうすればいいかと戸惑っているキョーコに声をかけた。



「おい、聞こえたんだろ?出るぞ」



そう声をかけても蓮の側から離れられないキョーコに、尚はさらに声をかけた。



「コイツを守る自信もなければ、守れなかったことに落ち込む奴の側にいることねーんだよ。お前は俺が守ってやる」



そう言った途端、黒い豹のように蓮は立ち上がり扉の所に立っていた尚の首に腕を押し当て壁に張り付けた。



「ぐっ!!」



「黙れ!」



「コーン!?」



「蓮!!」



一瞬で尚をねじ伏せる蓮の耳に、キョーコの声も社の声も届いていないようだった。

ぎりっと締め上げてくる蓮の目つきに、尚は心の中で盛大に舌打ちをした。



(コイツっ!・・っ鬼畜かよっ!!)



そう心の中で叫んでも、締め上げられていく喉は先ほどから酸素を取り込んではくれなくなっていた。

段々と薄れる意識の中で、キョーコの叫び声が聞こえた気がした。



「ショーちゃん!!」



ドサッと落とされた途端に、尚は咳き込みながら何度も息を吸う。

床に手をついている自分と、それを冷たく見下ろす蓮の姿を想像して苛立ちながらも睨み付けることだけは忘れないでおこうとした尚が顔を上げて目を見開くのは当然だった。


尚の前に立ちはだかって、蓮に平手を喰らわせているキョーコの背中が廊下の明かりに照らしだされていたからだ。



「コーンのバカ!コーンは役者なんだよ!?こんなことしてもしコイツに訴えられたら・・」



「・・・・・・・・・・」



頬の痛みよりも、キョーコに叩かれたことへの衝撃で呆然とする蓮は何も言わずにくるりと踵を返して部屋に戻ってしまった。

キョーコの足もさっと動いた。


廊下に飛び出していた社と、うずくまる尚だけを取り残して二人は部屋の中に消えた。


廊下に取り残された二人に、気まずい空気が流れた。



「・・・・え・・・っと・・・とりあえず・・・・立てる・・・かな?」



社は迷いながら手を差し出すと、尚は小さく頷いてその手を取ることなく立ち上がった。



「え~・・っと・・・その・・・」



社が言いにくそうにしているのを察して、尚は喉元を手のひらで撫でた。



「・・・・別に・・・訴えませんよ・・・喧嘩しかけたのこっちだし・・」



「え?!ほ、本当!?」



「こういうのは、本人に責任取らせるものでしょう?」



そう言って、ニィッと笑い去っていく尚の後ろ姿に社は「社長になんて言おう~~!?」と叫ぶことしかできなかった。


そんな社の叫びを背後で聞きながら、尚はもう一度喉を触り何度も咳ばらいをした。



「くそっ・・・ミュージシャンの喉を・・・・」



そう呟きながらも、先ほどのキョーコの背中を思い出した。


一瞬懐かしい光景が蘇ったのかと思った。

純粋に好かれていたあの頃と同じだと・・・。



(・・・・・アイツの…ためかよ)



尚を庇いながら叫んだキョーコは、蓮の身を案じる言葉ばかりを並べた。


ドン!!廊下に低く響いた音は、尚の拳から放たれたのだった。





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≪すみません!!

昨日アップし損ねているのを今朝発見!!

なのでずれましたが、本日緊急アップです。

全然話し進まなくて、心が折れそう・・・涙

ユンまんまでした≫



†Marriage end blue   8






 奏江や千織に問い詰められ、弄られまくった翌日キョーコは無事学校に登校していた。



「はあ・・・・やっと日常がきた・・」



教室の雑多な空気と、少し騒がしい長期休み明けの廊下。

その中に身を置くと、数日前までの出来事がまるで嘘のようだった。


キョーコがカバンを置いて、授業の用意をしていると校庭に女生徒たちの悲鳴が湧き上がった。

その声と共にキョーコは走り出していた。



(うそ!?朝から登校してくるなんてっ)



キョーコと同じように、その女生徒たちの声に反応して教室を飛び出していく女の子は多く両手に握りしめた巾着を激しく揺らさないように抱え途中まで他の者たちと同じ方向に流れていたキョーコは校舎の裏に回れる渡り廊下に逸れた。


駆け足でその渡り廊下を抜け、校舎裏に辿り着くとキョーコは上がった息も忘れて笑顔になった。



「ショーちゃん!!」



「っ!バカ!大声出すな!」



旧校舎の古びた壁に背をもたれさせていた男は、眉根を激しく寄せ右手を差し出してきた。



「おら、よこせ!」



「あ、うん!はい!お弁当!!」



「・・・おう・・・」



キョーコが差し出した可愛らしい巾着を受け取り、中から男っぽい黒の弁当箱を取り出すと勉学には使われていなさそうなカバンに押入れ巾着はキョーコに投げて返した。



「この間みたいのなの、やめろよな」



「へ?」



返ってきた巾着を嬉しそうに握りしめてキョトンとしているキョーコに、男は睨みを利かせた。



「ハートとか、キャラ弁とか・・・食うのにどんなに大変だったか・・」



「あれは、キャラ弁じゃなくてデコ弁・・・」



「デコんな!それと・・ばーちゃんみたいな茶色系一色もやめろ」



「ええ!?・・・だって・・・ショーちゃん昔から、煮物とか好きだし・・・卵焼きが塩味だから甘辛いの作るとどうしても茶色が・・・」



「だから、茶色ばっかにするなっ・・・あんま酷いの作るんだったら、もうお前の弁当いらねー・・」



「っ!作る!大丈夫!!ちゃんとしたヤツ作ってくる!!」



「・・・わかりゃいんだよ・・・じゃあな」



「うん!」



もらうものをもらった男は、サクサクとその場を離れたがキョーコはしばらくその背中を見送った。

そして満足すると、回れ右をして教室に戻ろうとした。



「ぎゃふ!?」



その途端、背後にあった何かにぶつかった。

顔面ごとそれにぶつかったキョーコは、打った鼻を押さえながら顔を上げた。



(・・・だれ?・・)



キョーコよりも明らかに背の高い男性で、黒髪に真っ黒な瞳がかっちりとしたスーツでより畏まった印象を与えた。



「す・・すみません・・・」



キョーコは小さく頭を下げて、見下ろしてきた男の瞳を避けるように校舎に戻った。



「・・・・アレ・・・か・・・」



そんなキョーコの背中を目で追いながら、そう呟いた男の言葉などキョーコは知る由もなかった。




*************




「まったあげてきたの?!…アンタって・・救いようのないバカね?」



「・・キョーコさん・・・おバカな行動も、たまに殺意を抱かせるんですよ?」



始業ギリギリに戻ってきたキョーコの席に、すかさず親友二人が現れそう詰め寄られキョーコは顔をひきつらせた。



「だって・・・・約束・・・だし・・・・」



「そんなの、あっちの都合が良いようにされてるだけじゃない!」



「そうですよ!?キョーコさんのお弁当の味を奪うなんて!」



「あ、二人にもいつものお弁当作ってきたよ?」


キョーコのその言葉に、二人は突然黙ってキョーコがカバンをガサゴソと漁るのを見つめた。

そして、キョーコがそれぞれに作ってきたお弁当を見つけ出し始めると奏江も千織も怒りを解いてため息をついた。



「・・・・・仕方ないわね・・・」



「ええ・・しょうがないですね・・・私たちのついでだということにしておいてあげましょう」



キョーコが差し出した巾着をそれぞれ受け取ると、いつも繰り返されているように二人は素直に引き下がってくれた。


キョーコは苦笑いをこぼしながらも、少し汗ばんだ額を左手の甲で拭った。



「いっつ・・・!?」



その時、がりっと額をこすったものを確認しようと手を見て悲鳴を上げそうになった。



(しまったあああああ!!)



何もかも突然の出来事と、怒涛の一日のせいですっかり結婚指輪をしたまま登校していたのだ。

キョーコはそれを机の下で慌てて外すと、どこにしまおうか悩んだ。



(~~っ・・・ああ!?もう、先生来ちゃう!!・・・ええっと・・!そうだっ!!)



キョーコは咄嗟に、握りしめていた巾着にぼすっと入れると早業で口を縛り上げグルグルと巾着の紐で一纏めに絞った。

それをカバンの奥底に詰めると同時に、教室のドアが引かれた。



(セ~~~フ・・・でも…誰も気づかないなんて・・・・)



自由な校風で、アクセサリーも化粧も、制服の着方も自由な学校ではあることが幸いしていたようだ。

キョーコは、誰にも突っ込まれなくて済んだ結婚指輪を仕舞えたことに安堵していると、急に視線を感じて顔を上げた。



(・・ん?・・・あれ?・・・・あ、あの人!?)



担任の中年男性に続いて、教室に入ってきてキョーコをじっと見ているのは先ほどぶつかった人物だった。



「ええ~・・・副担任の河島先生が産休に入られたため、今日からこちらの敦賀先生がこのクラスの副担任になる・・敦賀先生、挨拶を」



男の紹介をしただけなのだが、教室中にいる女生徒たちが色めきたった。

それもそのはず、目鼻立ちも整い高い身長は手足の長さが際立っており小さな顔は日本人にはあり得ない9頭身を実現させていた。

まるでモデルか何かのような容姿に、誰しもが心を奪われているようだった。

ただ、奏江や千織・・キョーコは例外だったが・・・



「はじめまして、敦賀 蓮と言います・・・この間までロスに住んでいたのでネイティブ発音で皆さんに英語を教えてあげられると思います・・・河島先生が帰ってこられるまでの間ですが、よろしくお願いします」



落ち着いた低い声と、柔らかい物腰。

そして何よりも整った顔立ちで微笑む大人の男性に、女生徒たちが頬を染めないわけがなかった。


あの奏江たちでさえ…だったのだが、キョーコはちょうどこの時よそ見をしていた。



(あっ!?ショーちゃん!・・・もう帰る気なんだ・・・)



数人の女子をまとわりつかせながら裏門から出ていこうとするのを発見して、キョーコは悲しそうに眉根を寄せた。



「・・・さん・・・がみさん?・・・・最上 キョーコさん!?」



「ひへ!?」



突然大きな声で呼ばれて、キョーコは慌てて返事をした。


「・・・・・最上さん・・・だね?いくら休み明けでも、ホームルームもちゃんと聞いてないとだめだよ?」



敦賀にそう言われ、キョーコはようやくクラス中の視線を浴びていることに気が付いて真っ赤になった。



「すっ・・・すみません・・・・・」



真っ赤になって縮こまるキョーコに、敦賀はクスリと笑って見せた。



「じゃあ・・・罰として、この後の英語の授業前に準備室にプリント一人で取りに来てください」



「・・・はい・・・」



羨ましがる他の女生徒たちに、内心代わってほしいと思いながらも自分の起こしたことのため何も言えず頷くしかなかった。



「・・他に質問は?」



どうやら、敦賀についての質問の最中によそ見をしているのを発見されたらしく話題が敦賀に戻りキョーコは小さく息をついた。



「先生!彼女とかいらっしゃるんですか?」



勇気のある女子が挙手をして、そう叫ぶと熱のこもった視線が一気に敦賀に注がれた。



「・・・彼女は・・・いません」



そう答えた敦賀は、なぜかキョーコの方を向いてにこりと微笑むと左手の甲をみんなに見せた。



「奥さんならいます」



その途端、悲痛な悲鳴が湧き上がった。

呆然としているキョーコに、敦賀は意味深な視線を送り微笑んでまだ指輪が見えるようにかざしていた。



(・・・・・・・あ・・れ?…・あの指輪・・・どっかで…見覚えが・・・・)



中央でクロスするように重なるデザインで、シンプルなものが多い結婚指輪にしては珍しい・・・

と、最近どこかで思ったような・・・・?と、キョーコが首を傾げている内にホームルームの終わった敦賀と担任は教室を出て行ってしまった。



「あんた・・・悠長に座ってていいの?準備室にプリント、取りに行かないといけないんじゃない?」



「でも授業になるかな?さっきの結婚しちゃってる発言でカオスよ?教室・・・」


ザワザワと、いつもよりも一際騒がしい教室の中でキョーコは引っかかる記憶を必死に手繰り寄せあることに気付き突然立ち上がった。



「私・・・行ってくる!!!」



そして矢のような速さで教室を飛び出すキョーコに、奏江と千織はため息をついた。



「だから早く行きなさいって言ったのに・・」



しかし、奏江が言った言葉とは違う意味でキョーコは走って準備室に向かっていた。



(まさかっ!?だってっ!!)



何度も思いついたことを打ち消そうとしたが、ドクドクという心臓の音だけがその考えを否定する。



(そ・・そうよ・・・ただ、似ているだけよ・・・・でも・・・・ううん!髪の色も・・瞳の色も・・・名前だって違うじゃない!?)



けれどキョーコの感が告げる。

『彼ら』は、同一人物だと。


息を切らしながら、準備室の前までたどり着くと大きく深呼吸をした。

そして、準備室の扉を叩くと中から返事が聞こえてきた。

その声は、彼のものでキョーコは跳ねる心臓を抑え入室の際に言われるように指示されている言葉を口にした。



「2-B 最上 キョーコです・・教材を取りに伺いました」



「はい・・・どうぞ?」



がちゃりと開いた扉のノブを握っていたのは、敦賀で準備室の中には彼以外いないことをキョーコは確認して中に入った。



「プリントは・・・これ・・・よろしくね?」



手渡されたプリントの束を抱えたキョーコは、すぐに準備室を立ち去らなかった。



「・・・もうすぐ授業始まるよ?」



「・・・・・・どうして・・・ここにいるの?」



ぼそりと、そう呟いたキョーコを敦賀はじっと見降ろした。



「・・・何のこと?」



「・・・とぼけないで・・・・その指輪・・・クオンがしていたのと同じ指輪・・・あなたが言ったのよ?これは特注でこの世に二つとない指輪だって」



そう・・あの結婚式の直前。

結婚指輪にしては、不思議な形をしているとキョーコは思ってそれを口するとクオンは少し寂しいような嬉しいような複雑な笑みを浮かべて指輪をキョーコの前に差し出した。



『これは・・・特別なものなんだ・・・俺のばあさんがじいさんに作らせた特注品で、父さんと母さんは婚約指輪として使っていたものを俺に譲ってくれた・・・そして俺はそれに少し手を加えた・・この指輪は重ねると∞の形になるようになっているんだ・・・その中心の裏にお互いの誕生石を入れさせた・・・じいさんたちから受け継がれたけど、これはこの世に二つとない代物になった・・・』



そして、こう続けた。



『俺はアメジスト・・・君は・・タンザナイトを埋め込んだ・・・その誕生石が持ち主を表せるように・・・』



一般的に12月はターコイズを誕生石にすることが多いのを、乙女思考のおかげで知りえた知識でキョーコは知っていた。

それに違和感を覚えたことも、今回指輪のことをすぐに思い出せたきっかけだった。


問い詰めるキョーコに、敦賀はあっさり頷いた。



「そうだよ、クオン・・俺だよ」



するとキョーコは目を丸くした。



「じゃあ、その髪は!?」



「…黒く染めた」



「目は!?」



「カラコン」



「英語教師って?!」



「外国語指導員枠でおじさ・・・宝田さんが採用した」



その答えもなんとなく予想がついていたのに、キョーコは脱力した。



「おじい様もグル・・・・・」



項垂れているキョーコをじっと見ていたクオンは、先ほどの光景を思い出して眉根を寄せた。



「ところで・・・なんで『最上?』」



「え?」



急な質問に、キョーコは一瞬頭の回転が追い付かなかった。



「あ・・・ああ・・・おじい様の関係者だってわかったら、おじい様の学校だもの・・・特別扱いされかねないって母の旧姓を使うことにしたの」



「・・・・・そう・・・」



ここでも徹底して、キョーコの身の安全のために囲いを作っているように感じたクオンだったが府に堕ちないこともあった。



「・・・・じゃあ・・・あのお弁当泥棒が『ショーちゃん』?」



「!!?」



そう言えばあの場面を見られてたんだ!


と、ようやくキョーコは思い至りダラダラと冷や汗を流した。



「・・・周りはこんなに囲っているのに、本人は無警戒でよく知りもしない輩に近づいてるんだな?」



「え?・・」



ぼそりと呟かれた言葉に、キョーコは首を傾げたもののクオンの言葉をあっさり否定した。



「ショーちゃんは知らない人なんかじゃないわ?幼馴染だもの・・・この学校で、モー子さんと千織ちゃん以外に私が宝田家の孫娘だって知っているのはショーちゃん・・・不破 尚ちゃんだもの」



その説明に、クオンは目を大きく見開いた。



「・・お・・さななじみ?」



「うん!・・・私・・・ちいさい頃の記憶って断片的にしかなくって・・その頃からずっと一緒にいるショーちゃんは、私の王子様なんだから!!」



「・・・・・・・・・・・・は?・・・オウジサマ?」



「だから、ショーちゃんのことを悪く言わないで!!…今は・・・ご実家のおば様たちと色々あって・・・あんな風に悪ぶっているけど、本当はいい子なんだから・・・」



頬を赤らめながら、俯き加減でそう言い募るキョーコの言葉などクオンの耳には届いていなかった。



「オウジサマって・・なんだよ・・それ・・」



ブツブツいうクオンの様子に、キョーコは首を傾げつつ顔を上げた。

するとクオンも顔を上げ、ギラリと光る視線でキョーコを見つめた。



「!?な・・なによ・・・」



その迫力に気圧されて、キョーコは思わず後ずさった。

クオンは少し開いた距離を、一歩詰めてキョーコを威圧的に見下ろした。



「俺・・いや・・俺たち・・新婚だよね?」



「へ!?」



ぐぐっとクオンは屈んできて、ドアまで追い詰めたキョーコの顔に覆いかぶさろうとしてきた。



「新婚なら…新婚らしく・・・」



徐々に近づていく顔と顔に、キョーコはパニックを起こしかかった。



(んぎゃああああああ!!?)



クラスの女子だけでなく、学校中の女性たちを虜にするであろう端正な顔が息のかかる距離まで近づいてきてキョーコは目をグルグル回した。



「・・・・お弁当、作ってきて・・・新婚さんだしね?愛妻弁当がないと格好がつかない」



「・・・・・・・・・・へ?」



頬に息がかかるほどの距離で、そう囁かれキョーコは目を点にした。



「彼に作っているなら、手間もそう増えないだろ?・・朝から何個も作っていたみたいだし」



「うっ・・・それは・・・モー子さんと千織ちゃんと私の分も作っていて・・」



「つまりは俺だけ作ってもらってなかったと?」



「いるか知らなかったし・・・それに・・・そうよ!学校に教師として来るなんて・・・私は一つも知らなかったんだから!!」



まだ近い距離に戸惑いながらも、必死にそういうとクオンの表情が緩んだ。



「のけ者にされて、寂しかった?」



なぜか少し嬉しそうにそう問うクオンに、キョーコは急に冷めた目になった。



「・・・・のけ者にされるなんて・・・慣れてるわ・・・・」



その表情と、諦めの濃い声色にクオンは驚きを隠せなかった。


すると動きの止まったクオンの肩を、キョーコがぐいっと押してきた。



「お弁当の件はわかりました・・・もう授業始まっちゃうので、プリントもらっていきます」



しかし簡単にクオンの体は押されなかった。



「・・・俺は・・・君をもう、のけ者にしないよ」



「え?」



小声でそう呟かれ、聞き返したキョーコはそれ以上訪ねることができなかった。

その唇を、クオンに塞がれていたからだ。


頭の中で絶叫するキョーコの唇から、リップ音を残して離れたクオンはにっこりと笑った。



「新婚さんはこれぐらいしないとね?」



そうのたまったクオンに声にならない絶叫をぶつけて、プリントをひったくるように抱えると始業のチャイムと共にキョーコは光の速さで準備室を出て行ったのだった。




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