†Marriage end blue 10
(・・・確かに・・・ちょっと怒り過ぎたかもしれないけど・・・・・なんで貴重な休日に拉致られなきゃならないの!!?)
朝目が覚めたキョーコが初めに見たものは、既に出かける用意のできて見下ろしてくるクオンだった。
しかも『敦賀 蓮』の姿ではなく『クオン・ヒズリ』の姿・・金髪に碧眼で現れていた。
「・・・・髪が・・・・」
「ウィッグ作ってもらってた・・・アノ恰好は、拙いって言われたから」
「・・・・だれに?」
「マリアちゃん」
「・・・・・ふうん・・・・・」
まだ寝ぼけているキョーコは、なぜそんなことまでしてここに立っているのか疑問に思いながらもベッドを抜け出してクオンの脇を通り過ぎようとした。
「いくぞ」
「・・・・へ?」
ところが、二の腕をガシリと掴まれるとキョーコは呆然としたままクオンに引っ張られ車に放り込まれた。
何が起こっているのかさっぱりわからないまま、二人を乗せた車はエンジン音も軽やかに出発した。
流れていく景色と、無言で運転するクオンを交互に見ている内にようやくキョーコの頭が覚醒した。
「ちょっ・・・!?・・どこに行くの!!?私、まだ パジャマ!!」
顔も洗ってないのよ?!と、憤慨して見せてもクオンは涼しい顔のままハンドルを切った。
「・・・・デート・・・行こう」
「・・・・は?」
「夫婦なんだし?週末はデートするもんだろ?」
「え?・・・そうなの?」
「うん・・・たぶん」
「へー・・・・・・・」
納得しかけたキョーコは、はたと気づいた。
「そんなわけないでしょう!?・・というか、私はまだあなたのことを夫だなんて・・」
「とりあえず、服調達するか」
グインと曲がった車の重力は、クオンに向かって怒鳴っていたキョーコをあっさり窓に押し付けた。
「ちゃんと座ってないと危ないよ?奥さん」
「なっ!?だ、誰が奥さん!?」
キョーコの動揺も、今のクオンにはただの笑いの材料にしかならないらしくクスクスと笑みをこぼされたまま高級ブディッグの前に車は横付けされた。
「ちょ・・・い、いやよっ・・・」
「なんで?ここ、マリアちゃんとのお気に入りのお店なんだろ?」
クオンの言うとおり、マリアとよく来るブランドのお店だがキョーコは断固拒否した。
「こんなパジャマ姿で入れないわよ!!しかも、まだ朝の7時過ぎよ!!?お店が空いているわけ・・・」
「電話して開けてもらった、店員も限られた人しか集めてもらってないから・・・そんなに恥ずかしいならこれ着てて」
助手席側に回って扉を開けたクオンは、自分のジャケットを脱いでキョーコにかけるとシートベルトをキョーコの前に乗り出して外した。
その時の密着度合いに、キョーコは思わず赤面して悲鳴を上げそうになったのを何とか堪えた。
(な、何でもかんでも動揺するからからかわれるんだわ!・・こんなことなんでも・・・なんでも!?)
ガチガチとかたまっていたキョーコの体が突然、ふわりと浮いた。
「靴履かせてこなかったからね?店までこうやって行こう」
キョーコは、クオンにお姫様抱っこされて店まで行くことになった。
(ひっ・・やああああああ!!!?)
心の中の盛大な悲鳴を口からギリギリ出さなかったのは、朝も早い時間大通りに自分の悲鳴をこだまさせてはいけないということだけだった。
それでも焦げた脳みそが、頭の中でプスプスと音を立てるキョーコをクオンは難なく店の裏側にあるV.I.P用の入り口に連れて行きインターホンを押すと中から出迎えた責任者と笑顔で挨拶を交わし始めた。
キョーコはひたすら身を丸くして、クオンのジャケットに隠れていたがV.I.P用ルームに入るとふかふかな床の上に足を下ろすことができた。
「ご注文いただいていたお品物はこちらに用意してあります、どうぞお着替えください」
物腰の柔らかい美人なこの店の責任者は、キョーコも何度か話したことがある人物で気恥ずかしさから挨拶もそこそこにフッティングルームに飛び込んだ。
そこには洗面と、簡易シャワー室まで奥にありキョーコは小さくため息をつくと渋々そこで身支度を始めるのだった。
***************
「ヒズリ様がお越しになるなんて・・・光栄です」
「こちらこそ・・・無理言った時間ですまなかったね?」
「いいえ!・・・今日のお連れ様は、宝田様の・・・」
「ええ、彼女は俺の奥さんなんで・・・今日は、久しぶりに朝からデートでもしようかと思って」
「ま、まあ!そう・・でしたの!!・・・今日は、いい天気になりそうですし楽しまれてくださいね?」
「ありがとう」
心底がっかりした美人店長に、笑顔で流すクオンの会話を着替え終わったキョーコはカーテンの隙間から伺っていた。
「あ…用意できた?そんなところにいないで出ておいで?」
すっかり外面を張り付けたクオンに、キョーコはジト・・・とした視線を突きつけた。
「・・・誰と誰が、『久しぶりのデート』なのよ・・・」
「・・・・久しぶりだよ?君と出かけるのはね?」
そうクオンに言われて、キョーコは今日のように無理やり連れて行かれた結婚式を思い出した。
しかしクオンは、違う日を思い出していた。
笑顔で自分の名前を呼んで手招きする、幼い日のキョーコが脳裏に鮮やかに浮かび上がる。
そして思わず頬が緩みかけたその時、キョーコに声をかけられた。
「あの!・・・まさか・・また変なところに連れて行く気じゃ・・・・」
思い出の幻影から無理やり現実に戻されたクオンは、訝しんで眉間に皺を寄せるキョーコと目が合うと深々とため息をついた。
(なっ!?し・・失礼~!!!)
「変な所じゃないよ・・水族館にいくから・・・メイクは・・・・こっちでしてもらって」
クオンに押しこめられた部屋で、キョーコはナチュラルメイクとネイルを施されて出てきた。
「・・・・・な・・・なんで・・・何も言わないの?」
「あ・・・いや・・・化けたな…と思って・・・」
クオンの一言でまたもやキョーコの機嫌は悪くなり、再び睨まれるのだが内心クオンは項垂れていた。
(・・・・そんなに・・・可愛くなることないじゃないか・・・・)
ニットと布の異素材ワンピースに、ピーコートを羽織ってスエードの低めのパンプスはトウが丸っこくナチュラルでも目元ぱっちりに愛らしくピンクのチークを入れ伸びかけのショートボブを軽くコテで巻かれているためフワフワとした可愛らしい女の子にキョーコは変身していた。
その姿に本人は気に入っているようだったが、クオンはコレを今から他の男たちもいるようなところに連れ回すのかと考えて少し不機嫌になった。
「と・・ところで・・・水族館って・・・あの、シー・パラ?」
キョーコが言っているのは、最近リニューアルオープンしてまるで海中の中にいるようなドーム型アクアリュウムを完成させた『シー・パラダイス水族館』のことだった。
「・・・うん・・・マリアちゃんから、前そこに行きたいって言っていたって聞いて・・・」
「そうなの!なかなか行く機会がなくて!・・・・」
満面の笑みでそう興奮したようにはしゃぐキョーコに、クオンが目を丸くしていると我に返ったキョーコが小さく咳ばらいをした。
「・・・・そ・・そこに行くんなら・・・この間のこと・・・チャラに・・してあげる・・・・」
思わずはしゃいでしまったことを恥じて、真っ赤になりながらもそっぽを向いてそう言ったキョーコをクオンは無表情で見つめた。
そしてユルユルと勝手に動き始めた両手を、ものすごいスピードで腕組みして見せると外面用の笑顔を作った。
「それはそれは・・・ありがとうございます・・・じゃあ、行こうか」
「え・・・うん・・・・」
クオンの行動に訝しみながらも、店を出ると車に乗り込み二人は『シー・パラダイス水族館』へと向かうことにした。
(危なかった・・・・もう少しで抱きしめるところだった・・・感情のままに動かないってこの間、学習したばかりだろ・・・でも・・・あのツンデレは反則だろ・・・・・・)
無表情で運転するクオンがそんなことを考えている横で、キョーコも俯いて考え事をしていた。
(急に余所余所しくなって・・あんな笑顔・・・・・・・べ・・別に!?余所余所しいのなんて気にならないけど?!・・・でも・・・・もしかしたら・・・私がいつまでも怒ったりしていたから・・・呆れちゃったのかな・・・・・・・)
「「はああ~・・・・・」」
二人が相手に聞こえないように小さくため息をつくころ、車は水族館に辿り着くのだった。
11へ
§ルートX 64
「・・・・・・何の真似?・・・キョーコちゃん・・・」
蓮は冷めた表情で、背中から抱き着いてきたキョーコにそう問いかけた。
「・・・叩いて・・・ごめんなさい」
背中から伝わってくるキョーコの言葉は、鼻声で涙混じりなのは背中に沁みる生ぬるい感触でわかった。
それでも、蓮はすぐに優しい表情を取り戻すことはできなかった。
「・・・キョーコ・・」
「コーンがどう言ったって離れないから!」
「・・・え?・・」
ぎゅううっとキョーコは蓮の体に回している自分の腕に力を込めた。
「絶対!離さないから!!」
もしかしたら先ほどの尚のように、あっけなく力技で抜けられてしまうかも知らない。
もしかしたら怒りのあまり投げ飛ばされるかも・・・など、想像して青くなりながらもキョーコは目をぎゅっとつむって蓮の背中にしがみついた。
しばしの沈黙に、キョーコが片目をそろっと開けると振り返ってじっと見ている蓮と目が合った。
「あ・・・え・・っと・・・」
「・・・・・・ブッハ!」
「へ?」
「ブッ・・・あはははははっ!・・・あいてっ・・腹いたっ・・・ククククッ」
「ええ!!?なんで笑ってるの?!」
「いや・・なんか・・・・コアラみたいだなって・・・・あはははははは!!」
「コアラ!?」
キョーコの憤怒に、再び吹き出す蓮の行動は二人の間の空気を弛ませたかのようにみせた。
「・・・・あはははっ~っ・・あ~笑った・・・お腹痛くなったよ・・・キョーコちゃん…そろそろ離してくれる?」
しかし、キョーコはその言葉に従おうとはしなかった。
「やだ!・・・離しちゃったら・・・コーン・・・私の側に来てくれなくなる気がするんだもん!」
「・・・・・そ・・」
「そんなことある!!」
「・・・・・・・・じゃあ・・・なんであの時・・・アイツの名前・・・呼んだの?」
「・・・え?・・・・」
先ほどまで爆笑していたとは思えないほど、冷静に沈んだ声の蓮をキョーコは何度も瞬きをして見つめた。
「・・・どうして?」
そんなキョーコに、蓮は深く冷めた視線で問い詰めた。
「そ・・れは・・・・」
その視線の痛みに耐えながら、キョーコは蓮の体に回した手にギュッと力を込めた。
「・・・・わからない・・・ただ・・・コーンを止めたかったの・・・・こわ・・かったから・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「もしかしたら・・・ショー・・あのバカを・・・とか思って・・・そんなの絶対ダメ!って・・・コーンがそんなことする必要なんてないって思って・・・だから・・・だから!アイツの方に叫んだわけじゃなくて・・・・私・・・何言ってるんだろう・・・違う・・そうじゃなくて・・・えっと・・・」
混乱してきているキョーコを宥めようと、振り返りながら腕をキョーコに回そうとした時おずおずと顔を上げ見つめてきたキョーコの言葉に蓮は固まった。
「…届かない・・気がしたの・・・・私の・・声が・・・」
「・・・・・・え・・・・・」
「・・・こわかったの・・・コーンが知らない人みたいで・・・私のことも知らないみたいで・・・コーン!って呼んでも振り返ってくれないような気がして・・・怖くて・・・名前を・・・呼べなかった・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」
「部屋を飛び出していった時には、勢いで呼べたけど・・・アイツを締め上げていくコーンが・・・・だんだん・・・苦しそうにしているショーちゃんを見て、笑っているような気がして・・・怖くて・・・」
「!!・・・・・・・っ・・・・」
蓮の頭から血の気が引いて行った。
(まさか・・・いや・・・でも・・・・)
あの激情に突き動かされていた時、蓮の心は確かに愉しみを得たように跳ね踊っていた。
それに冷や水を浴びせたのは、キョーコの声だった。
尚の名前を呼んだことで、感情が別の方に動きあれ以上のことをせずに済んだのだ。
そのことに今更ながら気付かされ、蓮は愕然とした。
体が硬直した。
アノ時と同じ冷たいコンクリートの上で立ち尽くした感覚が、まざまざと蘇ってくる。
(・・俺は・・・・・また…繰り返すのか?)
呆然としたまま意識の海に沈み始めた蓮の顔は薄暗く、キョーコまでゾクリと寒くなって身を固くした。
(・・・忘れない・・・アノ事は何があっても・・・・そう誓ったのに・・・また繰り返すのか?!・・・大切な人を見つけたのに?!)
ノロノロと視線を落とすと、青い顔をして見上げてくるキョーコを視界に捉えた。
小さなその肩が小刻みに震えて、それでも蓮の体に回された腕を解くことなしがみついたままだった。
そこから伝わってくる温もりが、先ほどよりも冷たくなっているような気がして蓮はぎゅっと眉間に皺を寄せた。
すると、その表情を見たキョーコが青い顔をさらに哀しそうに歪めた。
(違う・・・この子を・・・そんな顔にしたくて一緒にいるんじゃない)
蓮はキョーコの体をぎゅっと抱きしめた。
「・・・もう・・・君と離れるなんて・・・二度とごめんなんだ・・・」
小さく落とした言葉に、キョーコがビクリと体を震わせた。
そのことに少し胸が痛んだが、キョーコが今どんな表情をしているか考えないようにして言葉を紡いでいった。
「自分たちのためだなんて言いながら・・・俺は自分を守るために君から離れた・・・・あの時、本当に後悔したんだ」
蓮の言葉がキョーコの肩に吸い込まれていっているかのように、言葉を落とすたびにキョーコの体から緊張が無くなっていった。
「もう・・・二度と君を離さない・・・そして・・・俺以外の誰にも・・・触らせないで?・・・キョーコちゃん・・」
こんなに大きな体をして、まるで駄々っ子だな・・・そんな風に自虐しながらも、心から思っていることを口にすると崩れかけていた足元が何とか保てた。
それはきっと、キョーコが踏ん張って蓮を抱きとめていたからだ。
離れそうになって、不安になって、落ち込んでいるのにキョーコはがっしりと掴んで離さないと叫んでくれた。
蓮は、自分の我が儘なお願いに花がほころぶように笑うキョーコにゆっくりと唇を寄せたのだった。
***********
ドサッ!!
大量のスコアが部屋の床に舞うのを、祥子は驚きながら慌てて拾った。
「どうしたの!?尚!」
部屋に戻ってきた途端、小さな部屋の机で曲を書き出した尚は完成した束を床に叩きつけた。
「これ、コピーしてスタッフ全員に渡して」
「ええ!?で・・でも・・・・この間書いた曲を盗まれたばかりよ?・・・スタッフ以外入れていないスタジオで・・・・・」
「だから、盗まれても大丈夫な曲にしたんだよ・・・・早くして?・・・最後までキッチリコピーしてよ?」
「う・・・うん・・・わかったわ」
祥子は一抱えあるスコアを持って部屋を飛び出していった。
バタン・・・っと扉が閉まると、尚はベッドに倒れこんだ。
「っはあ・・・・・・・」
瞼を閉じるとまざまざと浮かび上がる、庇うように立ちはだかったキョーコの背中。
そして、部屋の扉が閉まる一瞬に見えた蓮に抱き着くキョーコの背中。
光と影。
「っくそ!!」
尚は握りこぶしを額に当てた。
もう片方の手で胸元をくしゃりと握りつぶすと、ムクリと起き上ってまた真っ白なスコアに向かって♪を書き殴り始めた。
「・・・・責任は・・・本人に取ってもらわなきゃな?」
少し赤くなった喉をさすりながら、尚はそう呟いていた。
65へ