†Marriage end blue 11
水が跳ねるのと同時に、観客から歓声が上がった。
キョーコも瞳をキラキラさせて、同じように歓声を上げているのをクオンは目を細めて眺めていた。
水族館に到着してすぐに、イルカのショーが始まるということで急いでアクア・ホールへ向かった二人はあっという間にイルカたちが織り成す世界に引き込まれた。
細かな芸をするアシカや、迫力あるイルカの動きだけじゃなくコミカルな会話を挟んでくる飼育員とのやり取りも楽しくキョーコは興奮を抑えられなかった。
「っはああ~~!可愛かった!すごかった~!!」
ショーが終わり、通常の観覧ルートに戻ってもキョーコはホクホクと笑顔のままだった。
「夕方にまたあるから・・・それを見て帰る?」
「うん!・・・あ・・・・・・や・・・・っぱり・・いい・・・・」
「え!?」
つい返事をしてしまったキョーコは、クオンの姿を確認した途端テンションを下げた。
「遅くなると・・・夕食が・・・」
「今日は食べて帰ろうよ・・・せっかくデートしに来てるんだし」
「デっ!?・・・・トじゃないから!勝手に連れてこられただけですから!」
さらりと言ったクオンに対して、キョーコは真っ赤になって反論すると舌を出しながら走り去った。
「あっ!・・・・・ったく・・・・」
ほどほど混雑している室内で、キョーコは器用に潜り抜け水槽の前に行ってしまった。
クオンは髪をかきあげ、ため息をつきながらキョーコの元へ向かおうとした。
ところが、突然横から女性がドンっとぶつかってきた。
「すみません!!」
「いえ・・・こちらこそ」
真っ赤になって謝る女性は、友人たちだろうか女性数人の方を恨みがましそうな顔で見ていた。
「すみません!このっ子たらおっちょこちょいで・・」
「もう!危ないでしょ?!」
ニコニコと言い訳する友人に、どうやら突き飛ばされた女性は何だか嬉しそうに友人をポカポカと叩いていた。
「お怪我とかありませんでした?」
「え?…ああ・・大丈夫です…じゃあ・・俺はこれで・・・」
キョーコが人混みに消えてしまわないように目で追っていたクオンは、どんどん近づいてくる女性たちに笑顔を作って会釈をしてその場を離れようとした。
だが、すぐに腕をガッシと掴まれて引き留められた。
「あの!よかったらお茶しませんか?!ここの喫茶ルーム、壁が全部水槽なのでとってもキレなんですよ?!日本語お上手ですし・・・もっと話を・・」
そこまで言われてクオンはようやく、自分がナンパされていることに気付いた。
「いえ・・・連れがいますから・・・」
するっと掴まれていた腕を外し、慣れた動作で残念がる女性たちから離れた。
しかしその時には、もうすでにキョーコの姿が見当たらなくなってしまった。
クオンは小さく舌打ちをして、辺りを見渡した。
茶色のフワフワしたショートの女の子を見つけるたび追いかけて、顔を覗き込む。
人違いをされた方は、無駄にクオンの存在に気づき顔を赤く染めていくがキョーコではなかったことに落胆するクオンはその事にまったく気付かなかった。
館内を探しながら歩いている内に、いつの間にか出口についてしまっていた。
出口手前にあるお土産屋さんの中にいないか入ってみても、キョーコの姿はなかった。
ため息をついて、そこを立ち去ろうとした時、クオンの目に留まるものがあった。
**************
(っはあ・・・・人多いな・・・)
つい意地を張って、クオンから離れ一人大水槽の前に佇んでいったいどれくらいたつだろうか。
ゆったりと水の中で漂う魚たちを眺めている内に、キョーコは冷静になってきた。
基本的に意地悪な面ばかり見ているキョーコだったが、近ごろクオンは以前ほど怖くなくなってきていた。
意地悪はまだあるものの、お弁当をもらっていくときは必ず礼を言ってくれる。
きちんと完食してきてくれる。
帰りが遅くなったら、朝には洗った弁当箱がダイニングテーブルに置かれていたりした。
当たり前のことだが、つっけんどんにしか相手をしないキョーコにちゃんと敬意を払っているのはわかった。
(思ってたよりも・・・悪い人じゃ・・ないのかな?)
ようやくキョーコは顔を水槽から背後へと移した。
(あ・・・・)
するとなかなか来ないと思っていたクオンが、女性たちに掴まっているのを発見した。
腕を組まれてもなかなか外そうとしないクオンに、キョーコは一気に苛立ちを覚えた。
(ふん!!どうせ男なんてあんなキレカワな女の人がいいのよ!・・今頃、私と結婚したことを後悔してるんじゃないかしら?!)
それ以上その光景を見ていられなくて、キョーコはまた走り出していた。
(何よ!人の唇何回も奪っておいて!人生をめちゃくちゃにしておいて!!)
ズンズンと先に進むキョーコは、少し脇に逸れたところにある深海魚コーナーに入り込んだ。
中は小さなドーム状になっていて、深海の環境と似せるためなのか暗めの赤い色ライトで展示されている魚介類たちが不気味に光っていた。
しかし今のキョーコには落ち着ける場所らしく、息を吐くと部屋の隅っこにあるソファーに腰を下ろして展示物を遠目に眺めた。
クオンはキョーコがそんなところにいるとも知らずに、深海魚コーナーを通り過ぎて行ったがそれにキョーコが気付くことはなかった。
しばらくそこに居ても、クオンが来る気配はなくキョーコはため息をついてそこから出た。
(・・・私・・・何やってんだろう・・・・)
そう思った瞬間、直ぐそばに人の気配がした。
慌てて顔を上げると、中年の女性が息を切らしてキョーコと入れ替わりで中に入っていった。
すると中にいた少年に怒り始めた。
「もう!こんなところに隠れてたの!?もう帰るのよ!?」
「やだあ!!まだ見る~!!」
「ダメ!次の予定もあるし・・・パパも待ってるの!」
「・・・・は~・・い・・」
駄々をこねてドームから出ていく少年の背中を見つめ、キョーコは顔を赤くした。
(・・・私・・・子供だ・・・)
先ほどまでの行動が、酷く子供染みていると感じてきたキョーコはようやくクオンを本気で探し始めた。
(そうだよ!別に一生一緒にいるわけじゃないし・・・あの人がどんな人と一緒にいたって構わない・・・・そうそう、子供だけ産んじゃえば・・・・・・・・・・いやあああ!そこが一番の問題でしょうキョーコ!!ちょっと感覚鈍ってきてない!?)
一人思考の渦に漂いながら歩いていると、人混みの中で一組のカップルに目が留まった。
そのカップルの男もキョーコの姿に気が付いた。
「げ・・・キョーコ・・・」
「ショー・・・ちゃ?・・」
尚は酷く嫌そうな顔でキョーコを見ると、すぐに顔を背けた。
「なんでこんなところにまでいるんだよ・・胸くそ悪い、帰るぞ」
「え!?ちょ・・・なんなのあの子?!帰るって、今来たばっかり・・・」
一緒に来ていた女性が困惑していると、尚の顔がさらに不機嫌になった。
「じゃあ、アンタだけいれば?俺は帰る」
「ええ!?・・・ちょっと~」
女性はキョーコをギッと睨んだ後、尚の後を追って駆けて行った。
その場に残されたキョーコは、服の裾をぎゅっと掴んで立ち尽くすしかなかった。
「見つけた」
「!?」
そんなキョーコの重たくなった頭を、大きくて温かな手が後ろから伸びて来てぐいっと早い鼓動を打つ胸元に引き寄せられた。
「クオっ!?」
「急にいなくなるなっ・・・・心配する」
クオンの少し荒い息遣いも、早い鼓動もキョーコを探すため館内を駆けずり回った証のように思えキョーコの目頭が不意に熱くなった。
「ご・・・めんなさい・・・」
涙をグッと堪え、小さくそう呟くとクオンの手がポンポンと頭を撫でた。
「珍しく、素直」
「っ!べっ別にっ・・」
「素直だったご褒美・・・はい」
頭を抱えていたクオンから、ぐいーっと腕を押して離れたキョーコにクオン笑顔で水族館のロゴが入った小さな袋を差し出した。
「・・へ?・・」
「まあ・・・今日の思い出ってやつかな?」
もらった物を確認するべく、キョーコは恐る恐る開けてみた。
「わ・・・・かわい・・・」
それはシャープペンで、本体の部分が水槽をイメージしているのか水と浮きを付けたイルカが入っていてユラユラと泳いでいた。
キョーコはそれをとても嬉しそうに眺めた。
それを見たクオンは、顔が緩んでくるのを止めるんべく咳払いをした。
「っんん!・・・あ~・・・まあ・・これで勉強にも一層身が入るだろ?」
「うん!ありがとう!」
キョーコは思わず素直に礼を言っていた。
その笑顔と、返事は予想外だったのかクオンは唖然とした。
キョーコも素直に礼を言ってしまったことに驚き、クオンの顔を見て一気に真っ赤になった。
「っべ・・つに!アナタに言われるまでもなく勉強ぐらい頑張ってます!」
「・・・あ・・・そう・・・じゃあ、これいらない?」
クオンが上からシャープペンを摘まもうとすると、キョーコはそれを必死に守った。
「い、いらないとは言ってません!・・・ちゃんと・・使う・・・」
キョーコは少し口を尖らせながらも、それを大事そうに袋に入れなおしカバンに収めた。
その姿に、クオンは笑顔になるのを止められずしばらくキョーコの方に顔を向けないように歩くことしかできなかった。
そんな二人の様子を、出口がわからず彷徨っていた尚が見ていたことなどキョーコもクオンも気づかないのだった。
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