なんてことない非日常 -22ページ目

なんてことない非日常

スキビ非公認二次創作サイトです。
駄文ばかりの辺境館ですが、広いお心で読んでいただける方歓迎しております。

†Marriage end blue    11





 水が跳ねるのと同時に、観客から歓声が上がった。

キョーコも瞳をキラキラさせて、同じように歓声を上げているのをクオンは目を細めて眺めていた。


水族館に到着してすぐに、イルカのショーが始まるということで急いでアクア・ホールへ向かった二人はあっという間にイルカたちが織り成す世界に引き込まれた。


細かな芸をするアシカや、迫力あるイルカの動きだけじゃなくコミカルな会話を挟んでくる飼育員とのやり取りも楽しくキョーコは興奮を抑えられなかった。



「っはああ~~!可愛かった!すごかった~!!」



ショーが終わり、通常の観覧ルートに戻ってもキョーコはホクホクと笑顔のままだった。



「夕方にまたあるから・・・それを見て帰る?」



「うん!・・・あ・・・・・・や・・・・っぱり・・いい・・・・」



「え!?」



つい返事をしてしまったキョーコは、クオンの姿を確認した途端テンションを下げた。



「遅くなると・・・夕食が・・・」



「今日は食べて帰ろうよ・・・せっかくデートしに来てるんだし」



「デっ!?・・・・トじゃないから!勝手に連れてこられただけですから!」



さらりと言ったクオンに対して、キョーコは真っ赤になって反論すると舌を出しながら走り去った。



「あっ!・・・・・ったく・・・・」



ほどほど混雑している室内で、キョーコは器用に潜り抜け水槽の前に行ってしまった。

クオンは髪をかきあげ、ため息をつきながらキョーコの元へ向かおうとした。

ところが、突然横から女性がドンっとぶつかってきた。



「すみません!!」



「いえ・・・こちらこそ」



真っ赤になって謝る女性は、友人たちだろうか女性数人の方を恨みがましそうな顔で見ていた。



「すみません!このっ子たらおっちょこちょいで・・」



「もう!危ないでしょ?!」



ニコニコと言い訳する友人に、どうやら突き飛ばされた女性は何だか嬉しそうに友人をポカポカと叩いていた。



「お怪我とかありませんでした?」



「え?…ああ・・大丈夫です…じゃあ・・俺はこれで・・・」



キョーコが人混みに消えてしまわないように目で追っていたクオンは、どんどん近づいてくる女性たちに笑顔を作って会釈をしてその場を離れようとした。

だが、すぐに腕をガッシと掴まれて引き留められた。



「あの!よかったらお茶しませんか?!ここの喫茶ルーム、壁が全部水槽なのでとってもキレなんですよ?!日本語お上手ですし・・・もっと話を・・」



そこまで言われてクオンはようやく、自分がナンパされていることに気付いた。



「いえ・・・連れがいますから・・・」



するっと掴まれていた腕を外し、慣れた動作で残念がる女性たちから離れた。

しかしその時には、もうすでにキョーコの姿が見当たらなくなってしまった。


クオンは小さく舌打ちをして、辺りを見渡した。

茶色のフワフワしたショートの女の子を見つけるたび追いかけて、顔を覗き込む。

人違いをされた方は、無駄にクオンの存在に気づき顔を赤く染めていくがキョーコではなかったことに落胆するクオンはその事にまったく気付かなかった。


館内を探しながら歩いている内に、いつの間にか出口についてしまっていた。

出口手前にあるお土産屋さんの中にいないか入ってみても、キョーコの姿はなかった。


ため息をついて、そこを立ち去ろうとした時、クオンの目に留まるものがあった。




**************




(っはあ・・・・人多いな・・・)



つい意地を張って、クオンから離れ一人大水槽の前に佇んでいったいどれくらいたつだろうか。



ゆったりと水の中で漂う魚たちを眺めている内に、キョーコは冷静になってきた。


基本的に意地悪な面ばかり見ているキョーコだったが、近ごろクオンは以前ほど怖くなくなってきていた。

意地悪はまだあるものの、お弁当をもらっていくときは必ず礼を言ってくれる。

きちんと完食してきてくれる。

帰りが遅くなったら、朝には洗った弁当箱がダイニングテーブルに置かれていたりした。


当たり前のことだが、つっけんどんにしか相手をしないキョーコにちゃんと敬意を払っているのはわかった。



(思ってたよりも・・・悪い人じゃ・・ないのかな?)



ようやくキョーコは顔を水槽から背後へと移した。



(あ・・・・)



するとなかなか来ないと思っていたクオンが、女性たちに掴まっているのを発見した。

腕を組まれてもなかなか外そうとしないクオンに、キョーコは一気に苛立ちを覚えた。



(ふん!!どうせ男なんてあんなキレカワな女の人がいいのよ!・・今頃、私と結婚したことを後悔してるんじゃないかしら?!)



それ以上その光景を見ていられなくて、キョーコはまた走り出していた。



(何よ!人の唇何回も奪っておいて!人生をめちゃくちゃにしておいて!!)



ズンズンと先に進むキョーコは、少し脇に逸れたところにある深海魚コーナーに入り込んだ。

中は小さなドーム状になっていて、深海の環境と似せるためなのか暗めの赤い色ライトで展示されている魚介類たちが不気味に光っていた。


しかし今のキョーコには落ち着ける場所らしく、息を吐くと部屋の隅っこにあるソファーに腰を下ろして展示物を遠目に眺めた。


クオンはキョーコがそんなところにいるとも知らずに、深海魚コーナーを通り過ぎて行ったがそれにキョーコが気付くことはなかった。


しばらくそこに居ても、クオンが来る気配はなくキョーコはため息をついてそこから出た。



(・・・私・・・何やってんだろう・・・・)



そう思った瞬間、直ぐそばに人の気配がした。

慌てて顔を上げると、中年の女性が息を切らしてキョーコと入れ替わりで中に入っていった。

すると中にいた少年に怒り始めた。



「もう!こんなところに隠れてたの!?もう帰るのよ!?」



「やだあ!!まだ見る~!!」



「ダメ!次の予定もあるし・・・パパも待ってるの!」



「・・・・は~・・い・・」



駄々をこねてドームから出ていく少年の背中を見つめ、キョーコは顔を赤くした。



(・・・私・・・子供だ・・・)



先ほどまでの行動が、酷く子供染みていると感じてきたキョーコはようやくクオンを本気で探し始めた。



(そうだよ!別に一生一緒にいるわけじゃないし・・・あの人がどんな人と一緒にいたって構わない・・・・そうそう、子供だけ産んじゃえば・・・・・・・・・・いやあああ!そこが一番の問題でしょうキョーコ!!ちょっと感覚鈍ってきてない!?)



一人思考の渦に漂いながら歩いていると、人混みの中で一組のカップルに目が留まった。

そのカップルの男もキョーコの姿に気が付いた。



「げ・・・キョーコ・・・」



「ショー・・・ちゃ?・・」



尚は酷く嫌そうな顔でキョーコを見ると、すぐに顔を背けた。



「なんでこんなところにまでいるんだよ・・胸くそ悪い、帰るぞ」



「え!?ちょ・・・なんなのあの子?!帰るって、今来たばっかり・・・」



一緒に来ていた女性が困惑していると、尚の顔がさらに不機嫌になった。



「じゃあ、アンタだけいれば?俺は帰る」



「ええ!?・・・ちょっと~」



女性はキョーコをギッと睨んだ後、尚の後を追って駆けて行った。


その場に残されたキョーコは、服の裾をぎゅっと掴んで立ち尽くすしかなかった。



「見つけた」



「!?」



そんなキョーコの重たくなった頭を、大きくて温かな手が後ろから伸びて来てぐいっと早い鼓動を打つ胸元に引き寄せられた。



「クオっ!?」



「急にいなくなるなっ・・・・心配する」



クオンの少し荒い息遣いも、早い鼓動もキョーコを探すため館内を駆けずり回った証のように思えキョーコの目頭が不意に熱くなった。



「ご・・・めんなさい・・・」



涙をグッと堪え、小さくそう呟くとクオンの手がポンポンと頭を撫でた。



「珍しく、素直」



「っ!べっ別にっ・・」



「素直だったご褒美・・・はい」



頭を抱えていたクオンから、ぐいーっと腕を押して離れたキョーコにクオン笑顔で水族館のロゴが入った小さな袋を差し出した。



「・・へ?・・」



「まあ・・・今日の思い出ってやつかな?」



もらった物を確認するべく、キョーコは恐る恐る開けてみた。



「わ・・・・かわい・・・」



それはシャープペンで、本体の部分が水槽をイメージしているのか水と浮きを付けたイルカが入っていてユラユラと泳いでいた。


キョーコはそれをとても嬉しそうに眺めた。

それを見たクオンは、顔が緩んでくるのを止めるんべく咳払いをした。



「っんん!・・・あ~・・・まあ・・これで勉強にも一層身が入るだろ?」



「うん!ありがとう!」



キョーコは思わず素直に礼を言っていた。

その笑顔と、返事は予想外だったのかクオンは唖然とした。

キョーコも素直に礼を言ってしまったことに驚き、クオンの顔を見て一気に真っ赤になった。



「っべ・・つに!アナタに言われるまでもなく勉強ぐらい頑張ってます!」



「・・・あ・・・そう・・・じゃあ、これいらない?」



クオンが上からシャープペンを摘まもうとすると、キョーコはそれを必死に守った。



「い、いらないとは言ってません!・・・ちゃんと・・使う・・・」



キョーコは少し口を尖らせながらも、それを大事そうに袋に入れなおしカバンに収めた。

その姿に、クオンは笑顔になるのを止められずしばらくキョーコの方に顔を向けないように歩くことしかできなかった。


そんな二人の様子を、出口がわからず彷徨っていた尚が見ていたことなどキョーコもクオンも気づかないのだった。






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§ルートX    65



 

 『夜明け前が一番暗い。』


誰かがそう言ったらしい・・・・では・・・私は今、どの辺りの暗闇を進んでいるのだろうか?



********************



キョーコは小さなメモを残して、蓮の部屋をそっと出た。


マナーモードにしていた携帯には、百瀬から心配のメールが入っていたため朝5時前だったが一応返信をしておいた。



(・・・・コーンのところにいましたって・・・解っているみたいだったけど、なんだか書き辛かったな・・)



けれど、その他の所にいた方が余計心配させそうなので正直に返した。


キョーコはそのまま部屋には戻らず、ホテルを出た。

ザクザクと朝靄の中をゆっくりと歩いた。


昨日まであんなに怖かった林が、今日は呼んでくれているような気がした。



(ううん、元々アイツらのせいで嫌な思い出になりそうだったんだから、それを払拭しなくっちゃ!!)



日が昇ってくると、朝露を纏った木々たちがキラキラと輝きだした。



(うふふ♪やっぱりここは心地いいな~)



クルクルと踊りながら木々を抜け、光に呼ばれるまま林を歩く姿は軽く通報レベルなのだが本人は気にせず林の中の妖精たちと戯れた。



(!!川の音!?)



ザーザーと微かに水の音が、キョーコのテンションを一気にあげた。

逸る心のまま木々をかき分けて、小石を蹴って進んだ先に広がった光景にキョーコは歓声を上げた。



*****************



「・・・う・・ん・・・?・・・キョーコちゃん?」



部屋に微かに響いた扉の音で、蓮は目を覚ました。

二人では少し狭かったベッドで寝返りを打ち、蓮は違和感を感じ起き上った。


ベッドに微かな温もりを残して、キョーコの姿が消えていたからだ。

蓮はさっとベッドから降りて、バスルームのドアをノックした。



「キョーコちゃん?いる?」



けれど返事もなく、ドアを開けても誰もいなかった。

部屋をぐるっと見回すと、乱雑に置かれていたものが綺麗に整頓されていた。



「キョーコちゃん・・・」



蓮の表情はドンドン険しくなっていった。

時計を確認すると5時を少し過ぎていた。

少し考えて、急いで着替えると部屋を飛び出していた。


まさかとか、もしかしてと考えを巡らせても駆ける足は止まらず一つの場所を目指していた。


ざざっと林の中を駆け抜けて開けた場所は、河川敷だった。

ホテルにあった地図を確認して、今日撮影が終わったら誘おうと思っていたのだ。



(でも、キョーコちゃんが林で襲われたなんて知らなかったし・・・わざわざ一人で危険な目にあった所にくるなんて・・・)



河川敷で大きく振り返ったり、目を凝らしてキョーコの姿を探した。

けれどそこに姿はなく、安堵したような残念なような複雑な気持ちになった。

その時だった。



「きゃあ~!!かわ~!!」



「!!」



少し離れたところから、歓声を上げるキョーコの姿が林の中から飛び出してきたのを見て蓮は目を見開いた。


そんな蓮の姿にキョーコも気が付いたのか、目を細めてじっと見つめてきた。

どうやら朝日が蓮の背後から上がってきていて、眩しいようだ。



「キョーコちゃん・・・よかっ・・」



蓮が一歩キョーコの方に歩み寄ろうと、両手を広げるとキョーコはビクリと体を揺らして胸元に両腕を持ってきて一歩下がられてしまった。



(・・・え?・・・)



その行動は、まるで野生動物の子リスのようで自分がまるで怖い存在かのように感じた。



(怖い存在・・・まさか・・・昨夜キレた俺を怖がってる?!)



けれど、その後はそんなそぶりもなかったことに安堵していたのに・・・



「キョ・・・コちゃ・・・」



もう一歩踏み出しかけて蓮ははっとした。



(もしキョーコちゃんが昨夜は我慢しているだけだったとしたら・・・朝になって、やっぱり俺とは合わないなんて言い出すんじゃ…・)



ダラダラと冷や汗を出し始めた蓮はその場に固まってしまった。


そんな蓮に気付かずにキョーコは、落ち込んでいた。



(・・コーン・・・幻滅してないのかな・・・・)



昨夜の出来事を思い返すと、キョーコは自分の思考の中で暗い場所を彷徨っているような気分になった。



(私・・・あの時どうしてアイツを庇っちゃったんだろう・・・・)



蓮に言った言葉に嘘はない。

けれど苦し紛れで言ってしまったことには変わりない。


あの時、無意識に尚を庇っていたのだ。

その行動に、蓮があきれ返ってしまっても仕方がなかったのに必死に言いつくろえばその後はいつものように深く愛してくれた。

それを返したくて、少し大胆なことをした。

それがかえって、尚を守ったことに大意は無かったと言い切れなくなってしまったのではないかとそう思えてならなかった。


蓮に優しくされればされるほど、罪悪感が募ってそれを返そうとしてしまう。

そんなキョーコに蓮はすでに気が付いているのではないか?

そう思えてきたキョーコは、いつかの時のように光を背負ってこちらを見つめている蓮に目を奪われ立ち尽くした。


『ここは、あの場所に似ている』そう思って進んできただけに、全く同じ光景を目にするまで林の妖精たちに癒された心はそれでも完全に回復したわけではなかった。

なのに、蓮の姿を見つけた途端晴れなかった心の中に一筋の光が強く差し込んできた気がした。



(外見はあの時とは違うのに・・やっぱりコーンは違うんだな・・・・)



朝日を背負い光を纏った姿は、あの時のままで・・・

こんな暗く重いものを持っている自分などに釣り合わないのではないのか・・・そう考えた時、尚に殴りかかろうとした蓮を思い出した。


血に飢えた獣のような瞳。

獲物を確実に捕える豹のような動き。


どれもキョーコが知っている蓮には当てはまらなかった。

唯一近いのは、尚との仲が戻ったのではないかと疑われた時の嫉妬に満ちた表情だがそれでもあの時ほどの恐ろしさはなかった。



「キョーコちゃん・・・よかっ・・」



だから蓮が一歩近づいた時、思わず一歩退いてしまった。

その時見せた蓮の傷ついた顔に、キョーコの胸も傷がついたように痛んだ。



(どうしよう・・・こんなところまで来てくれたのに・・・ううん・・もしかして、ここまで来ないと言えないようなことを言いに?)



とうとう引導を突きつけられるかもしれない。

そう感じ取ったキョーコは、体を小刻みに震わせた。



(・・・っ・・いやだ・・・いや・・・・いや!!)



じわっと目頭が熱くなってくると、蓮の顔をまともに見れなくなってキョーコは俯いた。

小さな声で名前を呼ばれ、そろっと顔を上げると蓮も絶望的な表情をしていることに気が付いた。



(・・・どうしよう・・このままじゃ・・)



キョーコはぎゅっと目を瞑った。



「キョーコちゃん!」



「!」



途端、蓮から大きく名前を呼ばれキョーコは反射的に顔を上げていた。

視線が絡み、二人は同時に口を開いていた。



「来て!キョーコちゃん!!」



「コーンの側に行ってもいい!?」



「「・・・・え?」」



ポカンと一瞬したものの、思わず噴き出した二人はお互いを目指して走り出していた。

キョーコは勢いのまま蓮に飛びつき、蓮もそれを抱きとめた。



「ごめん・・・ごめんね・・コーン・・」



「え?」



「・・・私・・・嘘言ってた・・・」



少しくぐもった声なのは、蓮の胸に顔を押し付けているからなのだがまるで泣いているような気がして蓮は困惑の表情でキョーコの顔を覗き込んだ。



「・・うそ?・・」



「・・・・コーンのことを思って二人の間に入ったのは本当・・・だけど・・・咄嗟にアイツ・・・ショーちゃんを庇っていたのは無意識だったの・・・そこに昔の想いがあったのか・・正直わからないの・・・」



「え・・・・・」



キョーコは、ぎゅうっと蓮のシャツを握りしめた。



「・・・それから・・・私は・・まだアイツを・・・!?」



そこまで言いかけると、急に蓮がキョーコをきつく抱きしめた。



「コっコーン!?」



「俺のことを怖がってもいい・・・だから・・・俺から離れて行かないでくれ」



「コーン・・・あのね?そうじゃなくて・・・」



「アイツのことを想っていてもいいから!」



「そうじゃなくて!!私、まだアイツを倒したいって思ってたの!・・・・以前、ショーちゃんのことをもう恨んでないとか言っていたのに・・・私、まだアイツにこだわっている心が残っていたの・・・」



「・・・え?・・・・・」



蓮は、申し訳なさそうに見上げるキョーコをマジマジと見つめた。



「本当にごめんなさい・・・嘘・・・ついて・・・」



しょんぼりとするキョーコに、蓮は一気に力が抜けていくような気がした。



「・・・・そっか・・・そう・・なんだ・・・」



ぽそりと呟いた言葉に、キョーコが涙目になった。



「やっぱり・・・幻滅したよね!?もう、呆れ返っちゃたよね!?・・でも、私・・コーンと別れたくないからね!?あの時はこのことをコーンが知らなかったから、別れないって言ってくれたのかもしれないって思い始めたら・・・もうずっと暗い所を歩き回っているような絶望的な気分になってきて・・・」



ぼろぼろと涙を落とし始めたキョーコの背を、蓮は優しく撫でさすった。

そして大きくため息をついた。

そのため息に、キョーコは肩を震わせたがそれさえも蓮は優しく宥めた。



「俺言ったよ?『君とは別れない』って・・・」



「・・・うん・・・でも・・・こんな優柔不断な私・・・」



「・・・俺にはまだ君に教えていない一面があるの・・・気付いているよね?」



「!・・・・・」



「・・もし、君がそれを知って俺から離れようとしても俺は・・・君を引き留めるために手段を択ばない・・・その反対で、君が不破を好きだった気持ちを取り戻しても・・・きっと・・君を手放さない・・・もう・・・俺には君が唯一の存在なんだ」



「・・・唯・・・一?」



キョーコが鼻を鳴らしながらもそう聞くと、蓮は申し訳なさそうに苦笑した。



「そう・・・君が、俺の希望なんだ」



「希望?」



「そう・・・きっとこれから・・・君は俺の希望になる・・・そんな気がする」



「・・・気・・がする?」



「あれ・・・だめ?」



「・・・・・ううん!私も、もうショーちゃんに心を動かされることなんかない・・・気がする」



「・・・・そこはもう少し気合を入れて欲しいような・・・・」



二人は抱きしめあったまま、しばらくそんな会話を繰り返していた。

その姿を林の中に住んでいるであろう妖精たちが、微笑んで見ているかのように朝日を浴びた葉をサヤサヤと揺らしていたのだった。




66へ



≪うっかりの思い付きです。

久しぶりに無理やり一話で押しこめました。

長くて読めない(表示されない)という方は、ご一報くださいませ。


ユンまんまでした。≫






§恋は駆け引き!!?





  「君が好きだ・・・・アイツを忘れて・・・・俺のモノになってっ・・!」



ゴトン!!


お風呂上り、頭をタオルで拭きながら麦茶を飲んでいたキョーコは小さなコタツの上にその湯呑をひっくり返して呆然とした。



(びっ・・・びっくりしたああ!!!)



キョーコは一点を見つめて、その声の正体を確認した。

部屋にあるテレビをつけていたところ最近巷で話題のドラマが、先週分までのダイジェストを特別枠で放送していたのだ。


当初の予定よりも一気に視聴率が上がったのは、主演である敦賀 蓮のラブシーンがあるという理由だけではない。

恋を駆け引きしながら、五角関係までもつれつつラブコメディーという少しコミカルで見やすいように撮られているドラマだったため中盤頃から視聴率が30%後半になりつつあったのだ。


残り2話になったことで、急遽ダイジェスト放送をしているらしい。


キョーコも事務所の大先輩だから、という理由をこじつけて心の奥底でひっそりと想っている蓮のドラマを録画して何回も見ていた。

その度、彼の口から飛び出してくるキザな言葉で台詞とわかっていても赤面して悶えなければならなかった。



(…これがつい最近まで恋の演技に悩んでいた人・・・なのかしら・・・)



必死に別の男のところに行こうとしている女性を引き留める蓮の表情は、見ているこっちまで息を詰めてしまうほど思いつめたものになっていた。



(大体・・この人[役]が悪いのよね・・・・好きな人に彼氏がいたけど近づくために、その彼女の友人と恋人になって彼女に自分の存在を知ってもらって・・いる間に、自分の友達に彼女が彼氏と別れた途端取られちゃって・・その友人に別の彼女ができればいいからって、ずっと彼の友人に恋していた女の子を巻き込んじゃうっていう・・・・・)



改めてこのドラマの相関図を頭に思い描くと、蓮の役は随分酷くヘタレているようにしか思えなかった。



(・・・・・まあ、敦賀さんはこんなめんどくさいことなんかしなくてもアノ似非笑顔で微笑めばどんな女性も目を奪われてアノ神々スマイルでノックアウトできるから)



便利よねっ・・・と、キョーコはこぼれたお茶を台拭きで拭いながらブツブツと口を尖らせた。




***********



「ふっ・・・・ぁっくしゅ!」



「まさか風邪か!?蓮」



「いえ・・・・大丈夫です」



心配そうにしている社に、蓮はにっこりと笑顔を返した。



「大丈夫ですか~?!敦賀さん~~」



そんな二人の間に少し鼻にかかった甘い声で、先ほどまで共演していた女優が心配そうに走ってきた。



「ええ、大丈夫です」



「ええ~?ミサ心配~~看病したいな~?」



蓮の腕を掴んで、甘えるように両手でブンブンと小さく揺さぶる女優の手をスルりと外した蓮は申し訳なさそうに苦笑した。



「もしうつしてしまうと、明後日の打ち上げ出れなくなってしまいますよ?」



「いい!敦賀さんの風邪なら喜んでもらっちゃう!」



「貴女が打ち上げに来られないと悲しむ人も多い・・・・・・・あんまり・・俺を困らせないでください・・・ね?」



ドザー・・・・社が口をパカリと開けて砂を吐き出していることなど知らずに、その女優は目をトロンと落とし頬を染めてコクリと頷いた。


そして笑顔で去って行った。

去りながらもラブ光線を送ると共に、手を振り続ける女優に蓮は笑顔で手を振りかえした。



「・・・・お前・・・・本当にダメダメだよな・・・キョーコちゃんにだけ」



「え!?・・・なんでここで急にそんなことを・・・」



その女優さんがいなくなった途端、社にそう言われ蓮はビクリと肩を揺らした。



「だって・・・この間、食事に誘ったんだろ?」



「・・・・・ええ・・・新ドラマの打ち合わせの後・・・」



「なんて言って断られた?」



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・『恐悦至極痛み入ります、ので辞退させていただきます』って・・・・矢のような速さでいなくなりましたよ・・・・・」



遠い目で生気を失った蓮の目が、果てない先を見つめているのを社は憐れんだ表情で眺めた。



(キョーコちゃんって・・・どうしてあそこまで蓮を畏れるんだ?)



尊敬もしているし、崇め奉っているし・・・最初が険悪だっただけに畏怖するのもわかるけど・・・食事に関してはしっかり蓮を叱るぐらいだからそこまで怖がっているなんてこと・・・・・・・・。


社はそこまで考えて、ハタ・・・と止まった。



「蓮・・・」



「え?・・はい?」



彼方に飛んでいた意識を呼び戻し、振り返った蓮に社は険しい表情をした。



「お前・・・もしかして、キョーコちゃんに恋の駆け引きのつもりで怖がるようなこと・・・したんじゃないのか?」



「え?・・・・駆け引きなんて、そんなこと・・・・・・・・っ!」



そこで蓮は、はっとした。



(いやっ・・・ちょっと待て・・・・もしかして・・・・)



自分の動揺を誤魔化すためにキスを迫っておいて、そんなことするわけないと言い訳をしたことや。



(や…あれは・・・動揺しすぎていて自分でも気が付いたら誤魔化すのに必死だったし・・)



うっかり手を出しそうになって、キョーコの気遣いを利用して膝枕を所望したことや。



(いや・・・それは、彼女の表情を見てなんとか思いとどまって俺としてはあそこは褒めるべきところだし・・・結局寝顔を見られたと泣いてミノムシになっちゃってたけど・・・)



不破に牽制するために、キョーコの腰を抱きながら礼を述べたことや。



(いやいや・・・あんなの彼女の記憶にすら残っていない・・・)



『いますぐどうにかしようか?』発言とか。



(・・・・あれは・・・・逃げるよな・・・・・)



出会って初っ端から脅して、怖がらせたことや。



(・・・・・・・・・・・・・)



感情の赴くままに、キョーコ・・・ではなくセツの姿をしたままの彼女を押し倒して、もう一歩で服をひん剥いちゃうところだったとか。



(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)



無意識に駆け引きを楽しんでいるような行動をしていたことに気付き、蓮は青ざめた。



「・・・・・・・・・・俺・・・・最低かもしれません・・・・・」



「え?…蓮君?」



ズドーン・・・と落ち込んでいる蓮に、言い出した社はキョトンとするばかりだった。




***************



「っはあ・・・・緊張する・・・」



蓮と久しぶりの共演できる新ドラマのクランクインの日、撮影スタジオの入り口でキョーコは大きなため息をついた。


昨日のダイジェスト版を見ただけで、顔がにやついて元に戻すまで時間がかかったのに一緒の現場など

うっかり見られて流動的に自分の気持ちが知られてしまったら・・・・そう考えるだけで



「怖いっ!」



「・・なにが?」



ガクブルと震えているキョーコの後ろから、蓮が声をかけると悲鳴をあげられ飛び上がった。

そのキョーコの行動に、肩に手を置こうとしたままで蓮は固まった。



「あっ・・敦賀さんっ!お、おはようございます!!」



「・・・・おはよう・・・・緊張・・・してるの?」



引っ込みつかない手を握りこぶしにして、無理やり笑顔を作った。

そんな蓮に、キョーコは一瞬視線を合わせたがすぐに俯いた。



「あ・・・はいっ・・・いつも・・初日は緊張がすごくて・・・・」



「そっか・・・・でも、その緊張をいい方に変えるのも役者としては必要なことだよ?」



「っは、はい!!」



何とか落ちかけている自分を鼓舞し、キョーコに助言をしたかいがあってか久しぶりに笑顔を返してもらった。



「・・・・・・・蓮君・・・小さな幸せはどんなに寄り集まっても、一瞬で粉々になっちゃ意味ないだろ?」



先ほどまでのやり取りを見ていた社は、緊張を解くために笑顔を交わした直後蓮の側からあっという間に離れて談笑してしまい、そのまま撮影が始まれば絡みが少ないためキョーコとはまったく話せないまま早3時間経過してしまって落ち込む蓮にそう声をかけた。



「・・別に…粉々になってなんか・・・」



モゴモゴと口の中でぼやいていると、機材のセッティングを変えることになりその時間休憩となった。



「お疲れ様・・もが」



「お疲れ様!敦賀くん!!」



「蓮さんお疲れ様です!!」



キョーコに声をかけようと一歩踏み出したところ、他の女優たちに阻まれてしまった。

そんな蓮をキョーコが振り返ってじっと見ていた。

その視線に気付き、笑顔を作ろうとしたのだがフイっと顔をそらされてしまい他の共演者数人と共にスタジオを出て行ってしまった。



(最上さんが挨拶もなしに・・・・)



まるで見せつけるように女性たちを侍らせているように見えたのかもしれない・・・蓮は適当に女性たちをあしらって早足でキョーコに追いついた。



「最上さん!」



「え?敦賀さん?」



キョーコはケイタリングのランチを、プレートにバランスよく盛っている途中で急いでやってきた蓮に驚いていた。



「あ・・・お昼どうしようかと思ってたら、ケイタリングが来てるって教えていただいて・・・敦賀さんが雲隠れしちゃう前に急いで取ってこようと思って・・・」



挨拶もしないですみません・・・と、頭を下げるキョーコに蓮は立ち尽くした。



「あ・・・ああっ・・・そうだったんだ・・・いや・・うん・・・別に挨拶ぐらいで怒ったりなんか・・」



「でも、以前挨拶は基本だって・・・」



(・・・そうだった・・・あの時も追いかけて、追い詰めて・・・・・もしかして・・俺はもう・・あの時から?)



彩りよく盛られたプレートを見たまま険しい表情で立ち尽くしている蓮に、キョーコは首を傾げた。



「あ・・の?・・・敦賀さん?」



心配そうに見上げるキョーコと目が合った蓮は、弛む頬を止めることなどできなかった。



「俺のために急いでくれたのに・・怒れないよ?・・・ありがとう、最上さん」



極上の神々スマイルを直射されたキョーコは、凍りついた。

瞳孔まで開きかけた瞳を見開き、口元を歪ませ、蓮のために持ったプレートをカタカタいわせてキョーコは蓮の笑顔に耐えた。



(ぎゃああああ~!!やめて!!不意打ちだけは!!!)



心の中で絶叫しているキョーコを無視して、先ほどまでの落ち込みなど存在していなかったかのように蓮は上機嫌でからのプレートを一つ持った。



「じゃあ、最上さんも一緒に食べよう・・俺がよそうよ、何食べる?」



トングを一つ掴んで、カチカチと鳴らす蓮にキョーコは恐縮しながら断ろうとしたがそれは全く聞き入れられなかった。


その後社とも合流して、三人でいつものように食事を取りいつものように会話をして初日の撮影を終えるころには蓮の機嫌がV字回復していた。



「・・・・わかりやすいっていうか・・・・・これでよくキョーコちゃんにバレないよな?」



控室で着替えている蓮に、カーテン越しから声をかける社はため息をワザとらしくついた。



「・・・・・そんなに・・・わかりやすいですか?」



カーテンを押しのけて、着替え終えた蓮は困惑の表情だった。



「ああ、なんでバレないんだろうな・・・・そんなにキョーコちゃんってお前のことに興味ないのかな?」



ズドンと蓮の上に『興味ない』の文字が乗った。



「それとも、そもそもそんな対象じゃないとか?」



『対象じゃない』もその上に重く乗った。



「まあ、蓮のことを手のかかるお兄ちゃんとしか思ってなかったりしてな?」



ドドンっと『手のかかるお兄ちゃん』までも乗ると、蓮はその重みに潰されそうになった。

そして小さくため息をついた。



(・・・・何だかんだで…『そう』なんだろうな・・・・)



今日のことを思い返しても、キョーコの一挙手一投足により振り回されているような気がしてならない。



(これじゃ…まるで俺の方が駆け引きされているな気がする・・・)



乱れた髪をさらにくしゃくしゃと乱していると、控室の扉が軽やかにノックされた。



「はい?」



「最上です」



社の返事に、キョーコが扉の向こうで答えると蓮はさっと動いて扉を開けた。



「お疲れ様」



「お疲れ様でした!」



「・・・今日、この後は?」



「あ・・・事務所に戻らないといけなくて・・・・」



「そう・・ちょうど良かった、俺たちも事務所に戻るから一緒にいこうか」



「・・・はい!」



(・・・それでもいいか・・・・)



蓮は、目の前で花のように笑うキョーコにクスリと微笑んだ。



君が笑って、側にいてくれるなら・・・恋の駆け引きで振り回されるなんて、この上ない幸せだよ。

そう思っているのは、きっと俺だけだろうけどね?





end