なんてことない非日常 -21ページ目

なんてことない非日常

スキビ非公認二次創作サイトです。
駄文ばかりの辺境館ですが、広いお心で読んでいただける方歓迎しております。

§アラビアン・ナイトは眠れない    2




 一人の娘が、暴君である王様から村の若い娘を守るため彼の妻になり夜伽を千夜と一夜かけて物語を語り聞かせ善き夫・善き王にさせていくお話。


でも、娘が本当に助けたかったのは村のたくさんの娘じゃなくて心に深い傷を負った王様だったんじゃ・・・ないのかな・・・・・・




*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆



京太の申し出により、蓮の残業は毎日でしかも帰りも京太と飲んだり食事をしたりで告白してくる女性たちを構うことなどできなかった。

そのうち、社や営業を主にしている貴島なども混ざってきて男数人でワイワイと残業や飲みに行くうちに女性たちは声をかけることができなくなっていた。



「京太!これもよろしく」



「うっ・・はい!」



京太の能力を見越して少し多めの仕事を渡すと、少し引きつりながらもやる気を見せる姿に蓮は目を細めた。



「京太、頑張るよな~」



いつしか呼び捨てになっているのは蓮だけではなかった。

ちょこまかと小さな体で人の倍以上働く姿に、同僚たちは親しみを覚えていた。



「・・・・京太ばっかりずるいっすよ・・・俺もできます!」



「村雨・・・じゃあ、これを頼む」



京太と同期で少しだけ早く入っていた村雨は、京太ばかり構われることに少し苛立ちを感じていたが蓮たちは分け隔てなく新人教育をしていたためそこまで仲が悪くなることなどなかった。

むしろ二人で伸ばしあってくれるので、成長スピードが格段に良く蓮と社は舌を巻いていたほどだった。



「敦賀主任、この資料取りに行ってきます」



先ほど渡した書類作成に必要な資料を取りに行こうと立ち上がった京太に、蓮はストップをかけた。



「俺も行く」



「僕が取ってきましょうか?」



「・・・・少しぐらい休憩させろ?」



真剣な目で見上げてくる京太の頭を丸めたペーパーで、ポコンと叩くと目を見開いていた京太は納得したように笑って頷いた。



「・・・本当に休憩するんですね?」



資料倉庫の片隅に置いてあるソファーの上に寝そべった蓮を見て、取り出した資料を抱えたまま京太は苦笑いした。



「・・・ん・・・15分経ったら起こして」



今二人が手掛けているのは、少し大きなプロジェクトで京太が新人のため負担の大半は蓮にかかってきてしまっていた。

お疲れモードの蓮の寝顔を垣間見ながら、キョーコは申し訳なく思った。



(いくら女の子たちから守るためとはいえ・・・)



就業中は休む間もなく、自分に付き合わせて残業後深夜まで飲んだりしている毎日。

キョーコでさえも少し疲れが出て来ているのに、責任がある蓮の疲労は計り知れなかった。


京太は上着を脱ぐと、そっと蓮の上にかけてやった。



(・・・・女性らしい体系じゃなくて良かったなんて・・・こんな時にしか思わないけど、良かった・・・)



少しストレッチのきついタンクトップのお蔭で、なけなしのバストはあっさり潰れてしまっているためスーツのジャケットを脱いだくらいじゃ女の子だとは分からなかった。


悲しい現実に凹みながらも自分の探していた書類を見つけ出すと、一息ついた。


就業後の少しまったりとした時間。

資料倉庫はさらに静かで、京太も連日の無理が祟ったのか小さな机の上に突っ伏して眠り始めてしまった。


きっと就業中なら、核の二人がいないことで血眼になって探し始めるのだがしばらく経っても戻ってこないと貴島が先に痺れを切らした。



「今日は俺、帰るわ」



「え?・・・そう?・・・二人とも遅いな・・・」



社が心配そうに時計を見ていると、一区切りついて伸びをしていた村雨が帰る貴島に挨拶をして振り返った。



「資料倉庫ですよね?また、二人で白熱しているんじゃないんですか?今日は俺もこれで帰りますね?社さんもたまには休まないと・・・あの二人の体力は化けもんですよ」



「ははは・・そうかもな~・・・んじゃ、一応蓮に帰る旨をメールしておくか・・・よし!じゃあ、俺も・・」



社はメールが終了すると、手袋を外してカバンを持った。



「前から思ってたんですけど、その手袋なんですか?」



「ああ・・・これ?・・・俺が触ると機械系が全部クラッシュしちゃうんだよね~」



「まじっすか?!特殊能力としていけるんじゃないんすか?」



「・・・・・・・・そう・・は、思わないよ」



企画営業課に置かれたままの蓮のカバンから、社のメールが着信したバイブ音がしても話しながら帰ってしまった二人には全く聞こえていなかった。



****************



「うっ・・・ん?・・・・・・ふあ~・・・よく寝たな・・・」



蓮はソファーの上で伸びをした。

近頃の疲れは心地よかったが、やはり体は酷使していたということだろう。

ムクリと起き上ると、自分に見慣れないジャケットがかけられていることに気付いた。



「誰のだ?」



それを剥がして自分を起こすはずだった人物を探した。



「クス・・・自分が寝ててどうするんだよ」



笑いながら、椅子に座って机に突っ伏している京太に歩み寄った。

自分にかけられていたジャケットを、京太の背中にかけて返してやった。



「さて…何時かな?・・・・・!?」



蓮は小1時間も寝ていないだろうと思っていた。

だから、腕時計を見て絶句した。


午前2時を少し過ぎていたからだ。


就業後すぐからだったため、5時間以上ここでうたた寝していたことになる。

もう、うたた寝の域ではない。本気寝だった。



「おい、京太起きろ」



まだ眠っている京太の肩を掴んで揺すって、蓮はドキリとした。

肩がすっかり冷えていたからだ。



「もしかして・・・いや・・そうだよな?15分で起こすことがなかったということは、俺にジャケットかけたまま・・・」



5時間も薄着で・・・・。

まだ芯から冷える時期でもないし、会社内は11時まで空調が効いているからそれほど寒くもないだろう。

しかし二人がいたのは資料倉庫で、底冷えしているから京太の体が冷えきってもおかしくなかった。



「京太!起きて」



「・・・ん?・・・・・敦賀…主任?・・・」



まだ寝ぼけているらしく、ムニャムニャと目をこすりながら重そうに頭を上げた後慌てて周りを見渡し始めた。



「え?!主任起きて??!あれ!?今何時!!?」



「落ち着け・・・今、午前2時だ」



「2時!!?」



「終電も終わってる・・・お前、電車通勤か?」



「は・・い・・・・・」



「そっか・・・俺もだ・・・とにかく課に戻ろう」



蓮がそう言ってドアに手をかけると、ガチャンと固い音が部屋の中にこだました。



「?・・・主任?」



ドアノブに手をかけたまま固まって動かない蓮の背中を見ていた京太は、首を傾げた。



「・・・・・・・・ってる・・・」



「・・・は?」



小さく何かをぼやいた蓮の表情は見えないが、強張っていて京太は嫌な予感がして聞き返した。

だが、答えは予想していた通りだった。



「・・・・鍵、かかってる・・・・」



「・・・ええ!!?」



動揺する京太に対して、蓮は冷静に何かを考えていた。



「主任!どうしましょう!!?(って新人女子社員と引き離すために、この人と私が二人っきりになってどうするのよ!?)」



しかし京太の叫びも、心の中のキョーコの混乱も蓮には届いていないかのように辺りをゆっくり見まわし始めた。



「敦賀主任!どうし・・」



「あ、あった・・・内線」



壁につけられた電話は、資料の段ボールに見え隠れしている状態だった。

それに蓮はスタスタと近づいてコールをかけ始めた。

しかしコール音は長くいつまでも鳴るだけ、誰も出る気配がなかった。

蓮はしばらくコール音を聞いていたが、諦めて京太の元にもどった。



「ダメだ・・・たぶん、見回りの時間なんだろう・・・もう少ししたらかけ直してみよう・・・課にカバンも残してあるし、連日残業していたから俺たちがいることはわかると思うけど・・・・どうした?京太・・・」



考えを口にしながら、この後どうしようかと考えていた蓮は自分の体を抱え始めた京太の顔を覗き込んだ。



「大丈夫か?!」



真っ青な顔に、噛み合わない歯の根、唇も紫色になっていて京太は全身を震わせていた。


おそらく、冷え切った体が今頃になって体温が低すぎることを察知したらしい。

蓮は京太の肩を抱き、引きずるようにソファーに連れて行くと倉庫内にある備品を確認し始めた。

何とか薄手の毛布を見つけると、京太をグルグルとそれで巻いた。

しかし、京太の震えは収まらなかった。


「・・・大丈夫か?」



ガチガチ言わせている京太の頬をそっと包み込んで、問いかけると固い笑顔が返ってきた。

けれど言葉はなく、笑うのが精一杯だということが蓮にもわかった。

それほど京太の頬は冷たくなっていた。



「バカだな・・・俺なんかにジャケットかけるから・・・」



蓮は自分のジャケットを脱いで、毛布の上からかけようとしたがひんやりとした京太の手がそれを止めた。



「・・・しゅ・・しゅに・・んが・・・風邪、ひい・・・ちゃ・・・こまる・・・から」



「・・・・それは京太でも同じだよ・・・お前はうちの課にはなくてはならない存在になってきてるんだから」



蓮にそう言われた京太は、一瞬大きく目を見開いたがすぐに今にも泣き出しそうな笑顔を作った。



「あ・・・りが・・・とう・・ございま・・すっ」



少し赤くなった顔を俯かせて礼を言う京太の髪を、蓮はワシャワシャと撫でまわした。



「ちょっと待ってろ?」



そう京太に言い置いて、蓮はまた内線をかけ始めたがしばらくしてため息と共に戻ってきた。



「はあ・・・まだみたいだな・・・・・・」



蓮が困り果ててる間も、京太の震えは収まる気配がなかった。

蓮はしばらく顎に手をやって考えていたが、意を決して京太に近寄った。



「京太、少しの間我慢してろよ?」



「??・・・・」



蓮に言われたことがわからないまま、京太は小さく頷いた。

その途端、巻いていた毛布が剥がされ蓮に体を支えられながら立たされた。

そして京太がいた場所に蓮が座り、蓮の足の間に京太は引っ張られるまま腰を下ろすことになった。


バサリと毛布が舞い、蓮ごと京太はまた毛布の中に舞い戻った。

しかし毛布の中では、背後から蓮に抱きかかえられるという状況になっていた。



(え?・・・・・・ええ??・・・・えええ!!!??)



「しゅ!?」



「黙って・・・男同士で気持ち悪いだろうが・・・・・この方が早く温まる」



耳の後ろから低く艶のある声が響いてきて、京太の体は固くなった。



(っひぃっやあああ!!なんで!?なんでこんなことに!!?・・・待って、私は今は男!男だから!!)



ドックンドックンとあり得ないほど強い動悸がキョーコの脳内をグルグルさせたが、辛うじて京太として表に出さずギリギリ蓮にされるがままになった。


しかし、顔を上げるには恥ずかしすぎて小さく俯いたままでいるしかなかった。


そんな京太の背後で、蓮はその項をじっと見ていた。



(・・・京太って・・・本当に細いよな・・・首なんか女の子みたいだ・・・いや、腰回りだって腕だって軽く力を入れたら折ってしまいそうだ・・・胸板は厚いみたいだけど・・・・)



アンバランスな体格を観察していると、京太の項から少し上にある耳朶に視線を移した。

それは真っ赤になってて、可愛らしい桜貝に見えた。


少し茶色い髪もサラサラと頬に触れる感触が心地いい。

後ろから抱きしめるために回した腕の中では細い体が、徐々に体温を取り戻していっている。

そして・・・少しだけ甘い匂いが、京太の項から蓮の鼻腔をくすぐった。



(・・・・・!?・・・・あ・・・れ?・・・)



急にドクンっと強い鼓動が、蓮の心臓を打った。

それに気付いた途端、全身にその鼓動が駆け巡り始めた。



(え?・・・いや・・・そんな・・・・)



ドクドクと流れる血液の音が、自分の耳の中でこだましている。

その音がどういった状態の時に聞こえるのか、蓮は知っている。



(そんなバカな・・・だって・・・京太は・・・・)



ドクッドクッと考えを否定しようとすればするほど、その考えを肯定するかのように心拍数が上がってしまう。

息苦しくなってきて、自分の考えを改めようと深呼吸すると腕の中で京太がもぞもぞと動いた。



「・・主任?・・・あの・・・大丈夫ですか?」



身を半分捻じり、振り返った京太が血色を取り戻し丸い瞳を瞬かせながら見つめてきた。

その表情に、蓮は息を呑み頭の中が真っ白になるのを感じた。


ぐらりと体が前に倒されて、京太に真顔のまま近づく。

腰に回していた片手を、京太の頬に当て腰は残った手で抱え込み抱きしめて自分から逃げないように抑える。

慣れた一連の動作を女性以外に使うなんて思いもしなかった。

と、どこか冷静に苦笑している自分がいたのだが『女性以外』というワードで一気にフリーズした。


ググッと顔が近づいて、中のキョーコは叫び声を上げまくっていたがそれを京太として表に出さないようにポーカーフェイスで首を傾げた。



「しゅ…主任?」



すると蓮は急に京太を離し、内線の方に走って行ってしまった。



「・・・・・あ!!守衛さん?!・・ええ・・・そうなんですけど、資料倉庫に閉じ込められまして…すみません、お手数をおかけします」



どうやらようやく守衛と話ができたようだ。

安堵している京太の方を振り返った蓮だったが、目を合わせないまま笑顔を作った。



「これでようやく出られる・・けど始発が出るまで作業するか?」



「そうですね?そうしましょう」



「その前に・・京太はホットコーヒーで体を温めろよ?」



「はい・・・・」



いつものように話しているのに、蓮が微妙な距離を保ちあまり目も合わさないことに首を傾げた京太がそれを聞こうと口を開きかけた。


だが、声を出す直前でガチャンと資料倉庫のカギが開き聞くことはできなかった。



(・・・もしかして、男同士であんな体勢になっちゃったの嫌だったのかな?)



でも、こちらの心配をするほどだったから蓮の方は気にした様子などなかったのに・・など考え込みながらも、京太は毛布を巻きつけたままホットコーヒーを買って飲んでいる内に蓮がコンビニに出て食料を買い込んできてくれた。


それからは本当にいつも通りの蓮になっていたため、京太はもうそのことを気にすることは無くなっていた。




************



「・・・・・ん・・・れ~んく~~ん・・・・・おい、蓮!!」



「え!?・・・な、なんですか!?社さん」



がしっと肩を叩かれた挙句、目の前で名前を叫ばれて蓮はようやく社に呼ばれていることに気が付いた。



「まだ調子悪いか?資料倉庫は寒かっただろうし・・・」



倉庫に閉じ込められ、出て来てからきちんと始発まで仕事した二人は一度帰って出社時間ギリギリで戻ってきた。

事の経緯を社に話し、今日は京太を早く帰すことにしていた。


けれど、すっかり元気になっている京太は笑顔で仕事をバリバリとこなしていた。


最初は(元気だな・・)と眺めていたつもりだったのに、笑ったり、怒って見せたり、拗ねたりコロコロと変わる京太の屈託ない表情にすっかり心を奪われていた。



「いえ・・・あのっ社さん」



「うん?」



「・・・・・・・京太・・・可愛いですか?」



「うん?・・・ああ~・・そうだな・・・可愛いよな?弟みたいで」



「・・・・・・・・そうですか・・・弟・・・そうか・・・・」



コクコクと何かに納得している蓮に、社は怪訝な顔をした。



「・・・蓮?」



「俺一人っ子なんで、そうか・・・弟ってこんな感じなんだ・・・」



何やら一人で納得して、すっきりしている蓮にこれ以上何も言わないでおこうと社は仕事に取り掛かった。


蓮も、うっかり時間をフイにしてしまった分を取り戻すため書類に向かい始めた。

のだが・・・



「京太!これ!これ見てくれよ」



パソコン画面とにらめっこしている京太のすぐ横にドカッと腰を下ろしたのは村雨で、出てきたデータを出すためマウスを握っていた京太の手の上から掴んで操作し始めた。



「え!?コレすごい!!」



「だろ~!!?それと、これと・・・これ・・が・・」



ずっと手を重ねたままパソコン画面に釘付けになる二人の間に、蓮はいつの間にか入っていた。



「村雨・・・・京太は書類作っていたんだ・・ちゃんと断ってから画面をだな・・」



「え?・・・わあ!すまん!!つい興奮して・・・あの!主任!!これって使えませんか!?」



「え?・・・・!・・ああ!いいな、採用しよう」



「やった!へっへ~京太よりも一歩リード!」



「むうう~~!」



村雨が嬉しそうにしていると、京太は眉間に皺を寄せて口を尖らせた。

それを見下ろした蓮は、心が揺さぶられるのを無表情で流した。

だが、村雨は久しぶりに京太より先に手柄を取れたことが嬉しかったのか京太の眉間を人差し指で押した。



「へへへ~京太眉間すげ~」



ぐい~っと村雨が押し続けると、その手を蓮が掴んで京太から離していた。



「・・・え?主任?」


思わずそうしていた蓮に、村雨が目を瞬かせていると蓮はすぐに手を離した。


「・・・・っ!・・・あ~・・あんまり京太を追い込むな・・・それより今のをまとめて今日中に俺の所にもってこい」



「え!?は、はい!!」



慌てて指示に従うべく自分のデスクに戻った村雨を見送って、蓮は息をついた。

そこで落ちている京太に気が付いた。



「・・・きょ・・・京太も・・それが終わったら今日はもう帰れ」



「え!?どうしてですか!?」



「・・昨日無理しただろ?だからちゃんと休養取れ」



「それを言うなら主任こそ・・」



「俺はほら、昨日爆睡させてもらったから」



笑顔を張り付けてそう説得すると、まだ何か言いたそうな京太を無視して仕事に取り掛かった。


そんな蓮の横顔を、京太が寂しそうな表情で見つめていることに気付きながらも自分に何事か言い聞かせた。

そうしている内に、外回りしていた貴島が戻ってきた。



「ただいま~!さっき行った営業先で甘いモンもらってきたぞ~!!」



そう言ってシュークリームの詰め合わせを広げる貴島に、村雨が先に乗り京太がお茶を用意し始めた。



「京太~肩揉んで~」



コーヒーを持ってきた京太を後ろから抱きついた貴島に、蓮はドス黒い笑顔で肩を掴んだ揉んでやった。



「京太は昨日、体壊しかけてんだ・・・余計な負担を増やすな」



「いててててっ!!!敦賀くん力強すぎ~!京太は上手なのに~~!!しょうがない・・・泰平!」



「えええ!?俺、今日のMVPっすよ!?」



「何言ってんだ、それを言うなら俺は毎晩ホームラン王・・・ゴフ!」



貴島は蓮から無理やりシュークリームを口に押しこめられた。

全員が蓮の行動に納得しているうちに、蓮は京太を帰すことにした。



「京太、もう今日の分終わっただろ?それ食べたら帰れ?」



「え・・・でも・・・」



「明日からまた頑張ってもらわないと、プレゼンは再来週だからな・・・追い込みに体が付いていかないぞ?」



「そうそう、京太も村雨も初のプレゼンだろ?体調を整えるのも新人の仕事だぞ?」



社の助け舟に、京太は渋々承諾し企画営業課を早々に帰された。


寂しそうに去る京太の背中に、胸を少し痛めた蓮だったがようやく息をつけた。

昨日の自分の行動を振り返り悶絶し、不意に見る京太の表情が女の子のように見えて高鳴る自分の心臓にストップをかけることに疲弊しきっていた。



「あれ?敦賀くんもお疲れ?今日、飲みにでも行く?」



蓮の突っ込んだシュークリームを飲み下した貴島が、口の端についたクリームを親指で撫で落としながらそう誘ってきたことにため息で返そうとした。



「お前といるといつの間にか女性が・・・」



そこまで言いかけて蓮は、はっとした。



(もしかして・・・最近、京太とばかりつるんでて女性と絡んでいなかったからこんな幻覚が!?)



自身がこんなに女性好きだったことにショックを受けながらも、これ以上京太を変な目で見ないように貴島の誘いに乗ることにした。



**************



「・・・すっかり馴染んでるじゃない?『京・太・君』」



蓮が貴島の誘いに乗っている頃、京太・・・キョーコは親友である琴南 奏江に電話をして天宮 千織と共に食事に来ていた。



「もう・・・モー子さんまで・・・」



「本当に違和感ないですよ?男の娘って感じ・・・っていうか、意外なところでも実力発揮するキョーコさんがムカツキます」



「えええ!?」



「・・冗談です~」



「・・・・・・・・・」



冗談に聞こえません・・と、小さな声でぼやくキョーコに奏江はクスリと笑った。



「でも、これも私たちの所に来たいっていうのがアンタらしいわね・・」



するとキョーコは照れて顔を赤らめた。



「えへへ~・・・だから、今は我慢なんだ~」



ホワホワと可愛らしい笑顔を作って、目の前にある生春巻きをハムハムするキョーコに二人は顔を見合わせて笑った。


はた目からは、男一人に美女二人という構図なのだが本人たちはほのぼのと久々の食事を楽しんでいた。

この瞬間までは・・・・



「あっれ~?!京太!?」



デザートを楽しんでいた三人の所に聞きなれた声がして、京太は慌てて振り返った。



「貴島さん!?・・・・・・え・・・つ・・敦賀主任・・・?!」



レストランバーのカウンターの方に行きかけていた貴島と、蓮の姿に京太は目を丸くした。



「ええ?!あの子も同じ会社の人たちなんですか~?」



「あの男の子かわいい~!」



貴島と蓮の後ろから、他社のOLさん数人がキャイキャイと割ってきて京太や奏江たちを見てきた。



(・・・・あ・・れ・・・?・・・・なんで?・・・チクチクする・・・)



他の女性がどさくさに紛れて、蓮の腕に縋りついているのを見て京太は自分の胸に手をやった。


その京太が見ている蓮は、呆然とした。

先に帰したはずの京太に会うことも予想していなかったのだが、自分のこんな姿を見られることなど想像だにしていなかったからだ。



(え・・・なんで?・・・こんなところで・・・・・)



動揺と、嫌な予感が胸の中に広がって心が重くなった。



(・・・どうして・・・俺はこんなにショックなんだ?)



自分が女性といる所を見られてショックなのかと思ったが、告白されている所も見られているし噂だって聞いているようだし・・



(じゃあ・・どうして・・・)



蓮は瞬きもせず、立ち尽くして京太を見ていたのだが答えをくれたのは意外にもこの状況を作り出した貴島だった。



「なんだ~京太、両手に花か?どっちが本命だ~?」



ズキ・・・ン・・・


京太と一緒にいるのは、美人系の女性と可愛い系の女性。

そして京太と一緒にいるのがとても自然に見えた。


どちらも京太ととてもお似合いだった。


男の京太に・・・・・・。



(・・・・そうだよ・・・京太は男なんだし・・・彼女がいて当たり前なんだ・・・俺だって男に興味なんか・・・・)



そう思えば思うほど、蓮は胸がズキズキと痛みを訴え始めていた。


京太は貴島にからかわれて、困惑していた。

そんな京太に、蓮は辛うじて笑顔を張り付け近寄った。



「京太、彼女がいたのか?なのに残業三昧なんて・・いいのか?」



「だから!違いますって!!」



顔を真っ赤にして言い訳する京太に、蓮は心底ほっとしていた。

そのことに気付いて、蓮はまた自分の心を否定した。



(何安心してんだ?!ちがっ・・・俺は京太のことなんて・・・・)



「ま・・・そう言うことにしておこう・・・」



「主任・・・・」



しょんぼりとする京太が子犬のようで、蓮は胸を掴まれたが見て見ぬふりをすると絡みついていた女性が不満そうに声を上げた。



「もう!男の人同士だけ盛り上がって・・・どうするんですか?みなさん一緒に?」



そういえば居たな・・と、少し鬱陶しそうに蓮はその女性から腕を振り払うと貴島に声をかけた。



「やっぱり今夜はやめとくよ・・・京太も早く休めよ?」



「ええ!?敦賀くん?!」



「あ・・はい!お疲れ様です!」



これ以上京太にこの姿を見せたくなくて貴島の抗議の声に背を向け、京太に笑顔を投げると蓮は店から出て行った。



「敦賀主任!」



「京太?!」



しかしその蓮を追って、京太が店を出てきた。



「駅までご一緒していいですか?」



「あ・・・ああ・・・でも・・一緒にいた彼女たちはいいのか?」



(まるで探るような言い方だな・・・俺・・・)



自分の言葉に落ち込みながらも、側で笑って頷く京太に苦笑した。



「だから・・彼女たちは大学の時からの友人で・・・その友人たちが行くように言ってくれたんです」



「そうか・・・・」



「はい、そうです」



雑踏の中、ゆっくりと駅に向かって歩く京太を蓮は見つめた。


夜風を受けて、柔らかそうな髪がサラサラと靡く。

街灯のせいで少し儚げに見え、蓮はそこから目を逸らす。

けれどまた京太の姿を見たいと思ってしまう。


何度も心にブレーキをかけるが、それは尽く壊れていく。



(・・・・自覚すると・・こんなにもコントロールの効かないものだったのか?・・)



そう心の中で呟いて、自分がその心にできた想いを自覚したことに気付いた。



(・・・あ~あ・・・俺・・何やってんだろうな・・・・)



散々女性たちを相手にしてきて、今自分の心が京太に向かっていることに蓮は困惑しながらも抑えきれない感情に流され始めていた。



「あ、主任!」



その時、不意に京太が蓮の胸に飛び込んできた。



「!?きょっ」



「ネクタイ、取れかかってますって!」



弛めたネクタイの結び目が解けて、落ちかけているのを京太が慌てて胸に押さえつけただけだった。

それでも眼下に京太のつむじが迫り、ネクタイを結び直し始めた京太が目の前にいることで蓮の心臓は大きく一度跳ねた。


そこから蓮の自制心が無くなった。



「・・・京太・・・」



「はい?もう少しでできますので、動かないでくださいね?」



せっせとネクタイを直す京太の両頬を蓮は、持っていたカバンをドサリと落として包み込んだ。



「・・・なんで・・男なんだよ・・・」



「へ?・・・・」



ぐいっと顔を上げさせられた京太は、目の前で苦悶に歪む蓮の顔が焦点が合わないほど近くにあることに驚き唇に温かなものを押し付けられたことに気付くまでしばらく時間を要した。


すると、その口内に生温かいものが入ってきたことでようやく自分が蓮に唇を塞がれ舌を入れられていることに気が付いた。



(!?!??お、女だってばれたの!!?)



一瞬にしてキョーコは蓮を突き飛ばし、ものすごい速さで駅入り口に駆け出して行った。


突き飛ばされ尻もちをついた蓮は、自分のしてしまったことに呆然とした後髪をくしゃりと握りつぶし一人深く長いため息をするしかなかったのだった。





3へ













 

§アラビアン・ナイトは眠れない    1






 この会社には、伝説の男がいます。



「あの!敦賀さん!!好きです!!」



女性に告白されること数知れず、社内だけでなく社外にまでその人の話が飛び交うほどのイケメンで彼になら『一晩だけでもお願いしたい』と願う者も数知れず・・・・。


だからか、彼はこう言う。



「・・・ごめん・・・誰とも付き合う気はないんだ・・・・でも、君が望むなら今夜一晩だけ相手できるよ?」



株式会社LME、企画営業課主任・敦賀 蓮27歳。


サイテー野郎だ。




*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆




 「・・・・・・は?」



最上 キョーコはたった今耳に入った言葉をすぐには理解できなかった。



「だからね?お願い・・したいんだ」



目の前に座っているのが会社の社長だとか、その会社の新入社員で出勤2日目だとか、その社長の秘書に配属された直ぐの仕事だとか。

とにかくキョーコの頭の中で、それらは先ほど言われた仕事のせいで丸めてクチャクチャになって隅っこに放りやられたままだった。



「・・・・・・・無理です」



「頼む!3ヶ月でいいんだ!」



今必死に願い出ている社長がなぜアラブの王様のような恰好をしているのか、とか広い社長室になぜラクダがいるのか、とか無理やりそちらを考えるように視線を向けていたのだが社長から提示された『仕事』がまた頭の中を真っ黒に塗りつぶしていく。



「・・・・・・どうして・・・私なんですか?」



「それは、このLMEを興して急成長させた私の鋭い勘がそう告げているんだ!」



「・・・・・・・・・・・・・・・・そうですか・・」



聞いても無駄だった。

そんな表情でキョーコは立ちあがった。



「私には無理ですので、どうぞ他の人で検討してください」



失礼しますと、フカフカなソファーからゆっくり立ち上がると頭を下げたキョーコに社長であるローリィ宝田は叫んだ。



「今回のミッションで成功すれば、君を好きな場所に異動させることも可能だ!それに報酬も付ける!!」



ピクっとキョーコの下げられた頭が固まる。



「ほら…あ~なんて言ったかな・・・・そう!琴南君や天宮君の部署に異動も可能だ!」



「・・・また・・・社長付になるってことは・・・・?」



「ないない!彼女たちと同じ秘書課のディスクに異動できるぞ?!…蓮の・・・企画営業課にいる敦賀 蓮から、新入社員を守ってくれれば!!!」



苦虫を噛み潰した表情でキョーコは顔を上げた。

そして渋々その条件で『仕事』を引き受けたのだった。




***************




「え・・・?今日から・・・ですか?」



企画営業課は毎日バタバタしている。

その課の中で、しっかりと背筋を伸ばしその長身を引き立ててる男は目をぱちくりとさせた。


彼がいるだけで、喋るだけで、髪をかき上げるだけで、書類を作成するだけで女性社員たちの熱い視線が突き刺さっているのだがそんなことに慣れてしまった男だらけの企画営業課では今日から入ってくる新入社員の話題が持ち上がっていた。



「村雨君だけじゃないんですか?社さん」



男に呼ばれた社は、すっきりとした銀縁のメガネを正しながら頷いた。



「どうやらそうらしいよ?研修日の最後に熱出したらしくて、今日まで休んでたんだって」



「・・・・情けないな・・」



社の説明に、男は呆れととも取れるため息をついた。



「まあ、女性じゃないし・・・・警戒することないよな?蓮」



社にそう呼ばれ、蓮は前髪をかき揚げ小さく睨んだ。



「・・・本当に・・・仕事しに来てるのかな?」



物陰から蓮の様子を見に来た女子社員の方を向かずにぼやいた蓮に、社は笑って見せた。



「だから、本命を作れって言ってるだろ?」



「・・・それができれば苦労はしません」



「あんなにモテてるのにな?」



「それとこれとは別問題なんですよ」



深い深いため息を吐いて、山積みになった資料と戦うことにするとパソコンに向かいだした蓮に社は笑って肩を叩いた。



「きっとそのうち現れるさ・・・お前を救い出してくれる人が」



「だと・・いいんですが」



まだ柱の陰からこちらを見ている女性社員にため息をついた。



(・・・とにかく仕事しなきゃ・・・)



作りかけの書類の作成に取り掛かると、課長の松島がやってきた。



「みんな注目してくれ!今日から少し遅れたが新人を一人入れる・・・敦賀、指導してくれ」



「・・・え!?でも・・俺、案件抱えてて・・・」



「それも含めて彼に教えてやってくれ・・・・自己紹介して?」



松島の横に立っていたのは、着慣れないスーツを何とか着た小柄な男の子だった。



「も・・最上 京太と言います!よろしくお願いします!!」



少し高めの声だったが、きっちり頭を下げる彼にみんなで温かい拍手を送った。



「じゃあ、あそこのパソコンの前に座ってるのが敦賀 蓮・・主任だ、彼についてしっかり仕事を覚えてくれよ?」



「はっはい!」



「以上解散、蓮・・あの書類できたか?」



「はい、あとこっちの書類も・・・」



「これは来週でもいいけど・・・・うん、使えそうだ!社!今度のコンペはこれで押すぞ!」



「わかりました!細かい調整をします!」



自己紹介をしたまま、京太はその場の空気に入れず立ち尽くした。

そんな京太を蓮が手招きした。



「企画営業課主任の敦賀です・・・よろしく最上君」



「よ、よろしくお願いします!」



頭を勢いよく下げる京太に、社はホクホクと笑顔を滲ませた。



「いい挨拶するね!俺は社 倖一、後輩に追い抜かれちゃった先輩だけどよかったらなんでも聞いて?」



「あ、ありがとうございます!」



「しかし・・・細いな~」



社は京太を上から下まで眺めた。



「そ・・うですか?」



「うん・・・華奢だよ・・・な?蓮」



「そうですね・・・だから風邪なんてひくんじゃないのか?」



「え?風邪??・・・・・・・・・・!!そっ、そうですね?!き、鍛えてみたいと思います!」



「そうそう、ここは体力勝負だからね~それに蓮の下はかなり忙しいから最上君頑張ってね?・・じゃあ、俺はさっき言ってたコンペの準備するよ」



「お願いします、じゃあ・・・とりあえず行こうか?」



「・・・へ?どこにですか?」



「まずは資料倉庫かな?君には最初資料の収集をお願いしようと思っているか・・・ちゃんと場所を覚えてくれると助かるよ」


ふわりと笑って蓮が先を歩き出す後ろで京太は、バクバクと心臓を打ち鳴らしていた。

なぜなら、彼は『彼』でないからだ。



(社長~~!!なんで男装なんですか?!)



『はら、蓮の側に女性がべったりついていたら君に被害が行くだろう?蓮が本命を作らないのもそのせいかもしれないからなあ・・・』



蓮の後ろを見ながら京太の姿をしたキョーコは、想像してみた。

蓮の横に四六時中いる自分を、針を刺すような視線で睨み付ける全女子社員。



(・・・・・・怖すぎる・・・)



ぶるっと身を震わせると、突然目の前に蓮の顔があった。



「大丈夫?」



「ぎゃああ!?」



飛び退く京太に蓮はムスッとした。



「・・・今は就業中だよ?ちゃんと集中してくれないと困る」



「す・・すみません・・・」



いくら社長からのミッションとはいえ、忙しい企画営業課に来ているのだからしっかり仕事をこなさなければとキョーコは思い気持ちも新たに頭を下げた。



「すみません!気合を入れ直します!!」



「え?」



京太の叫びに蓮が目を丸くしていると、京太は自分の両手で思いっきり頬を挟んだ。


パァァンッ!!という乾いた音が資料倉庫に響くと京太は満足そうに手を頬から剥がしニカッと笑った。



「気合入りました!!ご指導お願いします!!!」



あっという間の衝撃的な出来事に、蓮はポカンと口を開けたままだったが真っ赤なモミジの痕を見て笑い出した。



「すごい気合の入れ方だね?わかった・・・これからビシバシ指導するから、覚悟してろよ?」



「・・・・・・よ、よろしくお願いします!!」



何とか疑われることなく蓮の後輩として側に居れることになったキョーコは、内心ため息だらけだった。



「・・・・で、ここの資料が今使われることが多いから・・・・・・・って・・・最上君・・・怖いよ・・・」



ガリガリガリガリと、真剣な表情で猛烈な勢いのままメモを取る京太に蓮は顔を引きつらせた。



「プッハ・・・眉間・・・」



しかし、あまりにも凄まじい表情だったため蓮の笑いのツボが刺激されたらしく吹き出しながらグッと寄った京太の眉間を人差し指でプニっと押した。



「!?」



「企画だけじゃなく、営業にも出るんだからそんな眉間の皺作ったらダメだよ?」



「うっ・・・は・・い・・・・」



気恥ずかしい注意に、京太が照れていると思い蓮はそれ以上は突っ込まず説明を続けることにした。


だがキョーコの心の中は荒れ放題だった。



(何アレ!?い、今私男だよね!!?男にあんな笑顔であんなことする!!?)



爽やかに笑顔で眉間を押した蓮の姿が脳内に蘇ってきて、キョーコは心の中で発狂した。



(ゆ…許すまじ・・・・・サイテイ男っ敦賀 蓮!!きっとこうやって誰彼かまわず虜にしては、女の子に告白させて・・・ひっ・・・一晩だけ相手して捨てるのよ!!)



ゴゴゴゴゴッ・・・・と、蓮は背後から凄まじい気迫を感じたが先ほどのように眉間に皺を寄せているのだろうと思い笑いを堪えながら説明の終わった資料倉庫を出た。



「あの!!敦賀主任!!!」



その途端、一人の女性が駆け寄ってきた。



「あのっ・・・今・・・お時間良いですか?」



あと少しで昼休憩に入ろうとしていた。

その女性は、先ほど柱の陰からずっと蓮を見ていた人物だ。



(・・・・もしかして、ずっとここではっていたのか?・・・・・・仕事しろよ・・・)



内心どんよりと重い空気が渦巻きながらも、蓮は笑顔を張り付けて頷いた。



「・・・・わかった・・・話を聞くよ・・・・最上君、課に戻っていて?」



「え・・・・・・あ・・はい・・・・」



急に先ほどまでの柔らかな笑顔が一転して、能面のような笑顔に変わったことと雰囲気が重くなったことに京太は首を傾げながら課に戻った。



「おっかえり~!どうだった?蓮の指導は」



「覚えることたくさんで、頭がパンクしそうです」



「あははっ、その内慣れるって・・・それより…蓮は?」



「あ・・・今、話があるって呼び止められて・・・・」



「・・・・女性社員?」



「はい・・」



「これぐらいの髪の?」



社が肩ぐらいに手をやったので、京太は先ほどの彼女を思い出して頷いた。



「はい、それぐらいでした」



「こう・・・きゃるっ♪とした感じの?」



急に女子っぽいポーズをした社に少々引きながらも、京太は頷いた。



「はい」



「あっちゃ~・・・それ、完全にあの子だな・・・新人さんっぽかったし、気を付けてたけど・・・告白しに来たか・・・」



社のその一言で、京太はようやく気が付いた。

物凄い勢いで課を飛び出すと、先ほど二人が歩いて行った方向へと走った。



(どこ!?・・・・・・いた!!)



休憩室付近にある自販機の陰に二人が向かい合って立っていた。

そっと物陰から二人の様子を伺うと、ボソボソと話し声が聞こえてきた。



「私・・・敦賀さんのこと・・好きなんです!!」



やっぱり告白だった。

京太は青ざめた。

もしこれで蓮が断って、一晩相手したら彼女はきっと仕事を辞めてしまうだろう。

まさかの初日でもう新入社員を一人逃してしまうことになってしまう。



(そ、阻止しなきゃ!!)



何か彼女を引き留められないかとオロオロ考えているうちに、蓮が重いため息をついた。



「・・・それを言うためだけに、朝から仕事もしないでうちの課の前に居たの?」



(え?・・・・は?・・・・敦賀さん、彼女のこと気が付いてたの?・・・そう言えば社さんもっ!?・・・・・あの子・・・仕事しないで何してるの?)



京太が頭をクワンクワン言わせながら見守っていると、子犬のような彼女は涙を堪えながら蓮を見上げた。



「だ・・だって・・・仕事が手につかなくて・・・」



「・・・・・じゃあ、返事するよ・・・・ごめんね?俺、今は誰とも付き合う気が・・・」



「じゃあ、今晩相手してください!!」



(!!!?)



ちょっと喰い気味にそう叫ぶ女性社員の姿に、京太は衝撃を覚えた。



(ま・・・って?話が違う・・・あの最低男の方からそう仕向けてるんじゃないの?!)



ぐらぐらする頭で物事を整理しようとしても、ちっともまとまらなかった。

そうこうしている内に、頭を押さえていた蓮がため息とともに小さく頷いた。



「わか・・・「敦賀主任!!!」



京太はいつの間にか物陰から飛び出していた。

頭で考えるより早く、小さく頷いた蓮を見て体が動いていたのだ。

そんな京太の姿に、蓮も女性社員も目を丸くした。



「・・・・最上君?」



「え・・・えっと・・あのっ!課に戻ったら社さんに、ここと・・・ここと!ここも教えてもらえって!!」



「え?!・・・今日中?」



「っはい!!」



キョトンとしている蓮と女性社員を前に、京太は服の下がびっちゃびちゃになる程汗をかいて叫んでいた。



「?・・・・・・・・!・・・・・・えっと・・・・そういうわけで・・今日、残業だから君の願いは叶えられない・・・申し訳ない」



キッチリと頭を下げる蓮に女性社員は、何かを言いかけたがすぐにためらった。



「それと・・・ここは会社だ、今までいた学校なんかとは違う・・・遊び半分で来たらダメだ」



「っ!・・・・・は・・い・・・・」



女性社員はフラれたうえ、好きだった人から注意されて明らかにショックを受けていた。



「でも、君はきっとできる人だと思う・・・・これからも一緒に仕事、頑張ろう?」



右手を差し出して、先ほどの能面のような笑顔ではなく爽やかな・・・京太が見たあの笑顔を蓮がすると、女性社員は涙を少しこぼした後笑顔を見せて頷いた。



「はい!頑張ります!!・・・大事なお時間を取らせてしまってすみませんでした」



蓮にしっかりと挨拶をして、京太にも小さく会釈をすると彼女は去って行った。



(っはあああ~・・・よかった・・・きっとこれで彼女は辞めない・・よね?)



女性社員の背中を見送っていた京太の前がふっと暗くなったことで、顔を上げると目の前に蓮が立って見下ろしてきていた。



「!?」



「・・・・頼まれたの?」



「へ!?ええ!?(バ・・バレて!?)」



「社さんに」



「・・・・え?・・・・あ・・・いや・・・その・・・」



「はあ・・・まったく・・・あの人は」



蓮はため息をつきながらも、しどろもどろしている京太の頭をくちゃくちゃとかき回した。



「!!?」



「ありがとう・・・助かった」



「へ?!」



「噂が変な方に向かって、断るなら・・・一晩相手しなきゃいけないっていうルールができちゃったみたいで・・・困ってたんだ」



「・・・・え?・・・こま・・?」



「まいったよ・・・・最初は断っていたのに、気の強い人がさ・・・『一晩相手してから決めてもいいじゃない』とか言ってきて・・・そのうえで断ったら、次から断るなら相手しろって言われるようになって・・・それも断ると『なんであの人はいいのか?』なんて言われて、断ったはずの人が俺の方にまだ未練があるとか勘違いし始めて・・・それを打ち消すために・・・・・・っていう魔のループに陥ってしまってて・・・」



スラリとした長身を小さくして、蓮はその場に蹲っていた。



(え?・・・・ええ?!話に聞いていたのと違う!!)



最低なスケコマシ野郎だと思っていた相手が、一番の被害者だったのかもしれないと思い至ったキョーコは呆然と蓮を見下ろした。



「・・・はは・・・なんか・・・情けないよな?」



苦笑する蓮は、少し顔を赤くして京太を見上げてきた。


ドクン!!


京太の心臓が、突然大きく波打った。



(え!?・・・なに?!)



ドクドクと早鐘を打つ自分の胸が信じられなくて、京太が呆然としていると蓮がようやく立ち上がった。



「でも、今日は本当に助かったよ・・・彼女もこれで会社を辞めずに、仕事も頑張ってくれるといいけど・・・」



蓮は相手のことを気遣う優しさも、相手を無下にできない愚かさも持っているのに・・・。



(・・・どうして?・・・・今・・・私・・・この人を守りたいって…思った・・・・社長に言われたのは、新入女性社員を守るってことなのに・・・・・・)



京太が俯いたまま立ち尽くしていると、昼休憩のチャイムが社内に鳴り響いた。



「ちょうど休憩だな・・・・どこか食べに行く?」



蓮はもう何もなかったかのように、笑顔で京太に誘いをかけた。



「あの!敦賀主任!!」



「うん?どこか行きたいところある?」



のんびりとした口調の蓮と噛み合わない空気を放って、京太は考えたことを口に出した。



「敦賀主任!しばらくの間、わ・・僕と夜、一緒に過ごしてください!!!」



この時の、蓮の驚いた表情をキョーコは一生忘れないと思った。




2へ



§ルートX    66





 ゆっくり昇ってきた朝日に輝く川を、二人は手を繋いで眺めていた。



「ふふっ」



「ん?」



急に笑い出したキョーコに、蓮が首をひねって見下ろした。



「ううん・・・・コーンとこんな風に・・・あの時に似た景色見れるなんて思わなかったから・・・・」



嬉しそうに微笑んで見上げるキョーコに、蓮は少しだけ眉間に皺を寄せてすぐに川に視線を移した。



「・・・・そうだね・・・・あの時・・こんな風に君とこんな風に立っていられるなんて・・・想像すらできなかった・・・」



少しだけ固い声でそう答えた蓮に、キョーコは無邪気に笑った。



「ねー?」



「ところで・・・なんでキョーコちゃんここに来たの?」



急な蓮の問いに、キョーコは目を瞬かせた。



「え?・・・・だって・・・・あの場所に似てるなって・・・ここに着いた時から思ってたから来たくて・・・」



「俺も来たかったよ?・・・・でも・・・・君は先日ここで襲われたんじゃなかったっけ?」



ゴゴゴゴゴ・・・・という地響きが聞こえてきそうなほど、蓮が静かに怒りを立ち上らせているのを感じ取ったキョーコは小さく悲鳴を上げた。



「ひっ・・・」



一歩退こうと思ったのだが、蓮にしっかり手を繋がれたままだったのでそれも不可能で観念したように項垂れた。



「・・・・だって・・・・大丈夫だと思ったんだもん・・・」



「何を根拠に」



「・・・ああいうビジュアル系のバンドをしている人たちが、日も昇らない早朝から爽やかに川辺を散歩するなんてしないと思って・・・」



「・・・・・・・襲ってきた奴は・・・・不破と関わりのある一般の人じゃないのか?」



「・・・あ・・・・・」



ちゃんと説明をしていなかったことをキョーコは思い出して、青ざめた。



「え・・・っと・・・・その・・・・」



また地響きが聞こえてくる前に、キョーコは急いで説明した。


キョーコを襲った相手は、不破 尚を潰そうとしているバンドのボーカリストで変に気に入られてしまい狙われることになったことをかいつまんで話した。


すると増々蓮の機嫌は悪くなった。



「・・・じゃあ・・・不破からキョーコちゃんに狙いが変わったの?同じ芸能界にいる人から?」



「そう・・・・なるのかな?」



蓮は盛大に重いため息を吐いた。



「・・・・どうして言ってくれなかったの?こんなことになる前に話してくれたら・・・」



「コーンに・・迷惑な子だって・・・これ以上思われたくなかったんだもの・・・」



「これ以上って・・・・別に俺はそんなこと思ったことないよ?」



「・・・これから思うかも・・・・・」



しょんぼりと肩を落としたキョーコの頭を、蓮はじっと見つめた。

そしておもむろに口を開いた。



「キョーコちゃん・・・俺・・・沖縄で食べ過ぎてお腹壊した・・・」



「え!?だ、大丈夫??!」



「・・社さんを見た」



「・・・・・・・は?」



目が点になっているキョーコの髪を、蓮はクシャクシャと撫でまわした。



「お腹を壊したのは社さんだよ・・・心配してくれてありがとうキョーコちゃん・・・でも、俺だって君を心配したいんだけど?・・・俺は君の恋人・・・でしょ?」



「!・・・・で・・でもっ」



「迷惑だってかけて欲しい・・・キョーコちゃんは、遠慮しすぎだよ?」



驚いた顔をして見上げたキョーコの瞳に、優しく微笑んで髪を風に弄ばれている蓮が目に映った。

その髪が一瞬朝日で黄金色に輝いて見え、息を呑んだ。



『キョーコちゃん・・・俺にも君を心配させて?』



懐かしい声が聞こえてきた。

母親のこと、一人でいることの辛さを我慢していた時に蓮が昔かけてくれた言葉だった。



「・・・変わってない・・・コーン・・・全然・・・」



じわりと滲む涙を指で拭いながら、蓮に抱き着いたキョーコの背を優しく撫でながらも蓮は少し辛そうな表情をするのだった。



**************




キョーコと軽い朝食を取り、部屋に戻った蓮の元にルームサービスを持った社が現れた。



「・・・・・・社さん、職業変えられたんですか?」



「そんなわけないだろ?!・・・お前、朝食食べてないだろ?」



「は?・・・今、キョーコと食べてきましたよ?」



社の一方的な言いがかりに、少し不貞腐れながら言い返すと社は眉間に皺を寄せた。



「嘘つけ!キョーコちゃん、朝食バイキングに並んでたぞ?!」



「!?」



部屋に戻るため、別れる寸前キョーコは朝食バイキングのことを残念がってはいたものの明日一緒に食べることを約束したばかりだった。


蓮は嫌な予感がして、部屋を飛び出した。


一方でキョーコは、ラウンジで見かけた尚と共にいた。



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



「・・・・・・・・・・・んな辛気くせー顔で睨むな・・・飯がまずくなる」



味噌汁をずずっと啜るショータローの目の前で、キョーコもお茶を啜った。


しばしショータローが朝食を食べ終わるまで待ったキョーコは、おもむろに口を開いた。



「・・・・・この間の・・・感謝しちゃないけど、一応助けてもらったから人として礼を言っておくわ」



大義であった、褒めてつかわす。と、棒読みで言うとショータローは味噌汁を吹いた。



「きったな!!?」



「っ・・なにが、褒めてつかわすだ!?それ、礼を言ったことにはなんねーよ!」



「じゃあ・・・もう、あんなことしないで」



咽ながら、汚れたテーブルを紙ナプキンで拭うショータローに顔を背けてキョーコが呟いた。



「あ?・・・あんなこと?」



「そうよ・・あんな・・・・どう礼を返せばいいのかわからないようなことしないでよ!アンタには関係ないでしょう?!私がどうなろうが・・・散々利用して捨てた奴のことなんか・・・今迄みたいに放っておけばよかったのにっ」



キョーコがそう言い放つと、ショータローは持っていた箸とお椀を乱暴に盆の上に置いた。



「なんだそれ・・・ふっざけんな!」



「ちょ・・・」



ガチャン!!と派手な音がしたのと、ショータローの怒鳴り声で周囲にいた人たちの視線が集まったことにキョーコは焦った。



「ちょっとこっちに来て!」



キョーコはショータローの腕を掴むと、強引に人気のない階段下へと引っ張った。


キョーコたちがいなくなって、ざわめきの収まったバイキング会場にエレベーターから出てきた蓮が飛び込んだがキョーコの姿ももしかしたら・・・と考えていたショータローの姿も見つけることが出来なかった。


それでも逸る気持ちは足を動かし、蓮はホテル内を走り始めた。

そんな蓮に見つかることなく、二人は階段下で睨み合っていた。



「なんでアンタが怒るのよ?!」



「お前がアホな事ぬかすからだろ?!」



「アホとは何よ!?あんなナヨッチそうな奴、私でもやっつけられたのにわざわざ恩を売りに来るなんて・・」



「・・確かにナヨッチくはある・・・けれどアイツだって男なんだぞ?・・・・男、なめんな」



腕組みしていたキョーコの両手を掴むと、ショータローはそのまま壁に押し付けた。



「なっ!?は、離してよ!?」



壁に縫いとめられた状態で、必死に逃げようとするキョーコにショータローは顔を近づけた。



「・・・手加減してやっている俺の手でさえ振り払えないくせに・・・あんな温情なんか持ち合わせてなさそうな奴に掴まったらどんな目に合うのか想像もできないのかよ・・この腐った脳みそじゃあ」



「なんですって!!?誰が腐った脳みそよ!」



キョーコは鋭い視線を向けたが、それよりも強い視線をショータローは返してきた。



「アイツと一晩いたんだろ?・・あんな目にあっておいて・・・ノコノコと別の男についていくバカ女だろ」



「コーンは私の恋人なの!ついていくも行かないもないよ!?」



ショータローの言葉が頭にきながらも、蓮とのことを口にしたキョーコは顔を少し赤らめた。

その表情を見たショータローは、ギリッと奥歯を噛んで小さな声を漏らした。



「・・・・・・・俺にとっては誰だって一緒なんだよ・・・」



その言葉は小さすぎて、目の前にいるキョーコの耳にも届いていなかった。



「え?・・・」



怪訝な顔になっているキョーコに、ショータローは目を細くして顔をキョーコの首筋に寄せ始めた。



「・・・そんなに言うなら振りほどいてみろよ・・・お前を襲ってやるから」



「!!?」





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