§ルートX 74
「失礼します」
少し強張った声でそう先を付いた蓮が、ローリィのいる応接室に入るとローリィはすこぶる嫌そうな顔になった。
「なんだなんだ・・・その顔は・・・俺を斬りにでも来たサムライか?」
「・・・そんな顔してませんよ・・・」
「いや、してるな・・・・・・・そんなに嫌か?彼女が親父に取られたことが」
からかわれ気味にそう言われると、蓮はカッと顔を赤くして反論した。
「っ・・・・・取られてなんかいませんっ!と、いうか・・本当に彼女に何させてるんですか!?」
「なにって・・・だから言っただろう?アイツの身の回りの世話を・・」
のらりくらりとかわすローリィに、遊ばれていることがわかっていながらも蓮は事の真相を知らなくてはと食い下がった。
「アノ人は、大抵のことは自分で出来ます!!キョーコちゃんがわざわざあんな顔をするほど頑張らなくても・・」
負けじと口をついた言葉に、ローリィは意地悪そうに口元を釣り上げた。
「ほう・・・どんな顔をしたんだ?」
その顔を見た時、ローリィの思うつぼに入ってしまったと直感したものの蓮は引き返すことが出来なかった。
「・・・・・・とても困った顔をしました・・・一応、俺には何もないと言っていましたが彼女は何かあるとすぐに虚勢を張って誤魔化す節があるんです・・・何かあったんだ・・」
最後の方は、まるで自分にそう言い聞かせているかのように小さく呟いて見せる蓮にローリィは大きくため息を付いた。
「・・・・・・で?」
「・・・・?・・・『で?』」
「で?・・お前はどうしたいんだ?」
急に話しを振られた蓮は、ローリィを見ながら間抜けな返事を返すしかできなかった。
「は?」
「最上君が仮に、クーの奴に無理難題を押し付けられていると仮定して・・・・お前はどうしたいんだ?まったくの部外者になっているお前が、クーの前に飛び出して最上君を奪い返してくるか?それとも最上君に、一度受けた仕事を辞めるように言うのか?」
「っそ・・・・そういう・・わけでは・・・・」
蓮は苦しそうに眉根を寄せて、俯くとローリィは苦笑いを浮かべた。
「彼女は、何かあって・・本当に助けが必要ならお前に相談するだろう?でも、何も言われてないなら見守ることも必要なんじゃないのか?」
ローリィにそう言われると、蓮は悔しそうに奥歯を噛み拳を強く握りしめることしかできなかった。
(・・・蓮が奴のことでここに来ることが喜ばしいとはいえ・・・・あいつめ・・最上君にどんな難題を吹っかけたんだ?)
立ち尽くす蓮を宥めながら、そう考えているローリィのあずかり知らぬところでクー本人も動揺し立ち尽くしていた。
なぜなら、やってきたキョーコが深々と頭を下げ昨晩の非礼を必死に謝ってきたからだ。
(な・・・・なんだ!?これも俺を油断させるための手段なのか!!?)
昨日とは打って変わった様子に、疑心暗鬼気味に疑ってかかるが必死に垂れている頭から除く耳やキッチリと揃えられた両手が真っ赤に染まっていることに気付くとその疑いの心は無くなってしまった。
(・・・・・良い子・・・じゃないか・・)
ふっ・・・と口元が緩みそうになるのを抑えて、クーはわざとらしく「あー・・・」と声を出した。
すると、キョーコの肩がビクリと震えた。
フルフルと小刻みに震えながらクーの言葉を待っている様子に、出会いがしら昨日演技で騙された仕返しをしようと考えていたのも忘れてキョーコの謝罪を素直に受け入れていた。
「ま・・・まあ・・・・心を入れ替えたようだし・・・別にクビにはしない・・」
そう言われた途端、キョーコは輝かしい笑顔で顔を上げてクーの両手を掴んだ。
「ありがとうございます!!今日からしっかりキッチリ働きます!!ビシバシご指導よろしくお願いいたします!!」
ブンブンと両手を振られて目を回すクーを余所に、キョーコは小躍りしながら朝食を作るためキッチンに向かっていった。
その後ろ姿にクーは唖然とした後、ローリィの言葉を思い出して後頭部を掻いた。
「本当に・・・一筋縄ではいかないなあ・・・・」
そう零しながらも、その顔にはなぜか笑みが浮かんでいることを50人前の朝食を作っているキョーコは気付かないのだった。
****************
「お・し・ご・と♪お・し・ご・と♪お・し・ご・とがあるって素晴らしい~♪」
たいして掃除などしなくてもいい最高級スイートホテルの部屋を掃除して回りながら歌うキョーコを、迷惑そうにクーは朝食を口に運びながら横目で見ていた。
「次は何したらいいでしょうか?師匠!!」
「ぶっほぉ~!!!っ・・・な・・ん?っし・・師匠っ?!」
突然キョーコからそんな呼称で呼ばれるとは思っていなかったクーは、鍋を抱え味噌汁を呑んでいたのだが勢いよく噴き出した。
するとキョーコは少し恥ずかしそうにモジモジしながら、クーを伺うように見た。
「その・・・なんだか・・・そんな雰囲気がしまして・・・ダメ・・・だったでしょうか?」
(どんな雰囲気だ?)
「・・・・ま、まあ・・・いい・・・着替えてくるから、支度をしておけ・・今日はバラエティーにでるんだったか?」
「はい!13時に麻ニチです」
「ん・・」
テキパキしたキョーコの動きに、クーは頷いて私室になっている部屋に入ると着替えを始めた。
キョーコはクーが食べ終えた食器を片づけ、マネージャーのようにクーの仕事について行けるように準備をしていると携帯が鳴っていることに気付いた。
「椹さん?・・・・はい、最上です」
椹には、ローリィから仕事をもらったことを伝えてあったため連絡が来るとは思わなかったキョーコは首を傾げながら電話に出た。
『ああ、すまん・・・仕事中だったかな?』
「今、大丈夫です・・・何かありましたか?」
ダークムーンの撮影はまだ残っているが、キョーコの出番はあと少ししか残っていないためクーの付き人以外の仕事と言えば『気まぐれロック』の坊ぐらいだった。
そのことで変更などあったのかと思っていたキョーコの耳に、椹は全く違うことを話しはじめた。
『いや、実は君に新しいドラマの出演オファーがいくつかきているんだ』
「・・・・・え?」
『それでだな?事務所に寄って欲しいんだが・・・かまわないかな?』
「ちょっと待ってください・・・」
キョーコはスケジュール帳をパラパラとめくり自分と、クーの予定を確認する。
「えっと・・・・・・21時なら事務所に伺えます」
『そうか、じゃあよろしく』
椹に挨拶を済ませると、キョーコは手帳にスケジュールを書き込んでいるうちに勝手に弛んでくる頬を抑えた。
(どうしよう!?新しいドラマ!?まさかあんな根暗でドロドロな役しかやっていない私の所に、他のドラマからもオファーが・・・しかも『いくつか』って!?)
キョーコは頬を染めて体をフルフルと震わせると、両手を高く上げて叫んだ。
「きゃあああ~~!!やったわー!!ショータローめっザマーミロ!!!」
突然奇声を上げて高笑いし始めたキョーコの声に、着替えを終えたクーは私室から出て行っていいものか戸惑うのだった。
***************
「あれ?・・・キョーコちゃん?」
仕事を終え、事務所に用がある社を送った蓮は目の前を見慣れた茶色い柔らかいショートボブが横切り思わず声をかけた。
「あ!・・・敦賀さん・・こんばんは!」
「こんばんは・・・・・仕事?」
周りを確認しながら、久しぶりに真っ直ぐキョーコを見て話をしているような気がした蓮は少しでも近くに行こうと歩を進めた。
「はい!・・・・」
キョーコも久しぶりに蓮と向かい合って話をしているような気がして、側に来てくれる蓮を待ってから嬉しそな笑顔を弾けさせた。
「聞いてっ・・・ください!!新しいドラマのオファーが私にも来たんです!!!」
「え・・・・」
先ほど椹から渡されたオファーがあった台本を蓮に見せた。
「役どころとかは、明日直接聞きに行くことになって・・・・」
「・・・そう・・そっか!よかったね」
嬉しいオーラ全開のキョーコにつられるように、蓮も笑顔を見せるとこの間まで胸を占めていた暗く重い空気が少し軽くなったような気がした。
だから思わず気になっていたことを口にしてしまった。
「・・その様子なら・・・クー・ヒズリの付き人も大丈夫そうだね?」
悟られないように笑顔で、できるだけ自然に聞いたつもりだった。
だが、キョーコはビクリと肩をすぼませて顔を真っ赤にして蓮から少しずつ離れ始めた。
そのことに蓮は、また胸の中に黒い渦が蠢く気がして眉間に皺を寄せた。
「・・・・やっぱり・・・無理難題を強いられていたり、俺に関することで何か強要されているんじゃないの?」
問いただすというよりも、怒りに似た感情を何も言わないキョーコに向かわせて低く呻く蓮にキョーコはハタと止まった。
そのためか、つい素になっていた。
「・・・・え?・・コーンのこと?・・・何もないよ?」
そのあっけらかんとした表情に、蓮は怯むことなくキョーコを問い詰めた。
「言って?キョーコちゃん・・・・本当のことを」
人気の少ない廊下で、蓮はジリジリとキョーコを追い詰めていくとキョーコはまた赤く染まった頭を少しふるった後、観念したように項垂れて話しはじめた。
「やっぱり・・・ばれちゃってた?・・・私が、ハリウッドから来た大切なお客様に怒鳴ったこと・・・」
「・・・・・・・・え?・・・どな?」
思っていたような回答が来ずに、蓮は動揺した。
そんな蓮に気が付かずに、キョーコはさらに顔を赤くしてまくし立てた。
「しかも喧嘩になって、クビにさせられそうになったり・・・・・・」
「ケンカ・・・あの・・・人が?・・・君と?」
「だって・・・師匠、コーンのこと悪く言うから・・・」
「師匠!?」
「あ、ちゃんと今日謝ってクビを取り消してもらったから度量が大きいなって思って私が勝手にそう呼んでるの」
「そ・・・そう・・・」
蓮はキョーコと喧嘩したり、師匠と呼ばれている父の姿を想像できなくて固まっていたが次第に笑いが込み上げてきた。
きっとキョーコの予想外の行動に、大人気もない態度になったりキョーコに師匠と呼ばれて物凄く動揺しただろうと想像に難くなかったからだ。
(素直に俺を呼び出せないからって・・・いや・・それもこれも俺のせいなんだけど・・・・)
「コーン?」
急に体を折り曲げ笑い始めた蓮に、キョーコは頭の上に疑問符をたくさんつけることしかできず声をかけた。
「ごめっ・・・ククククッ・・・・はあ~・・・やっぱり、キョーコちゃん・・・」
「なに?」
「愛してる」
「へ!!?」
目尻に涙を滲ませ、まだ笑いが止まらないまま蓮はそう言ってキョーコを抱きしめた。
「コーン!?な、なんなの!?」
「君が大好きだと改めて実感したんだ」
「な、なんで!?」
「なんでだろうね?」
「ええ!?」
笑いが止まらず、覆いかぶさるように抱きしめてくる蓮に驚きながらもしばらくされるがままになっていたキョーコはそろっと手を上げ蓮の背中を掴んだ。
その感覚が伝わってくると、蓮は芳しいキョーコの髪に鼻を埋めて肺一杯にキョーコの香りを吸い込んだ。
「うん・・・・・勇気が出た」
「・・・・・・・・・そう?」
「うん」
「そっか・・よかった!」
きっと蓮が何に気弱になっていたのか気になっているだろうに、キョーコはそれ以上触れることをせず顔を上げた蓮と視線を合わせて微笑みあったのだった。
蓮は事務所からキョーコと共に帰ってくると、食事の支度をしているキョーコを遠目に眺めながらローリィに電話をした。
「・・・俺です・・・・お願いがあります・・・・あの人に・・・父に会わせてください」
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