§ルートX 72
(ぎゃあ!?携帯の充電が切れてる!)
キョーコがそう叫んだのは、ようやく本日の仕事が終わり強制的に乗せられたリムジンの中でだった。
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「・・・・ほら、ボスに連絡したまえ『私にこの仕事は荷が重すぎました』って」
クーがそう言いながら渡してきた受話器を受け取りながら、キョーコは頭をフル回転させていた。
(どうしよう!このままじゃ、本当にクビにされちゃうっ)
冷や汗が滝のように流れているのをひた隠し、キョーコは恐る恐る受話器に耳を当てた。
クーがダイヤルした後、数回コール音が聞こえ間もなく何度か聞いたことのあるローリィの秘書が電話に出た。
『はい、宝田でございます』
「あ、あのっ最上ですが・・・社長さんは・・・」
『社長はただいま別件で手が離せないのですが・・・何か御伝言はございますか?』
「いえ・・・・」
『そうですか・・・それでは失礼いたします』
「あっ・・はい!・・・」
カチャリと通話が途絶えたがキョーコはそのまましばらく待った。
(どうしよう・・・・・・・・そうだ!)
キョーコはクーの目の前で、咄嗟に嘘をついた。
「あ!最上です!!夜分に申し訳ありません!!」
クーの目の前で、ローリィと話しているフリをすることにしたのだ。
「・・いえ・・・・」
キョーコはローリィに何か言われ、頷いているようにしながらチラリとクーを見ると腕組みをして監視を続けているのが目に入った。
(無言で降参するように圧力をかけられてるわ・・・・・)
内心、今すぐこの仕事を降りて蓮の待つマンションに帰りたかった。
(でもっ)
キョーコは、ぎゅっと受話器を握りしめた。
「いえ!ご心配なく!ヒズリ氏は私の料理を喜んでくださいました!明日からも頑張ります!!」
「なっ!?」
キョーコの言葉にクーが度肝を抜かれた表情になってもキョーコは構わずに続けた。
「ええ・・・はい、ヒズリさんは社長さんの言うとおりとても素晴らしい方ですね・・・え?・・・はい・・・・少々お待ちください」
キョーコは呆然としているクーに受話器を差し出した。
「社長になにか言われますか?」
これは賭けだった。
泣いてすがれとけしかけた本人にその言葉を言わせようと、受話器を向ける。
こうすることで確実に相手がいるフリが出来ると踏んだのだ。
そしてもう一つ、キョーコはクーが自分のプライドで告げ口のようなことはしないとわかっていた。
クーはキョーコの予想通り受話器を受け取ることはなかった。
「もういい!」
予想通りにいったとはいえ、キョーコは大きく安堵の息をついてゆっくりと受話器を元に戻した。
ここで急いで切って怪しまれないようにすることも出来、キョーコはようやく落ち着きを取り戻した。
そして改めて部屋の中を見て、呆然とした。
クーがせっせとビニール袋にキョーコが作った食事を投げ入れていたからだ。
「ちょっと~!?何すんのよ!?」
「ふん!まだ居座るつもりならキッチリ仕事をしてもらいたいものだね?この生ごみをキッチリ片付けろ!!」
ドザドザとキョーコが苦心の末作った料理たちをビニール袋にまとめると、作った本人に突きつけた。
「生ごみにしたのはあなたでしょう!?あなたこそ、作らせたんだからキッチリ食べなさいよね!!?」
キョーコは一度収まった怒りを爆発させると、ビニールをひったくりどんぶりにビチャッと盛った。
「こ・・この私に・・・ハリウッドの大スターであるこの私に、生ごみ同然のねこまんまを食えというのか!?」
「はんっ!ハリウッドの大スター様は、できないことを突きつけられたら怖気づくヘタレ野郎なんですね!?」
「なんだとぉ~!!?プロ根性なめんなよ!?」
売られた喧嘩を買ったクーは、キョーコからてんこ盛りに乗せられたねこまんまを奪い取った。
そこでキョーコは正気に戻った。
「あ・・・あの・・・本当に・・・食べるんですか?」
思わず喧嘩を売ってしまったが、先ほどまで食事出来る状態だったものがモザイクがかかりそうな代物になってしまっているのを目の当たりにし青ざめた。
「お前が差し出してきたんだろう!?男に二言はない!!」
大変な有様のねこまんまのなかに、青ざめたままクーは内心後悔しながら箸を突き立てた。
そして意を決して一口、口に運んだ。
「!!」
「あ・・あのっもういいですから・・・」
「何を言っているんだ!?食材を無駄にしたらバチが当たるだろう!!?」
(あなたが言う!?)
しかし、キョーコが呆気に取られている間にクーはおかわりしてまですべてを平らげてしまったのだ。
その食べっぷりは、ローリィからもたらされた情報で知ってはいたが間近で見ると感心しぱなしだった。
(コーンももう少し食べてくれたらいいのに・・)
そう思いながら片づけをしていると、ムスッとしたままクーがやってきた。
「もう遅い・・・車を回すようにフロントに伝えたから、それに乗っていくように」
「え・・・・いえっそんな・・・・」
(あんなに大ゲンカけしかけて、どの顔で車を使わせてもらうなんて・・・)
そんなキョーコの心情などお見通しのように、クーは鼻で笑った。
「あんなことぐらいでフェミニストの心を捻じ曲げるようなことはしない・・・それに大ゲンカした後帰路で君に何かあったら目覚めが悪い」
「・・・・さようですか・・・」
胸を張ってそう言い放たれると、遠慮している方がバカらしくなってしまいキョーコは渋々クーの手配した車に乗って帰ることとなったのだった。
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「心配してるよね・・・・」
タクシーの中の時計はすでに午前2時を過ぎていた。
今日のことはもちろん蓮に伝えてない。
伝える暇がなかったのだから仕方がないのだが、携帯の電源が切れてしまっていたことは完全に自分の不注意だった。
「ちゃんと話し・・聞いてくれるよね?」
先日自分の思い上がりな行動で、蓮に怒られたばかりで『連絡が付かない』『帰ってこない』という事態はキョーコ自身で危機を招いているようなものだ。
キョーコは、部屋の前に来ると意を決して鍵使い中に入った。
「ただいま・・・・」
蓮が寝ていると思い、小声で伺うように声をかけた。
しかし部屋の中は静まり返っている。
それどころか、明かり一つ付いていない。
「・・・・・・・・・え?」
キョーコは驚きながらも、明かりを付けながらリビングに足を踏み入れた。
しかしそこには蓮の姿はなかった。
寝室も、バスルームも、トレーニングルームも、客室も・・・すべて見て回ったが蓮の姿はどこにもなかった。
「・・・まだ・・・お仕事中?」
しかし、帰宅したら話をしようと言っていた。
キョーコは慌てて携帯を充電器に繋ぎ、電源を入れた。
連絡が入っているのかもしれないと思ったのだ。
だが、何の連絡も入っていなかった。
キョーコは、携帯を操作すると蓮の番号を呼び出した。
もし仕事中ならば、メッセージだけでも残しておこうと思ったのだ。
『ピルルルルル・・・・ピルルルルル・・』
「・・・へ?」
キョーコが驚いたのも無理はない。
蓮の携帯はソファーの上に投げやられたまま放置されていたのだ。
ということは、蓮は一度この部屋に帰ってきてそれから出て行ってしまったことになる。
「コーン!?いったい・・・どこに!?」
キョーコは、蓮の携帯を拾い上げると胸元でぎゅっと握りしめるのだった。
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