§ルートX    71 | なんてことない非日常

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§ルートX    71





キョーコは息も絶え絶えになりながらも、口の端をニヤリと釣り上げた。


ダン!!


ギラつく刃をよく磨かれた大理石で出来たキッチンの上に叩き置く。



「・・・や・・・ったわ・・・・59分34秒・・・26秒も残して、封印していた記憶を紐解きながら作った会席料理!!汁物はおすまし!魚は煮物と焼き物を両方用意!!ご飯はお櫃に入れて、京野菜たっぷりの煮物や天ぷら先付けですら京野菜にこだわった品!!許しを請いながら食すがいいわっ!あの母国語を忘れた似非日系俳優め!!!!」



キョーコはそう吐き捨てるのも無理はなかった。


蓮のことを言われ放題にされ、ぶち切れしたキョーコがクーの車からクー自身に降りろと無茶な命令をするとはじめは呆気に取られていたクーも意識を取り戻しキョーコに一時間以内に自分の注文した通りの料理を完成させるように言ってきたのだ。


売り言葉に買い言葉でも、キョーコは意地になって料理を完成させた。



『ミスター・ヒズリ?!食事の用意が出来ましたよ!?』



寝室となるプライベートルームのドアを叩くと、そう声をかけたキョーコに中から不機嫌全開でクーが出てきた。



『・・・叫ばなくてもわかる』



会うたびに不機嫌を重ねるクーに、キョーコはもう取り繕うことはしなかった。



『そうですか?ご自分の仰られたことをすっかりお忘れになられているから、耳もモウロクしているのかと・・』



その態度にクーは頬を引きつらせつつ言い返した。



『なんだと!?・・・しかも何だこれは!?こんなに味のない料理は始めただぞ!?・・・やっぱり先輩がダメなら後輩も・・・』



しかし、キョーコは無表情のままクーの喚きを一蹴した。



『これだからモウロクは・・・ご自分で一時間後に夕食を食べるって仰ったのに、こんなジャンクフードにスナック菓子を食べてたら繊細な味付けの京料理を味わうことなどできないって何でわからないんですか?』



キョーコが落ちたスナック菓子の空き袋を拾い上げ、クーを見やるとクーはにっこりとほほ笑んで備え付けの電話に手を伸ばした。



「ああ、フロント?先ほど突然部屋に大量の生ごみが発生してね?引き取りに来て欲しいんだ・・・それと夕食も頼もう・・ん?ああ・・・フランス料理でもなんでも美味しければ何でもいい」



(なっ!?・・・まごみ!!?しかも日本語で・・・しかもっしかも!美味しければ何でもいいですって!!!?)



クーのあまりの言いようにキョーコが震えていると、それを見つけたクーは満足そうにほくそ笑んだ。



「そうそう・・・粗大ごみも一つあってね?この際だから台車一つ借りようかな?」



キョーコの頭上に【粗大ごみ】という言葉が降ってきて、キョーコ自身を潰した。



「そういうわけだから、俺はこの通り日本語も忘れていないし似非日系俳優でもないしどんな理不尽な状況も打破できる金も権力もある・・・君のような小娘などでは俺のはむかえるはずがないだろ?どうせなら君の尊敬する先輩と束になってかかってくればいい・・・・・ほら、ボスに連絡したまえ【私にこの仕事は荷が重すぎました】って」



クーはフロントと話し終わった電話をキョーコに向けて差し出してきた。


キョーコはそれを無言で受け取ると、クーが番号を押すままに受話器を耳に当てた。




*********



「おう!俺だ」



電話だと秘書がやってきたことで、ローリィはピンときて機嫌よく声をかけた。

しかし、電話の相手は予想していた相手ではなかった。



『何考えているんですか?』



「・・・・・・・・・なんだ・・蓮か」



ローリィは心底がっかりしながら、先ほどまで遊んでいたプールから上がった。

プールの中ではニシキヘビの『ナツコちゃん』が、寂しそうにローリィを見送っていた。



『なんだじゃありませんよ・・・・どういうことですか?』



「あん?何がだ?」



プール上がりの一服をするローリィに、フランス王族でも身に付けそうな豪華な刺しゅう入りのガウンを秘書がかけるとローリィは簡単な手の合図をその秘書に送った。

それにコクリと頷いた秘書は、音もなくその場を離れた。



『・・・あの人に・・・キョーコちゃんを付けましたね?』



蓮の怒りがこもった声も、ローリィは右から左に流すだけだった。



「・・・随分他人行儀な言い方だな?・・・自分の父親に対して」



ローリィは蓮が沈黙するのがわかってて、あえてそう言った。

予想通りしばしの沈黙が落ちる。

その間にガウンに袖を通すと、ようやく蓮が言葉を発した。



『・・・あの子に・・・言ったんですか?』



「何をだ?」



『・・・彼が・・俺の父親だと・・・』



「言ってないぞ?・・・お前はどうなんだ?あの子には手の内をほぼ見せているようだが?」



『・・・・・俺の本名を知っています・・・でも、彼のことは教えていません・・・』



「・・・本名知っていれば気付くだろ?」



『・・・・そこらへんがキョーコちゃんの凄い所というか・・・たぶん・・しばらくは気付かないかもしれません・・・』



「・・・・・・・・・・・まあ・・・なんにせよ、俺はお前たち親子の心情など無視して純粋にラブミー部の仕事として彼女にしてもらっているだけだ・・・役者になったばかりの彼女にあいつはいい刺激になるだろうからな」



『・・・本当に・・・それだけ・・・ですか?』



「ああ、そうだ・・あいつだって今回は映画の告知でこっちに来てるんだ・・・そうそう暇じゃないさ・・・それでもお前のことは気にしているだろうからな・・・もし話がしたいなら俺から取り次いでやってもいいが?」



『・・・・いえ・・・・いいです・・・・俺はまだ・・・あの人たちに顔を合わせる事なんてできません・・・』



プツリと切れた電話に、ローリィは深いため息を付いた。



「まあ・・・連絡をしてくるだけでもいいとするか・・・・」



そんなローリィの声が聞こえていたかのように、蓮は通話を終了させた携帯を睨み付けていた。



「蓮?話し終わったのか?」



「・・・・ええ・・・キョーコちゃん、やっぱりクー・ヒズリの付き人をしているそうです」



「そっかあ~・・テレビでちらっと姿が見えた時は心臓が飛び出たけど、よく考えたらうちの事務所からハリウッドに羽ばたいていった人だし社長のお気に入りのラブミー部からキョーコちゃんが出てもおかしくもないからな」



「・・・・社長もそう言ってました・・・」



「そっかそっか・・・・まあ・・あんなカッコいいハリウッドスターの側に彼女がいるのは心配だろうけれど、キョーコちゃんは心配いらないよ・・・そんなことでフラフラする子じゃないし・・・」



「わかってます!!」



思わず大声を出したことに、社ではなく蓮の方が驚いていた。



「あっ・・・すみません・・・・」



そんな蓮を見て、社はわざと苦笑してみせた。



「いや・・・そんなに心配ならキョーコちゃんに電話、してみたら?案外もう家に帰っているかもしれないぞ?」



「・・・・・はい・・・」



しかし、社の慰めも簡単に打ち砕かれた。


明かりのついていない自分の家に足を踏み入れた途端、蓮は携帯でキョーコの番号を呼び出していた。

しかし、無慈悲なアナウンスはキョーコの携帯が通話できない状態にあることしか繰り返さなかった。


蓮は玄関にそのまま座り込むしかできなかった。





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