カメラと彼女と自転車と   4 | なんてことない非日常

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カメラと彼女と自転車と   4




 たくさんの人が別れを惜しんだり、一人決意をしながら 荷物を抱えなおしたり、家族で楽しそうに今後の予定を立てたり・・・。


空港のロビーで、彼は愛用のカメラバッグを抱えなおしニューヨーク行きの航空券を見つめた。


きっと今頃、彼女は何も知らないでいるだろう。

ニューヨークへ修行に行く出発日を、ずらして伝えていたのだ。



(最後までヘタレだな・・・別れが辛くて嘘をつくなんて・・・・)



悲しみに満ちた顔で無理やり笑み作るのだった。



その頃、彼女は制服のスカートが激しく翻るのもかまわずに自転車を爆走させていた。


鍛え上げた自転車テクを使い、階段を駆け下りたり小さな段差を飛び越えたり。

空港にいる彼の元に間に合うように自転車を走らせる。


大粒の汗を光らせて、彼女は何とか間に合った。



『っ・・・ぜぇ・・・ぜぇっ・・・っく・・・兄ちゃんっ・・・』



『!・・・どう・・して・・・・』



汗を光らせて、近づいてくる彼女を彼は嬉しそうに目を細め見つめた。



『っ・・・おば・・さんにきいてっ・・・・予定よりも・・・早いっ・・・なんて・・卑怯!・・・』



まだ息が整わない彼女に、彼は寂しそうに笑った。



『・・・君に・・・別れを言われるのが・・・怖かった・・・』



その言葉を聞いた彼女は、ポケットに突っ込んだあの日のメダルを彼に投げつけた。



『初めて日本一になったメダルっ・・・今度は世界一になって交換してもらうから・・・大事に持ってて!』



彼女らしい言葉に彼は目を丸くした後、笑い出した。



『ぶっは!・・・うん、大事に・・持っておく・・・っ!』



メダルを掲げ笑った彼の胸に、彼女は飛び込んだ。



『次に会うときは・・・もっと素敵な女の子になっておくから・・・だからっ』



涙交じりの表情で、見上げてきたその顔に彼は目を見開いた。

そして、ドサリとカメラバックを下ろし彼女の小さな体を抱きしめた。



『十分・・・綺麗になったよ・・・・本当は、君から目を離すのが怖いよ・・・他のヤツに取られるんじゃないかって・・・・』



彼女を抱きしめる彼の腕に力が入る。



『なにそれ・・・全部・・・兄ちゃんに振り向いて欲しくて・・がんばったのに・・・』



『うん・・・・綺麗だ・・・すっごく・・・綺麗になった』



囁くように耳元に寄った唇がそう呟くたび、彼女はどんどん真っ赤になっていく。

けれど、肌に透明感を与えるUVパウダーは彼女のその表情をくすませること無く彼に近くでも見られてもその愛らしさを損なうことは無かった。


そして彼の方は、今までの彼女の姿を一つ一つ思い出して心に積もった想いを口にした。



『好きだよ』



『!!・・・わ・・・私もっ!大好き!』



彼女の声は、国際線ゲートに大きく響いた。



『!っ・・・・声・・・・大きいよ・・・』



『ごめ・・・』



慌てて赤面する彼女に、彼はクスリと笑みを零してその頬を両手で包み込むと上を向かせた。

驚いている彼女に、彼は優しく微笑みゆっくりと唇を重ねた。



彼らの物語は、これから始まる。




゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆



Web最終話と、ニルコタのCMは予想以上に大きな反響を呼び黒崎は大きな成功を収めた。


そして、現実にも蓮とキョーコが上手くまとまったことをLMEの社長からご機嫌な声と共に教えられた。


黒崎は、大きく伸びをした。

すると、不意に胸ポケットに入れていたものがカサリと音を立てた。


それを取り出し、眺める。



「中学生かっ」



自分にそう突っ込みながらも、満足げな表情で写真を見つめた。


写真には、蓮と笑顔で会話するキョーコの姿が捉えられている。

幸せそうな表情。


撮影ラスト、キスシーンの前に撮れた写真だ。


あんなにガチガチだった初日とは比べ物にもならない、豊かな表情は見ているだけでこちらまで幸せになれそうだった。



「俺も不毛だな~」



蓮のことを幸せそうに見つめているキョーコの表情が、一番黒崎が撮りたかったものだと気づいた。


ファインダーを覗けば判る。

自分の気持ちは。


若い時の不毛な感情を未だ持ち合わせていたのかという思いと、CM監督としての才を濁らせなかった自分に複雑な感情を抱きながらその写真を封筒に入れた。


散歩ついでにこれを郵便で送ってやろうと考える。


宛名は、京子と蓮にして。


このCMで何よりの成果である、二人に祝福を届けるのだ。

ただ、写真の裏には一言・・・・・



『彼女の笑顔を大切にしろ・・・さもなくば―』



これを見た彼がどんな表情をするのか、想像しながら黒崎は機嫌よく封筒に糊付けするとそれを携えまだまだ残暑をよく吸い込んだアスファルトをダラダラと歩くのだった。





end