桃見乃宴    三 | なんてことない非日常

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§桃見乃宴(モモミノウタゲ)    三

                       




 「もういい加減・・・・忘れたらどうだ?」


「・・・・・・忘れたら・・・・いい事でもありますか?・・・・」


そう話しかけられると、冷たい棘のような視線を敦賀は目の前で肘掛に身を預け優雅に座る男に向けた。


「・・・・・相変わらずだな・・・」


そんな敦賀を困った表情で見やる男は、女人のように色鮮やかな柄の入った直衣を着崩して纏い、側仕えの者に
大きなため息を漏らし同情を誘った。


「今夜の桃見会には出席しますが右大臣様の思う通りには動きませんよ?」


敦賀がそう言うと、宝田の右大臣は自分の屋敷が賑やかしくなってきているのを嬉しそうに見やり敦賀を側近くまで手招きして呼んだ。


「蓮・・・・瑠璃子は大層、お前を気に入っておる・・・・お前がその考えを捨てれば、瑠璃子の婿として私が摂政に上がる後見人になってもいいとさえ思っている・・・・」


宝田の提案に敦賀は小さなため息をついた。


「・・・・それは願ってもないことですが・・・申し訳ありません・・今はその考えを捨てることはできません・・・」


敦賀の言葉に、宝田は肩を落とした。
その姿にまた、いつものように説教が始まるだろうと敦賀は慌てて話の矛先を代えた。


「・・・それはそうと・・大臣様・・・」


「なんだ?」


「・・・・マリア姫の側にここから近頃、女御を一人送ったと伺ったのですが・・・」


「ん?・・・・・ああ!京子か、あの子はすごい子でな!あのマリアも瑠璃子も京子の手にかかればあっという間に大人しい飼い猫のようになったのだぞ?!」


嬉しそうに笑う宝田に敦賀は眉間に皺を寄せ、扇で口元を隠した。


「・・・・大臣様も随分とその者を気に入っているご様子・・・・・彼女はそこまでにすごい者なんですか?」


敦賀の表情から宝田はきょとんとしてじっと見つめた。


「・・・なんだ・・・・お前、もう京子と会ったのか?」


「・・ええ・・まあ・・左大臣邸から来た者だと親切丁寧に教えてくれる者がいましてね」


「!!・・・はぁ・・・・まったく・・・口さがない者がいるな・・・・・確かに京子はお前が没落させたいと願う左大臣邸から来た・・・・だが、あの子はお前が手を下していい者ではない・・・むしろお前と同じ境遇の者だ」


「・・・・え?」


宝田の言葉に敦賀は驚きの表情を作った。


「あの子も・・・・先の左大臣に虐げられたと言っても良いだろう・・・今左大臣の不破殿はそれを不憫に思い自らの子のように可愛がっていたらしいが・・・あのぼんくら小僧に言いように扱われていたようでな・・・・」


敦賀は不破左大臣の嫡男の顔を思い浮かべ、眉間に深く皺を寄せた。


「・・・・・アカトキの入道殿は仏門に下っているのに・・・・まだ何かを企んでいる・・・・あの小僧・・・・五位の地位が不満だと近頃漏らしているようですし・・・・そんな矢先に左大臣低から来たという者が出てくれば俺が気にしないとでも思いましたか?」


敦賀の稀に見る気迫まみれの顔に宝田は鋭い眼光を向けた。


「蓮・・・・お前がアカトキに恨みを募らせているのは宮中の参謀ならばほとんど知っている・・・だが、それを表にすれば今の地位も失い今上帝を守ることは愚か、宮中に参内する事すら叶わなくなるぞ?!」


「・・・・っつ・・・・」


宝田の言葉に敦賀は苦悶の表情で俯くと、そのまま小さく頭を下げて部屋を後にした。
その敦賀の後姿を宝田は悲痛な面持ちで見送るのだった。






「あれ?蓮!父上に会ってたのか?」


重い足取りで屋敷を出ようとした敦賀に明るい声が止めに入った。


「・・・・倖一さん・・・・今日は勤めじゃなかったんですか?」


「ああ、緒方殿が代わって欲しいって・・・たぶん父上に捕まらないためじゃないかなあ」


右大臣邸の長男、倖一は敦賀ににっこりと笑いかけると敦賀は苦笑いを返した。


「彼も大臣様に気に入られてるからなあ・・・」


「・・・・・・・・・」


「・・・何か?」


じっと見つめる倖一に敦賀が顔を引きつらせると、倖人は大きくため息をついた。


「・・・・また、父君と口論したんだろう・・・・」


「・・・・・・・・」


敦賀は倖人にバツが悪そうに顔を逸らすが、それは肯定の返事にしかならなかった。


「まったく・・・・まあ、いつもの事だからな・・・そうだ!蓮、今日は市が開かれてるから行かないか?」


「・・・・・ああ、行こうか・・」


気を使う倖一に敦賀は感謝しながら、いつもなら渋る町への散策に出ることにしたのだった。




*****************



「今日はやけに賑わうな・・・」


敦賀は市に足を踏み入れた途端、たくさんの人の波に驚きながらその長身の体躯を必死に動かし人とぶつからないように努めた。


「あちこちで桃の節句を祝っているからな・・・・・蓮、家での宴までちょっと軽く引っ掛けられるものでも見繕うか?」


倖一は敦賀におどけながら、杯を傾ける仕草をして見せた。
それに敦賀は頷いて倖一の後ろを歩きながら出店を眺めていくと、色鮮やかな鞠が並べられている店が目に付いた。


(・・・・マリア姫が好きそうだな・・・・)


ふらりと敦賀がその店に足を向けたときに、聞き覚えのある声が耳に入ってきた。


「お願い!!あと5文まけて!!!」


「勘弁しておくれよ~これでも丁寧な仕事してんだから」


「わかってるけど・・・・その値段だと買えないから・・・・お願い!!」


笠をかぶって軽装をしているものの、その声は先ほど話題に上がった者だと敦賀は直ぐにわかった。

敦賀はゆっくりとその者の横に付き、その手の中にある蝶の柄が可愛らしい朱色の鞠を見つめた。


(・・・・同じことを考えるとは・・・・)


敦賀は小さく息を付きながら、興奮状態のその者から鞠を簡単に取り上げると店の女主人に声をかけた。


「その値段でいい、買おう」


「!?」


「ありがとうございます!」


驚いている横の者を無視して、敦賀は元の営業用の笑顔に戻った女主人にお金を渡すとその鞠を横の者の前に差し出した。


「・・・・・なんであなたが・・・」


「君こそ・・・こんなところでなにしてるの?」


差し出された鞠を受け取ろうとした者の手から敦賀は鞠を高く上に上げ遠ざけた。


「姫様に献上するつもりなのか?」


「!?・・・・・・・そのつもりで選びました・・・・私が使うようなものに見えますか?」


「初めて見たとき、童だと思ったぐらいだからね?似合うんじゃないのかな?」


にやりと意地悪くそう言って笑うと、その者はむくれてそっぽを向いた。


「っ!?もう!蓮様がお買いになったんですから姫様にお渡しくださいませ!!その方が姫様もお喜びになりますっ」


「あっ、待って!!」


敦賀の意地悪い態度に耐えかね踵を返した者を敦賀が追いかけようとすると、その光景を見ていた倖一が呆然としながらふらりと二人の前に足を進めてきた。


「蓮が・・・・女人をいじめてる!?」


「・・・・人聞きの悪い・・・・」


「え!?倖一様!!」


「え?」


笠に付いた薄布のせいで顔のわからない女人に名前を呼ばれ、動揺しながら倖一はじっとその者の顔を布越しに見つめた。


「・・・・・!!・・・京子ちゃんか!」


「はいっ!ご無沙汰いたしております」


綺麗に頭を下げる京子に倖一は嬉しそうに頷くと、不機嫌顔の敦賀を見上げた。


「蓮・・・京子ちゃんのこと知っていたのか?」


「・・・・・先日、女東宮様の所にご機嫌伺いに参った際に木の上から降ってきたので・・」


「え?!」


「っつ!!!す、好きで落ちたわけではっ」


動揺する京子に真実だと悟った倖一は大きくため息をついた。


「きっとマリア姫のせいだね・・・・ごめんね?いつも苦労ばかりかけさせて・・・」


「いえっ!・・・・あれはあれで楽しかったので・・・」


「何とかは高いところが好きだと聞いたことがあるな・・・」


「っ!?」


そっぽを向いたままポツリと漏らした敦賀の言葉に京子は怒りの感情で睨みつけた。
その様子を唖然としながら見ていた倖一は徐々に可笑しくなってきて笑い始めた。


「蓮がそんな風に女人に接するなんて知ったら宮殿中の女御が失望するんじゃないのかな?」


「・・・・誰にでもするわけでは・・・」


自分でもいささか子供じみた事をしたと思い、敦賀はまだ怒り心頭の京子に鞠を差し出した。


「悪かったよ・・・・これを姫様に渡して下さい・・・典侍殿?」


愁緒に謝る敦賀に、渋々と京子は鞠を受け取った。

まだ、怒っていると感じた敦賀は困り顔で辺りを見渡すと、一軒の出店に気がついて慌ててそこに並べてあるものを買ってくると再び京子の前に戻ってきた。


「・・・・これも一緒に渡して?雛型のお礼にと」


「!!・・・・貝合わせ・・・・」


それはマリアが好きな蛤貝の中に同じ絵柄が描かれた遊び道具だった。


「・・・・それと・・・これを君に・・・」


「え?・・・・・」


似たような貝合わせ道具なのだが、その中を開くと綺麗な朱色の紅が入っていた。


「・・・・・童だと思ったのは始めだけで・・・・後で現れた君には・・・その紅が似合う女御殿だと思ったよ・・・・」


少し照れながら謝る敦賀に、呆然としていた京子だが手の中一杯の敦賀から渡された物を見ているうちに笑顔が零れた。


「・・・・ありがとうございます」


その瞬間、桃の香りを纏ったような甘い春の風が通りに吹き、京子の顔を隠していた薄布が揺れて敦賀の目の前にその笑顔が現れた。


その表情を見た瞬間に敦賀の中に懐かしい光景が一瞬よぎるのだった。




四へ