桃見乃宴    四 | なんてことない非日常

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§桃見乃宴(モモミノウタゲ)    四


                    


 『お兄ちゃん!!ありがとう』


裳着も未だの幼髪の少女は鞠を手渡されて、敦賀にその愛らしい笑顔を溢した。

桜の花が舞い散る土地で出会った幼い時の自分に微笑む少女。
あの時に戻れたら・・・・何度そう思ったか・・・・・。

彼女の笑顔は忘れかけていた懐かしい光景を思い起こさせて、敦賀の心を酷く痛めた。


「・・ん・・・れん?・・・蓮!・・・大丈夫か?」


「うん?・・・・・ああ・・・・少し酔ったかな?・・・・・風にでもあたって来るよ・・・」


市で京子にあってから二刻(四時間)程過ぎた今は既に右大臣邸にて宴が始まっていた。

昼間の事を思い出し、ぼうっとしていた敦賀に酒をついで回っていた倖一が声をかけると敦賀は苦笑いをして席を立った。


(・・・今更あの子を思い出したからって・・・・何も変わらない・・・)


そう思い込もうとしても穢れきった自分が酷く嫌なものに思えて、いつものように腹の探り合いをしながら進める酒に混じれなくなっていた。


(・・・・・くそっ・・・・・・あの子に会ってから調子が狂う・・・)


きゅっと眉間に皺を寄せて顔を上げた瞬間、渡殿をかけてくる京子が目に飛び込んできた。
そしてパタパタと走ったことを古参女房に怒られていた。


(・・・・何してるんだか・・・・)


敦賀はそれを遠目に眺めて呆れながら小さくため息をついたのだが、謝って顔を上げた京子と目が合った。
その瞬間、京子はぱっと表情を明るくして敦賀の元に走り寄ってきた。

その華が咲いたような笑顔に今までの重苦しい感情が一気に払拭され金縛りにあったように、その場から動けずに京子が側に来るまでそのまま立ち尽くした。


「蓮様、よかった早めにお会いできてっ!・・昼間はありがとうございました!姫様、とても喜んでましたよ?これ、お預かりした雛形です」


蓮に可愛らしい雛形を手渡す京子を敦賀はじっと見下ろした。


「・・・・紅・・・つけてくれたんだ・・・」


もともとふっくらとした桜色だった唇は鮮やかな朱色を纏い色付く梅の花のようだった。

その朱に心奪われ思わず頬に触れそうな程近くまで手を上げて敦賀は、はっとして京子から離れた。
京子が真っ赤な顔で自分を見上げていたからだ。


「せ・・・・せっかく・・・頂いたので・・・くすむ前につけさせて頂きました・・・」


恥ずかしそうに俯く京子に敦賀は思わず頬を緩めたのだが、宴席のほうがサワサワとざわつき始めた。


「あんな女御殿いたかな?」

「あの女御はどなたの御つきの者だ?」


そんな声が敦賀の耳に届いてきた。


(・・・・どうでも・・・いい・・・)


そう思いたかったのに敦賀は宴席から京子を隠すように立ちなおすと、マリアが作った雛形を受け取った。


「・・・・近いうちに参内すると伝えて下さい・・・典侍殿・・・」


「京子で構いません・・・・それでは、瑠璃子姫に呼ばれておりますので・・」


京子は綺麗に頭を下げると、すすすっと渡殿を東の対屋への方へと去っていった。

その後姿を見送ると、すかさず敦賀はがっしと肩を抱かれた。


「今の誰?」


「・・・・貴島殿が俺にけしかけた女御だよ」


肩を抱いた貴島にため息混じりに答えた敦賀はその手を払いのけると、貴島の驚愕の叫びを聞きながらふらりと中庭にある桃の木の下へと歩いた。

夜の闇の中、松明が照らす明かりに桃の花がぼんやりと映し出されて幻想的な眺めの庭には、甘く爽やかな桃の香りが立ち込めていた。

その香りと共に、桃の香りを纏い降ってきた京子の重みと温もりが敦賀の体に甦った。


「・・・・・なんなんだ・・・・この感覚は・・・・」


娶る事はぜずとも、様々な女御を閉じ込めてきたその腕は、再びその者を抱きしめたいと震える事などなかったのに。
彼女の感覚が再び欲しいのかその重みと温もりを探すように体が彼女の消えた東の対屋へと敦賀を向かわせた。


渡殿を曲がったところで、なにやら話し声が聞こえ敦賀は空いている部屋に身を潜めた。


「お願い!ほんの四半刻(30分)でいいのっ!!」


「・・・ですが・・・・」


敦賀は声のする方をそっと覗き込むと、困り顔で立ち尽くす京子と御簾越しに京子に何やら懇願する者の着物が見え隠れしていた。


(・・・あの声は・・・瑠璃子姫か・・・)


「一目蓮様を見てから、ちゃんと琴を奏でてくるから・・・だからここに九条の者が来たら追い払って欲しいの!瑠璃子はそなたの後家に入る気はありませんって」


「は・・・・はあ・・・・」


「お願い!!他の女房は頼りにならないのっ・・・京子・・・・」


捨てられた子猫のような声を上げて泣き伏す瑠璃子に京子は小さくため息をついて頷いた。


「分かりました・・・ですが、九条様がお諦めにならなくても文句は仰らないで下さいね?」


「・・・分かってる・・・それじゃあ、お願いね!!」


言うが早いか、御簾から転がるように出てきた瑠璃子は先程まで泣き臥せっていたとは思えないほど急いで宴席のある西の対屋に向かっていった。

それを見送った京子はため息と共に瑠璃子の部屋に入って行った。


宴席の行われている西の対屋の声は渡殿にいる敦賀にさえ既に微かにしか聞こえない。
ここ東の対屋にある部屋に入ってしまえば、喧騒もまるで別世界のようだろう。

それは逆の事も意味する。

敦賀は扇をきゅっと握り締めると、京子の入った局へと足を向けた。

だが、その前を一人の公達がさっと掠めて部屋の扉を叩いた。


「瑠璃子姫、九条です・・・・今宵はお招きありがたく存じます・・・よろしければ桃見をご一緒にと思い馳せ参じました・・・」


先ほど京子たちの会話に上がっていた者の参上に敦賀は小さく舌打ちをしながらも、事の成り行きを見守る事にした。


「・・・・申し訳ありません・・・九条殿、貴方様にはご正室のおありになる身・・・瑠璃子姫様はその事に大層お心を痛めておいでです・・・・」


「なれど・・・」


「どうか、このまま瑠璃子姫様のことはお忘れに・・・」


京子は瑠璃子の願いどおりに九条にそう告げた。


「女房殿!お待ちください!!一目だけでも瑠璃子姫にっ」


しかし九条は諦め悪く戸を閉めようとした京子の手を掴み咄嗟に引き抜くと、驚きながら飛び出した京子と顔を合わせた。


「・・・・これは・・・また・・・・」


好色で知られる九条は咄嗟に着物の袖で顔を隠したものの垣間見てしまった京子に心奪われた。


「・・・・・どうか、瑠璃子姫様のことはお忘れになられて・・・宴席にお戻りくださいませっ」


顔を見せまいと体を捻り部屋に戻ろうとする京子の手を、九条は必死に握り締めた。


「分かりました・・・瑠璃子姫のことは諦めます・・・ですが・・・この心の空洞をどうか女房殿が埋めて下さらないか?」


気色満面の笑顔で迫られ、次は自分が標的になったことを知った京子は心の中で絶叫した。


(いやあああ!!?何この人!?馬鹿なの阿呆なの!?この好色がっ!!)


心のままに罵詈雑言を言っても男は手を離すどころか、瑠璃子の部屋へと京子を押し始めた。


「女房殿・・・・」


悲痛な表情を作って、京子に同情させようとしているのか男はどんどん京子を部屋に込めようとしていた。


(ちょっと!?ま・・まさかっ)


京子は己の貞操の危機を察知し青ざめた途端、低く艶のある声が二人の頭上から降ってきた。


「失礼、九条殿・・・大臣様が酒の相手がいないと先ほどから九条殿をお探しですよ?」


「!?・・・・頭の中将殿・・」


「蓮様!?」


突然登場した敦賀に九条だけではなく、京子まで驚きの声を上げた。

しかし敦賀が見かねて止めに入っても九条は慣れているのか、しかめっ面をして敦賀を一睨みした。


「・・・・今しがた立て込んでおるのだが?」


「そうですか・・・・しかし・・・・」


敦賀はそんな睨みも全く気にせずに、京子の細い手首を掴んでいる無粋な手をちらりと見た。


「・・・その者は私のものだ・・・京子、紅の礼を返してもらうよ?」


「へ?・・・」


言うが早いか、九条に手を繋がれたままの京子の顔を自分に振り向かせると敦賀は柔らかい唇にのった紅をぺろりと舐めた。


「「!!!!??」」


敦賀の行動に一気に石になった京子から手を離した九条から京子を引き寄せると、自らの直衣の袖に込めるように京子を隠した。


「!?・・っつ・・・いやはや・・・頭の中将のお手付きだったとは・・・・・致しかたあるまい・・・中将殿と女の取り合いなどすればいい笑いものだ・・・失礼した女房殿」


少々顔を引きつらせてはいるものの、場慣れしている九条はすごすごと宴席に戻っていった。

敦賀は放っておこうと思ってもそう出来なかった自分と簡単に九条に捕まった京子に苛立ちを覚え、ため息をついた。


「・・・・・・そなたは・・・・無防備すぎる・・・少しは・・」


九条が去りほっとした京子を腕に込めたまま見下ろした敦賀は、真っ赤になって目を潤ませる京子の姿が目に入り息を飲んだ。


「だ・・だからと・・・な・・・なんという事をなさるんですかっ」


抗議の声を上げて自分を見つめる京子は、今すぐに別の声を上げさせたくなるほど艶やかで敦賀の顔から紳士な表情は消え失せた。


「・・・・・だから・・・・少しは身に染みた方がいい・・・・」


そう言って敦賀は強く京子の両頬を包み引き寄せると、一気に唇を塞いだのだった。






五へ