桃見乃宴    二 | なんてことない非日常

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§桃見乃宴(モモミノウタゲ)   二

                        



 
 敦賀はマリアを下ろし、庭に降りその木の幹元までやってくるとおもむろにその幹を渾身の力で蹴った。
気はその衝撃で大きく揺れるとその木から悲鳴が上がった・


「きゃああああああ!!」


突然の公達の出現に降りる機会を伺っていた者は、強制的に下に振り落とされた。

ドサリという音と共に痛みを予測したその者は体にそれほど痛みを感じなかったためそろりと目を開けると、不機嫌極まりない敦賀と目が合い驚いた。

振って降りた場所は敦賀の腕の中だったからだ。


「おや・・・・随分と変わった猫ですね?」


「お、降ろして下さい!!」


真っ赤な表情になったその者は、まだあどけなさが残るような女性で打掛も着ないで単衣姿を必死に両手で隠していた。


「はて・・・人の言葉を喋るとは・・・・・これは桃の木ですから・・・もしかして桃の木の精霊かな?」


そんなことを嘲笑うかのように言う敦賀は、一向に下ろす気配なく女性の正体を明かさせようとした。


(こっ・・・この人・・すっごく意地悪だわ!!)


抱きかかえられたまま、羞恥の塊となっている女性は顔をまじまじと見つめられ耐えがたい屈辱から逃れるために口を開いた。


「っつ・・・・き・・・京子と・・申します・・・女東宮様の側仕えをしております・・・」


「側仕えがなぜ木の上に?」


「・・・姫様がお登りあそばされたので・・・お供しました」


「普通、下で必死にお止めするものだろう?打掛まで脱いで・・・・君はそこまでして女東宮様のお心を手に入れたいのか?」


「は?・・・・違います!例え女東宮様でも楽しく過ごしたいのは子供の考えで世の常です!!それを大人の勝手な判断で潰して内に込めておくだけなんてお可愛そう過ぎます!!」


「それでケガでもなさられたら如何いたすのか・・・」


「だから私が一緒に登ったんです!!」


庭で、京子を抱きかかえたまま、敦賀はらしくないほどに声を荒げ京子に向かって喧々囂々と叫びあった。


「何事です!?・・・・典侍(ないしのすけ)京子!?もー!!またあなたですか!?」


奥の対の屋から慌てて数人の女御を引き連れてきた女性を二人は庭から見て同時に罰の悪そうな顔をした。


「尚侍(ないしのかみ)奏江殿・・・・」


「奏江さん・・・・こ、これには訳が・・・・」


敦賀は小さくため息をつきながら、京子は奏江の怒り顔におろおろとしながら雷を落とされた。


「何と言う状態なのです!!!蓮様!今すぐに典侍を降ろし下さいっ・・京子!!あなたは今すぐ着替えてらして!!!」


「はいいいいい」


敦賀が降ろそうと屈むと京子は一気にそこから飛び降り走って局に向かうと、また奏江に怒られた。


「京子さん!!走らないっ!!もー!!まったく・・・・しかも・・・頭の中将様ともあろう方が・・・・宮中の女御に対してあのなさりようはあんまりですよ?・・・・聞いてますか?!蓮様!?」


「・・・・・・聞いてます・・・・・しかし・・・彼女は左大臣邸からの下女上がりと聞いている・・そのような者を女東宮様の側に仕えさせるなんて・・・尚侍、奏江殿とは思えないご判断だ」


敦賀の言葉に急速に表情を硬くした奏江は持っていた扇をパチリと鳴らした。

その途端、多くの女御たちがはけて行き、残されたのは敦賀にマリア、奏江と古参女房一人だけだった。


「蓮様・・・そのことはどなたから?」


内裏に入ってきた敦賀に硬い声でそう言う奏江の言葉に敦賀は扇で口元を隠した。


「・・・・とある情報通からね」


「・・・・はあ・・・・その情報通はきっと蓮様を焚きつけるためにそうお言いになったのですね?」


「と、いうと?」


「・・・・・悪いけど典侍を呼んできて」


奏江は答えを待っている敦賀には向かずに後ろにいた古参女房にそう頼むと、女房は京子を呼びに部屋を出て行った。

それを確認した奏江は敦賀に向き直った。


「・・・典侍・・・・京子は右大臣邸からここに使わされていることになっております・・」


「え?・・・右大臣邸・・から?」


敦賀はその話に目を丸くした。


「なぜ?彼女は左大臣邸からと・・・」


「ですから・・・・その話は完全に間違いではありませんが・・・間違っているところは近頃、左大臣邸にいたのではなく・・・あの子は幼少の頃、左大臣邸にいたということです・・・」


「幼少・・・・」


「ええ、幼いのに左大臣の馬鹿息子・・・・・・・不破の蔵人・・・松・・・様に手ひどく扱われていたところを左馬頭様に拾われて宝田の右大臣様のところに来たそうです」


奏江の説明に敦賀は扇を少し広げ口元を隠しながら左馬頭の顔を思い浮かべた。


(・・・確か左馬頭は・・・椹殿だったかな・・・・・確かにあの方なら情がお厚く右大臣様とも旧知の仲・・・・話は通じているか・・・・・)


少しばかり不服に思いながらも奏江の話に納得した敦賀の元に、古参女房に連れられて召し変えた京子がやってきた。


「京子さん、こちらは頭の中将・・・敦賀の蓮様です・・・きちんとご挨拶を」


「はい・・・・・」


すすっと仕立ての良い打掛を正しながら美しい黒髪をなびかせ敦賀の前に来ると、ゆるりと膝を付き綺麗な所作で指を揃え深々と頭を下げた。


「・・女東宮様の側仕えで典侍をさせていただいております・・・京子と申します・・・お初の御目もじに大変無礼を致しました」


深々と頭を下げる京子に敦賀が何も声をかけないでいると、京子はそこまで怒らせていたのかと恐る恐る顔を上げたのだが、敦賀はまるで魂を抜かれたかのように京子に魅入っていた。


「・・・・・あ・・・・あの・・・・蓮様?」


「・・・・・・え?・・・・・あ・・・・ああ・・いや・・・・・」


敦賀は扇を広げ顔を半分京子から隠すと少し横を向いた。


「・・・さっきは草子のようだったのに・・・・まるで妖怪変化だな・・・・」


京子には聞こえないようにそう呟くと、もう一度京子を扇の端から眺めた。

こちらを向いて小首を傾げている京子は、先ほど木の上に登るために結い上げ乱れていた髪は元の手にしっとりと馴染みそうなほどの艶やかさを湛え、打掛は京子の白い肌に会った赤い牡丹の華が散った物を・・・それに負ける事のない柔らかそうなふっくらとした唇には朱をさして今すぐにでもその唇を味わいたいと思うほどの艶やかさがあった。


(・・・こんなの見たら・・・貴島殿は直ぐにでも側室に召抱えるだろうな・・・・)


「・・・・・あの・・・・蓮様?」


すっかり考え事に囚われていたため、目の前の京子に返事を返すことを忘れていた。


「ああ・・・すまない・・・・あまりの変わりように驚いていただけだ・・・・先ほどは酷かったからね・・」


「なっ!?・・・・・・・・どうせ私にはこういう格好は似合いませんっ」


敦賀の言葉を曲解して京子は頬を膨らませるとそっぽを向いた。


「お姉さまっそんなことありませんわよ?」


几帳に阻まれながらマリアがそう京子に声をかけると、京子は敦賀には見せなかった笑顔をマリアに見せた。


「ありがとうございます・・・そう言って下さるのは姫様だけだわ」


「・・・俺も言ったぞ?」


「・・・・あなたの言葉では嬉しく取る方が可笑しいです」


先ほど初めて会ったはずなのに、もう砕けて喧嘩を始めた敦賀と京子に奏江とマリアは驚いていたが京子との言い争いに少しばかり疲れた敦賀が本題とばかりに閉じていた扇をパラリと広げた。


「ところで・・・女東宮様も今年は桃見には行かれるのですか?」


「ええ、お祖父様が呼んで下さるから・・・でも、午の刻(昼の12時)ごろには宮中に戻ってこないといけないから長居は出来ないの・・・・」


「それはまた・・・寂しいですね・・・・」


「蓮様はお優しいですのね、でもお姉さまはその日右大臣邸にいらっしゃるから私が雛型を作って預けておくわね?」


マリアの提案に笑顔で頷きながらも、京子をチラリと垣間見た。


「なぜ・・・姫様の側仕えの者が宴に残るんですか?」


この時代、女性は男の立身出世の道具にも使える。
宮中の側仕えでも典侍ほどの地位を持つなら、そこら辺の大納言家の姫君たちと遜色なく求められる事もある。

右大臣がそういった心無い事をするとは到底思えないが、敦賀は万に一つの可能性もあるためそう訊ねた。


「お姉さまは私のところに来る以前、瑠璃子姫の女房をしてたの・・・お祖父様でも手を焼くほどの我がまま姫だったのにお姉さまに諭されて今では立派に、二の姫らしく振舞っているそうなの・・・それで瑠璃子様がお姉さまにどうしても宴の間は側にいて欲しいって」


マリアは不満そうにそう言うと、京子は申し訳なさそうに眉根を寄せた。


「申し訳ありません」


「ううん!お姉さまのせいじゃないのよっ」


几帳を蹴倒さんばかりの勢いでマリアが飛び出してきて京子の首にかじりつくのを、奏江が怒り声を上げながら止めた。
それを敦賀は苦笑いで見守りながら京子をまじまじと見つめた。


(あの・・・我がまま放題だった瑠璃子姫を?・・・一体どうやったのか・・・・やはり侮りがたいな・・・この子・・・・)


きゃあきゃあと楽しそうな様子の三人に対し敦賀は京子を警戒しておくに越したことがないと決定付けたのだった。





三へ