§春眠暁を覚えず・・・・とはいかないもので | なんてことない非日常

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§春眠暁を覚えず・・・・とはいかないもので




(ね・・・眠い・・・)




タスッタスッと一定調子で書類に判子を押し続けていた最上 キョーコは、その動きをピタリと止めた。


春の陽気は、事務所の中にいても伝わってくるほど穏やかでキョーコは欠伸を噛み殺しながら山のように詰まれた書類と格闘していた。



(うぅ~~っ・・・ダメだわ・・・目が霞んできた・・少しだけ休もう)



休んだら持てる力を全て出し切って終わらせるから・・・と、独り言を呟き机に突っ伏した。


すぅっ・・・と一呼吸しただけで体の力が抜けて睡魔の波にのまれた。

と思われた次の瞬間、ラブミー部の扉がノックされた。


「!?は、はい!?」



キョーコは慌てて立ち上がると、扉を開けに走った。



「最上君!!」



「しゃ、社長さん!?」



フランスのなんちゃら国王よろしくのゴージャスなマンとやら宝石のつまったスティックを携えたローリィの登場に眠気が一気に吹き飛んだキョーコは、目を丸くしたままローリィの依頼を聞いた。



「・・・・それは・・・お困りですね・・」



「そうなんだよ・・・頼まれてくれるかな?」



「はい!もちろんです!!」



「おお!!それは良かった・・・じゃあ、後日詳しい話しをしたいから私の屋敷に来てくれ」



「はい、わかりました」



笑顔で意気揚々と去っていくローリィに頭を下げていたキョーコは小さなため息と共にまた部室内に戻り、ラブミー部の仕事に取り掛かった。



「眠気が覚めてちょうどよかったわ」



キョーコはしばらくまた、作業を続けたのだが・・・。



「な・・・なんで?」



またもや頭の中が霞み始め、行動もゆっくりとしたものになってきた。



「春の陽気って・・・すごい威力ね・・・」



連日の仕事で疲れているせいなのだが、そこを考えないようにしているキョーコは重くなってくる瞼に負け、またもや机に突っ伏した。



「5分!5分だけ・・・・・・」



そう呟いたキョーコはあっという間に眠りの世界に引き込まれかけたのだが、またしても部室の扉がノックされた。



「!!・・・・はい!?」



ガタンっと音を立て慌てて扉へ向かう。



「はい!?」



「おお!!最上君っ」



「椹さんっあ、あの!書類はっ」



「ああ、書類は今日中でいいんだ・・・そうじゃなくて、さっき新ドラマのオファーがきたんだけどな?」



「やります!!」



「・・・・まだ内容も聞いてないのに?・・・・」



「先生と約束したのでっ・・・どんな役でも全力で取り組むと!!」



「そ・・・そうか・・・・そういうことならオッケイと伝えるがいいかな?」



「はい!!」



「じゃあ、後日台本がきたら連絡するから」



「はい!!」



「あんまり根を詰めるなよ?」



「はい!ありがとうございます」



手を振り去っていく椹にキョーコは頭を下げて見送ると顔を上げて一息ついた。



「ふう・・・また忙しくなるけど・・・新しい自分を作れるってやっぱりワクワクする!!」



キョーコは機嫌よく、また書類の山に向かった。



「この勢いで終わらせるわよ!!キョーコ!」



高速スピードで書類を片付けていくキョーコはそのまま2時間ほど爆走モードで行動した。



「キョーコちゃ~ん!?いる~?」



「ふあい!?」



扉が薄く開いて社が声をかけたことで、キョーコは眠りかけていたことに気が付いた。



「あ、いたいた!ノックしても返事なかったから・・・」



「す、すみません!!」



実際、ほとんど眠っていないのだがキョーコは真っ赤になって頭を下げた。



「・・・・あれ?・・社さん・・・だけですか?」



いつも社と一緒に現われるキラキラ紳士がいないことにキョーコは首を傾げた。



「ああ、蓮は今・・社長ところで・・・って・・・・気になる?」



「へ!?い・・いえ・・・いつもご一緒なので・・・」



ニタリと急にキョーコの苦手な意味ありげな表情をする社にキョーコは後ずさった。



「なんだ・・・ちぇ・・」



「へ?」



「あ・・いや、こっちの話し・・あ!それでね?」



「・・はい?」



「今日も蓮の食事の世話してもらってもいいかな?・・また新しい仕事のために無理しそうなんだよ」



「!!・・・・そういうことでしたら喜んで!!」



「よかったあ~じゃあ、蓮の仕事が終わったらここに迎えに来させるね?」



「え!?いいですよ!?私が敦賀さんのご自宅に直接出向きますから!!」



「いやいや!!そんなことしたら蓮が可哀相・・・」



「へ?」



「あ・・・いやいや・・・そんなことしたら俺が蓮に叱られちゃうよ!?あの紳士が夜に女の子を一人夜道を歩かせる事を良しとしないのは知っているだろ?・・・ほら、俺が可哀相だと思うならここで蓮が迎えに来るのを待ってやって?」



「・・・そうですね?・・・以前もそれで怒られましたし・・・わかりました、大人しくお持ちしています」



社の必死の説得にキョーコは苦笑いをしながら頷くと、社は安堵の息を付いた。


「・・・・よかった・・・そ、それじゃあお願いね~!?」



「はい!お疲れ様です」



バタバタと走り去っていく社をキョーコは笑顔で見送ると、腕まくりをした。



「これはいよいよ早く仕事を終わらせなきゃ!!敦賀さんをお待たせするなんて出来ないものね!?」



キョーコは腕まくりをすると、眠気を覚まさせるために両頬を叩くとあと少しになった書類を終わらせにかかった。





*******************




「ごちそうさま、最上さん」



「いえいえ、お粗末さまでした」



社と別れた後、キョーコは書類の仕事を完了させそれを椹に返し部室に戻ると蓮が待っていた。

そして恐縮するキョーコに蕩けんばかりの笑みを湛える蓮と買い物をして、夕食を一緒にしたキョーコはいつものように片づけをし始めた。


「・・・最上さん・・・少し・・・顔色悪い?」



「へ?・・・特に具合は悪くないですが?・・・・」



心配そうに顔を覗き込んできた蓮から半歩後ろに退きながら、曖昧に笑って見せたが蓮はそれが気にくわないのかむっとした表情になった。



「ここは俺が片付けるから・・・最上さんは座ってて?・・・コーヒーを入れてくるまで・・・その後、話したいこともあるし・・・」



「へ?・・・話したいこと?」



「うん、だから・・・」



蓮はキョーコの細い肩を掴むと回れ右をさせ、リビングのソファーの所へと押しやった。



「ここで少し待ってて?わかった?」



有無を言わせぬ蓮の表情にキョーコは素直に頷いてソファーにちょこんと座り大人しく蓮が戻ってくるのを待った。


しばらくして洗い物も終え、香り豊かなコーヒーを淹れてリビングに入ってきた蓮は始め驚いた表情をした後、クスリと微笑んだ。


そこにはソファーに身を預け、小さな寝息を立てているキョーコの姿があったからだ。



「・・・・お疲れ様」



蓮はテーブルにそっと音を立てないようにコーヒーを置くと、眠っているキョーコの側に寄りさらりと顔にかかっていた横髪を指で梳くってよけた。

そして寝室からブランケットを持ってくると、そっとキョーコにそれをかけた。


「・・・無防備にも程があるよ・・・」



蓮のため息と独り言にも気が付かないでキョーコは、今日タイミングを逃し続けた惰眠を貪った。



「う・・・・んっ・・・・・!?」



伸びをしながら気持ちよく起きたキョーコは絶句した。



「あ・・朝!?」



ちゅんちゅんっと朝独特の鳥の鳴き声と、柔らかな朝陽が差し込む窓を見てキョーコは青ざめた。

しかも、自分はソファーに寝ていたのなぜかあのだだっ広いベッドの中心に寝ていたのか。


「ど・・・どうして!?」



「すっかり寝こけてたから・・・悪いとは思ったけどそのまま起こさず、ここに運んだんだ・・・・最近頑張ってたから・・・疲れが溜まってたんじゃないのかな?」



キョーコの疑問に答えたのはラフな格好をして笑顔で自分の寝室に入ってきた蓮だった。



「もっ!!もうしわけっ」



「大丈夫、土下座しなくても・・・・」



ぺちんっとベッドの上で土下座しかけたキョーコの頭を蓮の掌が止めた。

その蓮にキョーコはしょげた表情で俯いた。


(・・・・その顔されてベッドの上にいられると拙いんだけど・・・)



「本当になんとお詫びすればよろしいのか・・・・」



「・・・・・お詫びをしてくれるなら・・・」


「?」


恐縮するキョーコの目の前に、すっと一冊の台本を差し出された。


「今度のドラマ・・・一緒に頑張ってくれる?」


「へ?・・・一緒に??」


キョーコが目を点になっているのを蓮は神々スマイルで見守っていると、キョーコは口をぱかっと開けた。


「も、もしかして!!新ドラマの!?」


キョーコの言葉に蓮は微笑んだままこっくりと頷いた。


「よろしく、最上さん・・・・ものすごい恋愛ドラマ・・・がんばろうね?」


「・・・・・・・へ!?」


にこにこと微笑む蓮の言葉にキョーコはまた目を点にした後、口をぱかっと開けた。
そして肺いっぱい息を吸い込むと・・。


「えええええええええ!!!??」


綺麗な絶叫が早朝の町に響き渡った。


最上 キョーコ。職業、タレント兼、女優兼、食事係兼、雑用係。

忙しい毎日と、いろんな思惑の中では春眠でも暁をばっちり確認する毎日なのだった。



++++++++++++++



「俺の側でゆっくり寝れるようにしてもいいよ?」


「へ?・・何のことですか?」


「うん?寝言で俺のそばは寝心地がいいって言ってたよ?」


「へあ!?」


「ああ、コーヒー零れるよ?・・・俺はいつでも待ってるから遠慮しなくていいよ?」


「ちゃんと自己管理いたしますのでご勘弁を~~~!!!」


・・・・・・やっぱり春眠に浸ることは出来ないようだ。




end