§ルートX    2 | なんてことない非日常

なんてことない非日常

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§ルートX    2





 「コーンだああああ!!!」



そう叫ぶ少女を蓮はもう一人知っている。


少年だった頃、父の実家に連れて行かれて訪れた京都で出会った優しくて温かな心を持ったかわいい少女。



今、自宅のソファーに転がっている女性とは面影が似ているような気がしないでもないが、ここは東京。


彼女の訳がない。


蓮はそう頭を切り替えてコップにミネラルウォーターを注ぐとその女性の傍らに座って、少し抱き起こすと背もたれに体を預けさせた。



「水・・・飲んで?」



「んっ・・・いらない・・・」



意識のはっきりしない女性は力なく蓮の言葉に首を振る。

蓮は困ったように息を付いてガラステーブルにコップを置くと、女性の肩を掴んで揺すった。


「君、家はどこ?送っていくから・・・」



蓮の言葉に女性は急速に表情を曇らせて小さく頭を振った。



「も・・・あんな家・・・帰らない・・・」



女性の小さな声に蓮は大きくため息をついた。



(家出人を拾ってしまったか・・・・面倒だな・・・・)



蓮は少し考えて携帯を取り出した。



(社長ならどうにかしてくれるだろう・・・・)



面倒なことはとりあえず早く手放してしまうに限ると、蓮は頼れる人に電話をかけようとしたのだが女性の口から零れる言葉にその手を止めた。



「・・・ショーちゃんなんか・・・・ううん・・ショータローなんかとのマンションなんかにもう帰らない!!」



聞き覚えのある名前。
あの少女も『ショーちゃん』が大好きで母親の事で泣いていても彼の話をする少女はこっちが恥ずかしくなるくらい純粋に眩しい笑顔を放っていた。



「あんな奴のために・・・私の3年間・・・ううん!!子供の頃からの18年間を無駄にするなんてっ」



女性は急にわっと泣き出して両手を顔で覆い膝の上に臥せってしまった。



「ちょっ・・・・」



蓮はその様子に慌てて女性を抱き起こすと、涙に濡れた瞳の女性と目が合った。


その表情は今まで美麗な女性たちを前にしても心を動かされなかった蓮でさえもドキリとする表情で、思わず高鳴る胸に密かに動揺した。

しかし、そんな蓮の心情にも気がつかずに女性はきょとんと目を丸くした。



「あら?・・・コーン・・・って明るいところにいると、あの顔だけ俳優の『敦賀 蓮』に似てるのね?」



「・・・・・そう?」



「うん、ショーちゃ・・・ショータローが大嫌いで芸能界で倒したいって息巻いてたから芸能界に疎い私も知ってるけど・・・本当に似てる・・・」



女性のまじまじと見つめる真っ直ぐなで穢れない瞳に一瞬吸い込まれそうになった蓮だったが、はっと意識を取り戻して軽く頭を振った。



「・・・・・・・もう、大丈夫そうだな・・・だったらもういいだろう?自分で帰ってくれ」


出来るだけ蓮は冷たくそう言い放った。
するとその途端、女性はきゅっと唇をきつく結んだ。



「・・・・・そう・・・だよね・・・コーンも・・・私なんて・・・要らない子だよね・・・」



まだふらつく体を無理に奮い立たせ女性は悲しげに笑った。


その表情も蓮の心を揺さぶるもので蓮はこんなにも自分を惹き寄せる女性を早く放さなければといつもではありえない冷たい態度を取ることにした。

ヨタヨタと玄関の方へと向かいかけた女性は何かを思い出し、ポケットをごそごそと探るとなにやら取り出し蓮にその手を差し出した。



「これ・・・コーンがくれた物・・・・コーンは二度と会えないって言ってたけど・・・もし、また会えたら返そうって思ってたの・・・これのおかげで私、たくさん泣いたけどその悲しみを吸ってくれて笑顔でいれた・・・ありがとう、コーン・・・」



そう言う女性の手の中には記憶の中にいる少女に渡したはずの物があり、蓮は目を見開いた。


青い色の宝石の原石。


それを見た瞬間、蓮の耳にあの少女との思い出の夏の日が甦った。


うるさいぐらいの蝉の鳴き声。育った地ではありえないほどの湿り気を帯びた暑い空気。そこに沢の風の香り。


そしてゆっくりと視線を上げた蓮の目には、あの時と変わらない笑顔を見せる女性。



「・・・・・もしか・・して・・・・キョーコ・・・ちゃん?」



蓮は記憶の少女の名前をかすれる声で呟くと、女性はコクリと頷いて嬉しそうに微笑んだ。


そして、まだ呆然とする蓮の手の平にその石を乗せると蓮に背を向け出て行こうとした。



「ま・・・待って!!」



蓮は咄嗟にソファーから立ち上がりキョーコの手首を掴むと、引き止めた。



「帰れないんじゃ・・・なかったの?」



「・・・だって・・・ここにいたらコーンにも迷惑が・・・」



「迷惑なんかじゃない・・・ごめん・・・本当にキョーコちゃんだとは思わなかったから・・・・・君は確か京都にいたはずだろう?」



蓮は会話をしながらキョーコの手を引き寄せ、肩をそっと抱きソファーに座りなおさせた。



「・・・・ショータローに・・・・・・東京に連れてこられたの・・・今思えば騙されてたのね・・・」



「騙された?」



その言葉に蓮は険しい顔をする。



「東京で歌手になりたくて・・・でもアイツの実家は京都の老舗旅館で・・・勘当同然で出て行くあいつに『一緒に来て欲しい』って言われて私・・・舞い上がっちゃって・・・・・・アイツのためにアイツが気に入るような高めのマンション借りて、その家賃を払うために必死に働いているうちにアイツは事務所から高校も行かせてもらっててデビューもして・・・」



「・・・・・一緒に・・・暮らしてたの?」



一気にまくし立てるキョーコの言葉に蓮がそう訊ねると、キョーコは小さく頷いた。



「最初の一年は・・・アイツもお金ないし・・・事務所に認めてもらえるまでライブばっかりしてたから家に帰ればアイツが待っててくれた・・・・でも・・・徐々に帰ってこなくなって・・・私・・心のどこかでわかってたのに・・・それを認めたくなくてそこから目を逸らしてた・・・・」



キョーコの瞳からまた大粒の涙がいくつか零れ落ちた途端、キョーコの両目は温かいモノで包まれた。



「もう・・・・泣かないで・・・・・キョーコちゃん・・・・そいつの事・・今も好き?」



両目を塞がれたままそう聞かれ、キョーコは少し考えた後小さく首を振った。


「・・・・・・わからない・・・・悔しくて・・・・悲しくて・・・・アイツを見返してやりたいって思うけど・・・」



そう溢したキョーコの目にゆっくりと光が差し込んできた。

キョーコは光の眩しさに目を細めて目の前のものを見た。

そのキョーコの目を覆っていたモノは蓮の大きく温かな掌だった。
蓮はキョーコの涙が止まった事を確認すると、キョーコの顔を覗き込んだ。


「・・・ソイツ・・・その彼は・・・俺のことを嫌いだって言ってたんだよね?」



「へ?・・・・コーンじゃなくて、『敦賀 蓮』を・・・」



「うん、だから俺を・・・・俺のような顔の男が嫌いなんだろ?」



「・・・・そう・・・ね・・・・」



キョーコは先ほどまで穏やかだった蓮の雰囲気が徐々に妖しくなっていくのを感じて後ずさったのだが、直ぐにソファーの背もたれに逃げ道を塞がれた。



「俺にその『ショーちゃん』に君が見返す手助けが出来るけど・・・・・俺の作戦にのってみる?」



この時の笑顔をうっかり信じたキョーコはこの時の笑顔を後日、似非紳士スマイルと名前をつけるのだった。






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