§その顔を見るために | なんてことない非日常

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§その顔を見るために







「…セツ…………」



「何?・・・・兄さん・・・」



現在、映画撮影のためヒール役をシークレットでしている先輩俳優である敦賀 蓮の身の周りを妹、雪花・ヒールとして最上 キョーコは世話していた。


兄カイン・ヒールは口数も少なければ表情も乏しい。
蓮の心情や行動をいまいち理解できないときもあるキョーコはいつもカインの行動に苦戦するのだが、今日のそれは今まで以上だった。



「・・・・・あの顔をしてくれ・・・」



「・・・・・・・は?」



一体何を言っているのか分からないと、キョーコは可愛いながらも近寄りがたい美人顔を歪ませた。



「・・・・怒った顔・・・だけど怒ってない顔が見たい・・・・・」



「・・・・・・・・・はい?」



ボソボソと控え室で着替えもしないで雪花扮するキョーコの前に立ったままカインの蓮はじっとキョーコを見続けた。



「に・・・兄さん・・・疲れてるの?」



「見たい・・・・」



近かった距離がさらに詰められキョーコは半歩下がりかけたが、蓮に腰をしっかりと捕まれそれ以上逃げられなかった。



「なっ、何のことを言ってるのかわからないのよ!?離して!兄さん!!」



あまりにも顔が近くにあって、キョーコはたまらず叫ぶと蓮は簡単にその手を離して距離をおくと大きくため息をついた。
そしてのそのそと着替え始めた。



(・・・・な・・なんだったの?・・・・!!そうだわ!?今の雪花としてどうなの!?病的なブラコンなのに兄さんから体反らすなんて!?・・・もしかして・・・今のダメ息だったんじゃあ・・・)



キョーコがクビを言い渡されないかビクビクしていると、着替え終わった蓮がキョーコの手を掴んだ。



「・・・帰るぞ・・・セツ」



「へ?・・・・あ・・うん!」



キョーコに戻りかけた意識を雪花に戻し、掴まれた手を握り返すと慌ててカインの横についた。




「・・・・・・・そうするか・・・」



何かを決めたようにポソリと呟いたカインの声は混乱中の雪花には幸い届かなかった。



それがまずかった。


***********




「・・・・・・・何?・・・・これ・・・・」



ホテルに帰ってきた途端、雪花だけを残してカインが買い物に出かけたのだが帰って来たカインが抱えていたのは大量の大きな紙袋でそれを全部、雪花に渡した。



「お前にだ・・・・」



「だから!!こんな同じようなものを大量に買ってきたり!!」



雪花は一つの紙袋から大量に出てくる化粧品を指差し。



「こんな冷蔵庫に入りきれない食材に!」



次に、二袋に分けられている大量の野菜を指差し。



「こんな私が食べきれないお菓子を買ってこられても困るの!!!」



どっさりと床に置かれた高そうな入れ物のお菓子の山を指差したあとカインを睨み上げたが、何かを期待するような視線に雪花はスタジオの控え室で言われた言葉を思い出した。



「・・・・・私を・・・怒らせるためにこんな無駄遣いしたの?」



「・・・・無駄じゃない・・・俺の唯一の楽しみだ・・・・それにお前が使え切ればいい」



「・・・・・・・・・わかった・・・・もう、兄さんには絶対怒らない」


「!?」



驚愕の表情をするカインに雪花はにっこりと仲居笑顔を見せると、買ってきた品をテキパキと片付け始めた。



「セ・・セツ・・・」



「これが兄さんのストレス解消ならしょうがないわね・・・ただ、やりすぎないでね」



表情無くそう、ぴしゃりと言われてしまったカインはしょんぼりとバスルームに入っていってしまった。



(一体・・・・・・なんだったの?・・・・それにしても・・・・どうするの・・・これ・・・)


狭いホテルの一室に圧迫感たっぷりの荷物を眺めすっかり役の抜けたキョーコが盛大なため息を付いている頃、カインもバスルームでため息を付いていた。



「・・・・なにが違ったんだ・・以前よりもたくさん買ったのに・・・・あの顔してくれなかった・・・」



怒ったような、照れたような、困ったようなあの顔を見たくて怒られるのを覚悟でしたのにかわされてしまった事にカインを建て前にした蓮は心底凹んだ。



***********



次の日はカインの仕事はなく、久しぶりに社と敦賀 蓮としての仕事を終え、テレビ局内を駐車場に向かって歩いていた。



「あ!敦賀さん!!お疲れ様です!」



聞いてはいたが、キョーコも同じテレビ局の仕事らしく廊下でばったりと会った。



「・・・こんにちは、最上さん」



「こんにちは!今お仕事終わられたんですか?」



「うん、最上さんは今から?」



「はい!」



社はいつもと変わらない二人に感心しながら会話を聞いていたが、蓮が持っていた紙袋をキョーコに差し出した途端、急にキョーコの様子が変わり首をかしげた。



「・・・どうしたの?キョーコちゃん」



「え・・・いえ・・・・・あの・・・・これは?・・・」



昨夜とは比べ物にもならないほど小さな紙袋なのにキョーコは蓮から物を渡されるのに恐怖が沸いて出た。



「さっきの番組でみんなに渡されたんだよ・・・ほら、社さんだってもらってる」



蓮に言われ、キョーコが社の手元を見ると社も同じ紙袋を持っていた。



「有名店のミニマカロンなんだって、俺は事務所に持って行こうと思って蓮はいつもお世話になってるラブミー部に渡したらどうかって、俺が提案したんだ」



「そ・・・そうなんですか・・・モー子さん食べるかな?・・・」



昨夜の衝撃が残るキョーコはおずおず蓮から紙袋を受け取ると、中身をちらりと見て目をキラキラさせた。



「か・・かわいい!!」


クリアケースに色とりどりの小さめのマカロンが行儀よく並べられていた。



「あ・・あの・・・ありがとうございます!」



昨夜のことで素直に受け取れなかったとは言えない代わりに、キョーコは精一杯の感謝の気持ちを表情に込めた。



満面の笑顔に少し困ったように眉根を寄せて顔を赤くするキョーコに蓮は無表情で固まった。



「・・・・・敦賀さん?」



固まっている蓮にキョーコはムシが良かった!?と焦っていると、思わず蓮の手がキョーコの頬に当てられた。



「その顔が・・・見たかった・・」



甘く蕩ける様な笑顔とその行動にキョーコはおろか社も通りすがりの人々も固まった。



「・・・・・れ・・・蓮?」



「っ・・・と・・・・少し『役』が入ったかな?じゃあね、最上さん」



社の呼びかけにハッとした蓮がゆっくりとキョーコから手を離し、さわやかにその場を去っていっても、キョーコはしばらくその場を動くことが出来なかった。




「・・・・・あれくらいならいいのか・・・・」


「ん?何か言ったか?蓮・・」



「いえ?・・・・ちょっと・・・」



エレベーターに乗り込んだ蓮がこれから毎日カインとして雪花にこつこつと小さなプレゼント攻撃が始まるとは、まだ固まり続けるキョーコは知らずにいるのだった。







end