『所轄刑事・麻生龍太郎』柴田よしき

『聖なる黒夜』の麻生龍太郎が、まだ新米刑事だった頃の活躍を描いた連作短編集。

今回、書き下ろしの短編つきで新装版が発売になりました。初版から何年ぶりかな? 干支一周くらいは回ってますね。たぶん。

『聖なる黒夜』についての記事はこちら下差し




発売日に購入したんですけど、何だかもったいなくて、すぐには読めませんでした。というのも、麻生龍太郎が登場する一連のシリーズは、次にいつ新作がくるのかわからない。あるいはこのまま、永遠にこない可能性もありますので、読み終えたらそこで終わりになってしまう気がして、少し寝かせてからゆっくり読みたかったんですね。

長いシリーズを終わらせるというのは、実は結構大変なことだったりします。

この出版不況で、名の知れた作家のシリーズでも、古い作品を引っ張り出して新たに続編を出すというのは容易ではないですし、編集者の異動や退職で、そのシリーズに熱意を持っていた担当がいなくなり、作品自体が宙に浮いてしまうなんてこともままあります。もちろん作家本人が途中で書くのをやめるパターンも。とにもかくにも、一つのシリーズを長年書き続けて、最後まで辿り着くのは、意外と至難のわざだったりします。

そして山内練に関しては、彼の物語はRIKOシリーズの三作目『月神の浅き夢』のラストで綺麗にオチてますし、小説としてはあれ以降を描くのはヤボかな、という気もします。なので続編となると、過去に戻るしかない。ただ、肝心の麻生と練の関係はまだ全然決着がついていないので、私を含めてその辺の続きが読みたいと願っている読者は、多いのではないでしょうか。

今回、『所轄刑事・麻生龍太郎』に新たに書き下ろされた『子綬鶏(コジュケイ)』は、短いながらも
、麻生という男の本質や性を核心的についた物語で、率直に唸りました。



麻生が町田市の交番に配置されていた頃に逮捕した向田の姉から突然手紙が届き、彼が亡くなったと知らされる。向田が生前、麻生に渡して欲しいと頼んでいたものとはーー?

後に刑事としては天才と呼ばれる麻生は、広い視野と鋭い観察眼を持っています。被疑者や関係者の心に寄り添い、まだ埋もれている真実を、丁寧にそっとすくい上げていく。

ある意味では、刑事にしては優しすぎるが故に、時には誰かの人生に救いを与え、また時には誰かの人生を深く突き落としてしまう。自分ではどうしようもない部分で、他人に静かな影響を与える麻生という男の温かな内面や怖さが、まさに見え隠れする短編です。

この本の中で彼が交際していた、大学の先輩の及川も、これから出会うことになる山内練も、麻生に囚われて執着を捨てることができない。所轄刑事~から十数年あとの『聖なる黒夜』では、及川はまだ麻生を愛しています(パートナーは別にいる)。

シリーズの読者は、今作で順調に所轄から本庁に呼ばれ出世していく麻生が、やがて経済ヤクザの山内練と対峙することで、自身の刑事としての過去と向き合い、最後には警察を去ることを知っています。そういう意味では『所轄刑事・麻生龍太郎』は、麻生の刑事としての終わりの始まりの物語でもあります。

シリーズを読み進めていくと、麻生の弱さや煮え切らなさ、そして狡さなんかを時折見たりします。しかし、久々にこの小説を読んで改めて感じたのは、麻生龍太郎の持つ、本質的な優しさや他人に対するいたわりの気持ちが、紛れもなく彼の魅力そのものであること。

刑事として非情に徹しきれないそうした部分が、及川や緑子、山内練という強烈なキャラクターたちを巻き込み、愛され、長い長いシリーズとして続いているのかもしれないと感じました。やはり、全ての起点は麻生なのだなと。

麻生と練の物語に、続きがあるのかはわかりません(まだ単行本化されていない連載有)。たとえ続いたとしても、そこに救いがあるのかないのか。

それでも、新作書き下ろしのついた新装版を読んで、懐かしいシリーズの空気に触れ、何だか気持ちも新たに、またいつかあの二人に会えたらいいなと本を閉じました。ここまでくると、地獄の行き先であれ、最後まで見届けたいというか。

忘れてはならない、花ちゃんシリーズの完結も、気長に待ってます。