心理カウンセラー奈美です
性愛や性のイメージとしては
なんかちょっと恥ずかしさとか
エロい、やらしいものとか
興奮や刺激って捉えられやすい。
私が語る性って、それじゃない。
ただ気持ちいいだけじゃない
単なるエロや性欲じゃない
身体の疼きを解消するものでもない。
でも、気持ちよくなりたいとか
どうやったらもっと感じられるか
どうしたらイケるようになるとか
快楽が欲しいのは否定しないんだ。
そりゃみんな快は欲しいやろって話。
そこ"だけ"じゃないって話。
でも、わかりやすい入り口が
そういう行為ってだけの話で
性の最奥は生命の喜び。
この生命として生まれてきて
この存在としてここにいられて
私が私でよかったという感覚。
ただ在るだけで満ちる感覚。
安心と愛を最大限に感じた先に
快楽が後からついてくる感じ。
そこでは、刺激や興奮
激しさなんて一切必要ない。
ただ見つめ合ってるだけ
ただ呼吸を合わせてるだけ
ただ手を合わせてるだけ
身体的なつながりだけじゃなく
生命ごと、魂ごとつながる領域。
私は、性愛を、性を通して
その人は何を欲しがってるのか。
生命は本当は何を求めてるのか。
身体の奥深くにある声を見る。
大抵は似たようなもの。
安心感、愛、つながり、生きる喜び
愛されたい、愛したいみたいな
誰もが求める純粋な欲求の塊。
性はわかりやすくそれを通す。
だから求める、溺れやすい。
境界が薄くなってしまう領域。
"溶ける"が近いかもしれない。
生命そのものに抱かれる感覚。
ただ気持ちよくて溶ける
みたいな身体的なものだけじゃなくて
自我が一瞬溶けて混ざり合う。
だから、境界線がないと危ない。
単なる興奮や刺激は
暴走や神経の緊張が先走って
最奥に届かない。
身体だけは溶けるかもしれない
意識は少し上に飛ぶかもしれない
けど、心の土台が追いつかないと
闇が襲ってきやすい領域。
刺激の快は、身体を突き上げる。
安心の快は、身体を包み込む。
興奮の快は、もっともっとと外に走る。
愛の快は、「もうここにある」って内側も満ちる。
心の穴を埋めるために身体で埋める
みたいなただの身体的行為だと
身体だけが先に行って心が置き去り。
欠けた場所に何かを詰めるみたいな
中を何かで埋めて満たしたくなる。
奥まで届かせたくなる。
物理的に、行為としてはわかりやすい。
でもそれは象徴でもある。
女性性と男性性が出会いたい
ひとつになってつながりたい
統合を求める行為。
そして新しい自分が再誕するのを
その象徴を通して求めてる。
顕在意識ではなく、無意識の奥で。
身体と意識を通しての一体感を
性はわかりやすく疑似体験させる。
でも、身体の結合だけでは起こらない。
最奥の快に届く時っていうのは
穴が"埋まる"んじゃなくて、"満ちる"。
境界を保ったまま溶け合う。
単なる行為では、あなたと私という
肉体的な境界がつながる行為だけど
無意識下では、もっと深い。
ただ"土台"というか"器"というか
それがないと刺激や興奮に走りやすい。
身体だけが先に覚醒してしまっても
意識が、心が追いつかないと
その人が壊れる可能性もあるもの。
それは、私が扱うヒーリングでも同じ。
癒しは深ければいいものじゃない
ただ"開く"のがいいわけじゃない。
だって性は、扱い方によっては"聖"になる。
土台がなければ地獄も見る。
生命そのものに深く触れるから。
綺麗なものだけじゃなくて
闇と光が対になってるように
光だけでは、闇だけでは
何も見えないように
物理的にも光と影があって
そのものの姿が見えるのと同じように
人の内側も、性も、痛みを超えて
愛で抱けたあとに見えるものがある。
陰陽揃って鍵になり開く扉がある。
片側だけでは開けない。
性は生、生と死、性と死、
死と再生(再誕)、破壊と創造
愛と罪悪感、闇と光、陰と陽
分離と統合、女と男。
私が扱う性愛には全部含まれる。
心理構造的に言うなら
もっと多岐に渡るものが含まれる。
依存と自立
思考と感情の不一致
心と身体のつながり
背負う女と無責任な男
不安型と回避型
対極ではなく、対になるもの
対立ではなく統合していくもの。
反転させると同じものの別の面が
外に見える形になってるだけ。
全てひとつの循環の両端。表裏一体。
片側だけでは成り立たない。
私が見てるのはそういう世界。
だから、性愛は人生の話
生命そのものの話って
ちょいちょい書いてんだよね。
表面的な問題は例えば
パートナーシップ、セックス
仕事やお金、家族関係
だったとしても更に奥には
この私の生命をどう使うか?
っていう深い問いが隠れてる。
ただ頭で理解するだけでは
ただ感情を感じるだけでは
ただ身体が反応するだけでは
わからないものがある。
性はそのラインを通りやすいだけ。
色んなノイズも混じるから
わかりにくいだけ。
でも、現実を見れば本当は
めちゃくちゃヒント散りばめられてる。
だからって外だけを見てても
真実には辿り着けない。
ただ内観をするだけは
循環がそこで止まってしまう。
その人を見て、その人の生命が、魂が
本当はどこに向かいたいのか?
何のためにこの問題を必要としたのか?
どうしたら本来のその人が目覚めるのか?
私は翻訳することはできるけど
道を照らすことくらいはできるけど
最後の扉を開くのはその人自身。
今もこうして、簡単な道標だけを
ここに置いておくだけっす。
誰にも触れられず
自らで触れず
ただ安心感と愛を身体に通して
満たし続けた先に感じたのは
めちゃくちゃ感覚的なものだけど
人生を変えるための言語化と
場の提供が私の役目です。
性を通して何を求めてるのか。
その人の傷や、未消化の感情が
防衛になってその人を守って
本当に求めているものさえ
色んなものが欲で上書きされて
気付きにくかったとしても
欲は悪いものじゃないし
あって当たり前のものだけど
その欲の意味、本当に求めてるもの
それは傷があると騙されてしまう
上手く誤魔化されてしまう。
欲の意味、欲の使い方、それを見ない。
でも、本来その人の最奥が
求めてるものじゃなければ
本当の意味では満たされない。
それは、性じゃなくても同じこと。
でも性は、人生、生命の話だから
人によっては死の層に触れてきた人や
見えない世界に触れてきた人もいて
だからこそ"再誕"がしっくりくる。
自分本来の生命の使い方を
思い出す=覚醒になりやすい。
ただただ、本当の自分に戻るため。
そこに表面的な問題が現実に
ヒントを与えにきてるだけ。
上辺の性のテクニックではなく
もっと深くつながり愛し合う
本当の自分で生き直すための
メソッドを更に詳しく
セッションでお伝えしてます。
ほな!
心理カウンセラー奈美

