お母さんのお仏壇  (香椎物語 ①)
 
                       香椎の町を舞台にした短編物語 作:香椎うっちゃん
 
平成285月の連休明け、九州道を熊本から福岡へ一台の乗用車が走っていた。 運転席の男の名は黒木慈正(じしょう)。 福岡市東区香椎の真言宗のお寺・香綾寺(こうりょうじ・仮称)の住職だった。 後部座席に不安な顔をした則松久美8歳・小学3年)、美保6歳・小学1年)の姉妹二人が座っている。 三週間前の4月14日と16日、熊本・阿蘇地区に震度7を観測する大地震が続けて発生した。 未だ余震が続いている。 多数の犠牲者を出し、10万を超える人々が避難生活を強いられていた。 九州道の対向車線は、救援物資を積んで熊本に向かうトラックが何台も通り過ぎる。
 
亡くなった犠牲者の一人が久美・美保姉妹の母親だった。 母子家庭で、母親は南阿蘇で温泉旅館の従業員として働き、二人を育てていた。 地震発生直後、姉妹は瓦礫の中から町の人々に助けられ、熊本市内に避難してきた。 二人ともショックで体がブルブル震えていたという。
 
熊本県庁を定年退職していた阿高 龍雄は、地震災害に居ても立ってもおられず、自らボランティアを願い出て、県の復旧・復興本部で被害者を支援する業務に携わっていた。 阿高は避難所で、下を向いて黙って座り込んでいた姉妹を見つけ、児童相談所に保護したのだった。
 
阿高は友人である黒木 慈正に連絡を入れた。 二人は仏教大学の同期生で、黒木は実家のお寺を継ぎ、阿高は熊本県庁の福祉課に就職した。  阿高は県の制度を利用して、黒木に里親になってもらえないか相談したのである。 黒木慈正は妻のカズ子と男二人の子供を育て、長男は社会人として送り出している。 次男が寺を継ぐべく、仏教大学を卒業後、現在は京都の某お寺で修業を積んでいる。 香椎の寺の横に建つ住まいは部屋が空いているし、黒木夫婦は娘も欲しかったのである。 そんなことで、阿高と黒木の話が上手く進み、今日、黒木が姉妹を迎えに来たのであった。
 
車は福岡インターチェンジを降りて、流通センターから香椎に向かう。 黒木は時々、バックミラーで姉妹の様子を伺いながら、多々良川や名島など・・・簡単に町の案内をしてあげた。 未だ気持ちが落ち着いていない二人に、敢えて多くを話し掛けることはしなかった。  黒木は阿高から、姉妹は地震の時の恐怖と母親が死んだことでのショックが重なり、まずは精神的なケアに時間をかけることが重要だと聞かされていた。
 
香綾寺(こうりょうじ・仮名)は香椎宮参道(勅使道)のJR九州香椎線踏切近くにあって、開山は江戸時代初期の古いお寺だった。 昔は香椎宮の守護寺の一社で、本尊は薬師如来。 神仏習合時代から香椎の村人達の信仰が厚いお寺だった。
 
               香椎参道(勅使道)
イメージ 1
                 
車はクスノキ並木の下を走り、香綾寺の横の黒木住職夫婦の住居前に着いた。 玄関で妻のカズ子が姉妹を迎えてくれた。 
「まあ、ようきんしゃったね。 今晩はご飯をいっぱい食べて、温かいお風呂に入って、ゆっくり寝んしゃい」
カズ子は敢えて陽気に話しかけたが、久美美保も下を向いて頷くだけだった。
その日の晩はカズ子の部屋で、一緒に姉妹を寝かせた。 疲れていたのか、二人とも布団に入ると数分でスヤスヤと寝てしまった。
 
23日が過ぎても、久美と美保の顔に笑顔はない。 姉妹の香椎東小学校への転校手続きも終わり、初日はカズ子が小学校まで同行した。 クスノキ並木の参道を通って、香椎宮の広場横から坂道を上った所が香椎東小学校だ。 久美美保の担任の先生に挨拶をして、姉妹が震災孤児であること、不安とストレスを抱えているので、心のケアなどについてもお願いをした。 久美の担任は音楽の先生で、名前を佐伯 誠と言う。幸いなことに、佐伯先生は学校全体のカウンセリング担当でもあったので、カズ子は少しばかりの安心を覚えた。
 
2週間が過ぎた午後、久美美保が小学校から帰って来た。 一瞬であるが、久美の横顔がクスッと小さく笑ったように見えた。 カズ子が優しく尋ねた。
「お帰りなさい。今日は学校で楽しいことでもあったの?」
「おばちゃん、今日ね、佐伯先生が皆を集めて、ダジャレゲームをしてくれたの。 とても面白かった。」 そう言ったのだが、直ぐに普段の寂しそうな顔に戻った。
「おばちゃん」・・・カズ子は姉妹がこの家に来た初日に、住職と自分のことを「お父さん、お母さん」と呼んでくれるようにとは頼んでいたが、直ぐには無理だとは分かっていた。 でも今日は一瞬でも、クスッと笑ってくれたことが、カズ子にとって飛び上がるほど嬉しかった。 
 
佐伯先生は休みの時間には、1年生の美保にも話し掛けてくれているらしい。 姉妹は小学校にも慣れて、友達もできたらしく、夕食の時には学校での出来事も話すようになってきた。 相変わらず「おじちゃん、おばちゃん」だけど、住職とカズ子は目を細めて聞いていた。 
 
6月の中旬に福岡市は梅雨入りした。 久美美保は香椎の生活にも慣れてきたのか、姉妹には気持ちの落ち着きも感じられるようになってきた。 カズ子は、ふすまで仕切られた隣の部屋を姉妹の部屋として与えた。 久美と美保の姉妹は、その部屋で勉強をして、そして二人で寝ている。 ある日の深夜、カズ子はふっと目が覚めた。 真っ暗な中で、隣の部屋から何か声が聞こえる。 カズ子はそっとふすまに耳をあてて聞いた。 小さくてか細いが、泣いている声だった。 
「お、お母さん・・・うっ、お母さん」
久美が誰にも聞こえないように、布団をかぶって泣いていたのだった。 カズ子の目からも大粒の涙が流れ、込み上げてくる声を押し殺して泣いた。 自然災害とは言え、この姉妹の母親を奪った地震を恨んだ。
 
福岡の夏は山笠で始まる。 黒木住職夫妻は久美美保を連れて、「飾り山笠」を見に行った。 姉妹にとって、「飾り山笠」を見るのは初めてだったようで、豪華な飾り付けに驚いていた。 特に小学1年生の美保は川端商店街の「どらえもん」に興味を持ったようだ。 美保は微笑むと、可愛い「えくぼ」が出来る。 今日は何回も見せてくれる、その「えくぼ」に、住職夫妻もホッと気が和らいだ。
 
山笠が終わると夏休みが始まり、校区の子供たちが楽しみにしているのは、香椎宮のグランドで開かれる「香椎東校区夏祭り」だ。 夕方、4人で浴衣を着て出かけた。 縁日で綿アメを買って、演舞台で踊りを見た。 姉妹が興味を示したのはフラダンスだった。 流れるような音楽と踊りに目を輝かせていた。 最後は4人で盆踊りに参加・・・笑顔がはじけていた。 
 
             香椎東校区夏祭り 盆踊り
                
イメージ 2
 
夏休みは、お盆を挟んで住職は忙しくなる。 檀家の法事に出かけたり、香綾寺の本堂でも毎日のように法事が続いた。 この時には、妻のカズ子も忙しくなるのだが・・・今年は姉妹が夏休みなので、本堂の畳や廊下を掃除したり、檀家の皆さんにお茶を運んだりして大いに手伝ってくれた。 一日の法事が終わると、住職は姉妹を呼んで、本尊の薬師如来像の前に座らせて一緒に手を合わせた。 姉妹が時々本殿に入って、薬師如来の顔をじっと見つめている姿を、住職は何度も見かけていた。 薬師如来の優しい顔が、姉妹にとってはお母さんと重なっているのだろう・・・そう思った住職は、できる限り一緒に手を合わせるようにしている。
 
香綾寺の本殿横には法事の時に使用する畳の部屋があって、住職は月に2回その部屋で小学生に「習字」を教え・・・妻のカズ子は、同じく小学生に「活花」を教えていた。 住職夫婦にとっては無報酬のボランティアだったが、地域の子供達が日本文化の中から優しい心を育んでもらえば、との思いからだった。 小学生対象で専門的でもなかったが、子供たちは喜んでいる。 久美美保の姉妹も、同級生の友達が来ていることもあって、一緒に教わっていた。 夏休みは「習字」も「活花」の教室も休みだったが、9月になって再び始まった。 久美と美保は「習字」と「活花」の教室が、とても好きだった。 習い事に打ち込む姉妹の真剣で、しかも穏やかな表情を見て住職は嬉しく思った。
 
秋になって、家庭訪問で姉妹の担任が香綾寺を訪れ、佐伯先生からは、姉妹が見違えるように明るくなって、友達と良く遊び、勉強も頑張っている報告を受けた。 黒木住職は、熊本の阿高に姉妹の状況をこと細かに電話で伝えた。 熊本の復興はまだまだ先が長いが本格的に動き出したこと、そしてそれ以上に、久美美保の姉妹が元気に過ごしていることを聞いて、心から喜んでくれた。
 
境内がセピア色に染まる秋の日の午後・・・住職と妻のカズ子は居間でお茶を楽しんでいる。 久美美保は部屋で遊んでいる様子だったが、美保が居間に入って来て、
「おばちゃん、お庭の花を少し採ってもいい?」
「いいわよ、何をするの?」 
カズ子は「活花」の教材用に、庭で季節の花々を育てていたので、美保が「活花」の練習でもするのだろう、と思ったのである。  美保は花を56本採って、部屋に戻っていった。 暫くすると姉妹の友達が遊びの誘いに来て、二人で外に出て行った。
 
住職が、もう一杯お茶が欲しい、と言うのでカズ子が台所に席を立った。 しかしながら、何分経っても戻って来ない。 心配した住職が台所に行ったが、カズ子はその先の自分の部屋に立っていた。 姉妹の部屋に続くふすまが少し開いている。 後ろ向きで顔は見えなかったが、肩が震えて泣いていた。 住職が駆け寄って、カズ子の背中越しに姉妹の部屋の中を覗くと、「オッ」と小さく驚きの声を上げた。
 
イメージ 3
               
壁にくっ付けて学習机が置いてある。 その机の上の壁に、習字教室で使う和紙が貼ってあり、「おかあさん」と書かれている。 机の右横には2リットルボトルの上部をハサミで切って花瓶と見なし、花が飾ってあった。 久美と美保はお母さんの仏壇を作っていたのだった。 カズ子は幼い姉妹の優しい心を不憫に思い号泣していた。
 
「あなた!二人に新しいご仏壇を買ってあげましょう」
住職は暫くして、口を開くと静かに語った。
「いや、このままにしておこう。 私は今まで多くの仏壇を見てきたが、こんな素晴らしい仏壇は初めて見た。 姉妹のお母さんを想う気持ちを大切にしたい」
カズ子は涙で顔をクシャクシャにしながらも、「そうですね」と笑いながら頷いた。
 
平成29年、暖かで穏やかな新年を迎えた。 長男家族と京都から次男が帰って来ていて、賑やかにお節料理を囲んでいる。 久美美保も年が離れたお兄ちゃんが出来たことを喜んでいる。 その後、久美美保が住職とカズ子のことを「お父さん」、「お母さん」と呼ぶのに時間はかからなかった。
                                      
 
■ 香椎物語はフィクションの短編物語ですが、登場人物は「焼き鳥 相兵衛」の仲間達の名前を、お借りしています。
■ 「お母さんのお仏壇」は笹栗南蔵院の住職の説話をヒントに書きました。
 
 
香椎あれこれ
                      香椎は飲酒運転出来ません!
イメージ 4