田舎に移り住んで、もう4年あまりになる。東京辺りにいる悪友Tが、酔っ払って、たまに電話をかけてきて、こういうのである、
「樫よ、あんた仙人みたいな生活が続いて、助平心をどこかに忘れて来たのか。人間というやつは、色気が
失くしたら、娑婆とおサラバよ。いくら長生きしても、そういう奴は朴念仁よ。男は、いくつになっても、恋をせにゃならんよ」と。


 仙人みたいな生活なんかしていない、至って健康に生きていると言ってやった。すると、Tが言葉をつないで言う、
「最近のあんたのブログは、ありゃ何だ?ヘチマだかキュウリか知らんが、採れすぎたの、人生の秋だとか冬だとか、まるで悟りきった仙人じやないか。孫のお守りがなんだ?スズムシが滑ったの、セミが転んだのと、世捨て人の鴨長明の方丈記でもあるまいに。もっと心をときめかすものがないんか?」

 

方丈記


 黙って、聞いていおれば、酔いに任せて喋らせると、言葉に抑えが利かなくなる。こっちも、鶏冠(とさか)に来た振りをして、「Tよ、キミはつまり何を言いたいんだ?」と、声を荒げると、
「樫よ、怒ったんか?ごめん!ごめん!少し、喝を入れてやろうと思ってさ。あんたはいつも、ヨメに気を遣ってばかりだし、E子とかいう同級生にやられっぱなしじゃない。せっかくだから、渡辺淳一の『失楽園』でもやればいいと思ってさ。うちの女房がさ、末娘の家のおさんどんに、オーストラリアに一昨日行っちまったのよ。樫よ、新幹線ができたろ、東京は近いよ、だから遊びに来いよ、家に泊まれ!二人で呑もうよ。料理の腕を振るって見せてよ。」

 

 

 

花の独身生活


 Tは、女房がいない寂しさから、電話をくれたらしい。何を贅沢を言っているのか。ボクだって独り生活を3週間も余儀なくされたことがある。ツレが息子の嫁が出産するというんで、しばらく留守をしたのである。それについては、『トホホの独身生活http://goo.gl/pcpW4k に書いた。

 

 彼の奥方は、一昨日日本を発ったというのに、もう寂しくて耐えられないと。コンビニでインスタント食品で間に合わしているという。料理を楽しもうと思えば、いくらでもできる。その気になれば、電子レンジがあるし、フードプロセッサーという便利なものもある。たまには、外食という手もある。都会なら、昔の職場の仲間や、大学時代の友人と日替わりで会うのも楽しいもの。
 結局のところ、友は大きな口を叩いているくせに、奥方から自立できていなかったのだ。挙句の果ては、ボクに泊まりに来いという。銭があるなら、家事代行サービスを頼めばいいではないか。

 

失楽園


 話相手が欲しいなら夜の街に繰り出せばいい。都会なら、なんでも揃うだろう。ボクの住まう集落では、寂しいと吠えても、慰めてくれるのは、秋の虫だけである。たまに、ツレがいない時、家猫ミーコがたまりかねて、枕をともにしようと潜り込んでくるくらいである。


 せいぜいが、酒の肴をこしらえてE子の家へ押しかけて、ご亭主と痛飲する。E子の手を握ってもなんにも感じない。

「平ちゃん、手相を見てやると言って、わたしの手を握ってばかりで、どうしたがぁ?触るのは、手だけよ」と。

 これが銀座の高級クラブなら、妙齢の貴婦人が揃って、少しは胸がときめいて、『失楽園』の妄想だってできるかもしれないのだが・・