俺さ、元気がないのよ、聞いてくれるこの気持ち。寂しいんだよな。その結果、旦那から大目玉を喰らったんだ。後段で話すけど、それには、経緯があるんよ。それって言うのはさ、この間、愕然としたことがあったからなんだ。
「クマちゃん、ちょっとメランコリックな雰囲気ね、素敵よ、渋いわ、わたし、そんなクマちゃんのこと好きよ。ところで、どうしたの、ボーっとしているじゃないの、ホントに枯れちまったの。もう、あたいのことなんか、嫌いになったの」って、
お寺のランちゃんが、猫なで声で秋波を送ってきたんだ。それが身を投げ出しそうにして触れなば落ちんの風情だったが、そこまで言い寄られても、なんの感慨もないのよ。芯から干からびて精がなく、年老いたのかもしれない。村一番の別嬪のランちゃんに色目使われても、特別の感懐も沸かないのだから。
その事件の日の朝も、冷たい雨が降りしきっていた。秋雨にも、秋の初めの暑さを和らげる雨とか、台風がもたらす激しい雨などいろいろあるけど、晩秋の冷たい雨は身に堪える。晴れた日には、北アルプスがくっきりと尾根を並べ銀色に映えるのだが、このところ一雨ごとに、寒さが増し冬に向かうんだからね。一週間前に、雹(ひょう)が降ったよ。もう冬かもね。これから4カ月もの間、厩の段ボールのなかで冬籠りに入るわけよ。厩だから、暖房なんていうものはないよ。寒いのなんのって、堪ったもんじゃない。だから気持ちが落ち込むのよねぇ。薄情な旦那なんて、好い気なもんで、
「クマ、お前はいいなぁ、黄色い公孫樹の葉っぱ、緑・赤・橙 ・黄色と 色とりどりの柿の葉。ドウダン躑躅の目の覚めるような、燃えるような赤。さながら極彩色の自然のカーテンじゃないか。羨ましいよ」だと。
そう言えば、去年の今頃と様変わりよ。人間など、手前勝手なものよ。隣の家のタマ姐さんは、人間によって産めない身体にされ、シロもトラも玉を抜かれた。この俺様もよ。旦那曰く、
「これで、平和な世界が甦った。静かな朝が迎えられる」と。
昔はタマ姐さんがそばにいるだけで、フェロモンが漂ってきてさ、タマらなかったもんよ。今じゃ、あいつが傍を通っても気が付きもしない。去年あたりは、俺も、立派なバズーカ砲がモノを言って、天下を睥睨して歩いて、<バズーカ砲の大将>ともてはやされたもんよ、それが今じゃ、牙を抜かれ、爪を失った、ただの黒い毛で覆われた羊毛フェルトの<ぬいぐるみ>よ。健全なる精神は健全なる肉体に宿るというが、どこに、精神を宿せばいいのよ。
肝心の事件のことを話さなくちゃね。実は一昨日のことよ、お腹は空くし、それで家の周りをぐるぐる回っていたのさ。こちとら、寒風にさらされて、震えているのに、ミーコの奴が、家の中でヌクヌクとしてやがんの。俺は腹の中が煮えくりかえるのを抑えて、空腹を堪え切れず、ミーコの食べ残しをほんの少し、喰らおうと思って、風呂の窓をちょっと開けて、上がり込んだのよ。そしたら、あのバカが騒ぎやがって、頭にきて、ミーコをど突いて、馬乗りになったところを旦那に知られてさ、箒の柄で思い切りひっぱたかれたよ。
「どうして、クマは、ミーコをいじめるんだ」と。
ふんぞり返った拍子にガラスを割るわ、旦那は、血相をかえて烈火のごとく怒るの。おっかなかった。当分、旦那に許して貰えないだろうな。
痛かったなんてもんじゃないよ。まだ、お尻あたりがひりひりするよ。俺が、悪いんじゃないんだ。なんか晩秋の雰囲気が悪いんだ。その雰囲気がやる瀬ない気分にしたのよ。それで、いつも可愛がってくださる奥さまに甘えたくなって、家の周りをうろうろしていたのよ。まぁ、強いて原因を突き詰めれば、食欲だな。俺にはもう色欲も名誉欲もない、ましてや金銭欲なんてありゃしない。たったひとつの食欲ぐらい、大目に見てよ。それを、ミーコのバカが騒ぐからさ、事件が起きたのよ。
やはり色欲が、生きる原動力じゃないのかなぁ。色欲を断って、どこに支配力が生まれると言うのだ。虫も殺さない聖人君子なんか、もともとありゃしないんだ。色欲を人間によって、切り取られたんだ。だがよ、俺は、この冬をじっと精神修養を積んで、悟りを開こうかと思うんだ。もうタマ姐さんに心を動かす必要もない。心の迷いも解けた。修行僧の心境や。あとは、食欲と嫉妬やな。これを始末しなけりゃならない。
庭の柿の木なんて、衣を風で剥がれて風邪を引きそうだよ。今日も、お寺の境内じゃ、松の木を雪つりをしている。俺なんぞ、「ついでに首を吊って欲しい」と思うけど、それを言っちゃおしまいよ。「鬱だよ。塞ぎこんでいる。」なんて言っていちゃダメだな。反省しているよ。