「お父さん、芋なんか送ってくると、あまりに美味しくて、ダイエットの決心も鈍るじゃない、せめて芋は少しにして」と娘が言う。


 今回は、芋について語ってみたい。
毎週、都会にいる娘二家族に、有機野菜を送ってやっている。送料の方が高くつくのだが、二家族は車で15分ぐらいだから、どちらかにまとめて送れば、なんとかなる。夏なら、量も心配することもなかったが、このところ、夏ものはすっかり終わってしまった。あるのは、大根、葉野菜に柿ぐらいである。それで、冬瓜と南瓜とさつま芋で、嵩を増やしている。朝から、家内が張り切っているから、どうしたのかと思っていたら、山芋を掘るというのである。近くの町に住むボクの叔母と実家の母にも食べさせたいという。二人とも、もう齢90を疾うに超えている。

kashi-heigoの随筆風ブログ-自然薯


 山芋は、たしか六月に植えたのだった。長芋は筒に入るように、自然薯は、土深く埋めた。20本近く植えた。秋の初めには、ムカゴも採取して、ムカゴのご飯も楽しんだ。このムカゴというのを、その辺りにころがして埋めておいて、3年もすれば山芋が生ると言うが、ちょっとじっくり生育を待つには、時間が長い。二人の年寄りの口に入れるには、悠長過ぎる。こっちだって、先ごろの兄が、逝ってしまって、自信にも揺らぎがでてきた。これからも、ムカゴからではなく、種芋から育てるしかないだろう。
 葉が黄色になって収穫の時期だから掘りたいと言う。慎重にスコップを入れないと傷をつけてしまうと言っておいた。暫くして、掘るのに1時間も掛ったと誇らしげに、畑から自然薯を持ち帰って来た。掘らずに置いても、雪が降らなければ、1月まで土の中で、保存が利くはずである。


kashi-heigoの随筆風ブログ-安納芋


 そんなとき、九州の親戚から、安納芋が届いた。一度は食してみたいと思っていた芋である。数個ずつビニール袋に入れ、小分けされていた。アルミホイルに包んで、オーブンで180℃にて3、40分かけて焼けとある。早速、焼いてみた。お芋は、蒸かし芋にもまして鮮やかな黄金色である。味も濃厚な甘さで、黒糖のような甘さが匂いとなって鼻から抜ける。安納芋の持つ多くのデンプンが麦芽糖へと変化して、強い甘みとなるのだろうか。ホクホクとした食感は、さすがに天然自然のものである。さすがに、ブランドのお芋。幸いボクが畑で作ったサツマイモも、あらかた在庫が底をついたから、良かったものの、もしまだたっぷり残っていたら、安納芋の出現で、ぞんざいに扱われたろう。いや、それぞれの持ち味があるって考えよう。


kashi-heigoの随筆風ブログ-豚汁


 芋といえば、まだ楽しみが残っている。里芋の収穫である。この収穫の時期は、霜が降るころと昔から言われている。今年は、紅い茎の里芋も植えたから、茎を刈り取り、皮をむいて乾燥させて、きびがらにして食することもできる。芋汁、芋の煮つけが楽しみである。極めつけは、豚汁だろうか。豚バラ肉に、畑で採れた大根・にんじん・ごぼう・ネギに、こんにゃくと油揚げでつくる。大半の食材が、我が畑からと言うところが、ボクの自慢である。

 そして、ジャガイモである。春ジャガイモは、大きくなるのだが、その点、秋ジャガイモは、霜のくるまでの期間が短くて、小粒である。それでも、油で炒めたりすると、ビールの友に絶品である。


 いずれ食料難の時代がやってくる。その時に備えて、芋の研究に余念がないと以前から言ってきた。ボクは、芋に拘っている。サツマイモから作る芋焼酎。ジャガイモからだって、酒は作れる。古来からある芋。あの自然薯のグロテスクな形なんかをみると、郷愁に近いものをを覚える。山にあれば、山芋、里にあるから里芋というのだが・・。

 「山の芋が鰻になる」ということわざもある。いくら山芋が鰻のように細くて黒っぽくても、山の芋が鰻になるなど、決してあり得ないと。しかし、あり得ないことが起こる昨今である、ないとも限らないではないか。芋を食いながら、そんな風に想う秋の今日この頃である。