「あーい、好い車やねーん。どうしたがぁ。旦那さんから、奥さんへのプレゼントけぇ。この車で、採れたての野菜を特売所へ持って行かっしゃい。後ろにも一杯積めるっちゃ。あーい、けなるやぁ(羨ましい)」と。
 昼間から、外で人の声がする。ご近所さんが、集まって井戸端会議ならぬ、庭先談義である。まぁ、車の品評会だろうか。


 やがて母親の介護のために必要になるだろうと、ツレが少し背の高いワゴンタイプの車を買った。これはいわゆる福祉車というほど大げさではない。車椅子を収納して、送り迎えできるようにとの用意である。田舎に住むと大きい車は不要だが、下駄代わりにしても、他に交通手段がないから、銘々に車があてがわれている。ご近所をみても、たいてい家族の数ぐらいはある。考えてみれば、格別贅沢なわけではないのだろう。道路も隅々まで、農道まで舗装されているのだから。スーパーや各種施設なども、自転車では、少し骨が折れるというもの。


kashi-heigoの随筆風ブログ-福祉車


 車さえあれば、どこぞなりとも難なく行ける。友人が、少し話があると言えば、車を駆って街の喫茶店にも気軽に足を運べるというもの。ただ、アルコールのあるところは厳禁である。先日も、知人宅のお通夜に赴いたが、お清めの席は辞退した。長っ尻のボクには、時間のセーブにも丁度好い具合である。
 ただツレが車を保持したからには、どうしてもという場合は、車を預けて迎えに来させればいい。翌日、車を受け取りに行けばいいのだから。


 ずっと昔だったら、馬小屋に馬を二頭飼っているようなもの。昔と違って燃費もよくなって、飼い葉をよけいに食むわけでもなかろう。ツレなど先ほどからルンルン気分でいる。都会に住んでいる頃も車はあったが、子どもたちが成長するに従って、無用の長物となった。今では、彼らも家族のサービスのためにと、やけに大きい車を持っている。それでもチャイルド・シートなどつけると、爺や婆が乗るとすぐ溢れてしまう。


 移動用に二輪車を父が買ったのは、戦後間もなくだった。まだ自動車は少なく、荷馬車が主であった。村から学校への通路や駅への道路も荷馬車の轍(わだち)がはっきりしていて、真ん中と両脇にだけ雑草が生えていた。その道路もやがて、自転車の往来や自動車の出現によって、真ん中の叢(くさむら)は次第に消えて行った。


kashi-heigoの随筆風ブログ-厩


 今、昔の道路は倍ほどに拡張され、中央には冬期に雪を溶かす融雪パイプが埋められている。冬季でも雪に埋もれて、道路が通れないことはない。村里から、雪掻きに大勢でるということもない。長い道を歩く人はほとんどみかけない。みな車を使う。


 このあいだ、自治会に出たら新入りのメンバーが紹介された。なんでも隣町の人で住まいが山間で、冬は雪が3メートルも積み上がるので、年寄りを説得して、ボクの住む海辺に引っ越してきたと。ただ、家族6人いるが、免許のない婆さんは別にして、家族めいめいが、車を所有していると。

 村里にも定期的に町営バスが走っている。時間の間隔が開くせいか、利用率は今一つだが、年寄りには喜ばれている。このバスの名は、“のらんまいカー”という。のらんまいは、こちらの表現で、「乗りましょう」なのだが、ボクには、決して「バスには乗るまい」に聞こえてしまう。いや、「乗るまい、マイカー」なのだろうか。さりとて、このあたりでは<ノーマイカー>っていうわけにはいかない。

 ツレはルンルンだが、ボクはまた貧乏に・・