kashi-heigoの随筆風ブログ-ヤリイカ


 一つ年下にS子という女友達が、東京の荻窪辺りに住んでいて、ときどき便りをくれる。なんでも、ボクのブログに郷愁を駆りたてられと言って、電話などもよこしたりする。先日も電話が、ブリの弟分の<フクラギ>や<イカ>の話になったからもう堪らない。
「あーい、私ぃ、けなるい(羨ましい)わぁ」と。

 電話で話す時、ことさら田舎弁丸出しにする。なにしろ、ボクの<はとこ>だか<またいとこ>にあたるのだ。

 

 「けなるい」というS子とのやりとりを再現してみよう。

「ヤリイカは、11月末なら、イカの胴にどっしり子が入っておるがよぅ。都会モンはね<イカの子>なんて見たことも、食べたこともないがやぁ、イカの子(卵)を腹ワタだと思って全部捨ててしてしまうがぁ。これっちゃ、世界で一番旨いがやっそ」と。


 いささかオーバーだが、確かに<イカの子>は珍味である。ここからが、S子の自慢話である、
「私の住んでいる近くの、荻窪駅には、中央線沿線一番の鮮魚屋があるがぁ。ピンからキリ、何でも並んでおるがぁ、魚屋のあんちゃんに、『あたし北陸の漁村の生まれや』と言って、ちょっと込み入った魚の話題をするがやっちゃ。すると、『手応えある客がやってきた』と喜んで、サービスが一段と好くなるがよぅ。たとえば、<イカの子>もそうやけど、『向こうが透けて見えるほどの新鮮なアオリイカ』の話なんぞ、請け合いながよ」と。

 S子は一旦話出すと、弾丸となって止まらないのである。話をしたいことが、山ほどあるようだ。しかも話のネタもタネも尽きないのである。

 

kashi-heigoの随筆風ブログ-イカの子

 

 S子のお袋さんが、昔、こう言っていたのを思い出した、
「平吾ちゃん、おらぁS子に、いい人がおったら、紹介してよ」と。
もう20余年も前の話である。ボクは、彼女に友人のRを紹介しようとしたことがあった。Rは、IT時代の申し子みたいな男で、今もITの会社を友人と共同経営している。いわゆる3Kが揃っている上に、美男ときているのだ。ボクら仲間の間でも、なぜ結婚しないのか、七不思議のひとつだった。この彼も話好きで、息つく暇もなく喋るのだった。仲を取り持とうという話は、タイミングが合わず、立ち消えになってしまったのだが・・

 

 話が<イカの子>から、それた。今一度彼女の話に戻そう、
「20年ほど前やったわ、11月末になると、紋甲イカの子(卵)が皿盛りで、その荻窪の魚屋の店先に並ぶがやっちゃ。あんまり安いから、6皿を全部買い占めて、冷凍しておいたもんや。少しずつ解凍しては、酒たっぷりの生醤油で甘辛くざーっと煮て食べるがよ。イカの臓モツは、傷みが早いから、安かったがやわ。今は冷凍技術も進歩して、そんなもの売ってくれる店はないがや」と。


「浜から上がったばかりの、まだイカの表面が玉虫のようにザーッ、ザーッと色が変わっているのを、皮をむいて包丁で刺身にしても、まだ生きていて、丸まってくるが、その身が透き通っているのを、<新鮮>というがやっそ。」
 ボクも、その身が透き通るようなイカの刺身を食べたくて、お客を接待すると称して、よく活魚料理店の暖簾をくぐったものだ。今と違って、まだ生きたままのイカの輸送技術も未発達で、なかなか高価だった時である。
「だけど、平ちゃん、あんた、血の出んような<イカ>ばっかり、食べたらダメながや。血の出ない魚は、魚にあらずや。昔近所の漁師が言うておったわ。骨が喉に閊(つか)えて怖ければ、でっかい厚みの魚の刺身でも食べたら好いがや」と。


 その晩も、S子は留学したオーストラリヤで、イカを山ほど買ってきて、イカ飯を作って仲間をびっくりさせたとか、英国だかスコットランドの紳士に、海で獲ってはならぬサザエをバケツ一杯採集して、キッチンでサザエの壷焼きにして、悦ばれたとか話がつきなかった。

 

kashi-heigoの随筆風ブログ-紋甲イカ

 

 始め「けなるい」と言って、そのうち、イカの話を横取りして、自分の話をし、こっちの興が乗ってくると、「血の出ない魚は、魚にあらず」などと話を折る。終わってみれば、ボクの方が、けなるくなるのである。

 ちょっと、話は横道にそれるが、なんでも、この「けなるい」という言葉は、近松の作品にも出てきたりするそうで、江戸時代までの共通語だったそうである。京都、北陸全体、名古屋、美濃、飛騨などでは、今もって話されているとか。


 ボクの友人Rにも、そういう性癖があった。存外、話好きの自慢家同士で息が合ったやもしれない。「けなるい」だろうと、お互い言い合って・・。
 ふたりとも、気の置けない、ボクの大切な友人である。

S子よ、田舎ではホタルイカが解禁になったよ。そのまま醤油をつけて食べると旨いがよぅ」と、けなるがらせてやりたいものだ。                     2012.3.3