kashi-heigoの随筆風ブログ-バスケ


 この間、正月明けに中学の同級生のF雄がふたりだけの新年会をやろうという。街の居酒屋で飲むことになって、F雄の行きつけの縄のれんをくぐった。田舎の連中は、なにやかやと理屈をつけて飲もうという。僕も嫌いじゃないから、家内に近くまで車で送らせたのだった。話は、自ずと中学時代の話になる。過ぎれば、もう50年も前の昔の思い出話・・・
「あのとき、わ(汝)に助けてもろたっちゃ。おらぁー、同じ村のN代ちゃんがクラスで、いっとう好きでな、寝ても覚めても考えることは、N代ちゃんのことばっかしだったよ。」


 N代は、浜辺近くの半農半漁の与左衛門と屋号で呼んでいた家の長女だった。背の高い子で、小学校の時は目立たない子だったが、中学になってバスケット部に籍を置き、メキメキ実力をつけてきて注目を集めていた。身体も大きいだけでなく、いつの間にか成績も上位に顔を出していた。大人びた子だった。正月前には、みんな卒業後の進路は決まっていたが、彼女だけは決めかねていた。それは、家庭の事情によるものだった。担任の先生は、さかんに高校進学を勧めたが、彼女の下に弟が二人もいて、とても進学は無理な相談だった。N代は、町の紡績工場に通いながら、夜学の定時制高校に行くか、お給金のいい東海地方の紡績工場に決めるかで悩んでいた。

kashi-heigoの随筆風ブログ-手紙


「そんでよ、おらぁよ、ラブレター書いて、わ(汝)に見てもらおうと持って行ったら、『こういうもん、N代に書いたら、あん子の心を乱すわ。止めとけ』っていうがよ。いきなり、水を浴びせられたっちゃ。そんなこと言いながら、わ(汝)よ、ラブレターの手ほどきをしてくれた。」
その時のF雄のラブレターときたら、下手な字で緑色の紙にこう書いてあった。


竹田 N代 様
ボクは、あなたのことが好きながです。この間も、バスケット部のキャプテンとして、みんなを指導していたね。朝起きても、学校に行っても、夜寝るときも、頭から放れません。この間、ちょっと、あなたのこと聞きました。名古屋の紡績工場に行くのですか。できれば、地元に残って欲しいと思います。ボクはU市の工業高校の電気科を目指しています。ボクは、うまく書けませんが、あなたが好きやと言う気持ちを伝えたくて、手紙を書きました。   河原 F雄


「そんでよ、平吾がこう言うたよ。『わ(汝)よ、好きとか嫌いとかっちゃ、書いたら駄目ながよ。遠まわしに、ちょこっとほろりとするように、書かんにゃ』って、そんでよーおらぁの折角書いた手紙を、書き直されたわ。おらぁよ、わ(汝)のことペテン師かと思うたっちゃ」
そして出来上がったラブレターは次のようなものだった。


竹田 N代 様
天気は今日も、朝から雪のようです。この雪が溶ける頃は、あなたもボクも、それぞれの道を行くのですね。真白い雪の下に、すでに道があるのかもしれない。あなたの心は、今日の雪のように真っ白に違いありません。春になって、もうあなたがボールを手に、駆けて投げる姿が見られなくなるんだと・・・思うと哀しい気持ちになります。だったら、お日さまなんか照って、雪を溶かして欲しくありません。雪がなくなれば、あなたとお別れだからです(中略)・・・ボクは、父と相談して、農業には見切りをつけました。U市の工業高校の電気科を目指します。あなたの進路が決まったら、教えてくれませんか(中略)・・・あなたなら、どこへ行っても、その不撓不屈の意思力で、難局を乗り切れると信じています(中略)・・・やがて、6月に紅色や黄色の花を咲かせる「金銀草」も今は、ただただ寒い雪の下にあっても枯れずに、春をまっているのです。その花とは、N代さんあなたです。       河原 F雄


kashi-heigoの随筆風ブログ-ユキノシタ

「おらぁ、わ(汝)からの指導を受けたけどよぅ、でもやぞぅ、おらぁ、結局さ、N代には振られたっちゃ。技巧に走らない、おらぁの書いた元の手紙の方が良かったがじゃないかと思うがよ」とF雄が言った。

 あるいは、そうだったかもしれない。


 F雄と飲んで数日して、街の大型スーパーで孫を連れて楽しく買い物をする、背の高いN代と思しき女性を見た。「金銀草」とは、ユキノシタのことである。白い花を雪(雪虫)に見立て、その下に緑の葉があることからこの名がついた。葉は山菜として、天ぷらなどにすると美味いものである。              2012.1.28