もう40年以上も昔のことだが、東京の本郷に住んでいたことがある。「江戸は、本郷かねやすまで」といわれ、古い街並みであった。近くには、女流文学者の樋口一葉の碑が、路傍に忘れられたようにあり、林芙美子が女中をしていたという古い屋敷があった。本郷から駒込に向かって、本郷通りを歩く。この通りもそのころ都電が走っていた。深夜、酔っぱらって、大通りの真ん中を歩いても、車は避けて通ってくれたものである。

その大通りが言問通りと交差するあたりに、今日の話題の雑貨屋があった。どこにでもある木造の二階建てで、表はガラス戸で、夜遅くカーテンを閉める。僕は、その雑貨屋で、日常の石鹸、歯ブラシなどを買い求めた。いつも、年老いた品のいいお婆さんが、店をし切っていた。

あるとき、あいにくの雨に降られ、仕方なく店の軒下を借りて、雨宿りをしていた。雨もやがて本降りになって、困っていると、店から若いご婦人が、僕に声をかけた。

「よろしかったら、この傘をお持ちください」と。

親切を押し付けるのでない、遠慮がちな物言いだった。清楚ないでたちの、物腰の柔らかい人であった。翌日、借りた傘を届けた時、彼女の姿はなかった。


kashi-heigoの随筆風ブログ-傘


一年ほどして、再びそのご婦人に会った。今度は、赤ん坊を背負い店番をしている。割烹着を身にまとい、黒髪を頭の後ろで束ねていたが、物言いは穏やかで優しかった。姑にかしずく若奥さんの絵姿は、色白で清楚な佇まいであった。店に客が少ない時は、姑の目を意識しながら、文学書を読んでいる。

またある冬の季節だった。買い求めた商品を手渡そうとした彼女の手が、霜焼けで 赤く腫れている上に、ささくれだっていた。僕は、目ざとく、彼女の手元にある文学書に目をやった。それに気づいて、こころなしか頬を染めたように見えた。



もう10年も前だが、たまたま近くに行く用事があって、付近を通りかかった。日常品を買い求めていた時から、時間が流れ、30年も経っていた。その雑貨屋は、大きな5階建てのビルに変貌し、一階はコンビニだった。店の中にいくらか年老いた、品の好いご婦人の影を見た。今度は、彼女の手元に本はなかった。当時の彼女は、もしかすると樋口一葉や林芙美子を目指していたのかもしれない。夢はついえたのだろうか。雨が俄かに降り出した。傘がない僕は、タクシーを止め乗り込んで、目的地に向かった。

2011.9.11