もう3年前になるが、やはりお盆で帰省した折の夕食の時だった。私たち夫婦に長女一家と来訪者のクリスと皆が揃って、食事をしようとしたとき、ちょっとした事件が起こった。クリスが、怪訝な面持ちでいうのだ。

「なぜ、おばあちゃんをディナーの席に呼ばないんだい。ボクが、いるからかい。ボクだったら、心配いらないよ」

すると、娘は、変なことを言うなあとみんなの顔を見回しながら、

「クリス、お祖母ちゃんなんていないよ。これで全員なんだけど」

クリスは、

「だって、今しがた仏間に髪の真っ白なお祖母ちゃんが、座っていたよ」

娘は静かにいった。

「きっと、お祖母ちゃんも、お盆で里帰りしたんだ」

家族は、みんな一様に息をのんだ。食事のことで夢中で、亡母の存在などをすっかり忘れていた。



もう数年前に、ニューヨークから日本に帰ってきた長女は、テキスタイルのデザイナーである。作品は比較的高い評価を受け、会社の売り上げにも大きく貢献していると日頃控えめな彼女の言であった。インターネットの発達した現在、ニューヨークで仕事をするのも離れた日本でやるのも、それほど支障がないらしい。デザイナーとしての仕事はきちっとするという契約を交わし、日本にやって来た。夫はアメリカ人で、ミュージ一シャンである。日本に住むという長年の夢の実現のために、彼は来日したのだった。納豆、くさや、梅干、茗荷などを大好物とし、寿司にはトコトン目がないという変わり者である。



娘婿を訪ねて、友人のクリスがやってきたのは、お盆の盛りの八月十五日だった。現れたのは、トヨタのスープラなるスポーツカーに颯爽と乗った190センチを越す長身のハンサム男だ。その日は、親戚などが集まる特別な日だということを、外人である彼らは知らない。婿は軽い気持ちで旧知の友人を招いたのだ。娘は、そのことで夫を非難しようとしたが、私は、家族の大切な一員である婿の顔を立て、娘の言葉を制した。クリスは、カナダから十年前に来日した男である。カナダで子持ちの日本人と結婚して、妻の故郷のT市にやってきたのだが、今は熱も冷め離婚協議中ということだった。その午後、私たちも若者に混じって、久しぶりに海辺で牡蠣採りやボート遊びに興じた。



その数日前、一足早く都会に戻った次女一家と親戚が十人ほど集まって、三周忌のお経を上げたばかりであった。坊さんも呼ばない簡素なものだったが、坊さん代わりに妻の母がお経を読んだ。彼女は、先年京都のお寺で修行して坊さんの資格を持っていた。私は、それなりに心のこもった三周忌だと思っていた。お盆には、ご先祖が里帰りをするというが、亡母は可愛がっていた孫娘がお参りしてくれた嬉しさを表すために、娑婆に下りたったのかもしれなかった。クリスを見送ってから、来年もお盆には、みんな揃ってお墓参りをしようと誰もが思った。


あれからもう3年は過ぎたのだ・・・。

便利さと インターネットに 身をおくも  忘れてならじ お墓参りは

盆の日や 国際色 豊かなり 家族そろって 亡母を想ふ             2011.8.14